執事の向かう先は
「……最近、フィオネルの様子がおかしいの」
魔界の城下町。
自分の執事の後をつけながら、アイリーンは事情を話し始めた。
「上の空で何かを考えてることがあるし、どうしたのって訊いても教えてくれないし。何か隠していることがあるのは明白なの」
波打つ金髪と黒のドレスは非常に目立つが、そこはお得意の魔法で迷彩をかけているらしい。
道行く人々が、アイリーンのことを振り返りつつも、首を傾げて通り過ぎていく。
幻惑の魔法と気配遮断の魔法のミックス。非常に高度な技術である。
もっとも、やっていることは『知り合いの後をつける』というどうしようもないものなのだが。
仮にも魔王の娘、アイリーンである。
が、事はそんな体面以上に、彼女にとって重要なもののようだった。
お嬢様に隠れて、執事が何やら怪しい動きをしていた。問い詰めてもはぐらかされるばかりで、何をしているのか教えてくれない――そんなフィオネルの態度に疑問を抱き、アイリーンは尾行を決意したようだ。
「私に黙って何をしようというの? しょうがないから後をつけて、謎を暴いてやることにしたわ。これも探偵のすることよね」
「そこで口を割らせるんでなく、自ら動くっていうところが、アイリーン様らしいところよなあ」
「しかも尾行するってところがねえ」
そんなアイリーンに対してのんびりと言ったのは、同行するミミック・スズエとミノタウロスのムラゾウである。
二人(二匹)とも、アイリーンは以前解決した事件の当事者だった。
なので探偵志望のお嬢様の性質は、他の者たちより分かっている。なし崩し的にアイリーンの尾行に巻き込まれ、彼らもまた執事の後をつけていた。
アイリーンの魔法のおかげか、未だつけられていることにフィオネルが気づく様子はない。
銀髪をなびかせ、颯爽と行く休日執事。
石畳を歩くフィオネルを、一行は追いかけていく。
やがて、彼が入った先は――
「……花屋?」
軒先に色とりどりの花を飾った、正真正銘の花屋だった。
「ええと、何か怪しいところはない? たとえば、ここが何かの組織のアジトになっていそうとか、商品の受け渡しのときに暗号がこっそり仕組まれるっていう噂とか」
「アイリーン様、それはちょっと穿ちすぎではないでしょうか……」
「普通の花屋よな。どう見ても」
いつもより若干エキサイト気味のアイリーンに、ムラゾウとスズエが突っ込む。
路地の影からひょいひょいひょいっと、三人で顔を出して対象が入っていった花屋を観察した。
なんてことのない、普通の店構えである。
となるとフィオネルは、正真正銘、花を買う目的で店に入っていった――と見ていい。
しかし一体、どうして花を?
「――女やな」
そこできゅぴんと宝箱ボディを光らせ。
スズエがキメ声でつぶやいていた。