表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/60

虹の彼方に

「結局、あの暗号を仕掛けた人物は何がしたかったのかしらね」


 魔王城の楽譜庫暗号化事件が解決して、少し経ち。

 アイリーンはため息をついてそう言った。暗号は解いたものの、結局犯人の狙いは分からずじまいだ。

 そもそも誰が仕組んだイタズラなのかも分かっていない。

 案内板に仕込まれた魔法と共に、痕跡もまた消えてしまった。真犯人が分からず不満げなアイリーンに、しかし楽譜庫の管理人は言う。


「まあ、アタシは楽譜庫が元に戻って万々歳ですよ。ありがとうございました」

「……そうね。まずはそれが一番。ありがとうイアンナ。あなたのおかげよ」


 隣に座る楽譜庫の管理人・イアンナにアイリーンは微笑む。

 今回の事件は彼女がいたからこそ、暗号を早期に解くことができたのだ。

 むしろ一番の功労者である。だからこの場に招かれているのだ――魔王城の小さなホールで、イアンナは居心地悪そうに身じろぎした。


「けど、いいのでしょうか。アタシがこんなところにいて……」

「いいんだ。アイリーン様が招いた客なのだからな、おまえは」


 豪奢な装飾、ふかふかの椅子。それらに気後れするイアンナに、舞台の準備をしつつ言ったのはフィオネルだ。

 アイリーンの執事たる彼は、ごそごそと手を動かしつつ楽譜庫の管理人に言う。


「本来ならば私とアイリーン様だけのはずだったが、事件解決に手を貸してくれた礼だ。おまえも呼んだ方がよかろうという話になったんだよ。我が主人の優しさに感謝するといい」

「楽器はなんだい、チェロかい。まったく、相変わらずスカしたの弾くねえフィオネル」

「この弓で斬りかからない、俺の優しさにも感謝しろよイアンナ⁉」


 軽口を叩くイアンナに、すぐ頭に血がのぼるジェノサイド執事。

 舞台と客席のやり取りに、アイリーンはくすくすと笑う。

 今日は、三人だけの演奏会だ。

「何か弾いてちょうだい、フィオネル」――結局のところ今回の事件は、アイリーンのそのひとことから始まったのだから。


「ようやく楽譜がちゃんと見られるようになって、この場もセッティングしたんだ。堪能していけよ」


 楽譜庫の案内板が正常化して、自由に楽譜の閲覧ができるようになった。

 アイリーンのワガママを叶えるプラス、今日は祝勝会も兼ねている。楽譜を譜面台に置くフィオネルに、アイリーンが小首を傾げて訊いた。


「曲は何を弾くの? フィオネル」

「はい。『宝石砕き人形』に『星々の踊り』。『白鳥の詩』、『みつばちの行進』もございます」


 経緯が経緯なだけに、フィオネルは事件に関わりのある曲を挙げる。事件を解決しなければこの場で弾くことのできなかった曲たちだ。

 元々アイリーンに聞かせる曲を選ぶために、楽譜庫に行ったフィオネルである。期せずして事件の最中に曲選びは済んでしまった。

 だがあとひとつ、()()()()()()()()()()はまだ名前を出していないのだが――

 執事の返答に「まあ素敵」と手を合わせ、アイリーンは無邪気な笑顔で言う。


「これで今回の事件、私の勝ちだと示せるわね。どこの誰だか知らないけれど、この私に挑戦したことを後悔するがいいわ」

「結構根に持ってますね、アイリーン様……」

「当然よ。犯人に逃げられてしまったんですもの。これでは探偵と名乗れないわ」


 唇を尖らせるお嬢様は可愛らしいが、言っていることはなかなか物騒である。

 探偵になる――それはアイリーンの夢であり、憧れなのだ。

 物語の登場人物のようになれなくて、お嬢様はむくれているらしい。まあ、本に出てくるような探偵も、わりと犯人を逃してしまっていることはあるものだが――それでも。

 椅子から足をぶらぶらさせるお嬢様にやれやれと息をつき、フィオネルは言う。


「それではとっておきを。今回の事件解決に相応しい、暗号を解き明かした先にある曲です」


 最初に楽譜庫を訪れたときに選んだ曲をセットし、執事は客席に向かって一礼した。

 その曲は『赤―1―1』――すなわち、『黒―3―3』にあったものだ。

 楽譜棚の、始まりと終わりの場所を示されたもの。

 七色の暗号の先にある曲。


「『虹の彼方に』」


 楽譜庫の管理人がまたスカした真似を、と苦笑したが、口を出さないということは了承した証なのだろう。

 事件の解決をささやかに祝い、そして主人の機嫌を直すため――フィオネルは軽やかに、目的の曲を演奏し始めた。

虹の暗号事件〜完

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー cont_access.php?citi_cont_id=189428228&s
― 新着の感想 ―
[一言] ジェノサイド執事で笑いました。 無事解決でよかったよかった! それにしても犯人が何を思ってこんなイタズラをしたのか気になりますね!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ