冥界に通じる洞窟
ゾンビ。
非常によく知られた、魔物の一種である。
死してなおも、動く肉体。アイリーンたちの前にいるソレは、ニンゲンを素体にしたものだった。
魔導生物として作られたそのゾンビは、洞窟の中でぼんやりと宙を見上げている。
「やりましたわ! あとは捕まえて、先生に報告を――」
「ちょっと待って、ミラベル」
そのゾンビを捕獲しようと踏み出しかけた精霊姫を、アイリーンは引き留める。
怪訝な顔をするミラベルに、ゾンビをにらみつけたままアイリーンは言った。
「様子がおかしいわ。うかつに近寄らない方がいい」
「何を言っているんですの? たかがゾンビでしょう。先生も言っていましたけれど、私たちの敵ではありませんわ」
警戒をにじませるアイリーンと、首を傾げるミラベル。魔王の娘と精霊王の娘。二人にかかれば確かに、ゾンビ一体など物の数ではない。
実験強化をした個体ではあるらしい。が、それだけだ。むしろ木っ端微塵に粉砕してしまわないかと、力加減を考えるほどである。
万が一噛まれても感染などしないし、ミラベルにはアイリーンが何を心配しているのか分からなかった。
「多少挙動が不審でも、私の魔法で地面を檻に変えてしまえばいいのですわ。幸いこの洞窟は、大地の精霊も働いているようですし――」
「あのゾンビ、棒立ちすぎるのよ。ゾンビなのに、身体がまるでふらついていない。……妙だと思わない?」
「……言われてみれば」
洞窟の中にいたゾンビは、授業で習ったりしたものとは少し様子が違っていた。
動く屍ならではの無秩序な動きがない。ありていに言えば、体幹がしっかりしている――というか。
ゾンビには相応しくない表現かもしないが、静まり返った調子で佇むソレは武闘家のようだった。
「とはいっても、このまま観察しているだけでは埒があきませんわ。向こうが動かないならこちらから――」
「あ、待ちなさいミラベル!」
しびれを切らしてミラベルがゾンビの下へ向かう。鋭い声でアイリーンが叫ぶが、その声に反応したのか。
宙を見上げていたゾンビが、くるりとこちらを向いた。
「え……?」
自分を見つめてくる目に、ミラベルはつぶやく。
本来うつろであるはずの、ゾンビの目。
それがはっきりと、こちらに焦点を結んでいたような――。
「――っ! 避けなさい、ミラベル!」
瞬間。
切羽詰まったアイリーンの声が聞こえた。
反応できず棒立ちのままのミラベルの前に、舌打ちと共に魔法障壁が展開される。
ギャリッ! と音をたててその障壁を削ったのは――走って攻撃を仕掛けてきた、ゾンビの爪だった。
「な――や、いやあっ⁉」
瞬時に間合いを詰めてきた動く死体、さらにそれが視界いっぱいに広がった本能的な嫌悪感に、たまらず悲鳴をあげるミラベル。
さらに追い打ちをかけるように。
「……まずいわね。ここってひょっとして墓場だった?」
洞窟の地面から、多数の屍が這い出てきた。




