ドラゴンの『何か』
ドラゴンの日記の続きは、こうあった。
『蠍の月 十五の日
い草にすべきだろうか。藁にすべきだろうか。寝床には何を用意すべきか迷う。目を離すと逃げ出そうとするので、逃げないように檻の中に入れておくことにした。食物も何を与えればよいのだろうか。小さき雌のことはよく分からぬ。ともあれ、死なさぬ程度には世話をしてやらねば。』
「……ダクラネル様は、奴隷でも購入されたのですか?」
そこまで読んで、フィオネルは控えめにダクラネルに訊いた。
暗黒竜ダクラネル。とある事情で記憶の一部がない魔王城の重鎮。
記憶を取り戻す手伝いとして、フィオネルはダクラネルに日記を渡されたわけだが、そこには不穏な単語が並びまくっていた。
草。寝床。雌。
おまけに檻である。死なさない程度の世話とはなんなのだろうか。渋みのあるイケオジのダクラネルが、急に怖く思えてくる。
フィオネルの問いにダクラネルは顎を撫で、ふうむと考えてから言ってきた。
「奴隷。奴隷か。記憶はないが、ピンとくるものもない。恐らく違うのだろう」
「そ、そうですか……」
「ただ、自室に檻があったのは確かでな。扉は開いていたので中に何がいたのかは分からぬが、何かを閉じ込めていたのは間違いない」
「う、うわあ……」
暗黒竜(人型)の返答に、フィオネルは若干引き気味になりながら応える。
ちらりと隣のアイリーンを見るが、彼女は全く動じている素振りはなかった。執事としてこの日記を見せていいか迷うところだが、そうこうしているうちにアイリーンはどんどん突き進んでいく。
つまり、次のページへと進む。
『蠍の月 十八の日
薔薇のような赤い目をしている。あるいは血のようなというべきか。最初の頃こそ噛みつかれていたが、日が経つにつれ従順になってきた。今では撫でると嬉しそうに鳴く。長い耳をどう弄ぶか、これから楽しみでならない。』
「ひい……!」
長い耳、という部分にフィオネルが自身の耳を押さえて小さく悲鳴をあげた。ダークエルフである彼はもちろん、長い耳を持っているのだ。
まさか同族の誰かが、と思うと背中につたう汗が止まらない。故郷もそれなりの焼き討ち被害にあっているフィオネルだが、ドラゴンのブレスを受けて焦土と化しているほどではない。
紳士的なダクラネルだが、真の姿はもちろんドラゴンであり、ひとたび暴れれば手が付けられないことになる。
そんなダクラネルになぶられる(?)同族の姿を想像してしまうのも、致し方ないことだろう。
しかもなんというか、ありていに言って調教している節がある。最初は嫌がっていたのを、あれこれと手をかけて懐柔したというか。というか鳴くって何でしょう鳴くって。
青くなったり赤くなったりしているフィオネルをよそに、アイリーンはさらに次の記述へと目を動かした。
『蠍の月 二十の日
ルビーをあしらった首輪を与えてやることにした。目と同じ色である。よく似合う。これを付けて散歩に行くのも良いかもしれない。お披露目といきたい。』
「…………」
記述はここで途絶えている。
海よりも深く沈黙し、フィオネルはうろんげな目で日記を見た。日付けを見るに、この直後にダクラネルは事件に巻き込まれ、記憶を失ったのだ。
お散歩デビューをするかしないうちに。一体何と、どんな風にお散歩する気だったのは分からないが、首輪といった単語や、言い回し的に嫌な予感しかしない。
すると、今までずっと黙っていたアイリーンが口を開いた。
「ひょっとして、おじさまは事件のあったあの日、このお散歩というのをしようとしたのかしら。その途中で知らせを受けて、宝物庫に向かいそのまま……というように」
「ああ。確かにあの日は自室から知らせを受けて宝物庫に向かったようだ。部下の記録にはそうある」
「その隙に、この『何か』は部屋から逃げてしまった、と……なるほどね」
顔色ひとつ変えることなくふむふむとうなずき、アイリーンは再び考え込むように沈黙した。
その姿は、どう見ても恥じらう乙女のものではない。これまで得られた情報を、正確に分析し――
おろおろするフィオネルの隣で、アイリーンはふと、顔を上げた。
「おじさまが何をしていたか、分かった気がするわ」
次回・解決編!