これは『私』の悪役伝説
誰かに助けられたいと思うことはおかしなことですか?
愛されたいと思うことは間違ったことですか?
幸せになりたいと思うことの何がいけませんか?
この世界は私の敵ですか?
この世界で私は悪役ですか?
この世界に私はいますか?
答えはすべてイエスですか?
それともノーですか?
この世界には二つの人種がいる。ありもしない現実に恋い焦がれるもの、ありのままの現実に流されるもの。たったその二つ。
私は確実に前者だろう。そして多くは後者だ。家族も近い人間も間違いなく後者。
理由はただ一つ。
私は彼らとは違うから。
人間には与えられた使命がある。多分だけれどそれは間違いない。私自身、与えられた任務があると思う。
神様だかなんだか知らないけど、この世界の人種の中で一部はその役目を担っている。見分け方は得にない。いや、よくよく見ると気づくかもしれない。
例えば私の場合『悪役』だ。そう、今流行りの『悪役』だよ。
流行りのものとは違うかもしれないが、私はその『悪役』っていうのがピッタリだろう。
理由は簡単だ。
どんなに加害者でも被害者でも私が必ず『悪い』からだ。どんなに泣いても、怒っても、苦しんでも、悲しんでも。誰と喧嘩したって私が必ず悪い。
ある意味、特技かもしれない。
今じゃ笑えるものだ。
だってそうだろ?
親に殴られたとしても、私が悪い。
警察から見ても、だ。「助けて」と駆け込んでも助けてくれなかった。
それから親が殴るから、自分も殴ってみた。
私が悪い。
ああ、そうさ。殴る人が悪い。
ではなぜ私だけが悪いのか。おかしいことだろ?
でもそこは不思議なことじゃない。
私が悪い。それだけだ。
話はそれだけじゃない。まだまだたくさんある。
精神的な問題で私は嘔吐をしやすい体質だった。いや、体質だったというよりは、実際に不安定になっていたのだ。でもなければ吐くわけがない。
その時の家族は呆れた。汚いと言った。
それはそうだ。汚いもの。汚いし、毎回吐いてれば「またか」と呆れもする。
でもどうだろう。
私以外の例えば母や妹が精神的苦痛で吐いたとしたら。
なぜ家族は背中をさすり、優しい声をかけ、心配をするのか。
この扱いの差は何だろう。
それも私だからだ。私が悪いから、私は苦しそうにしていないから。
かまってほしいから吐いてるんだろ。
ああ、そうだったらマシだ。
そもそも私がいつ、かまってほしくて嘔吐をするために口に指をいれたんだ。
人間、吐きたくても簡単に吐けるものじゃない。
吐くための『要素』が必ずある。
かまってほしいなら指をのどの奥へと突っ込むさ。
いったい私と彼女たちの何が違うの?
それから、それから。まだまだ私の『悪役伝説』は続くがいいかい?
いいかい、と聞いたところで答える人はいないが…。
そうだ。そもそもの話をしよう。
私は物心がついた頃には人よりかなりずれていた。
宇宙に思いを馳せ、人類の神秘を不思議に思っていた。
神様や悪魔、天使なんてものも焦がれた。
でもそれが十年たってみればどうだい?
考えたところで無意味じゃないか。
人類が生まれた理由を探せば、神様が創ったとおっしゃる。
しかしその神はどうやって生まれたんだい?
誰か知ってるだろうか。
この問題は誰も知らないだろう。学者だって知るわけがない。
知っているはずがない。
この問題に答えは用意されていないからだ。
話を『悪役伝説』に戻そう。
私はある時から『死にたい』と衝動を覚え始めた。苦しくて、辛くて、自分の『悪役』を支えきれなかったからだ。
だってどんなに泣いたって、助けてって言ったって誰にも届きやしない。聞こえてても無視だ。
二階にまで笑い声が聞こえてくる。
家族が私を見放したんだ。物事をはっきり言ってしまうこの性格のせいで友達だっていない。
親戚はいるだろ? 祖父母がいるだろ?
はっ。笑わせてくれる。
祖母でさえ孫よりも娘だ。
母親なんか祖母と一緒になって、この前私を責めたぞ。
料理も掃除もしないパチンコに連れまわす母親に『骨折が治るまではやってくれるって言ったよね?』って言ったところ、なぜか大泣きされて殴られて車内に放置された。
意味わからんが、みんなはわかるか?
毎日毎日パチンコ三昧。
一人暮らしの娘が骨折したとのことで、心配してやってきてくれた母親に初めは感動したさ。私のことを心配してくれてるって嬉しいとさえ思った。
実際はどうだ?
家事に疲れ、自由が欲しいがために来たというではないか。
骨折してる娘を連れまわしパチンコ三昧。
『あんたが行きたいと思ったから』
誰も言ってませんけど。
買い物に出るって言ったから出てきたのに、なぜココ?
そう思う日々が続いた。
だから
『やらないなら帰って』
『何しに来たの? 掃除は? せめて三日に一回はしてよ』
『ごはんは? カップらあるからいい? ふざけてんの?』
こうなるよね。
あれ、意外とならない?
私が悪い?
いや、聞くまでもない。私が『悪い』と先日そう言われたのだから。
免許もなく、歩くこともできずに車内に放置された辛さ。
誰かわかる?
殴ってわめかれて、置いてかれた。
意味不明じゃん。
確かに言い方はきつかったかもしれない。
でもこの一か月、優しく言ったんだよ。一回言ったら、様子を見て数日あけたんだよ。
それでも直さなかったんだよ?
そしたら口だって悪くなるし、強めに言っちゃうじゃん。
「お願い、手伝って」
なんてこっちからお願いしてないんだから。
それから放置された車まで祖母が迎えに来てくれて、なんとか実家に帰ることができた。
嬉しかったな。助けに来てくれたんだもん。
でもねそれは違ったの。
例えその通り、車に置いてかれても全部それも私が悪いの。
祖母に連れられて母も帰ってきたんだ。私を見て悲鳴を上げるの。何度も謝って自分を責めるの。
その内容にあれって思ったんだ。
「掃除もしない、ごはんも手を抜く。ダメなおかんなの! 毎日、毎日遊び歩いて!」
ああ、わかってたんだ。
わかってて謝るのはいいよ。わかってたんならいいことじゃん。
「おかんがぜーんぶ悪いの! ケガしてる娘を連れまわしたおかんが全部!」
うん、そうだよね。何も間違ってない。
なのに、どうして?
「あんたは悪くない。オレの娘を悪いっていうやつは、オレが悪いって言ってやる! あんたは頑張ってんだから!」
「でもね、おかんはダメダメなの。おかんが悪いの。おかんがああ!」
「悪くない。悪くない。そんなこと言うやつの方が悪いんだから」
どうして、それを娘の前で話してるの?
「掃除もごはんの準備もしないおかんが悪いの! 全部全部! おかんは悪いお母さんなの。出来損ないなの。お母さん失格なの!」
「そんなことない。あんたは頑張ってんだから。そんなこと気にしなくたっていいんだから」
………。
ねえ、涙がね、涙が流れるの。
どうしてかな。
この文章を書いてる時でさえ、気づけば泣いてるの。
けどね、誰もいない。
私は気持ちを文字にすることしかできない。
だって誰も、助けてくれないから。
私の何が悪いの?
本人が自分でも悪いって認めてることに対して、なんで否定をするの?
悪いって思ってて、やってないってわかってるなら、
「どうして…やらないの?」
そう思うことはおかしいことですか。
そう感じることはおかしいことですか。
祖母と母に責められる苦しさがわかりますか?
どうしてそんなことができるのかな。
小さい頃からずっとこうだった。
誰にも助けられずに、私がすべて悪かった。
だからその時まで気づかなかったんだ。
この現状が異常ってことに対して、殴られて、みんなが私を責めることに、何も不思議に思わなかった。
だって何度も
『あんたが悪い』
『お前が悪い』
何度も何度も、何年も十年も言われてきたんだから。
問題なのは今更、これが『異常』ってことに気づいても無駄だってこと。
苦しいと思っても、悲しいと思っても、辛い、怖い、痛い、なんでもそうだけど。
私はもう人よりも我慢できちゃうから、泣きながら笑うことだってできちゃうから。
殴られた後に、蹴られた後に、へらへらしちゃうから。
今だってそうなの。
いつもの通りに私は笑うの。
「わかってるならやればいいのにね」
泣きながら必死に笑うの。
体は震えるの。
声だってか細いの。
なのにね、目の前では泣きじゃくる母を祖母が抱きしめて、私は一人なの。
義母の手前かな、父でさえ抱きしめてくれなかった。
ねえどうして?
私が何を間違ったこと言ったの?
その問いかけも誰も答えてくれない。
ようやく答えてくれたのは、母が祖母の家に『避難』をした後だった。
「あれはおかしい。おとんもおかしいって思った」
そうだよね。
だってやってないってわかってて、どうしてあんなふうに言えたのかなって。
例えその場で抱きしめて守ってくれなかった父の、その言葉だけで私は満足するの。
安上りでしょ?
だって一度も誰も同意してくれなかったから。
でもねその後にまた、父は母のミカタをするの。
また私は独りぼっちなの。
これが私の悪役伝説。
これはほんの一部のお話。
私の『悪役』のほんの一部分。
この話での『悪』は母なのに。
そう思っても私は悪いのです。
生まれて二十年。
今回の話の原因ともなった『骨折』に私は気づかなかった。まさかそこまでとは、って感じ。
痛くて歩き方を変えて歩いても、だんだん痛みは酷くなり杖がないと歩けなくなった。
この時点でおかしいよね。
足を引きずった時点で病院に行けばいい。
かかとをついて歩くのが痛いっていうなら、それはかなり異常だ。
杖という支えをつけてまで病院に行かないのはなんで?
その問いに答えが出たのは数か月後だった。
ああ、『痛み』に強いんだって。
もっとわかりやすく言うならば、自分の『感覚』が麻痺してるってことかな。
きっとそれはあれだよね。
周りは敵ばっかりで、苦しくても悲しくても、自分で抱えなきゃいけなくて。
こんな思いを母や妹がしなくてよかったな、って思う。
きっと他の人だったら耐え切れなくて死んじゃうから。逃げ出して楽になろうって思うから。
心はズタズタで、悲しくても『平気』と笑い、『いつものことだ』となかったことにする。
そんな生活を十年以上続ければ、心は壊れて感情は麻痺だってする。
そんなことにも気づかない私は、どうしようもないくらい救いがなくて、自分を悲劇的に見ている。
この物語を読んでくれている人でさえわからないかもしれない。
私は伝えるのが苦手で、知ってる言葉も少なくて、最近はじめて『悲しい』って言葉を知ったから。
泣く理由を二十年生きてきて知らなかったから。
誰かにわかってもらいたい。支えてもらいたい。助けてほしい。
そう思うよ。
でも私の代わりに『悪役』になれる人は身近にいないの。
確実にこの物語の軸だった母はなれない。
なぜなら祖母に支えられて、いつか物語の軸となる『妹』と傷を舐めあい、私を『悪役』に呼吸をしているから。
いつか役目に耐え切れなくなったら、私は消えてなくなるだろう。
記憶も、心も、感覚すらなくなるに違いない。
そうなるのが先なのか、自分で決めた人生の区切りで命を絶つのが先か──。
あなたはこの物語の『私』を悪役にしますか?
それとも……。