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神の存在証明

作者: 森喜朗

駄作ですが御覧あれ

 神について少し考えてみよう。

 神についてよく語られるのは、在るか、否か。

 To Be, OR Not To Be.

 ある人は言った。「神は完全無欠の存在である。そして完全無欠の存在であるならば、いなければおかしい。もし、いないのであれば、それは完全無欠とは言いがたいからだ。ゆえに神は在る」

 なるほど、そう言われるとそうかもしれないと思えてくる。

 しかし、これはどうだろう。

 確かに完全無欠の存在はどこかに存在しているのかもしれない。

 だが、それだけだ。

 つまりそこには、世界創造神話や、イエスの預言などとはなんの関わりのない、「完全無欠」が存在するというだけだ。

 それになんの意味があろう?


 完全無欠の存在であれば、世界を平和にしてくれるのだろうか?

 人々を幸福へと導いてくれるというのだろうか?

 なぜ?

 もしこの問いを説明するだけの定義を完全無欠に課すとしたならば、そんなものはいなければおかしいと言えるものなのだろうか?

 人々は救われなければならない?

 幾千万の種の生命が跋扈する中で、なぜ人間だけを?

 しかるに、それは人の都合を押し付けただけなのだ。

 人に言えば、疎まれ、欲張りだ。わがままだと言われる希望や不満を。

 どんな希望や不満を押し付けても、何も言ってこない相手に。

 つまりは「無」。

 存在しないからこそ、身勝手な自身の希望を押し付けられ、信仰されるのだ。

 人々のわがままを押し付けられた哀れな存在、神。

 

 しかし、勘違いしないでほしい。

 神を信じる人をないがしろにするつもりはないし、特に神が世界を創造したのだという話などは悪くはないとも考えている。

 何しろ、ビックバンで宇宙が始まったと言われて、どれだけの人がそれで納得できるというのだろう。

 無論、今日に至ってはビッグバンが実際に起こったことを説明できる痕跡がいくつか観測されているというし、起こったは起こったのだろう。

 だからどうだというのだ?

 始まりを探求するという上で、ビッグバンにより、凝縮されていたエネルギーが拡散し、やがて物質が出来、星ができたとしてもだ。

 そもそも、ビッグバンはなぜ起こったのかということである。

 いや、それは問題の中心ではない。

 正しく言うのであれば、ビッグバンは何かが原因で起こり、ではその原因はなぜ起こり得たのか。その原因の原因は?

 つまり永久にこの探索に終わりは来ないということである。


 だからこそ、世界は五秒前に発生し、人々は、生物は、記憶を持って、歴史を持ってそこに唐突に発生したのだという仮説も決して笑うことはできない。

 初めから何かある状態で発生したのなら、そのタイミングや状態はいつでもどんなでも良いはずだからである。

 ではその世界を、あるべき初めの姿を整えたのが神であると言われても、まあそうかもしれないと言える。

 つまり、人々が、世界が初めから今の形を持って生まれたとして、その形はどのような法則によって決められたのだろう。

 そこに法則などあるのかどうかはわからないが、ともかく、その生成を行ったオペレータを神と呼んでしまおう、というスタンスだ。


 ところで、ここまで聞いて、なんでこんなくだらない話をしているのだろうと思ったかもしれない。

 いやきっと思ったことだろう。

 神など所詮語ろうと語るまいとどちらにしろ無縁の存在である、と。

 しかし、そうも言っていられなくなったのだ。

 何しろ、月夜に輝く黄金の髪を揺らした美しい女性が自分の目の前にいて、自分の見ている前でまさしく新しい世界を生み出してしまったのだから。


 まさしく彼女は女神なのだろう。



 彼女は言った。


「世界を創る。これはなかなかに大仕事だよ」


 なるほど、実際に目の前でその作業を目の当たりにすると、それは確かに大仕事である。

 筆舌に尽くしがたい。

 どのような作業かと言えば、手に握った粘土のようなものをこねて、ぽいと投げては撒き散らされ、その周囲にあったものはバラバラに破壊される。

 ときには火花を散らし、またあるときは突如発生した暗闇に飲み込まれ、数秒後には暗闇ごといずこかに消える。

 それを見て、彼女は、「うーん、失敗だったか〜。残念」と心なし悲しそうな顔をする。

 ずっとそれを見ていると、そんな彼女が嬉しそうな顔をすることがある。

「やった、やった」と言って跳ね上がって喜ぶときがある。

 そんなとき、粘土のような何かは、壊されたなん分の一かを癒す。

 生命を吹き込む。

 生命を吹き込むとはどのようなことだろうか。

 人間、生命が死を迎える瞬間を目撃することはあっても、生きていないものが生命を帯びる瞬間を目撃することはそうそうにない。

 だから、生命を吹き込むということがどういうことかは、ここでしっかりと説明しておいたほうがいいだろう。


 生命とは何か?

 それは太古から語り継がれ、言い争われてきた生命に属するはずの人間にとっての永遠のテーマであるとも言える。

 だがここでは自己増殖を基本原理とするものを生命と定義させてもらおう。

 ここで定義すると言っているのは、つまり、今後生命という単語が出てきたら今定義した意味で使っていると考えて欲しいということだ。

 生命は自己増殖する。つまり増えようとする。

 増えようとするために、別の何かを対価として必要とする。

 人間であれば、野菜や、穀物や、肉などを。

 植物であれば、水を、土の栄養を、糧にして。

 そして増える。

 子を成し、タネをばら撒き、増殖する。

 もしかしたら、こんな批判が返ってくるかもしれない。

 動植物は増殖しているものばかりではない。

 現に絶滅している種だって存在しているではないか、と。


 だがそういうことではない。

 逆に考えてみるとすぐにはっきりとすることだが、増殖しないものであればそれはそこに生命として存在しない。

 つまり、生まれた瞬間から、一切増殖しようとしないのであればその発生した何かは、そのたった一つの存在だけである。

 そして、世界のリソースは限られている。

 無限に広い宇宙であっても限られている。

 特に生命と呼ばれる存在が確保することができるリソースに至ってはごく限られている。

 故に増殖しないその何かは別の生命のリソースとして利用される。

 つまり奪われる。


 そうでなければ、無視される。

 無視されるというのはどういうことか。

 それはつまり、それがリソースとしての価値を持たないということだ。

 つまり、利用可能な自由エネルギーを持たない、もしくはなんら相互作用を起こさないということであって、それは自分自身に対しても相互作用を起こし得ない。

 それは一般に言われる意味での生物にも当てはまらないものだろう。

 なぜなら、それは腕を動かすことも、細胞を伸縮させて血脈や導管をポンプのように動かすこともできないのだから。

 なんの反応もなければ、バクテリアのように、細菌のように、タンパク質を吸収して分裂するなんていうことも起こらないのだから。


 だから何が言いたいのかというと、今彼女が、麗しき女神が行なっている生命の創造というのは、あれた荒野に水を垂らして、瞬時に緑豊かな土地にするだとか、灰色の泥人形だったものが、色を持ち、心を持ち、ゆっくりと歩き出したとか、そう言った鮮やかなものではない。

 むしろ、細菌の培養に近い感じなのだろう。

 ただし、その細菌が増殖する環境を整えるのに四苦八苦するように、あれこれと試して、せっかく増殖した細菌を蹴散らしては別のタネをまくと言った繰り返しのようだった。

 そして、彼女の作ったばかりの、もっと言えば作り始めたばかりの世界は、まだ生物は存在していなかった。

 人も馬も、蛇も、カエルもトカゲも、魚もタコも、ミドリムシだっていない。

 ミジンコもアメーバも、みんないない。ばい菌も、きのこも、カビも何一つとして人間のよく知る生物は存在しない。

 では何が増えるのか。

 彼女はこう答えてくれた。


「概念っていうのかな。それとも法則性? 原理? わかんないけど、そんな感じ。新しく追加しようとしてそれを放り投げるとね、たいていの場合弾けて飛んじゃうんだ。だってそれは相当に簡単なものだとしても前にあるものと矛盾していたら、不都合が生じちゃうじゃない? バグのある世界なんて存在しない。そういう意味で、今私が世界を作ろうとしている下地は超優秀なバグ摘出機能のあるインタプリタって感じかな? そこに、色々ぶっ込んでくの。そして、それを何回も繰り返して世界を秩序立てていく。それは生命のごとく拡散して、増殖力の弱い概念は強い概念に飲まれ、消えていく。そのサイクルが続けば、そのうち世界のルールは普遍のものになる」


 つまり、先ほどからずっとぽいぽいと女神が投げているのは「万有引力の法則」とか「光速度不変の原理」だとか言ったようなもので、それらが互いに矛盾してしまった場合には弾けて飛んでしまうのだ。

 それはまるで、互いの法則を無理やり適用させて、見えない何かが発散されてしまったかのように。

 しかしそれは実際に激しく火花を散らせあらゆるものを蹴散らし、あらゆる形のあるものを破壊していく。


 そう。確かに生まれたばかりのその世界に形のあるものはすでに存在していた。

 ぽいぽいと投げられた粘土のようなものが、もしくは概念を包み込む包装用紙のようなものなのかもしれないが。

 その残骸が、あちらこちらに散らばっている。

 しかし、それはもちろん紙ではないし、ゴムでできているわけでも、シリコンでできているわけでもない。

 まだその新しい世界には水素やヘリウムすらもないのだ。

 しかし、その、なにでもないそれらがものとして存在している以上、そのものが存在している宇宙の法則に従わないわけには行かない。

 

「だからね。そのものが従わないといけない法則同士がそれ自体で互いに矛盾してたりすると、ものは耐えきれなくなってああなっちゃうんだよ。おかしな計算式を入れると解がありえない方向に発散してしまうみたいに」


 そう、この女神は物質を生成しているのではない。人々の姿形を造形しているのでもない。

 生まれたばかりの赤子のごとき世界を秩序立てているのだ。

 それが、それこそが神の仕事だったのだ。

 しかしこれで感慨にふけることはできない。

 それでは、ビッグバンはどうして起こるのであろうか。

 あの、あちらこちらに散らばった残骸は一体どうなるのであろうか。

 その問いにも彼女はあっさりと答えてくれた。


「簡単だよ。あのゴミが集まって、集まりすぎて、耐えきれなくなって弾ける。その時にいろんなものが生まれる。だけどまだまだそんな段階じゃないね」


 そうなのだ。

 まだまだ、できたばかりの世界は混沌としている。

 これはまだ、宇宙と言えるものではない。

 そこには重力らしきものはなく、光子交換相互作用も中間子交換も行われない。

 そもそも光もなければ、中間子などというものもない。

 重さという概念が生まれず、なんら引き合うこともぶつかり合うこともない。

 そもそも、何一つものが存在しない。

 あるのは、彼女がぽいぽいと先ほどから放り投げ続けている、ものとは言えないものだけ。

 しかし、光がないというのに、なぜ火花が散るのだろうか。

 なぜ、原理が生命として鮮やかにその世界に広がっていくのが感じられるのだろうか。

 不思議な気分である。


「そりゃあねぇ。そもそも向こうに光がなくたって、私たちの世界にはあるでしょ。そして今私たちはこちらの世界からあちらを見ている。そして同時にこちらの世界からあちらの世界にどんどん光が流れ込んでいく。でもあちらの世界はまだ何にもないし、何にも起こらないからね。本来は光はこちらへと帰っては来ない。でも、今投げてる奴はこちらで作ったものだから、見えるんだよ。ルールがあるんだよ。世界と同時に、ものにも秩序がある。だから見える。そして、それが弾けた時にあちらの世界に飲み込まれた光の幾分かがこちらの世界に帰ってくる。そういうこと」


 もはや全く何を言っているかわからなくなっているが、まあいい。

 ともかく、彼女はきっとうまく言ったか見やすくなるように秩序立ったこちらの世界から、あちらの混沌とした世界が秩序立っていく過程を確認できるようにしたということなのだろう。

 もしかしたらいくらか違うかもしれないが、どうでもいい。

 兎にも角にも、世界はこうして生まれるのだ。

 こうやってなんどもあの粘土もどきを放り投げていくうちに重力が生まれ、放射が生じ、あの残りカスたちが寄り集まっていくのだろう。

 そして集まりすぎて、大爆発を起こすのだ。

 今日は驚くべき神の所業を見られた。

 大変素晴らしい一日だった。

 何よりも驚くべきは、神が、女神が実在していて、本当に人の姿をしていたということだった。

 いや、全く、本当に驚いた。


「え? 何言ってんの。私、神さまなんかじゃないよ。ただのOL、ていうか、ただのプログラマ」


お読みくださりありがとうございました。

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