ドラゴンの再会
「いやしかし、ダクラネル様がペットを飼っていたとは。意外ですな」
城の窓から中庭を見下ろし、フィオネルはつぶやいた。
「ドラゴンがウサギを飼う――などと。しかもなかなかの熱の入れようで」
「か弱い存在を世話することで、癒しを得る。話に聞いていた方法を試してみた、というところかしらね」
同じく中庭を見下ろしながら、アイリーンは応じた。そこでは、ダクラネルがウサギを抱えて頬ずりしている。
アイリーンが推理を披露した直後、彼は記憶を蘇らせたのだ。
種別認識は相変わらずできていないものの、ウサギ、という単語がキーになって一気に記憶が噴出してきたらしい。「おお、メリイ、メリイ……!」と、そのウサギの名前だろう。目を見開いて叫ぶダクラネルの様子は、なかなか見ものであった。
まるで、生き別れの娘の存在を知ったような。
飼い始めてからほんの数日でそこまで入れ込んだ暗黒竜に、アイリーンもフィオネルも笑いをこらえるのが必死だったくらいだ。
「まあ、今回は私が、先に正解を見てしまったというのが大きいかしらね。中庭でたくましく生きるウサギが、首輪などつけているものだから――きっと誰かが飼っているものだと思っていたのよ」
ダクラネルが部屋を訪れる直前、アイリーンが目にしたのは――中庭を跳ねる、赤い首輪をしたウサギだったのだ。
日記の記述にもあった、ルビーをあしらった首輪。アイリーンの述べた推論はあくまで状況証拠を固めたものだが、もし庭のウサギがその首輪をしていれば、それが動かぬ証拠になる。
宝石をあしらった首輪をつけたウサギなど、魔界中を探してもその一匹だけだろうから――そう言えば、ダクラネルは挨拶もそこそこに、大急ぎで中庭に向かっていった。
「答えを最初から知っていての論理の組み立てだもの。今回の事件は探偵の仕事とは言えないわ」
「そのようなことはございません。少なくとも、ダクラネル様とあのウサギは喜んでいることでございましょう」
苦笑するアイリーンに、フィオネルは穏やかに首を振る。
月の光の中でウサギを抱えるダクラネルは、この部屋に来たときよりもだいぶ満ち足りているように見えた。
普段から落ち着いている暗黒竜だが、今はそれに安心と安らぎが加わっているように感じられる。
それだけでも、アイリーンが筋道を立ててダクラネルに推理を披露した甲斐はあるだろう。分かりやすい説明は、彼が記憶を取り戻す助けになった――そうフィオネルが言うと、お嬢様は「……そうね」とふっと笑った。
「今回は探偵の仕事ではなかったのかもしれないけど……まあ、よかったわ。おじさまにも評判は伝わっていることだし。こういう事件も、たまにはあるということでしょう」
「そうですよ。むしろ私としては、こういうなんともない事件ばかりであってほしいです」
平和なら平和で、それに越したことはない。
滅多なことを言うものではない――と、暗黒竜が訪ねてくる前に言ったことを、フィオネルはもう一度やんわりと口にした。
しかしアイリーンは、そんな執事の言葉に顔を曇らせる。
「……どうかしましたか、アイリーン様」
「ねえフィオネル。私、少し気になっていることがあるの」
彼女らしからぬ顔色に、フィオネルが首を傾げれば――アイリーンは、視線を一冊の本へと向ける。
すなわち、ダクラネルの日記に。
「どうして、おじさまは大切なものの記憶を失ってしまったのか。本当に単なる偶然なのか。それに――」
ホワイダニット。犯人はどうして犯行に及んだのか。
考えすぎかもしれないけれど、と前置きしつつ、アイリーンは今回の事件の手がかりとなった記述を、ゆっくりとなぞっていく。
「この四つの文章の、最初の文字」
ラインの黄金。
い草。
薔薇。
ルビーの首輪。
全部をつなげると、どうなるか。
「『ラ』『イ』『バ』『ル』」
と。
彼女が告げた途端、日記から青白い炎が巻き上がる。
とっさにフィオネルはアイリーンをかばい、前に出た。すると執事の行動をあざ笑うかのように、蒼い炎は燃え上がり――すぐに、消えてしまった。
「……今の、は」
呪いのような、悪意のある光。
呆然とするフィオネルだったが、そんな彼にも分かることがある。
どうやら平穏無事な日々は、もうしばらく送れなさそうだ――と。
ドラゴンの記憶〜完




