スキャンダルの予感
「花を買う理由なんて決まり切っとるやろ。女に渡すために決まっとるやないか」
執事の入っていった花屋を横目に、スズエは路地裏でささやく。
「あの兄ちゃんも隅に置けん、ちゅうことやな。休みの日にわざわざ街に来て花を買うっちゅーことは、これからどこかに向かうっちゅーことやろ。で、男が花を買う理由なんか、女以外あらへん」
「そりゃあそうかもしれないけど……」
同じく、路地裏で花屋とスズエを交互に見ながらムラゾウがつぶやく。
魔王の娘の執事として、職場ではかなり堅物なフィオネルである。
何度かムラゾウは執事としてのフィオネルと話してきたが、女性相手にデレデレするようなイメージはなかった。
むしろ仕事一筋、お嬢様一筋といった印象である。
好奇心でついてきたものの、いざそんな場面に遭遇すると首を傾げてしまう。
しかも、目の前にはその執事の主人もいるのだから――と。
「……やっぱり、そうなのね」
みしっ、と音をたてて。
路地裏の壁にひびが入った。
魔界の炎も真っ青なオーラをまとっているのは、もちろんフィオネルの主。
魔王の娘・アイリーンである。
ここ数日、怪しい動きをしていたという執事をつけて城から出てきた彼女。
自分の下僕が事情を話さないことに業を煮やし、ならば秘密を暴いてやろうと――
「……ん? あれ?」
――だったら別に、こんな風に怒る必要はなくないか?
アイリーンのはちきれんばかりの苛立ちを目にして、ムラゾウはふと思う。
部下に恋人がいる。
別にいいだろう。むしろ祝福してもいいくらいではないか。
隠し事をしている。
誰だって言いたくないことの、ひとつやふたつあるだろう。
「んんんんん……?」
つまりアイリーン、言っていることとやっていることが少し食い違っているのだ。
探偵だから謎を解こうと城を出てきた、それはいい。けど、なら別にこんなに怒る必要はない。
いつものように冷静に、少し楽しみながら余裕で推理をすればいいのである。
なのに、そうしないということは――もしかして。
「え、ええ……? むしろスキャンダルなのはこっちなのでは……?」
「どうしたんやムラゾウ。ダークエルフの兄ちゃんに浮いた話があるのがそんなにスキャンダルか」
「いやー、確かにそうなんだけど、こっちはひょっとしたらとんでもない爆弾というか……」
「あっ、出てきたわ!」
お嬢様と執事の関係に、ムラゾウが想像力を働かせて慌てふためいていると。
当事者であるアイリーンが鋭く囁いた。三人でこっそりのぞき込めば、話題の中心であるフィオネルが、店から出てきたところだ。
いつもの執事服ではなく、普段着のフィオネル。
花屋から出てきたから当たり前であるが、大きな花束を持っている。
ピンクのバラを中心に、白いカスミソウ。
そして大きな赤いリボンをつけた花束。
いかにも女性好きしそうな組み合わせだ。その事実にそれぞれが恐れおののいていると、フィオネルが花束を抱えて歩き出す。
「――追うわよ!」
その背を追って、アイリーンが駆けていった。
お嬢様に、ムラゾウとスズエも続く。本当に、女性の元に向かうのだろうか――三人がそれぞれ違った意味でドキドキした気持ちを抱えつつ、珍道中は続く。