執事の過去(噂)
「そういえばあのダークエルフの兄ちゃん、どういう経緯でお嬢様の執事になったんや? ワイまったく知らんのやけど」
そのダークエルフ、フィオネルをこっそり尾行しながら。
一行の中で、スズエがつぶやいた。
魔王の娘・アイリーンに、どうして執事としてフィオネルがつくことになったのか。
スズエともうひとりの同行者・ムラゾウがアイリーンに目をやるも、彼女も経緯は知らないらしい。
ふるふると首を振るお嬢様。臣下の問いに答えられなかったことに、アイリーンは沈んだ顔を見せる。
そんな彼女をフォローすべく、ムラゾウが口を開く。
「噂程度なら、聞いたことがありますけど……」
「おっ、どんな話や?」
「……私も、聞きたいわ」
先を行くフィオネルの背中を見つめつつ、三人はそれぞれ囀り合った。
ダークエルフという種族は確かに魔界側の眷属であるが、そこまで表立って破壊的な活動するわけではない。
それなのになぜ、フィオネルは魔王城の魔王の娘付きなどという華々しい立場にいるのか――。
かつて小耳に挟んだ話を、ムラゾウは語り出す。
「……フィオネル様も最初から、魔王城で働いていたわけではなかったそうです。むしろ故郷の村で、狩りとかをしながら普通に暮らしていたそうで」
エルフ族は通常、森で生活する。
樹の実を集めたり、狩りをしたり。慎ましやかで素朴な暮らしをする種族だ。
ダークエルフという闇側の属性を持っているにせよ、基本的には変わらない。
けれど、その暮らしは。
「……でも、ある日フィオネル様が狩りに出ているときに、村が焼き討ちにあったそうで」
ほんの少しの悪意で、一変する。
「ニンゲンたちが、襲撃を恐れて森を焼いたのだとか。フィオネル様には妹がいたそうですが、いなくなってしまったそうで……逃げ遅れたか、ニンゲンたちに連れ去られたか。どちらにしても救えない話です」
ため息をついて、ムラゾウは前を行くフィオネルの後ろ姿を見た。
風に揺れる銀髪が、得も言われぬ哀愁を漂わせているように感じられる。
ここに来るまでに、背負ってきたものがある――そんなことを、思わせる背中だった。
「……フィオネル様は、村を焼いたニンゲンたちを探し出して、八つ裂きにしたそうです。その執念と行動力を買われて、魔王様より直々にアイリーン様の執事になるよう命じられたのだとか」
「執事のわりにたまーにやたらジェノサイドなのは、そーいう経歴があってのことかいな」
あえてなのかどうなのか、スズエが軽い口調で応じる。
対してアイリーンは、わずかに涙をにじませた顔で言った。
「そうなのね……妹さんを守れなかった代わりに、私のことを守ろうと。お父様は、そう期待して……」
「確かに、今度こそは守ろうと思うでしょうねえ……」
そう考えれば、フィオネルのあの強烈な忠誠心にも納得がいく。
かつて失った妹への誓い。
それがフィオネルを突き動かしている――。
「……おっ、目的の場所にたどり着いたみたいやぞ!」
アイリーンとムラゾウがしんみりした気持ちでいると、前方にいるスズエが言った。
三人で足を止めて物陰からこっそり様子をうかがう。
花束を持ったフィオネルは、一軒の家の前にいた。
呼び鈴を鳴らし、家の中の者が出てくるのを待っている様子だ。
ここにいるのが、フィオネルの目当ての人物。
後をつけてきた三人が、固唾をのんで事の成り行きを見守っていると。
扉が開いて、ひとりの女性が顔を出してきた。
つややかな銀髪をショートにした、ダークエルフの女性。
細身ながらもしなやかな体つきで、容姿も非常に整った美人である。
その顔つきは、今まで必死に追いかけてきたフィオネルによく似て――
『妹、生きてた‼』
明らかにフィオネルの身内である彼女の登場に。
アイリーンたちは、そろって叫び声をあげていた。