冬の日
ある、寒い日のことだった。
ぼくは、必死に葉っぱを集めていたんだ。
かさかさの、茶色い葉っぱ。
風がすっごく強くて、お日さまは、少しも顔を見せてはくれないから。
そしてなにより、動けないお母ちゃんが、寒そうだから。
だからぼくは、一生懸命集めるんだ!
木の根っこにぽっかり空いた穴。ぼくのおうちを、葉っぱでいっぱいにするのがぼくの目標。
お父ちゃん譲りの自慢のしっぽをふりふり、ぼくは冒険に飛び出した。
その途中で、ぼく、良いもの見つけたんだ。
真っ黄色の、柔らかくていいにおいのするもの。
なんだか懐かしくって、どうしても欲しくなって、ぼくは葉っぱをそこに置いて、その黄色いものに手を伸ばしたんだ。
「だれだい」
ぎゃっ!
後ろから声が聞こえて、ぼくはびっくりして飛び上がった。
大きな影が、ぼくの命の危機を証明していた。
逃げなきゃ!
その黄色いものをひとつだけ口にくわえて、脇目も振らず、一目散に駆け出したんだ。
「あ、きつねっこ! 待ちなされ!」
声が聞こえた気がしたけど、振り向かなかった。
だって、今までに、振り返って良いことがあったことなんて、一度だってなかったもの。
お父ちゃんが「にんげん」に捕まった時だって、聞こえた声を信じた時だった。
ずいぶん走って、やっとおうちの前にやってきた。
はぁ、はぁ、つかれた……もう、大丈夫かな?
じんじんと痺れて痛い足をふりふり、ぼくはそっと後ろを振り返る。
そこには、いつもの見慣れた景色があるだけ。大きな影は、いなかった。
ふぅ、よかった。
安心して、黄色いものを地面に置く。
お母ちゃん! みてみて! いい匂いがするんだよ!
小さく笑ったお母ちゃんは、でも、前よりも小さくなった身体をもっと縮こまらせて、ぷるぷると震えていた。
お母ちゃん、さむそう。温めなくっちゃ!
そう思ったのも束の間、ぼくは、置いてきた葉っぱのことを思い出したんだ。
一生懸命集めた葉っぱも、遠いところに置いたまんま。お母ちゃんを温めることは、できないんだ。
悔しくて悔しくて、ぼくは少しだけ涙を流した。
今夜は、寒くて眠れないかも知れない。
もう、夕方だ。あんなに良いにおいのしていた黄色いものも、涙の味で、よく分からなくなっていた。
「おおーい」
声が聞こえる。
さっきの声だ!
ぼくは、敵に気付かれないように、お母ちゃんに習ったやり方で相手の気配を窺った。
大きく深呼吸をして、毛並みを整えて、耳をそばだてて、全部の意識を集中させて、そして、気づかれないように息を止めてそっと覗く!
おうちから顔を出し、ぼくは息を呑んだ。
「おや、見つけた」
その声の持ち主は、ぼくの耳をさらさらと撫でた。
怖い、こわいよ! お母ちゃん、助けて!
お父ちゃんが捕まった時みたいに、ぼくもお母ちゃんも、捕まるんだ!
でも、静かに首を振ったお母ちゃんは、いつもとおんなじ笑顔で、ぼくを見ていたんだ。
「ほぉら、出ておいで」
入り口から大きな手が入ってきて、ぼくの身体をひょいと持ち上げる。
ごめんなさい! ぼくがわるかったの!
だから、つれていかないで!
「違うんだよ」
もう、辺りはまっくらだった。
ぼくの目の前には、見たこともないくらいに大きな「にんげん」がいた。
「おまえ、毎日せっせと葉っぱを運んで、どうしたんだい?」
そのおばあさんは、ぼくを抱えたまま、穴の中に再び手を入れたんだ。
だめ!
お母ちゃんを傷付けないで!
ぼくがお母ちゃんを守るんだ!
「にんげん」の手に、持てる力を振り絞って噛みついた。それでも「にんげん」は、ぼくに構やしない。
「おやおや、そういうことかい」
おばあさんの手には、おかあさんがぐったりと横たわっていた。
お母ちゃん!
お母ちゃんは、ぼくを見て安心したように笑った。
もう大丈夫だよ。
そう言っているようにも見えて、ぼくは、動けなくなった。
どうしたらいいのか、分かんなくなっちゃったんだ。
「このままだと、危ないねぇ。ふたりとも、痩せっぽちじゃないかい」
そう言うと「にんげん」は、背中に背負っていた大きな籠から、黄色いものを出したんだ。
そっと匂いを嗅ぐと、あの時に見た、柔らかくていい匂いのするものとおんなじ匂いがした。
「とりあえず、食べんしゃい」
「にんげん」は、お母ちゃんにもそれをちぎって渡してたんだ。
怖かったけど、お母ちゃんがそれを口に入れているのを見て、ぼくも食べてみようと思った。
口に入れたそれは、やっぱりすっごく柔らかくって、それに……、
美味しい!!
「美味しいかい。良かったねぇ。たくさんお食べ」
ぼくは、夢中になってそれを頬張った。
すっごく美味しくって、すっからかんだったお腹に、柔らかいそれが、優しく溜まっていくのが分かった。
ずいぶん食べて、ぼくはハッとした。
そういえば、これは「にんげん」がくれたやつで、もしかしたら大変な食べ物なのかも……!
お母ちゃんだけはぼくが守るって、お父ちゃんに約束したのに!
でも、この「にんげん」は、ぼくが食べているのをじっと見ているだけで、触ってこようなんてしてこない。
「おや、全部食べてくれたのかい? 嬉しいねぇ。娘も大きくなっちゃって、たくさん作っても食べる人がいないんだよ。ありがとうねぇ」
むしろ、ぼくたちを見ているだけで、すごく嬉しそうだ。もしかして、優しい人なのかも知れないな。ぼくは、「にんげん」を見て初めてそう思った。
ゆっくりと目を細めたその人は、ぼくとお母ちゃんを見て、柔らかく微笑んだ。
「ふたりとも、元気になるまでうちにおいでなさい」
ぼくをすくい上げるその「にんげん」の手は、びっくりするくらい温かかった。
見上げたその瞳がキラキラと輝いて見えたのは、お月様の光が映っていたから、なのかな?
おばあちゃん、お母ちゃん、ぼくはこっちだよ!
お庭はぼくの遊び場だい!
「おやおや、元気だことねぇ」
あの日、ぼくたちを助けてくれた「にんげん」は、すっごく優しい「にんげん」だった。
お母ちゃんが、前に助けてもらったことがあるらしい。ぼくが生まれる前のことなんだって。早く言ってよ! と文句を言いたくなったけど、いいんだ!
お母ちゃんもぼくも、もうすっかり元気だからね!
おばあちゃんが、四角い何かに話しかけてる時が、いちばん悲しいんだ。
いつもは元気なおばあちゃんが、寂しそうに笑うから。
あの四角い何かの中のにんげんは、ずっと笑ったまま動かない。よくわからないけど、おばあちゃんを悲しませる笑顔なんて、そんなの笑顔なんかじゃない!
だから、ぼくは精一杯元気に生きるんだ!
ひらひらと舞う花びらと一緒に踊っては、お母ちゃんとおばあちゃんに決めポーズを見せる。
ふたりが嬉しそうに笑うのが、いちばん嬉しい。
「さぁ、今日は久しぶりに干し芋をあげようかね」
おばあちゃんが千切って出してくれるのは、あの日の柔らかくていい匂いのするやつ!
やったぁ! ぼくも行く!
「車の前になんか、飛び出すんじゃあないよ。いいかい?」
「周りの人を、悲しませちゃあいけないよ」。おばあちゃんは、口癖みたいにぼくたちに言う。
車って何のことか分かんないけど、その話をするたんびにおばあちゃんが悲しい顔になっちゃうから、きっと悪いやつなんだ!
うん、気を付けるね!
おばあちゃんも、お母ちゃんも大好きだし、お父ちゃんがいなくなった時みたいな気持ちには、もうなりたくないもん!
おばあちゃんを見上げて笑うと、おばあちゃんはぼくをゆっくり撫でてくれた。
おばあちゃんの手は、暖かくて柔らかいから大好き!
お母ちゃんもおばあちゃんも、幸せそうに笑ってる。ぼくは嬉しくなって、大きく干し芋にかぶりついた。