今日一番のミステリー
「……プレゼント?」
執事の突然の告白を訊いて。
アイリーンたちは、目をぱちくりとさせた。
最近、執事・フィオネルの様子がおかしいと、城を抜け出して動向を探っていたアイリーンだったが、この返答は完全に予想外だったのだ。
さしもの探偵を目指すお嬢様も、動揺でいつものように推理ができなかったということか。
きょとんとするアイリーンに向かって、フィオネルは言う。
「……今度、私がお嬢様付きになった記念の日があるでしょう。そこで、何か贈り物をすることはできないかと思い」
「あ……」
ひょっとしたらその日付でフィオネルが執事の任を解かれてしまうかもしれない、と。
自分自身が言っていたことを思い出して、アイリーンは声を上げた。
在任期間があまりに長いと、異動もあり得るのでは――そんな不安から出た推測ではあったが。
真実はむしろ逆で、執事はこれからも一緒にいるために動いていたのである。
それが分かってぽかんとするお嬢様たちに、フィオネルは続ける。
「女性相手のプレゼント、となると何を選べばいいか分からず……とりあえず妹に訊いてみることにしました。手土産に花を買っていったのですが、そこで妹に月華の魔術師の占いを勧められて」
「あ、元々あの花束は妹さんにあげるつもりで買ったんですね」
今日一連の行動を説明しだすフィオネルに、アイリーンと一緒にいたムラゾウがうなずく。
最初にフィオネルを尾行し始めたとき、彼は街角で花を買っていた。
花なんて、女性に贈るために買うに決まってる――そのとき出た発言は、正解だったのだ。
「とても当たると評判だったので、行ってみてはどうかと。代金は花で支払えるということだったので、この花束はそちらに持っていけと妹に渡されまして、館にやってきました」
「巷の女子の間で噂の占い師やからなー。妹さんも、もちろん月華の魔術師のことは知っとったんやろ」
妹の家から花束を持って出てきた事情に、同じくアイリーンと行動していたスズエもうなずく。
占いの対価は花で良い。
その言葉のとおり、フィオネルは月華の魔術師に花束を渡し、館を出てきたのだ。
ここまでが、ついさっきまでの流れだ。
そして気になるのは、占いの結果はどういうものだったかで――。
「……妹には装飾品などどうか、と言われまして。それを月華の魔術師に相談したところ、これを渡されました」
本当は、こんなところではなくもっとちゃんと包装して渡すつもりだったのですが、と前置きしつつ、フィオネルは『それ』を取り出す。
彼の手にあったのは、金色の模様が刻印された赤のリボンだった。
「月華の魔術師の守護の魔術が刻まれたリボンです。最近お嬢様は、危ない事件に顔を出す機会が増えましたので……せめてものお守りを、と」
なめらかな生地に刻まれた金色の魔術文字は、薄く輝いている。
金色の髪と赤い目を持つアイリーンが身につければ、さぞ似合うことだろう。
差し出されたリボンを受け取り、アイリーンは呆然とした口調で言う。
「本当に……私のためだったの?」
「はい。まあ……当日まで秘密にしているつもりが、かえってご心配をおかけしてしまって申し訳ないというか」
「そんなことないわ! ええ、そんなことないの!」
執事の様子がおかしかった理由が、むしろ自分を喜ばせるためだったということが分かり、お嬢様はぱっと瞳を輝かせた。
今までの不安は、全部杞憂だったのだ。
渡されたリボンを、アイリーンは宝物のように見つめる。
「ありがとう、フィオネル……大事にするわ。危ない場所には行くけど。気になる事件にはどんどん首を突っ込むけど」
「大事にする、の意味を問いただしたい気もしますけど、最近はお嬢様の探偵魂を止めるのは諦めてきましたので追求しないことにします」
「ところで兄ちゃん。そのリボンはどこで手に入れたんや?」
ほのぼのと言葉を交わすお嬢様と執事に、スズエが問いかけた。
今日ずっと彼の行動を監視してきたが、花束はともかくリボンを買う時間などなかったのだ。
月華の魔術師に渡されたということだが、リボンに決めたのは占いをした後だったはずだ。
だとすると、フィオネルはどこでこのリボンを手に入れたのか。
その答えを、執事はなんでもない口調で言う。
「ああ。そのリボンは花束についていたリボンなんですよ」
「え」
「なんやて?」
にこやかに口にするフィオネルに、ムラゾウとスズエはそろって固まった。
ちなみにアイリーンは、執事の発言に一気に石像のように動かなくなっている。
「月華の魔術師殿にプレゼントの内容について相談しましたところ、『あ、これでいいや』とおっしゃられまして。花束を飾っていたリボンを使うことになりました。『これでキミとお嬢様の絆も深まるよ~ニシシ』と渡されたのですが」
「フィオネル様、それ……それ……」
いたずらっぽく笑う、謎の占い師の姿が見たこともないなのに目に浮かぶようであった。
膨れ上がる嫌な予感に、ムラゾウは汗を滝のように流す。
横から聞こえてくる地鳴りのような音は、確かにアイリーンから発せられていた。
よくよく思い返してみれば、確かに花束を結ぶリボンは赤だった。
しかし、よりにもよってそれにすることないのではないか。
ムラゾウは月華の魔術師に心の中で抗議していると、アイリーンが言う。
「……確かに、ようく見ると何かを結んでいた形跡があるわね。このリボン」
「あ、そうですね。本当はちゃんと押し直して綺麗にしてから渡すつもりだったのですが」
「…………後をつけてきてよかったわ。何も知らないままに渡されたら、これがこんな経緯を経てきたものだとは気づかなかったでしょうから」
魔力の加護を受けたとはいえ、それでも軒先につるされているリボンである。
普段のフィオネルだったら、それを贈り物に使うなどという発想は浮かばなかったろう。
ただ慣れないプレゼントを選ぶという状況、妹のアドバイス、魔術師のお墨付きという幾多の要素が、彼の想像を麻痺させていた。
「いかがでしょうかお嬢様。気に入っていただけましたでしょうか」
「気に入ったも何もないでしょうばーーーーーーーーか!!!!!!!」
結果。
最後の最後で有罪となった執事は、お嬢様の魔法で天高く吹き飛ばされることになった。
宙を舞うフィオネルを見上げ、ムラゾウは隣にいるスズエに訊く。
「どうだろうスズエ……アイリーン様とフィオネル様の絆、深まったのかな……」
「分からへんなあ。ただ、月華の魔術師の思ったとおりにはなったんやろうな……」
水晶の中にかの魔術師が、この光景を見たのかどうか。
その真偽を確かめる術はないが、アイリーンもリボンを焼き捨てないあたり、それなりに絆は深いのではないか、とスズエは思う。
見上げれば、尾行を始める前と同じで天気は良く、絶好のお散歩日和といえる。
その中でキリモミ状に飛んでいく執事をみとめ、スズエは遠い目でつぶやいた。
「乙女心は、ミステリーやなあ……」
花束の行方~完