海
8時20分、今日は学校をズル休みした。いつもなら、もう教室に入って友達と喋ってる。
今日は学校をズル休みするので、二度寝しようと思う。
一回くらいズル休みしたってどうってことない。僕は、学校では優等生で、成績も良いし、掃除だってサボらない。だから、大丈夫。今日は自分のやりたい事をする。
その日は結局昼まで寝ていた。親は二人とも職場へ行き、妹も学校へ行ったようで、家はすごく静かだった。
僕の家はすぐ近くに海水浴場があって、夏はとても賑やかになる。いくつかのバンドを集めた小さなフェスなんかもやっていた。
今は秋で、すっかり風も冷たくなったので、人は全く来ない。犬の散歩をするおじさんがいるくらいだ。
12時46分
あんまりお腹も空いていないので、海の方に散歩に行った。砂浜は波の音しかなく、閑散としていた。
背後の低い堤防の上を誰かが歩いている。
制服姿だ。スカートの裾がゆらゆら揺れていて、長い綺麗な髪もさらさらと風になびいている。
平日の真っ昼間に、制服で何をしてるんだろう。
この辺では見ない制服だ…。両腕を伸ばしてふらふらしながら歩いている。
「何してるのー?」
声をかけてしまった。彼女は僕の声に振り向いた。
「そっちこそ何してるの?」
言いながら、彼女は堤防に座りこんだ。僕は駆け寄って、1メートル程離れた所に、彼女と同じように座って足をぶらぶらさせた。
「僕は学校ズル休みして、散歩してた。」
「ふうん。」
「君は?…どこの学校なの?」
彼女は、何も言わず、黒い綺麗な瞳で海の水面を眺めていた。
「この辺のこと何も知らないの。適当に駅を降りて来たから。」
「適当に歩いて、迷子になって家に帰れなくなるとか考えないの?」
「考えない。…あなたさっきから疑問符ばっかりね。」
相変わらず海を見たまま、笑った。えくぼ。
「じゃあ僕と散歩しよう。ここは田舎だから何も無いけど、僕のお気に入りの場所を案内するよ。」
僕の提案に頷いて、彼女は立ち上がった。僕は堤防から、道路に降りた。
彼女は手を持つように促した。僕は彼女の手を持ち、堤防を歩く彼女を支えた。それでも彼女はもう片方の腕を伸ばしてふらふらしている。
向かったのは、さっきの場所から十数分歩いたところにある廃墟ビル。屋上からは、海と、電車が見える。外観も古びていてなかなか良い。
「手すりは持たない方がいいよ。ほら、錆が手につく。」
手の赤茶色を見せると、彼女は、僕の手のひらに自分の小さな手を押し当てた。
彼女は微かに手についた錆を見つめてから、階段を登り始めた。
屋上まで登ると、心地よい風か吹いていた。遠くで電車の音が聞こえる。
気分が良くなったのか、彼女は鼻歌を歌い始めた。
「このか。」
「え?」
「恋の花って書いて、恋花。私の名前。」
「へえ、かわいい名前だね。」
ふふっと笑うと、恋花は自分の話をし始めた。
「私ね、高校をドロップアウトして、いつも昼間からずっとふらふらしてるの。
中学の時、担任の先生と付き合ってるのがバレて、私はいじめられたりはしなかったけど、友達が減った。
先生は、私なんかよりもっと酷く苦しい思いをしたと思う。
高校は私のことを知ってる人が一人もいない学校を選んだ。友達も出来て、結構楽しかった。
夏休みに入る前、終業式の日に、三年の先輩から告白されたの。その人の名前が、先生と全く同じで…。
あっと思って、
その次の日から、ずっと学校行ってないの。
…だから私、まだ夏休み中なのよ。」
哀しそうな笑顔を僕に向けた。
「その先生と、僕の顔が、ビックリするくらい似てたりして。」
おどけて言うと、彼女も楽しそうに笑って言った。
「そうね、瓜二つよ。」
ぼんやり海を眺めながら、冗談を言ったりしていたら、あっという間に、日が落ちてきた。
電車が何本も通り過ぎた。海に落ちる陽は暖かいオレンジ色をしている。恋花の顔をオレンジに染めている。美しかった。
「家に帰っても、早く家に帰りたいって思うの。私の家って何処にあるんだろう。」
「…帰りたくないの?」
「うん。」
少しずつ家に灯りがつき始め、陽はすっかり沈んでしまった。
ポケットに入っていた音楽プレーヤーで、時間を確認する。
18時37分
「音楽、何聴くの?」
「ちょっとだけ昔の曲が好きなんだ。オルタナティブロック。」
「聴かせて。」
「じゃあ、これ。曲名が君そのものだよ。」
イヤホンを渡し、恋花がイヤホンをつけると、僕の一番お気に入りの曲を再生した。微笑みながら、彼女は言う。
「…変な歌。」