密室の謎~お嬢様の推理
「謎が全て解けた……? ってことはアイリーン様、ワイの金貨がどこへ行ったのか突き止めたんか⁉」
「ええ、そうよ」
ミミックの中にあった金貨が消えた。
いわば密室で起きた紛失事件である。その謎を解いたと口にしたアイリーンは、テーブルにあるティーカップに目をやった。
そういえば、これは元々はここでお茶会をしようとしたときに、舞い込んできた事件だったのだ。
紅茶はすっかり冷めてしまっている。これが終わったら、新しく紅茶を淹れ直そう――と執事のフィオネルが考えていると、アイリーンが続ける。
「最初は、スズエが寝ているうちに誰かが金貨を持っていってしまったのかと思った。そう考えるのが普通だから。けれど違った」
ミミック・スズエの密室は完璧だった。
当人の意志がなければ開閉もままならない扉。入ったら簡単には出られない倉庫。
おまけに出られなければ溶かされるという罠付きだ。スズエの中で見た金貨の山とそこに埋もれるガイコツを思い出し、フィオネルはぶるりと身体を震わせる。
誰かが無理やり蓋を開けて金貨を取って持っていった、ということであれば、さすがに昼寝をしていたとしてもスズエは気づく。
だが、そんな形跡はなく金貨だけが忽然と消えていた。
だというならば。
「状況が不自然であれば――金貨の方に仕掛けがあった。そう考えるのが自然でしょう」
「ですがお嬢様。金貨はスズエが目視しています。さすがにその時点で妙なことがあれば気づくのでは?」
もし魔法がかけられていた、何かの仕掛けが施されていた、というのなら当の本人が気づくのではないだろうか。
そう反論するフィオネルに、アイリーンは首を振った。
「そうでもないの。さっき尋ねたとき、スズエは言ったわ――『手がないから、重さや感触がよくわからない』。つまりミミックは、宝を見た目だけで判別していることになる」
キラキラピカピカの金貨を拾った。
知らない柄の、珍しいものだった――そんなスズエの証言は、半分本当であり、半分嘘だった。
本人が知らず知らずのうちに口にした嘘だ。今もまた、スズエは首を傾げるように、全身をよじっている。
「密室――スズエの体内を調べたときに、彼は言ったわ。『ここに入った者は溶かされる』。現にそこにはガイコツがあったのでしょう? 酸か何かで肉を溶かされたのね」
「そうや。ワイの身体に入ったら溶ける。宝を奪われないための防衛機構やね」
「おかげで知らず知らずのうちに死にかけたが……」
なぜかドヤ声で言ってくるスズエに対し、フィオネルが突っ込む。
密室の調査に向かった際、そうとは知らずに呑気に辺りを見て回っていたのだ。
短時間であれば大丈夫、とスズエは言ったものの、危うく死者の仲間入りをするところだった。頬を引きつらせるフィオネルに対し、アイリーンは言う。
「つまり金貨も溶かされた。この事件のカラクリはこう――本当に金貨は消えたのよ」
「……金貨は溶けないのでは?」
「だからこその仕掛けよ」
至極もっともな執事の反論に、アイリーンは嫣然と微笑んで答えた。
「輝く金貨。古今東西どこでも使われていないデザイン。重さと感触の分からないスズエ。
さらには、体内で肉、身体の成分が溶ける仕組みがある――というのなら、金貨は本当は有機物だったと考えるのが普通よね」
「……そんな。まさか」
そんな子どもだましのようなトリックで――? とフィオネルは思うが、現に金貨は消えているのだ。
金貨を食べてしまった――そんな宝箱の話が、あり得ないわけではない。
「たんぱく質、脂質、炭水化物。可能性としては、前に本で読んだのだけれど、宝に擬態する昆虫とか。もしくは、『味もよく分からない』。そう言っていたスズエの言からするに、それは」
そういえば、この部屋に最初に来たとき、スズエは言っていたのだ。
『味などよく分からない』。そう言いながらスズエが口に入れたのは、もしかしたら。
「チョコレートだったのではなくて?」
お菓子がほしい――そう言っていたお嬢様は。
お茶会にふいに紛れ込んできたトリックに、おかしげに笑った。