たどり着いた目的地
「ここはあれや。最近評判の、よく当たる占い師の館やな」
尾行対象が入っていった店を見上げ、ミミックのスズエが言った。
「『月華の魔術師』。元々は名前のとおり魔術師やったんやけど、なんとなく占いも始めたらこれが大ヒット。女子に人気のスポットとして盛り上がっとる」
「よく知ってるねスズエ……」
ほへーっとその月華の魔術師とやらがいる占いの館を見てスズエが言うのに、ミノタウロスのムラゾウが応じた。
怪しい動きをする執事を尾行していったら、なぜかこの占いの館に入っていったのだ。
もちろん執事は男性だし、占いに興味があるようにもあまり見えない。
どうしてこの館に入っていったのか、見当もつかないのが正直なところだ。
すると、執事の主・アイリーンがむすっとした顔で言う。
「……その月華の魔術師とやらは、どんないで立ちの者なのかしら」
「分からん。姉ちゃんかもしれんしオバハンかもしれん。魔術師だけあって謎めいてるっていうのが色んな話を聞いた感想やな。でも、基本的には女性らしいで」
「女性……」
執事は、誰か女性に渡すために花束を買ったのではないか――ここに来るまでに出た意見が、全員の脳裏をよぎる。
月華の魔術師は女性。
なら、彼女への贈り物として花束を用意したのだろうか。
その疑問を、情報通のスズエが否定した。
「いやあ、どうやろ。やっこさん、月華の魔術師っちゅうだけあって占いの代金に花もカウントしとるらしいからなあ。花束はここの占いの代金として用意したのかもしれん」
「占いの料金に、花?」
「らしいで。花の精気を吸うとかただ愛でるだけとか、色々言われとるけど」
どういう仕組みかこの館では、花が通貨として適用されるらしい。
詳しいカラクリは不明だが、その話を信じるなら執事が用意したあの花束は、占いの対価ということになる。
個人的に月華の魔術師へ贈るため用意した、という線も捨てきれないが、料金代わりと考えた方が自然な流れだ。
だとしたら、執事フィオネルは何かを占ってもらうためにこの館に入った、と思われるが。
さて。
「フィオネル様、何を占ってもらうつもりなのかな?」
「さあなあ。人生についてかもしれんし、仕事のこと、恋愛のことなんかもこういうとこでは鉄板やなあ」
「恋愛……」
恋愛。
その単語に、ムラゾウはあたりの気温がすっと下がるのを感じていた。
原因はもちろん、ここまで執事のことを追いかけてきたアイリーンである。
本人は口にしないが、ムラゾウは今日のアイリーンの言動に、もしや、という思いを抱いていた。
半ば勘のようなものだし、そもそも本人に自覚もないのかもしれないけれども。
今後の展開によっては、これはとんでもないスキャンダルになる――かもしれない。
いずれにしても、どう転ぶかはこれからこの館を出てくる、執事の言動次第である。
頼む、頼みますよフィオネル様――と、背中をつたう汗にムラゾウは、心中で必死に祈りをささげていた。
あなたの一挙手一投足で、これからの魔界の運命が決まるかもしれないんですから。
というか、この氷河の中の活火山みたいなアイリーン様、爆発させないようになんとかしてください――!
そんなムラゾウの願いが届いたのか。
占いの館から、フィオネルが出てきた。
館に入る前まで持っていた花束は、彼の手にはない。
ということはやはり、この館で何らかの目的でもって使われたのだ。
目指すものは、ここにあった――。
そう確信したムラゾウとスズエをよそに、アイリーンがすっと前に出る。
「……フィオネル」
「……アイリーン様?」
尾行のための術を解き、姿を現したアイリーンに。
フィオネルは目を丸くして、立ちつくしていた。