10.第3ゲーム①:全力の代償
「――ハメられたぁっ!」
運命の最終第3ゲーム。
その開始を前に、俺は「……ちょっとトイレに」と嘘をついて一人レーンを離れていた。
理由はもちろん、状況の整理。
と、悔しさを吐き出すためである。
「サラのあの言動……最初から全部、奴の手のひらで踊らされてたってのか……!」
さっきの第2ゲーム……キノアがフィールド魔法を展開した時点で、俺はキノア一人が打倒すべき敵だと思い込んでいた。
だからこそサラと共同戦線を張り、最後の助言からキノアを破る作戦を思いついた。
彼女のあの耳打ちがなければ、キノアの魔力を消耗させるという発想は出てこなかっただろう。
だが実際は、漁夫の利を生み出すための罠だった。
サラは諦めたフリして、俺らが共倒れするよう誘導していたのだ。
「……いや、あのときだけじゃない」
思えば第1ゲームでも、サラは常に冷静だった。
魔法ボウリング初プレイの俺がルールに翻弄され、周りが見えていなかったのは確かだ。
それでも印象としてはキノアばかりが暴れていたように思う。
だが最終結果でいえば、わずかにサラが勝っている。
まるで最小労力で勝つよう、調整していたかのように。
「……くそぅ!」
勝ち点的にはすでにサラの優勝は決まっている。
あとは俺とキノア、どちらがビリになるかの争いだけだ。
罰ゲームのかかっている今回の試合。今からあえてサラに挑む必要も、余裕もない。
……だけど、
「このまま、負けてられっかよ!」
ああまでもてあそばれた手前、黙ってなんかいられない。
俺は密かに打倒サラを目標に掲げた。
「あら、ずいぶん遅かったですわね?」
「すまんすまん、トイレが思いのほか混んでてな」
戻ってきた俺の嘘にサラは疑う素振りもなく、「そうでしたか」と頷いた。
普段なら「遅い!」と真っ先に噛みついてくるはずのキノアだが、今はベンチで静かに飲み物を飲んでいる。
「それじゃ、始めましょうか」
サラの華麗な投球から、第3ゲームは幕を開けた。
第3ゲームの投球順は、サラ、キノア、俺の順だ。
第1、第2ゲーム同様、ここでも第3フレームまでは魔法による妨害は許されていない。
サラに勝つためにはここでSP量で優位に立ち、のちの魔法バトルで押し切られないようにしなければならない。
……はずだった。しかし、
「2本残しですか。ちょっと球威不足でしたね、ヨウさん」
「ぐ……ッ!」
妨害のない、純粋なボウリング対決のはずなのに、俺はサラに遅れをとっていた。
魔法ボウリングで魔法を使うには、当然だがSPとは別に自身の魔力も必要になる。
加えて魔法使いにとって、魔力(=精神力)の枯渇はそのまま術者の疲労に直結する。
一応、魔力も体力と同様、休めば自然回復はする。
でも第1、第2ゲームで魔力を使い続けた俺は、回復が間に合わずパフォーマンスが落ちてきたのだ。
とはいえ、それはサラも同じはず。
そう高をくくっていたのだが、
「《水弾》! はい、またストライクですね♪」
「マジかよ……!」
サラは一切の疲労を見せず、余裕でストライクを連発していた。
ここにきて俺は、彼女の行動を思い出す。
第1ゲームのときから、サラはときおりスペアチャンスを捨てていた。
いま思えば、あれは別に諦めていたわけではなく、不必要なピン1本を倒すよりも魔力をセーブすることを選んだ結果だったのだろう。
そして第2ゲームでは俺とキノアの激しい魔法戦が勃発。
そのときサラがしていた事といえば、俺らが共倒れする方向への誘導。
彼女自身は魔力を温存したまま、不戦勝で戦果を掠め取っていた。
つまり現在、スコアや実力はおろか、残り魔力でさえ俺はサラに劣っているのだ。
だが……本当に追い詰められているのは、俺ではなく、
「…………次、あたしの番ね」
「お、おいキノア、大丈夫か?」
「…………へい、き」
ふらふらとベンチから立ち上がったキノアは、荒い呼吸を飲み込んで、ボールを構えた。
そしてがむしゃらに腕を振って、投げる。
「……ぅぁらぁぁああああっ!!」
投球フォームが目に見えて崩れている。
キノアの《火球》は中心軸から大きく外れ、端の1本をギリギリ倒すだけに留まった。
直後、キノアが床に膝をつく。
「き、キノア!?」
「……ッ、ハァ、ハァ、……かまわないで、ヨウ」
「おまえもう休めって! このゲーム持たねえぞ」
「……まだ、いける」
手助けを拒んだキノアは自力で立ち上がり、再度ボールを構えた。
そして虚勢を張って投げる。結果は、3本だった。
ここで俺がキノアを心配するのは、おかしなことかもしれない。
そもそも彼女をここまで消耗させたのは俺の挑発が原因だし、俺が勝利するための作戦だった。今だって彼女が疲労でミスを重ねるほど、俺はビリから遠ざかっている。
だけどキノアが息を荒げ、痛々しい汗を滲ませる姿を見ていると。
……なんつーか、素直に喜べないんだ。
「……それよりヨウ、罰ゲーム、覚えときなさいよ」
「え……?」
「……絶対、負けないから…………」
そうつぶやくと、キノアはよろけるようにベンチへと戻っていった。
その目に宿る闘志は、むしろ前回のゲーム以上にギラついていて。
怖いほど眼光が鋭かった。
「…………そっ、か」
何が彼女をここまで駆り立てるのか、俺には分からない。
だけど、すべきことは一つだ。
「……そうだよな」
キノアが諦めないなら、俺が先に音を上げるわけにはいかない。
始めた勝負は最後まで徹底してやると、気を引き締める。
この勝負、サラにも、キノアにも、負けるわけにはいかねえんだ!!
【第3ゲームスコア表(第2フレーム途中まで)】
サラ
10-|10-|
10|20|
キノア
G7|13|
7|11|
ヨウ
82|
10|




