14.第3ゲーム⑤:決定論
俺とキノアの結託により、サラは攻撃の手を一層強めることとなった。
どうやら彼女の闘争心を余計に刺激してしまったらしい。
だが俺達への被害が大きくなったかと言えば、むしろ逆。
協力プレイにより、状況を少し好転させることに成功していた。
「――《泡手榴弾》、《水沫壁》、《追尾飛弾》」
「させるかよっ! 《空気砲》!」
「《火炎関門》! ヨウ、そっち二発行った!」
「オーケー! 《乱流幕》!」
第7フレーム、俺の二投目。
サラの猛攻をキノアが炎の門壁を築いて防ぐ。その隙に俺は水の壁を破壊し、突破。ガードしきれなかった追尾ミサイルは俺の防御魔法で退け、残りのピンを倒しスペアを獲得した。
【第3ゲームスコア表(第7フレームまで)】
サラ
G-|G-|G-|☒ |☒ |1◢|☒ |
0| 0| 0|29|49|61| |
キノア
G-|G-|G3|G-|G-|G7|8◢|
0| 0| 3| 3| 3|10| |
ヨウ
G-|G-|G-|G-|G-|8◢|9◢|
0| 0| 0| 0| 0|18| |
「……小賢しい真似をしてくれますわね」
第7フレームが終わり、サラがスコア表を見て歯噛みする。
うまく攻めきれなくなったことに苛立ちが隠せないようだ。
俺とキノアの消耗は著しい。
だが残りSPで言うなら、サラだって俺達同様ギリギリだ。
そのうえ一人で二人分を妨害しなければならないのだから、攻めきれないのもムリはない。
一方で俺とキノアは、互い助け合いながらSPを回復できる。うまくストライクにならないよう調節するのも、二人でならやりやすい。
だが……それでも、
「……ねぇ、どうすんのヨウ? このままじゃ……」
「……どうする、っつっても……」
状況が最悪な事に変わりはなかった。
現状、サラを逆転できる可能性はゼロではない。
サラの残りSPは1。対する俺達のSPは、合わせて32。
残りフレームで彼女を完封することも難しくなく、その場合、サラの最終スコアは71。
現在の俺達のスコアは、キノアが20、俺が28。
残り3フレームあれば超えられないことはない。
サラの妨害がなくなり、補助魔法を存分に使える状況にさえなれば、目標達成は容易だ。
もう俺達の勝ち確は目前に迫っている。
――と、見えるだろう。
スコア表の上では。
この計算は「サラを完封した場合」という前提に基づいた、いわば机上の空論。
でも……現実はそう甘くない。
だって、彼女のSPが残りわずかになったってことは、
奴は必ず“あの技”を使ってくるのだから。
「まあ、どのみち私の勝利は揺るぎませんが」
サラが静かにアプローチへと向かう。
それにキノアが、焦るように俺を見上げる。
「ヨウ、止めなきゃ! ここでSP回復されたら、もうあたしらの勝ち目ないよ!」
「わかってる! けど……」
「けど、何さ!」
確かに、一つだけ対策法ならある。
いやもはや対策法なんて呼べるほど大層な作戦じゃない、愚直な力技だ。
正直成功するより先に自分達の魔力が尽きる可能性だってある。
けど……そうだよな。キノアの力強い視線に、頷く。
やるっきゃない。可能性がわずかでもあるなら、一か八かで――
「申し訳ありませんが、お二人とも」
と、ボールを投げる直前、サラが後ろを振り向いた。
その視線は、まるですべてを見透かすかのように、俺の目を射貫いていて。
「その作戦、失敗しますよ?」
予言……いや、確信を伴って、サラの手から放たれる。
絶対不動の切り札が。
「――《絶対狙撃》!」
俺は魔術式を編みながら叫んだ。
「キノア、左だ! ボールの左側に攻撃を集中させて、右のガターに向かって押し込むぞ! 《空気砲》!」
「わ、わかった! 《燃爆》!」
なけなしの魔力を振り絞って、全力の攻撃をぶつける俺達。
突風が、爆風が、ボールを左側から殴りつける。
二人バラバラでの攻撃効果は薄くとも、同タイミングで押し込めば力は増幅する。
それにいくら強力な突破力をもつ球筋でも、横からの攻撃には弱いはずだ。
そんな俺の作戦はある程度当たったようだ。二人分の魔法を同時に食らったボールは、確かに軌道をずらした。
ずらした……のだが、
「う、そ……だろ……!?」
ガターどころか、ボウリング場外まで飛ばすつもりで魔法を撃った。
なのに軌道のずれ幅はわずか数ミリ~数十ミリ程度。
ほとんど誤差に等しい。
「無駄ですよお二人とも。《絶対狙撃》の狙いは“絶対”ですもの」
「《暴虐嵐》! 《突風撥》! 《鎌鼬》ッ!!」
「《紅炎撃》! 《紅爆竹》! 《火礫》ッ!!」
「無駄だと言っていますのに」
それでも、手を止めるわけにはいかない。
何度も、何度も何度も何度も何度も、ボールの左側に魔法をぶつける。
確かに、一度の攻撃ではほとんど意味を見出せなかった。
だが1センチだろうが1ミリだろうが、軌道を反らせたのは事実だ。
どんな誤差だって、積み重ねれば大きな変化となる。だからこのまま押し切ればボールをガターに落とすことだって、不可能ではない。
……はず、なのに、
「な、んで……ッ!? なんで、落ちないのさ……! 《燃爆》!」
もう何度目かも分からない追撃をキノアが加える。
だが右側へと押されたボールは、ガターに落ちるどころか、むしろ左に進路を変えていた。
――ボールの軌道が、徐々に戻ろうとしているのだ。
「だから言ったでしょう? 《絶対狙撃》を使った時点で、ボールが最終的にどのピンのどこに当たるか、すでに確定してますのよ」
どんなに邪魔されようが、狙った“位置”に決まった“威力”と“回転”でボールを当てる魔法。
ゆえに決まった本数を確実に倒すのだ、と、サラは静かに笑った。
つまり……俺達が歯を食いしばって撃ち続けた妨害は、なんてことはない。
――本来一直線に一番ピンへと向かうはずだった軌道を、少し右に膨らむ軌道へと変えただけだった。
「ハァ、ハァ……! 次、こそは……!」
「やめろ、キノアっ!」
俺は衰弱しきったキノアの肩に手を置いた。
……そろそろ潮時だ。
これ以上、彼女に魔法を使わせるわけには、いかなかった。
「……もういい。…………もう、いいんだ」
「……ヨウ」
自分の身体を痛めつけてまで攻撃して、一体何になる?
もう、決着はついた。
ついて……しまったんだ。
「そういえば、言い忘れてましたが」
ボールがピンに当たる直前、ふとサラがつぶやいた。
「仮にあのままガターに落ちても、あのボールは復活します。つまりあなた達の作戦は、初めから無意味だったんです」
突きつけられた事実に、俺は俯き、拳を震わせた。
でもいくら願ったところで、ボールは止まるはずもなく。
狙撃点である一番ピンの右腹を、わずかな角度をつけて、入射。そして、
――10本すべてのピンを倒しきった。
「「……………………え?」」
時が止まった。
そう錯覚するほどの、沈黙。そして数秒後、
今まで傲慢な態度をとっていたサラが一変、蒼白になった顔を両手で押さえて絶叫した。
「なんで……! どうして、どうしてどうしてっ!? どうしてストライクになるんですのっ!?」
SPを回復させるどころか、逆に失ってしまうという結果に、サラは半狂乱。隣のキノアも、一体何が起きたのかと唖然としている様子。
そんな中、俺は…………、
「………………クク」
今まで漂わせていたシリアスっぽい演技をさっさと捨て、笑いを堪えるのをやめた。
「……くは、くはははははは!!
まさかこんな……こんな思い通りに事が運ぶとは思わなかったぜぇぇええええっ!!」
「おかしい! おかしいですわ! 私は確かに、9本しか倒れないよう当たる“位置”と“威力”と“回転”を調節したはずですのに……!!」
「なら教えてやろうかサラ。おまえ、ひとつ致命的な勘違いしてるぜ?」
だが無理もない。それは魔法ボウリングの知識だけでは、絶対にたどり着けない答えなのだから。
そう、俺は最初から力尽くでボールをガターに落とそうだなんて、微塵も思っちゃいなかった。
俺は勝ち誇るように、ニヤリと笑い、告げてやる。
「倒れるピンの本数を決める三要素は、当たる“位置”とボールの“回転”。
それと“入射角”なんだよ」
【第3ゲームスコア表(第8フレーム途中まで)】
サラ
G-|G-|G-|☒ |☒ |G◢|☒ |☒ |
0| 0| 0|29|49|60| | |
キノア
G-|G-|G-|G-|G-|G3|8◢|
0| 0| 0| 0| 0| 3| |
ヨウ
G-|G-|G-|G-|G-|2◢|9◢|
0| 0| 0| 0| 0|12| |




