ドラゴンの日記
「中を覗いてもよろしくて? おじさま」
「ご随意に」
差し出された日記帳を一瞥し、アイリーンは目の前に座る人物に訊いた。
暗黒竜ダラグネル。魔王城宝物庫の守り手であり、魔界の重鎮である。
公明正大な人柄から、彼を慕う者も多い。そんなダクラネルは、隻眼の奥を光らせ断固たる口調で言う。
「このダクラネル、後ろ指をさされるようなことは何もしておりません。よって、日記を見られても何の問題もなく」
「さすがダクラネル様でございますね。清廉潔白なお人柄でいらっしゃる」
「……さっきから思うのだけどフィオネル。あなたダクラネルに懐きすぎじゃない?」
真っすぐに言い切るダクラネルに、すかさず声をあげたのはアイリーンの執事であるフィオネルだ。もっとも、フィオネルがそこまでダクラネルを信用している理由は『アイリーンのワガママイタズラにめげているとき、ダクラネルが励ましてくれたから』なのだが。
それが分かっているので、アイリーンも特に追求はせず、半眼で文句を言うにとどめている。口を尖らせて差し出された日記帳を手に取り、彼女はパラパラとページをめくった。
「記憶がないのは、あの事件の少し前あたりだったわね。おじさま、特に気になった日記の内容などはありまして?」
「それでしたら、この日の記述あたりですな」
記憶を取り戻す手伝いをしてほしい――それがダクラネルの依頼だった。
とある事件が原因で、一部記憶に障害が出ている。そのとある事件に関わった身としては、アイリーンもフィオネルも無視することはできない。
そこで手がかりとして出されたのがこの日記だった。書かれた内容は一日数行のときもあれば、もっと長いときもある。
毎日書いているわけでもない。要するに、気ままに書いているということだ。
気負うことなく書かれた、暗黒竜のプライベート。なのに本人も何はばかることもない。
だからアイリーンもフィオネルも油断していたのだ。
最初の日の日記には、こう書かれていた。
『蠍の月 十一の日
ラインの黄金の産出量が減っている。頭の痛いことだ。ストレス解消のために、小さな雌を飼うことにした。』
「ちょっと待ってください」
そこまで読んで、フィオネルがぱたんと一度、日記を閉じた。
「ちょっと待ってください。ダクラネル様。これはアイリーン様に見せてもよい内容でしょうか」
「何か問題が生じたか? なにぶん我が身も、その日の記憶がないものでな」
「……。そうですよね。記憶がないのでは判断がつきませんよね、ええ」
ダクラネルの日頃の行いと、やましいことなど何もないといった態度にフィオネルは気を取り直した。
あのダクラネルが、周りに隠れて後ろ暗いことを行うはずがない。そう言い聞かせ、執事はもう一度日記を開く。
『蠍の月 十一の日
ラインの黄金の産出量が減っている。頭の痛いことだ。ストレス解消のために、小さな雌を飼うことにした。触ってみるとずいぶん華奢な身体をしている。下手に触れると壊れそうだ。どう戯れるかを考え、今宵は寝ることにしよう』
「……」
「次を読みましょう」
沈黙するフィオネルに対し、アイリーンは淡々と言った。執事として、お嬢様にこの先を見せてもいいものだろうか。フィオネルが迷っているうちに、アイリーンはページをめくってしまった。




