お嬢様は探偵がお好き
世は戦国。勇者と魔王が争う時代。
暗い空、稲光。照らし出される魔王城――その離れに、天蓋付きのベッドでごろごろする少女の姿があった。
「暇だわー」
長い金髪を波打たせた、赤い瞳の少女。
無論、彼女はただの少女ではない。魔王城でくつろぐ彼女はアイリーン。魔王のひとり娘であり、父からも周囲からも愛される存在である。
黒いドレスをまとい、整った顔立ちは気品にあふれていた。
もちろん、足をパタパタさせながら本を読んでいなければ、だが。
「はしたないですよ、アイリーン様」
やんわりとそうたしなめるのは、執事のダークエルフ。
片眼鏡をした執事の青年、フィオネルだ。何かとおてんばなアイリーンのお目付け役を任されている。
銀髪に褐色の肌のフィオネルは、自らの主人に対して呆れた顔をしながら、紅茶を淹れていた。
しっかり蒸らして数分。よい香りのするお茶を、アイリーンに差し出す。
「勇者一行の噂も耳にします。魔王の娘として、アイリーン様も気を引き締めてもらいませんと。臣下たちに示しがつきません」
「なによう。いいじゃない、こんなときくらいちょっとくつろいだって。帝王学だって魔法の勉強だって、ちゃんとしてるんだから」
唇を尖らせて、アイリーンは紅茶のカップを手に取った。必然、読んでいた本は傍らに置くことになる。
ベッドに伏せられた本を、フィオネルは首を傾げて見る。
「ちなみに、今は何の本を読まれていたのですか?」
「人間の世界で流行っている推理小説よ。ミステリー、といったかしら。なかなか凝った造りで面白いのよ」
「ははあ。先日、人間の街に偵察に行った小妖精が仕入れてきたものですな」
ふかふかのベッドの上にある厚い本は、ともすると魔導書にも見えたが――中身はいたってシンプルな娯楽小説のようだ。
お嬢様に妙なことを吹き込んだらあいつ殺す、とピクシーのことを頭の中で血祭りにしかけたフィオネルだったが、ほっと一安心。頭を使う本であれば、教育にも問題ないだろう。
容認しかけたフィオネルに、アイリーンは言う。
「すごいのよ。探偵というものが出てきて、事件を解決していくの。殺人事件の犯人を見つけたり、なくなったものを探し出したり、暴かなくてもいい秘密を暴いたりするの。私も将来、こんな風になってみたいわ」
「ちょっと待ってください、魔王の娘が探偵を希望してどうするんですか」
目をキラキラさせて言うアイリーンに、執事は突っ込んだ。
魔王の正統後継者として育っているアイリーンが、探偵などになられては困る。聞き込みをし、張り込みをし、「犯人はあなたよ!」などとびしりと指を突きつける金髪の女の子。想像しただけでお目付け役としてめまいがしてくる。
息抜きにと読んでいた小説だが、アイリーンは思いの外はまってしまったらしい。
よくある、物語の主人公を自分に投影してしまうヤツで――とフィオネルが頬をひきつらせていると、アイリーンは続ける。
「あーあ。魔王城でも何か、事件が起こらないかしら。そうしたら私が、ちゃきっとズバッと解決してみせるのに」
「アイリーン様、めったなことを言うものでは――」
「大変です、フィオネル様!」
ようやく制止しかけたフィオネルの元に、部下のミノタウロスが駆け込んできた。
息を切らし、慌てた様子のミノタウロスを見て、フィオネルは目を鋭くし言う。
「何事だ。お嬢様の御前であるぞ」
「し、失礼をばいたしました! だ、だどもオラ、びっくりしちまって……!」
平服するミノタウロスにはよほどの事情があるらしい。ただ事でない様子に、フィオネルは態度を緩める。
アイリーンの部屋に無礼にも入り込んできたのは万死に値するが、それほどにミノタウロスは混乱しているようだった。
事情を訊こうとするフィオネルに先んじて、アイリーンが言う。
「何かしら。話してごらんなさい」
「へ、へい――それが」
下々の者にも優しく接するアイリーン――ではあるが、今回はその瞳の輝きにフィオネルは違和感を覚えた。
あれは、彼女が城を抜け出して、人間の街を見て回った前の日の夜に見せた目。
新しい魔法を思いついたと言って、辺り一帯を丸焦げにしたときにも見せた目――
『探偵になりたい』。
そう言い放ったばかりのアイリーンに、ミノタウロスは魔王城で起きた事件を述べる。
「死んでるんです――サイクロプスが! 誰かに殺されているんです!」