逆位置
「さて、いくつか実際の例を得たけれども。楽譜庫の管理人として何かピンとくるものはある? イアンナ」
楽譜庫で起こった暗号騒ぎについて、アイリーンは管理人のイアンナに尋ねた。
譜面の場所を示す番号が、暗号化してしまった。事件を解決するために動くアイリーンは、いくつか実際の暗号を入手したのだ。
これを元に、謎を解くことはできないか。手がかりを探すアイリーンに、イアンナが言う。
「いや、アタシも正直さっぱりでして……。やっぱり場所がデタラメだってことしか分からないです」
「そう……」
「本来なら、『星々の踊り』は紫の棚、『白鳥の詩』は黒の棚にあるはずなんですけど。まるっきり違っちゃってますね」
「ちょ、ちょっと待ってイアンナ。あなた全部の楽譜の位置を覚えているの?」
「いや、全部ってわけじゃないですけれども」
よく貸し出される楽譜の場所は、少し。と言うイアンナに、アイリーンは驚く。
頬をかきつつ、イアンナは続けた。
「正確な位置まで分かってるわけじゃないです。ただ、あの曲はどの棚にあったなあっていう、なんとなくの場所だけ。
ああ、あと参考になるかどうかは分からないですけど、楽譜庫の棚割りは曲の種類によって決まってるんです。例えば、この『みつばちの行進』なんかは黄色の棚にあったはず」
曲名と棚番号を書いた紙に指を這わせ、イアンナは証言した。
普段からこの楽譜庫に慣れ親しんでいるからこそ、持っている情報だ。役に立つかどうかは不明だが、と前置きしつつ楽譜庫の管理人は言う。
「図書館の本の分類と同じですね。あっちは十進法でしたっけ? ジャンル別に十個の棚に分けるっていう。歴史は二、芸術は七みたいな……楽譜庫も設立するとき、その分類を真似たんです。だからなんとなく、曲を知ってればどこの棚にあるかも察しがつきます」
「とっても興味深いお話よ、イアンナ。続けて頂戴」
目を輝かせて、アイリーンはせがんだ。
まるで寝しなに絵本の読み聞かせをせがむ子どもである。その無邪気さに後押しされてか、どこまでが事件に関連する情報か判断がつかないながらもイアンナは、知り得る事柄を証言した。
「赤、橙、黄、緑、青、紫、黒。この七つの棚には全て、色に対応した曲調の楽譜が収められています。さっきも言いましたけど、『みつばちの行進』は黄色ですね。『宝石砕き人形』なんかは青。そう考えると二つはまるっきり逆の配置になっちゃってますね。おかしいなあ……」
「逆」
イアンナの何気ない言葉選びに、アイリーンが反応した。
先ほどのサンプル採取において、『みつばちの行進』は黄色の棚にあるにも関わらず、青の棚を示された。
『宝石砕き人形』は青の棚にあるにも関わらず、黄色の棚を。その他の曲に関しても――。
「『星々の踊り』は紫の棚にあるのに、橙の棚を。『白鳥の詩』は黒の棚にあるはずなのに、赤の棚を。これって、もしかしたら……?」
得られた情報を、アイリーンが並べていく。歌うように口ずさみつつ、彼女は図にこれまで調べた楽譜の位置を書き込んでいった。
逆位置。
その情報を指し示すように――床に転がった執事が手にしたメモ用紙が、はらりと落ちる。
案内板が魔法で棚番号を書き込んだ、メモ用紙。
その原本――そこには、下に弧を描いた、逆さになった虹の図案が記されていた。
次回、解答編です。