11.第3ゲーム②:消えぬ炎と冷徹な水
【第3ゲームスコア表(第5フレーム途中まで)】
サラ
2-|10-|10-|☒ |☒ |
2|12|22| | |
キノア
G3|13|G5|G-|G-|
3| 7|12|12|12|
ヨウ
5-|81|52|G-|G |
5|14|21|21| |
「…………勝てねぇ……!」
第5フレーム1投目を投げ終え、俺はサラの実力に愕然としていた。
……強すぎる!
第4フレーム以降、俺とキノアは全くスコアが取れなくなった。
サラの妨害により完封されているからだ。
しかも当のサラは、第3ゲーム開始から5フレームすべてでストライクを獲得。
前回ゲームから数えれば9連続ストライクだ。
それも涼しい顔で、さも当然のように達成しやがった。
てかよく考えたら、ここまででサラの目立ったミスって全部キノアの妨害絡みだし。
妨害なしでストライク以外を取った場面って、第1フレーム1投目の1ピン残し以降見てない気が……。
この状況から、彼女の魔力を削りきり、逆転する……?
それは一介の魔法使いが成し得うる所業なのか?
「邪魔はさせねえ! 《乱流幕》!」
「無駄です。《泡手榴弾》、《側溝誘導》」
「ぐッ……! 《魔式道》!」
「はい、《魔法強奪》」
「ゲェェ、マジか……!」
第5フレーム、俺の2投目。
俺がボールに張った結界魔法をサラはあっさり破壊し、妨害術式をねじ込む。
対抗してガターへと向かうボールの軌道を無理やり変更するも、その術式すら奪われてしまう。
抵抗もむなしく、あっさり0本に抑えられてしまった。
使う魔法の数も、威力も負けていれば、どう足掻いたって劣勢は覆せない。
サラが投げればストライクを止められず、俺が投げれば1本も倒せないという状況が続く。
キノアに至っては自らミスを連発する有様だ。少しうまくいったときでも、サラの弱攻撃で簡単に妨害される始末。
控えめに言って、状況は絶望的だ。
でも……希望がないわけでもない。
ちらりと、俺はスコア表に目をやる。と、
【第3ゲームスコア表(第5フレームまで)】
サラ
G-|6-|10-|☒ |☒ |
0| 6|16| | |
キノア
G3|13|G5|G-|G-|
3| 7|12|12|12|
ヨウ
3-|81|52|G-|G-|
3|12|19|19|19|
サラの奴、明らかに浪費しすぎだ。
確かに残りSPは多い。けど完封を狙いすぎるが故に、消費量も多い。俺とキノア、二人を同時に抑えこんでいるからだ。
このペースならいつかSP不足で攻撃が止まる。そうなりゃいくらサラでも――
「自分のスコアを管理できないほど、私は愚かではありませんよ」
突然、サラの声が背中越しに飛んできた。
ドキリとして、思わず顔を向ける。
「な……何のことだ?」
「あなたに残された唯一の勝ち筋への答えです。私のSPの枯渇を期待している、とお見受けしますが?」
「ハハ……、まさかそんな」
図星じゃねえか。何この人、エスパーなの?
「そうですか。……ではその勝ち筋、今のうちに潰しても構いませんね?」
ボールを構えたサラの表情が、嗜虐的に歪む。
でも、サラは気づいていないのだろうか。
俺とサラのSP値はすでに逆転している。
サラの魔法に俺が妨害を合わせ続ければ、必然的にサラのSPが先に――
「それを許すとでもお思いですか?」
「――――ッ!?」
――ゾクリ。
また、背中に悪寒を感じた。
サラが嗤っている。
すべてを見透かすように、淡い希望を砕くように。
そして、見せしめのつもりか、
「――《絶対狙撃》!」
サラの手から、絶対不動の“切り札”が切られた。
「ッ! 《空気砲》! 《鎌鼬》!」
とっさに妨害魔法を放つも、ボールの軌道は一切ぶれない。
いや……正確には、多分効いてる。でもその効果は、わずか数ミリほどボールをずらす程度しかなく、意味はない。
それはキノアの《煉獄戦野》を破ったときの再現。ちょうど9本のピンを弾き倒す。
そう、9本。
これによりサラのSPが一気に回復する。
「あ、ついでにスペアも取っておきましょうか」
「い、《側溝誘導》っ!」
「させるわけないでしょう。《霧壁》」
なんて気軽に宣言し、気軽に投げたサラの2球目は、宣言通りに残った1本を倒した。
本来なら弱魔法程度しか防げないはずの初等防御技は、俺の攻撃を完全遮断するほどに洗練されていて。
そこに有効な妨害を挟む余地は、一切なかった。
「マ、ジかよ……!」
事ここに至って、俺は彼女の“切り札”の真価を思い知った。
――《絶対狙撃》。
キノアのフィールド魔法さえ貫いたその一投は、どんな妨害にも屈せず、確実に9ピン倒す軌道を描くという。
なぜ10ピンではなく、9ピンなのか。
それは魔法ボウリングにおいては、ストライクによるスコア加算より、9本倒しによるSP補給の方が重要だからだろう。
そして《絶対狙撃》のSP消費量は、わずか1。
つまり少しでもSPが残っている限り、
彼女のSPが枯渇することは、絶対にない。
「……まあ、当然の結果ですわね」
と、サラがポツリとつぶやいた。
「欲を言えばもう少し接戦を楽しみたかったのですが。少々本気を出しすぎましたね」
「……余裕だなおい。もう勝者気取りか?」
「実際一位確定ですし。むしろ逆転の可能性くらい期待させてほしいのですが?」
「ぅぐ……!」
返す言葉がない。
事実、このままサラがスペアを取り続ければ、俺とキノアに反撃すら許さず完勝できる。
そしてそれは難しいことではない。
完封されてSP回復ができない俺達は妨害も防御も容易にできず、逆にサラはどれだけ攻めても毎フレーム確実にSPを回復できるのだから。
「ヨウさんがイマイチならキノアさんに、と言いたいところですが……。第2ゲーム程のご活躍は期待できませんね、これでは」
ちらり、とサラは次の投球者、キノアに視線を向ける。
そこには、今にも倒れそうなほど疲弊したライバルが、ふらつく足取りでボールを構えていて、
「キノア、おまえ……」
「……諦めましょうキノアさん。私が言うのもなんですが……どうせ結果は変わりません。お体のためにもリタイアなさった方が」
「………………うるさい」
それでもキノアは、聞く耳を持たなかった。
立つのもやっとなほどボロボロになって。一体、何が彼女をここまで動かしているのか。
罰ゲーム? ……いいや、違う。
「……ペース配分のミスは、あたしの作戦ミスで、あたしの責任。
……だから、バテたから降参しますなんて無責任な弱音、あたしは吐きたくない」
いまだ闘志潰えぬ瞳で、まっすぐピンを見据えて。
キノアは叫ぶ。
「……あたしは、もっとできる!
あんなみっともない負け方で終わるなんて、あたし自身が許さない!
やるからには最後まで足掻いて、足掻き抜いて、本当にあたしは凄いんだって、思い知らせてやるんだからっ!」
咆哮をあげ、《火球》を放つキノアの姿に……なぜだろう。
対戦相手のはずが……いつの間にか、応援している自分がいた。
「学校でもずっとライバルだったヨウには、絶対負けたくないし」
キノアの一投目の軌道はやはり中央から大きく逸れ、ピンの脇すれすれでガターに転落した。
だがキノアは悔やむでも、落胆するでもなく、変わらずがむしゃらに二投目を構え、
「いつもいつもあたしの上ばかり行くサラには……もっと負けたくないんだぁぁああっ!」
投げる。今度の軌道は――完璧だ!
残ったピンの中央線を捉え、このままいけばスペアはほぼ確実。第3ゲームが始まって以降では一番の投擲だ。
ようやく出た理想の軌道に、キノアの口角がニヤリと持ち上がって。
「……そう、ですか」
次の瞬間、空気が凍りついた。
「あなたには、まだ絶望が足りないようですね」
【第3ゲームスコア表(第6フレーム途中まで)】
サラ
G-|4-|10-|☒ |☒ |9◢|
0| 4|14|43|63| |
キノア
G3|13|G5|G-|G-|G |
3| 7|12|12|12| |
ヨウ
G-|8-|52|G-|G-|
0| 8|15|15|15|




