モンスターたちの休日
魔王城から少し離れた、モンスターたちが住まう街。
様々な魔物たちが行き交う中に、一匹のミノタウロスと一体のミミックの姿があった。
「今日も天気がいいねえ」
「お散歩日和やなあ」
片方は魔王城の見回り、ミノタウロスのムラゾウ。
もう片方は魔王城の宝物係、ミミックのスズエ。
職場の違う二人だが、先日『魔王の娘が解決した事件の当事者』という共通項を得て知り合ったのだ。
今日はお互い非番である。適当にぶらつこうか、と城下町に繰り出した。
適当に何か食べ歩くのも良し。巷で流行りの東洋の鬼が活躍する活動写真を見に行っても良し。
あるいは、最近当たると評判の占い師を冷やかしても良し――などと、二人で話しながら道を歩く。
「新しい斧が欲しいんだよなあ。サイクロプスからお金が返ってきたから、少し奮発して高いの買ってもいいんだけど」
「なんならワイが貸しまっせ! もちろん十一でな!」
「なんで帰ってきたお金でさらに借金しなくちゃいけないんだよう⁉」
快活に笑うスズエに、半泣きになりながら突っ込むムラゾウ。
もちろんスズエとしては冗談なわけだが、律儀なムラゾウは本気として受け取ったようだ。
傍から見てもデコボココンビである。
そういえば、職場の魔王城にも小さいお嬢様とのっぽの執事という、デコボココンビがいるのだが――とムラゾウが脳裏に、自らが巻き込まれた事件を解決した『探偵』の姿を思い浮かべたとき。
彼の視界に、その探偵の片割れである『助手』の姿が入ってきた。
「あれ……」
「なんや、フィオネルはんやないか」
城下町を歩くのは、魔王の娘・アイリーンの執事であるフィオネルだ。
つややかな銀髪に褐色の肌。ダークエルフの特徴を余すことなく備えたフィオネルは、もちろん涼やかな顔立ちの美男子である。
街を歩くフィオネルは、しかしいつもの執事姿ではない。緑色のセーターに黒のスラックスという、いたって普通の格好をしていた。
それでも通り過ぎる人影をフィオネルと認識できたのは、彼が執事の時と変わらず金の片眼鏡をかけていたからだ。
ファッションなのか、何かの魔法のアイテムなのか。
判断がつかないままムラゾウがフィオネルを見送っていると、スズエが言う。
「あの兄ちゃんも休みなんかな。なんか、どこか目的があるような歩き方やったけど」
「そうだねえ。街をぶらつく、って感じじゃなかったねえ」
「女か?」
「わあ。どうなのかなあ」
好奇心たっぷりのスズエの声に、ムラゾウもニヤリと笑って反応した。
いつもは魔王の娘の傍で、かしこまっているフィオネルである。
そんな彼に女性関係が――ともなれば、ちょっとした話の種になる。
おぬしも悪よのう、といった笑みをお互いに浮かべ、ムラゾウとスズエは話し合う。
「気になるよね。ちょっとついていってみようか?」
「別にワイらも、これといった用事があるわけでもないもんなあ。よっしゃ、面白そうやから後つけてみよか」
「……待ちなさい、あなたたち」
途端。
冷気が吹き付けてくるような声が聞こえて、ムラゾウとスズエは固まった。
今の声には、聞き覚えがある――そう思った二人は、恐る恐る声のした方を振り向く。
ムラゾウとスズエが知り合うきっかけになった、事件の中心人物。
魔王の娘。助手とのセット。
「……後をつけるなら、私も一緒に行くわ」
探偵志望のお嬢様、アイリーン。
本来ならば決して城下町などにはいないはずの彼女が、なぜかひどく膨れっ面をしてそこに立っていた。