戦闘
数十秒くらいだろうか。俺とあの大男は睨み合っていた。
「俺の拳を無傷で止めたんだ。5層の正規ハンターといったところか?」
俺たちの住むこの世界では、実力に伴い魔力を持つものの層分けがされている。
1層〜12層まで存在するが、基本8層までにしか存在できないと行っても過言ではない。8層を含めそれ以上は人外生息層とも呼ばれるくらい到達苦難域であるのだ。
「残念ながら5層のしかも正規ハンターではない。」
「てことは、俺と同じ部類のブラックか?」
「まあそうなるかな。」
こんな会話を交わしていると大男はふと気がついた。
「お前、金時計をいつまに俺から取り返した?」
「さあ。いつでしょう。」
大男にとって俺は間違いなく危険対象となっていることを肌で感じた。
「なにがともあれ、お前は不要。悪いが死んでくれないか。」
「死ねと言われて死ねるほど俺は優しくない。」
大男はまたもや不気味な笑みを浮かべて、
「お前のその強さに敬意を払って、苦痛なき死を贈呈しよう。」
「【身体能力覚醒】」
この魔法が繰り出されてから少年に一発を入れるまでに5秒となかったであろう。
ただこの場で最も驚くことといえば大男の速さをも超えて、少年が【召喚・死の傭兵VII】を発動し、7層レベルの死の傭兵を召喚したことだった。
大男の拳を両手で防いだ死の傭兵は、素早い速さで剣を振るった。だが、大男はそれを優れた身のこなしで軽々避け、拳で粉々にした。
「召喚魔法…。しかも低位のモンスターではあるが、第7層レベルか。」
「動きが遅いな。本当に身体能力覚醒したのか?」
「はぁ?舐めた口聞きやがって。たかが死の傭兵を召喚したくらいで調子に乗るな。」
「死の傭兵?ああ。まだその話をしているのか。」
次の瞬間、大男の顔から余裕が消え、今までとは比べ物にならない速さで旋回し後ろに現れたモンスターに拳をかました。
その爆風は先ほどのものとは異なり、隣接していた建物に大穴を開けた。
「【召喚・死導スケルトン】をも潰すのか。流石だな。」
死導スケルトンは巨大な体と瞬発力・火力を持っており、モンスターの中でも上位に立つほどのものである。
そんなやつをたった一撃で潰すとはやはり恐ろしい男であることに違いなかった。
「その技を使えるのは俺の知ってる限りあいつしかいないが・・・。まさか」
そう発すると同時に【虚偽解除】を発動し、男の体は一瞬ぼやけた。
ぼやけた後、先程までの男とは何かが違っていた。
黒髪は茶髪へ。左目のところには切り傷が付いていた。
「この顔いや私に覚えがあれば一言欲しいものだが?」
ブラックハンターは上位に行くほどかけられる懸賞金は高い。それ故にわざわざフェイクしていた顔を明かすのにはどれほどの勇気が必要であっただろうか。
だがその瞬間、俺は笑みを顔に浮かべずにはいられなかった。なぜなら目の前にいるのは・・・
「ダルヴィン、ダルヴィンであってるよな?」
自信はあった。だけれども、もし間違いであったらどうしようと言う考えも俺の中をよぎった。
「やっぱり!デスターいやボス!まさかここで会えるとは・・・。」
「ダルヴィン、あれから元気だったのか?」
「おかげさまで。ってそんなことよりも!どうして俺は親友をもっと早い段階で判断できなかったのか・・・」
なんて悔やむセリフを散々たる量に吐き出した後、俺に向かってこう言った。
「本当にお前さんはボスなんだよな?」
ダルヴィンはこれ以上にない真剣な眼差しをこちらに向けて問いてきた。
「どうしてだ?」
「ボスともあろうものが、たかが3層のブラハン(ブラックハンターの略称)ごときにダウンしてたのが気になって・・・」
あぁ。恥ずかしい…。まさか酔っ払ってたせいで魔力のコントロールができず、やられるがままだったなんて口が裂けても言えない。
それでもなんとかデスターが説明しようとしたところそれを邪魔するかのように
「だったらアレを見せてくれよ。ほらアレだよ。俺の可愛がっていたお前のペットの犬だよ。」
「あんなもので良いのか。まあいいだろう。」
頼まれるがままに、酔ってたことを告げずに信用されるならと言う思いで【訪問する死/ブランズリー・ドルー】を発動した。その瞬間、目の前に黒い煙と共に小さな子犬が現れた。
「ボス!違えよ。もっと可愛い状態のが見たいだ。」
その台詞と同時にデスターの顔は青ざめた。
ああ。そうだった。こいつは、強くてデカイものを可愛いと思う変わった男であったのだった。
「あんなデカイのをこんな路地裏で放てば、どうなることやら。」
「気にしない、気にしない。早く早く!」
今の彼はまるでおもちゃを買ってもらうのを待つ子供のようにはしゃいでいた。さっきの強キャラのオーラはまるでなかった。
「少しだけだぞ?」
俺が指パッチンをすると同時に目の前にいた子犬の体はみるみるうちに巨大化した。
巨大化し終わった後では、高さ8mまでにもなり先程までの可愛い子犬の姿はその場になく、そこにあったのは、巨大な凶暴犬の姿であった。
「たしかに可愛いことは否定しないが…」
巨大な凶暴犬と言っても、顔は可愛らしい顔をしており戦闘モードでない限りは子犬が巨大化したと思ってくれれば良い。しかし、やはり子犬の方が可愛いと思うデスターである。
「これだよ!これ。俺と同じ9層レベルの強さを持ち、この体格!この犬がペットなんて羨ましいぜ。」
そこへ2人の男が現れた。
きっと、隣接する建物は10mを超えていたから犬の姿は街中からは見えなかったものの、横幅が取れずに隣接する建物を崩してしまったのが原因であろう。
だが男たちはデカイこの犬を見るや否や、尻餅をついた。
「な、なんなんだ。この猛獣は!」
「そこの背の高い方!触れると危険です。お下がりくださ…」
言葉を言い切る前にダルヴィンが拳を振るった。
「うるさいな。俺は今可愛がってるんだ。邪魔しないでくれ。」
俺は唾を飲み込んだ。
この状況を整理してみると、巨大な犬が出現して、そこに駆けつけた2人のうち1人の正規ハンターを殴り倒し、犬と戯れている…。
これってさ…アウトじゃね?
「そこの男!正規ハンターへの意味のない暴力行為は有罪であるぞ。」
「意味のない?俺の邪魔をしたから殴る。何が悪い?」
これはダメだ…。俺だけでも逃げよう。うん、そうしよう。
「なぁ、ボス。あれ、間違ってないっすよね?」
俺に振るな! 正規ハンターの冷たい目線が俺にも飛んでくるのがわかった。
「だから言わんこっちゃない。ダルヴィン責任とってもうぞ。」
そう言い、俺はもう1人の正規ハンターに1発殴りを入れた。
「取りあえず、逃げるぞ。」
「りょーかいっす。」
この事件は後々ニュースで大きく報道されることとなり、『悪魔とその魔獣』なんて見出しで放送している局もあるくらいであった。
だがそれよりも再会したダルヴィンとデスターには大きな事件があった。
「俺に家はない。ダルヴィン、お前の家はどこだ?」
「ボスもないんすか?俺もないっす。」
グループ再結成をしようとするも、その拠点となる住処がないというのはそれ以前の大きな問題であったのだ。
「また再びブラハン最大グループ《災厄の導き》を復活させるのですよね?ボス!」
「当たり前だ。」
そのデスターの言葉に対し、ダルヴィンは答えた。
「村、村を占拠しましょう。町外れにあるガバース村は警備は厳重ですが、我々ならいけます。」
「まあたしかにそうだな。」
悪くない話だ。ダルヴィンにしては悪くないアイディアが思いついたものであった。
「そこを支配し、グループ、ギルド拠点へとしようではないか。」
2人は張り切ってガバース村へと徒歩で向かって行った。