お嬢様、現場へ向かう
「殺人事件ね」
現場にたどり着いたアイリーンは、状況を見るなりそう言い切った。
正確には殺モンスター事件、と呼ぶべきか。
魔王城の通路で、サイクロプスが殺されている。
血まみれの廊下に佇む、金髪でドレス姿のアイリーンは非常に絵になる。ただ、いつまでも眺めてはいられない――と、アイリーン付きの執事・フィオネルは、部下たちにてきぱきと掃除の指示を下していた。
「アイリーン様。もうすぐ部下たちがここを清掃に参ります。それまで、あまり時間がありませんが」
「分かっているわ。少しだけ見る」
淡々と答えて、アイリーンは死体の傍に寄った。
『探偵になりたい』――魔王の娘にあらざる願いを口にしたアイリーンを、フィオネルはここに来させたくなかった。しかし本人がどうしてもと言うので連れてきてしまったのである。
なので、フィオネルとしてはあまり現場に足を踏み入れてほしくなく、「時間がない」と言ったわけだが――アイリーンはむしろ挑戦と受け取ったらしい。迷いのない動きで現場検証を始める。
「鋭い刃物でめった切り――か。この傷と出血量、ここが現場とみて間違いないわね」
「最終的には目を一突き、ですか。これが致命傷になったようです」
「一つ目巨人の弱点を知っているわね。傷の量からしても、明らかに殺意があったとみるわ」
潰された一つ目を、アイリーンはそっと閉じてやった。
魔王城の住人は、基本的に死んでも生き返る。あまり時間が経ちすぎていると蘇生は不可能だが、今回のように死後間もないケースであれば、暗黒神の神官の元に連れていくことで蘇らせることができるのだ。
ただ、それでも一度死ぬ、死ぬほど痛いことに変わりはない。
怖かったでしょう、とつぶやくアイリーンの優しさに密かに感銘を受けつつ、フィオネルは言う。
「一方的にやられたのではなく、争った跡も見えますね。戦いで命を落としたならば、彼も戦士として本望だったでしょう」
近くにはサイクロプスの持ち物である巨大な斧が転がっていた。
ひび割れ、傷がついている。床にも一カ所、大きな陥没があった。
この場所で何らかのやり取りが行われていたことは間違いない。そして床の大穴は、サイクロプスの斧の形と一致した。
ほんの少し前に、ここで事件が起こったのだ。
そう実感すると、フィオネルの身体の奥底に緊張が沸き上がった。ゾッとすると同時に、こんなに身近で起きた脅威からアイリーンを守らなければと改めて思う。
そのためには、起こった事件を詳しく知らなければならない。
犯人は誰か。
どうしてサイクロプスを襲ったのか。
そして脅威はどこへ去ったのか――。
幸いにも主人は、怯えるだけの少女ではない。静かに黙祷し辺りを見回していたアイリーンは、手掛かりとなる存在に問いかける。
「ムラゾウ。あなたが大きな音を聞きつけて、ここに着いたらサイクロプスが殺されていた、ということでいいのよね?」
「へ、へい! おっしゃるとおりでございます!」
アイリーンの質問に、近くに控えていたミノタウロスが慌てて答えた。
ムラゾウ、という名前のこのミノタウロスは、死体を見つけてアイリーンの部屋までやってきたモンスターだ。
つまり第一発見者である。報告に来たときはだいぶ混乱していたが、少し経って落ち着いてきたらしい。
ムラゾウはアイリーンの視線に促され、自分がここにやってきた経緯を述べる。
「見回りの交代をしようと、近くを通りかかったら大きな音がして――何かあったのかと走っていったら、死体を見つけたんでさあ!」
「大きな音というのは、恐らくこの床に穴を開けた一撃よね。他に何か気づいたことはない? なんでもいいわ」
「他に、というと何も思いつきませんけど……何かあったかなあ」
「おい、おまえ」
考えようと宙を見上げるムラゾウに、今度はフィオネルが問いかけた。
執事の目は、ムラゾウの膝と手を見ている。
「おまえ、どうして身体に血がついているんだ」