ドラゴンの事情
「その後、お加減はよろしくて? おじさま」
部屋を訪ねてきた人物に、アイリーンは声をかけた。
灰色の髪を撫でつけ、黒い外套を羽織った壮年の男。
暗黒竜ダラグネル――が、人間の姿に変身したものである。魔王城はドラゴンに対応できる大きさではないので、ダクラネルは城の中では基本的にこの形をとっていた。
魔王城の宝物庫番として、命を賭して戦ったこともある彼だ。その際に死亡したダクラネルであるが、事件解決後に蘇生措置を受けたはずだった。
「ああ、もう身体の方はすっかり回復した。心配をかけたな、お嬢」
「ふふ。それはよかったわ」
渋く深みのある声で答えるダクラネルに、アイリーンは笑みを浮かべる。魔王城の重鎮であるダクラネルであるが、魔王を父に持つアイリーンにとっては気のいい親戚のようなものだ。
もっとも、穏やかながらも凄みのある雰囲気を持つダクラネルと、お嬢様のアイリーンが話している光景は、傍目には『組長の部下と娘が話している』ようにしか見えないのだが。
楽譜庫の管理人などは、ダクラネルを称して『インテリヤクザ』などと言ったほどである。実際のダクラネルは言葉遣いのとおり非常に紳士的な人物なわけだが、若干強面なのと隻眼を隠す眼帯のせいで誤解を受けることもあった。
「お元気そうで何よりです、ダクラネル様」
かくいうフィオネルも、アイリーンの執事として初めてダクラネルの前に立った時は緊張したものである。
だが、アイリーンが吹き飛ばした庭の片づけを一緒にしたり、アイリーンが燃やした金貨の復元作業などを一緒にしたこともあって、今ではすっかり打ち解けていた。
要するに同じ苦境を乗り越えた者同士なのである。そんなフィオネルは、主人とダクラネルにお茶を差し出して言う。
「事件の際は肝を冷やしました。ですが、こうしてまたお変わりない姿を見ることができてよかったです」
「ああ、この間の件では世話になった。なんでもお嬢が大活躍だったとか」
「急に探偵にと言い出したときは、私も驚きましたが……確かにお見事に、事件を解決されましたね」
ダクラネルを殺した犯人を突き止めたのは、アイリーンだ。
自らの死すら話題のひとつとして扱うダクラネルに、フィオネルは器の大きさを感じていた。部下に厳しくも優しく、仕事のできる暗黒竜を執事は密かに尊敬している。
曲者ぞろいの魔王城幹部の中で、ダクラネルは数少ない良識派なのである。
だがその良識派の暗黒竜は、ここにきて顔を曇らせた。
「実はその件で、折り入って相談がありましてな」
「相談? この間の事件に関連してかしら?」
「いえ、事件のことはもういいのです。問題は、そこから蘇った我が身にありまして」
何か前回の事件について不手際でもあったかと問うアイリーンに、しかしダクラネルは首を振った。
殺害事件についてはなんの間違いもない。身体も元通りだ。
だがひとつ、事件をきっかけに抜け落ちたものがある――沈痛な面持ちで、ダクラネルは告げる。
「記憶が、一部抜けているのです。蘇生時のミスでありましょうが……お嬢には、我が身が記憶を取り戻すのを、手伝っていただきたいのです」




