スイッチ、執事→精霊姫
「いやあ、ちょうど実験動物が脱走してしまってのう。助かったわい」
アイリーンとミラベルにそう言ったのは、魔法学院の柔和な教師だった。
魔導生物学の教授。研究のための実験動物が逃げ出してしまい、ほとほと困っていたという。
そこで手を挙げたのが、ミラベルだ。
「先生が困っているのでしたら、お手伝いをするのが生徒の務めですわ」
「と言いつつ、私との勝負にこのトラブルを利用してるあたり、ちゃっかりしてるわね……」
精霊王の娘・ミラベル。
魔王の娘・アイリーン。
この学園の二大お嬢様といっても過言ではない二人は、それぞれ胸を張ったりため息をついたりした。
久しぶりに登校したアイリーンに、ミラベルが勝負を仕掛けた形である。魔導生物が逃げ出したと聞いてついてきてみれば、つまりは先生のお手伝いだった。
前回の失せ物探しが若干の消化不良に終わったアイリーンとしては、リベンジを果たすいい機会だ。なのでミラベルとの勝負云々でなく、引き受けるつもりではあるのだが――問題は、いつもの過保護気味の執事であった。
「失礼。その魔導生物とやらは、どういったものでしょうか」
危険はないのでしょうか、と教授に訊くのはアイリーンの執事・フィオネルである。
最近どうにもきな臭いため、登校するアイリーンについてきたのだ。そういった事情で今現在さらに過保護が増している執事は、お嬢様の挑む事件に敏感になっている。
「逃げ出したのはゾンビですわい。どういった手段か、牢から逃げ出してのう。まあ、それなりの実験を施した強化型ではあるが、アイリーン様とミラベル様なら楽勝じゃろう」
「ふむ。それならまあ……よしとしましょう」
おまえに引き受ける許可を得る必要があるのか、とかそもそも従者の分際でどうしてここにいるのか、とか。
周囲は色々ツッコミたいところだが、大人しくフィオネルが引き下がったので首を傾げるにとどまる。
コホン、と咳ばらいをしてアイリーンが続きを促した。
「それで? ゾンビが逃げ出したのはいつでしょうか、先生?」
「いなくなったのに気が付いたのは、今朝がたのことじゃ。なのでまだそれほど遠くまでは行っていないと思うが」
「学園の外には行っていないはずですわ! というわけでどちらが先に見つけるか、勝負ですわよアイリーン!」
軽くゲームをするようなノリで、ミラベルが言い放つ。
最近探偵として名をあげてきているアイリーンに、失せ物探しで勝負を挑み、勝つ。それこそが彼女の望んだことだった。
意気揚々と研究室を出ていくミラベル。ため息をついてアイリーンがその後に続こうとすれば、後ろから声がかかる。
「アイリーン様」
今回はアイリーンとミラベルの勝負だ。なので二人だけの探索となる。
他の者はこの場で待機――という条件を渋々呑んだフィオネルは、しかしやはり心配げな眼差しで、アイリーンを見ていた。
「くれぐれもお気をつけください。真犯人が、いつ仕掛けてくるかもわかりませんゆえ」
最近起こった事件には、正体の分からない影がちらついている。
犯人に至る手掛かりを掴むために、アイリーンはここにやってきたのだ。『ライバル』――謎のメッセージだけを残して黒幕は炎と共に消えてしまった。
ミラベルは明らかにその犯人像から外れているから問題はないけれども。
というよりむしろ精霊姫は、アイリーンと並ぶ膨大な魔力の持ち主であるけれども――。
「単なる魔力量でいったら、あなたと組むより安全かもしれないわ、フィオネル」
「事実とはいえ、ひどいことを仰いますねアイリーン様……」
「けれど、声をかけてくれてありがとう」
苦笑いするダークエルフ執事に、アイリーンは柔らかく微笑んで自らの髪に触れた。
そこには、以前にフィオネルから贈られたリボンが飾られている。
「ちゃちゃっと行って、ゾンビを捕まえてくるわ。ついでに真犯人の尻尾も捕まえてくるから――心配しないで待ってなさいな」
いってきます、と言い残して、アイリーンもまた部屋を出ていった。




