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クリスマスの夜に。

作者: りっクズ

 クリスマスの夜に。


 生まれてこの方、クリスマスを女性と共に過ごした経験が無い。


 誤解が無いように言っておくと、俺は決して彼女がいなかったわけでも童貞でもない。26歳になる今まで、付き合った女性もセックスも経験ある。

ただ、最初の彼女は三か月でフられた。次の彼女は11月末にフラれて、12月24日に別の男の腕にしがみついているのを見た。以上だ。

 控えめに言って俺は確かにモテない。26歳にもなってコンビニバイト、それも二か月前に入ったばかりの人間に社会的地位は殆ど無いし貯金も無い。

外見はお察しだ。口さがない連中は俺を典型的なモブ面だと言った。フザけやがって。ただそいつは凄く可愛い彼女がいるイケメンだから何も言えない。

では趣味や特技はと言えば「高校の頃うっかりカッコいい気がして始めたギター」が埃をうっすら積もらせて壁に立てかけてあるだけだ。


 別に俺はそこまでどうしてもクリスマスを女性と過ごしたいというわけでもない。諦めも入っている。

職場がマズかった。11月の後半からクリスマスに照準を合わせ、仕事中はウィーウイッシュヨアメリクリスマスと耳にひっきりなしに入る、雑誌の表紙はそれ一色。

なんで11月の末からクリスマスケーキの予約を始めるんだと思ったらもうする人がいるから俺が如何にこのテのイベントに無知かを知った。

仕事が増えたからどうしたってクリスマスが五感に突き刺さる。店内放送では「家族や恋人と過ごすのが当然!」くらいの勢いである。

バカヤロウクリスマスに空いてるコンビニがあるって事はそこで働くやつがいて、そういう奴は独り者率が高いんだよ。


「フライドチキンはまだわかるけど、焼き鳥は違うんじゃないかなぁ……」

 12/23深夜。店長の指示通りに品出しをしながらボヤいていた。クリスマスコーナーはわかる、滅多に入ってこないシャンパンとかを置いておくのもわかる。

鶏もも肉の照り焼きもまぁわかる、コンビニで買う人もいるだろう。ケーキは言わずもがなだ。しかし焼き鳥はどうなんだ。さらにねぎまは絶対に違うだろう。

「またブツクサ言ってる」

 深夜のコンビニは客がいなければバイト同士で会話もある。それがあまり仲が良くない、接点の少ない人間であっても。それがお互い独り身の人間でも。

「池田サンも明日入るんでしたっけ」

「そうよ」

 こちらを見もしないで流れるように深夜便のパンやカップ麺を補充しながら池田サンが言う。一応、入店当初から指導して貰っている先輩だ。

年齢も多分あんまり俺と変わらないだろう。それで女性なのだが、特にそういう気にもならないのはお互いにただ同僚としてしか思ってないからなのだろうなと思う。

「大変ですねぇ、クリスマスやらイブやらにまで」

「何が?別に特に何もないからね」

 そのセリフに苦笑してしまう。シフトを変わってくれと言った女子高生のバイトが「イケダサン、クリスマスに特に何もないでしょ?」と言ってバックヤードが冷え切ったのを思い出したからだ。

「気にしてんですか?」

「ちょっとムカついたよね。でもまぁ実際そうなんだけどさ」

 池田サンの「ちょっとムカついた」は割と怒ってる。大概のことは「別に」「まぁそういうこともあるんじゃない」で終わるからだ。

酔っ払い客や理不尽なクレーム、店の前でたむろする若者など、面倒な人を相手して罵詈雑言浴びせられようともそれで大体済ませてしまう。

「まー、まーホラね、あのコまだ若いですから」

「その若いコに鼻の下伸ばしてる人が言うと説得力無いね。終わったから私缶入れる、レジお願い」

 まぁ、実際あの女子高生バイト、見た目は可愛いんだ。仕事は出来ないし常識が無いんだけど。

「ウィッス」

 下手に何を言ってもダメな気がしたので素直にそう返した。


 雑誌も整えて簡単な掃除もすると、朝五時くらいまでは客がほとんど来ないから暇なものだ。たまに来ても精々2点3点を買っていく程度なのでまったく苦労しない。

これが六時近くなると割と混んでくる。七時の交代のあたりは出勤前の客が増えているので、スムーズにバイトを変わりたければ今のうちに色々チェックしてまとめておく方が良い。

池田サンの教えの通りに俺はバックヤードからホットスナックの在庫の確認や発注を済ませ、各種レジ取り扱い品やコピー機のチェックも済ます。

「終わった?」

 池田サンが休憩を終えて事務室から出てくる。どうやら軽く寝ていたようで、少し顔がとろんとしている。少しドキッとした。

「ウィス。てか寝てましたよね池田サン?」

 からかうつもりで軽く言ったそれに対し、いつも割とぶっきらぼうで表情を変えない池田サンがみるみる顔を真っ赤にした。

「何、見てたの?」

「え、いや違います。眠そうな顔してるから」

「あ、ああ……なんだそうか」

 そんなに恥ずかしいモンかね、と思いつつもまぁ一応俺は男で池田サンは女だったと思い出した。

『メリィークリスマァース!!』

 店内放送では相変わらずテンション高くクリスマスを祝う。アホか。

「いいよ休憩しても。大体もう終わっちゃってるじゃん。5時に店に出てくれれば大丈夫だし」

「いやでもさっき貰いましたし」

「別に良いって。良いから行けよ」

 なんか顔を真っ赤にしたまま池田サンは俺の背中を押し始めた。

「何、照れてンすか池田サン」

 そう言ったら一瞬の沈黙の後思いっきり背中を殴られた。後蹴られた。理不尽にも程があると思う。クリスマスイヴだって世間が色めきたってる時に俺は同僚に小突かれている。


 事務室に入って冷蔵庫を開けてみた。ヘコんで売り物にならない缶とかキズが入ったペットボトルなんかは俺らの飲み物としてよく提供される。

扉を開いて、怪訝な顔になった。何か入ってる。普段はキズモノの商品ばかりしか入ってないけど、なんか四角い箱が入っていた。で、俺へって書いてある。なんだこれは。

「っかしいな」

 さっき池田サンより前に休憩貰った時にはなかったと思うんだけど。取り出してみると軽い。よく見たら池田サンかららしい。書いてあった。

「なんだこれ」

 とりあえず開いて見たらちっさいケーキとなんか紙が入ってた。


「……ああいうのやめません。もうちょっと上手くやって下さいよ。完全に告られたんだなこれって俺思いましたよ」

 仏頂面で俺が朝一の便を棚に収めながら言うと池田サンは何も返して来ない。見たら顔真っ赤にしてうつむいていた。尚その状態でも相変わらず作業は超早ぇ。

「別に男手が必要なんだったら普通にバイト中に言ってくれりゃいいじゃないですか。なんでわざわざ」

「わかんないからだよ!どう言っていいか!そんで君のロッカーに入れるわけにもいかないでしょ!」

 キレられた。理不尽にも程がないか。

「あー。まぁ良いですけど。要は年末に車出せと、んで荷物運びもしろと。そういう事ですよね。いいすよ。明後日俺ら休みですからその日にしますか」

「……助かる」

 真っ赤になってる池田サンは正直可愛いなと思った。相変わらずぶっきらぼうだけで、まだこっちをまともに見れてない。

「でもそれデートじゃないですかね」

「なんでそういう言い方になるんだよ!違う、ってちゃんと書いたでしょ!」

「いや世間一般的に」

「もういい!もう頼まない!」

「いや良いですってスイマセンってもう言いませんって」

 二か月間指導されて大体上からで言われて、静かに怒られたりすることが多い池田サンが頼み事してんのもそれ以上に照れんのも面白くてからかいすぎた。

なんかもうこのままこの話してるわけにも行かない、そろそろ朝のお客さんが来る時間帯だし。

「あ。俺池田サンの番号知らないっす。後でメールくれっす」

「………」

 まだ怒ってんのかと思ったらコクンと頷いた。なんだその可愛らしい仕草は。あんたそんなキャラだったか。それでなくても店内放送とかめっちゃ恋人ソングまみれなんだやめろ。

俺が思った以上に流されやすいタチだという事を噛みしめつつ、自動ドアを開けて入ってくる客に若干の救われた感と若干のもう少し待ってから来いという想いを込めて挨拶をした。


 その日の朝はそのままガタガタとしているうちに終わった。それはそれでよかった。しかし、今夜も明日の夜も俺は池田サンと二人シフト。しかもイヴとクリスマス。

全然気にもしてなかった筈なのに、妙な感覚で微妙にやり辛いと思ってしまう。

 しまったなぁ。妙なからかい方しなけりゃ良かった。そう思いながら部屋に帰って来たところ、携帯が鳴った。何かと思えば池田サンからの携帯番号を伝えるメールだった。

「ああ……まぁ」

 向こうがなんて事無くしようとしてるんだから、俺が妙に意識してんのもバカな話になるじゃないか。そう思って俺は登録を済ませて返信を打ち、その途中でもう一本メールが届いた。


『今日バイト前にちょっと時間取ってくれる?』


……まぁ意識するなってのも無理だけど、多分違うんだろうな。違うんでしょうよ。そう思いながらもどこかで何かを妙に期待している哀れな自分を考えている。

普通に考えて、2か月前にバイトで入って来た奴なんて信用も大して無い。それに手伝いだのを頼むってのはまぁ少なくとも悪く思われたりはしていない筈だ。ていうか好かれてる筈だ。

男女のどうこうでなくて、人としては。


「問題はまさにそこなんだよ」

 男女のそれが絡んでくるのか、それともただ貧乏くじシフトを良く引く間柄としての同僚としての関係だけなのか。

昨日の夜までは後者としか思わなかっただろうに、クソ。うるせえ、街を歩いてればいたるところにカップルがいて、待ち合わせをしている連中は全員カップルだ。

そんな「クリスマスイヴ」にバイト前にバイト仲間に時間を取ってくれと言われただけだと言うには、互いに良い年こいた男女なんだよ。


「寒ぃ」

 風が冷たい。流石に雪は降らないだろうけど、純粋に寒い。指定された場所が駅の改札前なんだが、意外に風が冷たい。

「ごめん、待たせた」

 その声にそっちを見たら、池田サンがいた。ただ、

「……」

「……なんだよ」

「……いえ」

 なんかちょっと、いつもより可愛い気がした。


 苦労して喫茶店の席を確保して座る。

「で、なんですか」

 コーヒーを啜って、池田サンに話しかける。向かいの池田サンは紅茶。何かよくわからん呪文みたいなやつを頼んでいた。

「……あのさ。バイトの休憩のあん時にさ。君言ったじゃん。告られたかと思ったって」

「え?あ、はい」

 なんだよ。スゲー対応に困るなぁ。そういう事を言われるとどう言っていいか


「正直告白したかったんだよ」


 ……顔を真っ赤にしてうつむきながらも、いつもの池田サンらしいハッキリした言葉で言った。

「……えーと。それは」

「季節に流されてないっつったら嘘になるんだけど。好き。付き合って欲しいなと思ってる」

「……ああ……ハイ」

 男前だなぁ……。そういう事、多分言うの、凄い恥ずかしかったんだろうけど。それでもキッチリ言うんだなぁ。

「………」

「………」

 告白されてんだよなぁ俺。


「………多分これ俺が察せなかったボンクラニブチン野郎って事ですよね」

「………いやそれはわかんないけど」

「………なんか……すんません」

「謝るとこじゃ……ないと思う」

 なんとなく落ち着かなくてコーヒーを啜る。

「……あの、ですね。俺は今彼女とかいないわけで。でも池田サンがそういう風に思っててくれたのを知らなかったわけで」

「……うん」

「突然言われてハイわかりました付き合いましょうってなるのも何か違うのかもしれんと思ってるわけで」

「……うん、ごめん」

「なのでまぁ当面は取り合えず……今まで通りで。んで明後日の予定とかはその通りにやって、後々俺から改めてというのは」

「………」


 据え膳食わぬは男の恥とか思春期の中学生かとかどう言われようと、この真面目な池田サンに真正面から告白されて、適当に答えるのはなんか違うんじゃないか、と思ってしまった。

後、さっきから耳に突き刺さるクリスマスソングが正直うっとおしくて、それに流されたみたいになるのが何か嫌だった。


「勢いの力を借りないと告白出来ないこともあるのよ」

「ウィッス」

 深夜2時。クリスマスの日。もう断言しても良いけどそこらじゅうでカップルがセックスしまくってる夜。コンビニの深夜バイトとして二人で品を補充している。

「大体あそこまで言わせて何その『保留します』みたいのは」

「ウィッス」

 何を言われても今はもう謝る事しか出来ん。

「とりあえず明後日は仕事明けだから昼二時に待ち合わせね」

「ウィッス」

「返事だけは良いね」

「サーセン……」

 もう許してくんないかなぁ……。ダメかなぁ……。ダメかもなぁ……。


 クリスマスの時期になると池田サンはこの話を必ず出す。アレからもう二年たってるんだからいい加減許してくれても良いんじゃないか。

と思ったけど、結局池田サンが告白してくれて、その後俺からきちんと付き合いましょうとか言わずになんか適当に付き合ってセックスして二年たってるので、何も言えないのである。

 二回くらい意を決してこっちからきちんと告白したんだけど、「やる事やっといてこんだけ一緒にいて今更何を言ってるのか。寧ろこれで付き合ってないつもりなのか」と怒られた。


「あ、休憩お先にどうぞッス」

「………浅ましい」

 ジト目で言われた。事務室の方にため息をつきながら向かう池田サンを見ながら、俺は何となくほくそ笑む。店内には二年前同様に狂ったように流れるクリスマスソング。

相変わらずねぎ間の焼き鳥まで一緒に並べてあるクリスマスセールのコーナー。殆ど何にも変わってないこのコンビニ。なので。

 バタン!扉を開けて真っ赤な顔の池田サンがこっちにつかつかと歩いてくる。

「何でこういう事するかなぁ!!」

「めりー」

「うるせえ!」

 あの日のように、冷蔵庫の中にケーキを仕込んでおくのが俺のささやかな意趣返しとなっている。

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