ドラゴンの真実
「我が身が何をしていたか。分かったのか、お嬢!」
無くした記憶の中で、自分が何をしていたか。それが分かったと言われたダクラネルは、身を乗り出した。
魔王城の宝物庫番、重臣ダクラネル。
暗黒竜の人型形態に対し、アイリーンはうなずく。
「ええ。といっても、まだ証拠は掴めていませんが。けれどもこの日記で、おおよそのところは見当がつきました」
ダクラネルから渡された日記に触れ、アイリーンは言った。
その日記は、記憶を蘇らせる手掛かりになればとダクラネル自身から提供されたものだ。
中には、事件に遭遇するまでのダクラネルの数日間が綴られている。なんとも赤裸々に。
檻とか。首輪とか。雌を飼うとか。
一連の単語から考えられる光景は、どうもお嬢様のアイリーンにとって刺激が強すぎるような気がするが――少なくとも彼女は全く動揺していない。
そしてダクラネルの振る舞いも堂々としていて、後ろ暗いところなどまるで感じさせない。それがかえって怖いと、アイリーンの執事フィオネルは思っていたのだが――これまでのダクラネルの人柄を信用して、ギリギリ踏みとどまっていた。
失われた記憶の中で、ダクラネルは一体何をしていたのか。
思い出したくとも思い出せない『何か』とは、なんなのか。
ヒントとなる箇所をなぞり、アイリーンが言う。
「まず気になったのがこの『小さき雌』という言い回しね。これがすごく独特で、何を示しているのか気になったわ」
最初は、奴隷でも買ったのかと思った。
だが、ダクラネルは奴隷ではないと言った。その単語にはピンとこないと。
その証言を信用するなら、彼が檻に入れていたのは別の何かということになる。
では、その『何か』の正体を探るためには、どうすればいいのか――アイリーンは指をピンと立てて言った。
「どうして、こんな言い回しになったのか――ホワイダニット、です。ねえおじさま。おじさまはひょっとして、人型サイズ以下の大きさの生物を正確に認知できないのではないかしら」
あ、と彼女の言葉に、隣で聞いていたフィオネルは小さく声をあげた。
今でこそ人の形を取っているが、本来のダクラネルは竜。何百倍もの質量を持っているはずだ。
どちらが優先されるべき縮尺かは分からないが、どちらかの感覚がどちらかに影響されていることはあり得る。
つまり、『小さき雌』は揶揄としての言い方ではなく、本当に種族を認識できなかったからこその書き方なのではないか。そう指摘するアイリーンに、ダクラネルは否定することなくうなずいた。
「左様にございます。我が身、どうしても小さき者の個体識別が上手くいきませんでな。ああ、お嬢やフィオネル殿といった魔力の高い者なら強さや波長で分かるのですが……ニンゲンであったり、魔力の弱いものであったりすると、見分けがつかなくなります」
「たぶんおじさまにとっては、リスも猫も犬も同じ『小さき生き物』なのでしょうね」
簡単な雄雌の区別、体毛があるなしなどはともかく。
よほど強い個体でなければ、ダクラネルは種族の区別がつけられない。価値観の問題ではなく、ドラゴンというのはそういう生き物だからだ。十把一絡げで『なんだか小さい生き物』という印象しか持てないのである。
だとしたら。
『長い耳』を持つのは、エルフではない、ということになる。
「魔力の大小で種族を認識しているなら、エルフは真っ先に候補から外れるわ。だっていくら小さいといっても、魔力は相当なものですもの」
「そ、そうですね。よかったあ……」
日記に書いてあった『檻に入れられた長き耳の雌』はエルフではないと知り、ダークエルフのフィオネルはこっそりと胸をなでおろした。
人知れないダクラネルの趣味に付き合わさているのが、同族でなくてよかった。あり得ないだろうと思っていたとはいえ、こうして潔白が証明されるとほっとするものだ。
しかし、となるとダクラネルが忘れている『何か』はなんだったのか。
気になるところだ。首を傾げるフィオネルに、アイリーンは「でも、ここまで来たらもう簡単でしょう」と言う。
「ダクラネルおじさまが認識できないレベルの小ささ。そして魔力の低さから見て、恐らく小動物。長い耳を持っていて、赤い目をしている。撫でると鳴く。警戒して噛みつく――という特徴からして」
渋みのある紳士、やや強面のダクラネルが『それ』を世話している様子を想像して、アイリーンは口元を緩ませる。
大きなドラゴンが、甲斐甲斐しく小動物の世話をする。
種族が分かっていないとはいえ、その光景を微笑ましく思いながら――。
「ウサギだったのではなくて?」