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13話 逆賭(下)

 近い未来、星の家が霞咲に起脈敷設を続けることで生じる問題を正威が「大事そうだ」と懸念し始めたその矢先、遙佳はその認識をほぼ確定的にさせる一つの事実を指し示さんとする。随所にアートか落書きかを迷う奇抜なデザインのスプレー画が鏤められた塀から体を起こすと、遙佳は周囲の様子を確認しながら中地区へと続く通路へと足を向けたのだ。

 もう粗方周囲は見覚えのある空間なのだろう。案内掲示板に目を向けるまでもなく、確実な足取りで十字路を中地区側へと曲がり足を進めてゆく。

 そうして、遙佳が止まった場所は、新濃園寺中央部を東西へと走る通路を西寄りに少し進んだ空間だった。何の変哲もない地下商店街の商店と商店の間の壁を指して口を切る。

「今までの話を踏まえて、大穴が空いたと思しき場所がここになる」

 遙佳は何の変哲もないコンクリートの壁に触れ、改めてそこに何か感じ取ることのできるものがないかどうかを確認している様子だ。尤も「その手で実際に触れ探ってみる」ということをお世辞にも入念に行っているとは言い難い。少なくとも、そこに手慣れた感は全くといって良いほどなかった。その手の探るということを得意とはしていないのだろう。

 十数秒の間を置いて、ふるふると左右に首を振った後、遙佳は神河へと向き直る。

「……どうかな? 神河一門のお二方は何かここから感じ取ることのできるものはある?」

 遙佳が神河に真顔でそう尋ねたのは、改めて探ってみてもそこに何か隠されたものが存在するなどとは微塵も感じ取ることができなかったからだろう。

 そして、それは神河にしても同様のようだった。

 フォレストコンコースをやや広範囲にぐるっと眺めた後、改めて遙佳がそこだけと指した壁の一点を注視するも正威の表情は優れない。

「術式で隠蔽された類の痕跡は何も存在しないように見える」

 口には出さなかったものの、正威の表情はそんな率直な感想を如実に表していた形だった。

 何の変哲もないただの壁。その認識は「実際に触れて探ってみる」という行程を経て、大きく変容するだろうか。

 正威・萌の二人も、遙佳の立つ壁際へと足を向ける。本格的にその「何の変哲もない壁」に何かしらの細工が仕掛けられていないかどうかを探ってみようというわけだ。

 遙佳は二人に場所を譲ると、正威が調査に当たって始める準備をまじまじと注視する。尤も、正威が何か殊更特別なことを始めるわけでもない。基本的には遙佳がそうしてやってみせたように、実際に触れて探ってみるというだけだ。

「この場所にどれくらいの穴が開いたのか、確か大きさを比較できるようにした画像データもあった筈だよな?」

「ちょい待って、確認する」

 その質問に受け答えをしたのは萌だったが、実際に画像データをタブレットへ表示させ正威へと提示したのは遙佳だった。スマホを取り出す萌をジェスチャーで制止すると、すぐさま目的の画像データをスワイプで表示させ、それを正威へと向けて差し出す。

「画像はかなり粗いけど、こっちが可能な限り解像度を上げた穴近傍のもの。それで、こっちが大体4~5メートル程度離れた位置から見た構図のもの」

「想像していた以上にかなりでかい穴だな……。局所局所でたまたま隣接してしまってから接続されたわけじゃなく、本格的に隠匿された空間がこの場に隣接している可能性が高いのかも知れない。俄かには信じ難いけど、実際に穴が開いた後の画像がある以上は、ここに何かあるんだろうな」

 正威のその言葉は、穴が開いた後の画像がなければそこに隠されたものがあると認識できないといったに等しい。あくまで軽く探ってみた上での答えに過ぎないものの、正威の表情には険しさが混じる。それは腰を据えてこの場で本格的に探るということをしたとしても、今の正威では隠されたものを暴き出すのが困難そうだという状況を匂わせた。

「久和一門に属する神河を持ってしても、ここに隠された空間へはアクセスできそうにない?」

 遙佳に「あわよくば」という思いがあったのは間違いない。

 この場に隠された空間の所在やその隠匿方法などを解明できれば、星の家がどのような形を取ってそれにぶち当たったのかをある程度推測することが可能になるかも知れない。そうすれば、この場に穴が開くという事態を未然に防止する手立てが見付かる可能性も生まれる。

 星の家の動向如何を気にすることなく、穴が開くという事態そのものに遙佳達だけで対処する。

 そんな道筋を遙佳が期待していることは明白だった。

 遙佳から期待の籠もった視線が向いて、正威はやや俯きながら答える。その様子には期待に応えられないことに対する申し訳なさが大きく滲んだ形だ。

「神河の中にも、もっとこの手の結界回りのことを得意とするメンバーが居るよ。けど、隠された何かがありそうだって辺りまでは探り出せたとしても、それにアクセスできるかというところまで踏まえるとなると……」

 言い淀んだその先に続く言葉は「難しい」だったろうか。

 しかしながら、その先に続く別の言葉が萌によって紡ぎ出される。

「もしその手を本気で模索するなら、うちの連中よりも結界回りのあれこれを専門にする分家を引っ張り出してきた方が早いんじゃない? 正威に探れないものを目敏く見付け出した挙句、それにさっくりとアクセスするなんて真似ができる面子なんて、うちの連中では指折り数えられる程しか居ないわけだし……」

 神河で難しいのならば「他の久和の門家を頼ってでも……」と口にした萌だったが、だからといってそれは展開として望ましい形ではないようだ。そこで一端言葉を区切って溜めを作ると、萌は眉間に皺を寄せる苦々しい顔を見せる。そこにはありありと「できる限りそうはしたくない」というマイナスの感情が滲み出る。

「何よりも、うちの連中を呼ぶとなれば面倒事不可避じゃない? ……だったら、貸しを作ることになっても分家の方がまだいくらかマシでしょう」

 同じ神河に属するメンバーを当たるよりも、分家の方が良いといったその心を遙佳が慮ることはできない。それでも、背後にちらちらと見え隠れする複雑そうな関係性を横に置いても、それは遙佳に取ってある種「活路」とも取れる選択肢に見えたようだ。

「その口振りだと、当てはあるんだ?」

 分家を頼る。

 神河の二人が多少嫌な思いをするだけでその活路を見出すことができるならば、遙佳は迷わずその手を要求しただろう。尤も、遙佳が神河へとそれを要求する前段階で、正威からはその手に対する課題も提示される。

「萌が言ったように、結界回りのあれこれを専門とする分家を頼るという手も有りは有りだ。実際問題、ここに何かがあると解っている以上、彼らならば見付け出してアクセスすることすらやって退けると思う。その手の能力について言えば、俺の能力を軽く一回りどころか二回りは上回るような連中だからね。ただ、肝となるのはそれが「短時間で達成できるか?」という部分かな」

 そこまで課題の提示を終えた正威の肩にポンと手を置き、萌も補足を続ける。

「こう見えて、この正威だって「探る」というのが不得手なわけじゃないからね。寧ろ、久和一門の平均値からみても高い水準に位置している方だと思うよ。それは櫨馬地方で活動する術者の平均値という観点で見ても……、まぁ、身内の贔屓目を抜きにしてもそこそこ上位に食い込んでいると言っても良いと思う。……にも拘わらず、その正威が糸口さえも見付けられないぐらい見事に隠されているものを、いくら専門職の連中だからといって短時間で探り出せるかは正直かなり疑問」

 探ることに関しては「高く評価している」趣旨の発言が萌から出たことに、正威は驚きを隠さなかった。尤も、その驚きはすぐに嬉しさへと変わり、顔をにやけさせるという仕草へと繋がる。

 真面目な話をしている最中にその表情はまずいと思ったのだろう。ふいっと慌てて横を向くことで、にやけた表情を隠そうとしたのだが、真面目なやり取りの中ではちぐはぐさが目立つだけだった。顔に嬉しさが滲み出ること自体を押し留められれば良かったのだろうが、萌から高評価を得るという想定外の事態は正威に取って並々ならぬことのようだ。

 褒めた側の当人である萌は、そんな正威の様子をやや訝しげな表情で眺める。正威が横を向いたタイミングもあって、にやけた表情自体を目撃した訳ではなかったようだ。

 ともあれ、正威はこれ見よがしに咳払いをして、思い掛けずぐだぐだになった自身のフィジカルな部分を立て直す。改めて会話に混ざる正威の表情は、既に立て直された後のものだった。

「こういってはあれだけど、これは神の御業の一つだよ。もしくは神の御業に限りなく近い。もし、その手の神様が介在せず、人の手によって行われた施術だというのなら、これを為した人物はありとあらゆる勢力に取って脅威に成り得る存在だね」

「……だよね、あたしもそう思う」

 遙佳からは、あっさりとそんな正威の認識を肯定する言葉が口をついて出た。

 ともすれば、一度それを破壊してしまったのなら、その再構築が困難であるとも受け取れる内容だったのだが、そこを踏まえて遙佳は正威の言葉を肯定したので間違いないのだろう。

 では、星の家がそれを破壊する予定の日時はいつなのか?

 もし、久和に属する専門職の分家を借り出すとするならば、そこが彼らに提示する時間的なリミットとなる。

「未来視通りにことが運ぶとするのなら、ここに大穴が開くのはいつなんだ?」

「正確な時間は解らない。けど、二日後の深夜。23:00から26:00までの間だと推測してる」

 正威からリミットについて問われ、遙佳は淀みなく答えた。

 猶予は二日。しかも、探し出してアクセスすれば、それで「ミッションコンプリート」ではない。

 分家を借り出す案をバックアップとしてでも本気で構えるのならば、破壊されないよう何らかの手立てを講じるところまではその猶予の中でやっておかなければならない。

 では、当の穴を開ける狼藉者「星の家」はどのような状態に置かれているのか。

 正威が遙佳に向ける言葉は自然と「彼らの動きについて」となる。

「……期待はしていないけど、念の為に聞いておくよ。多成からの回答は?」

「まだ、ない」

 想定通りの答えが遙佳から返って、正威はこれ見よがしに溜息を吐き出した。

 尤も「まだ」ないだけで、期限ギリギリになってから何かしらの反応ぐらいは返してくるかも知れない。

 では、その回答期限は猶予に対してどんな日程になっているか。

「星の家に対する回答期日を、いつで要求したか確認しても構わないか?」

 遙佳も次に自身へと向くだろう質問として、それを予想していた節がある。すぐさま、答えが返る。

「明日、15:00までに回答するよう要求はしてある」

 正威と遙佳のやりとりを聞きながら、萌は腕組みをして壁に寄り掛かる体勢を取る。思案顔を隠そうともしないところを見ると、分家案をどうするべきか。その判断に困っているというのが正直なところだろう。

 仮に分家案をバックアップで走らせるというのであれば、今すぐにでも打診をしなければならないことは明らかだ。分家筋に渡すリードタイムというものも考慮しておかなければならない。いいや、いくら打診先が「身内」だとはいえ、既に必要リードタイムはぶっちぎっていると言ってしまっても良いかもしれない。

 神河がいくら「これは緊急案件だ」と訴えたところで、協力要請をする分家筋の相手方とは情報共有すらできていない段階なのだ。分家に余力があって二つ返事で動いてくれればよいが、優先順位を付ける段階から始めなければならないような状態にあれば、事務的な作業だけでリードタイムの半分ぐらいは軽く潰れ兼ねない。まして、分家サイドも何らかの緊急案件を抱えている可能性だってないわけじゃない。

「どうしようか? 遙佳ちゃんがどうしてもというのなら、専門職の分家を頼るという手を取っても良いよ。後ろの期日から線を引いた時に、それが達成可能なオーダーかどうかは別としてもね」

 萌はそこまで遙佳に口を切った後で、今思い出したといわないばかりに話のトーンを変える。しかも、いうなれば、遙佳に取って「悪い話が残っていた」という重いトーンで、だ。

「ああ、でも、分家に協力要請するとなると、……報酬をどうしようかって話になっちゃうな。遙佳ちゃんとの同盟交渉で話が付いているあたし達はともかくとして、分家に取っては、星の家も、そもそも霞咲も知ったことじゃないわけで……。本来ならばあたし達に支払われる報酬の中から分家へ支払う分を捻出するし、途中で「追加料金が発生します」何てことが無いよう最初から報酬を調整するんだけど、今回金銭的には必要経費分すら貰ってないからね」

 はっきりとは言葉にしないながら、萌は遙佳に先立つものが必要になることをこれでもかと匂わせた形だ。

 遙佳に取っては、霞咲で生じる危機を共有した後だというのに、目下の課題として「金銭面が出て来るの?」という思いだったかも知れない。しかしながら、遙佳自身の行動指針はともかくとして、例え危機に対する動きなのだとしても慈善事業で済まないところも頭では分かっているのだろう。

「分家を頼るという手は、……追加料金発生確定コースなの?」

「悪いけど」

 萌から冷徹に言い切られてしまえば、遙佳がガクッと肩を落とすまでに多くの時間は掛からなかった。そうして、フルフルと肩を震わせながら、遙佳は誰に向けるでもなく、低く重く、そして物々しい怨嗟の声を口から吐き出す。

「くそぅ、世の中、やっぱりお金がものを言うのか! 憎い! 正しく富の配分が行われない狂ったハイパーキャピタリズムが憎い! いつか、いつかこんな間違った世の中を必ずぶっ潰して見せる!」

 後半、特に際立って不穏当な決意なんかが漏れ出たりしたのだが、敢えて神河がそこに触れることはしなかった。何せ、八つ当たり的にその矛先を神河にでも向けられでもしたら、溜まったものではない。

「……」

 どう対応したものか判断に困ったのだろう。正威も萌も、押し黙ったままでまずは遙佳の様子を窺う形だった。

 ここ数日の付き合いに過ぎないということもあって、そこから遙佳の立ち居振る舞いがどう転ぶのか掴めないというところはやはり大きい。思い通りにことが運ばないからと言ってヒステリックな面が顔を覗かせるようなタイプには見えないものの、こればかりは全面的に否定できるだけの材料もない。

 しばし不穏当な気配をまとい、肩を落として俯いたままの体勢で固まっていた遙佳だったが、そこからずるずると負の感情を爆発させることななかった。

 そうかと思えば、遙佳はきりっとした顔付きに対して余りにも不格好な笑みを口元に灯して見せて、萌へと向き直る。そうして、さも「妙案を思い付いた」という体でこんな提案を口にする。

「提案がある! ここは霞咲の善良な一般市民を守る為っていう大義名分で身銭を切ってみない?」

 しかしながら、その実、遙佳の提案は「あわよくば」といった程度のもので間違いない。そんな題目で神河を本気で口説き落とせるなどとは思っていなかった筈だ。もちろん、遙佳当人に取っての「あわよくば」の度合いを図れないのも実情ではある。遙佳に取っては、そんな大義名分であっても無理筋に対して首を縦に振る内容足り得たかも知れない。

 そうして「意外にも」が適当なのか。「当然ながら」とするのが適当なのかが曖昧ながら、萌から返る反応は芳しくなかった。いいや「芳しくない」などという表現で済むレベルに留まっていない。眉間に皺を寄せる形で深く瞑目し、首を左右に二度ゆっくりと振って提案を「話にならない」と拒絶するその様には、取り付く島などなかったからだ。

 しかしながら、それもまだ、遙佳に取っては想定された反応でもあった。端から「拒否されるだろう」と想定していたのだから、それぐらいで挫けるわけもない。まして、いくらか拒絶の度合が想定以上だったからといって、怯む様子を見せるわけにもいかない。

 さも「そう来ると思っていた」という体で萌の態度を受け流せば、遙佳からは「これこそ妙案」という軽快な調子での提案が続く。

「これならどうだ! 損して得取れって言葉があるよね。ここで名前を売っておけば、今後の霞咲での足場固めを確実なものにできるかも知れないよ? 何よりも、あたしの神河に対する心証が大きく改善されることは間違いないよ。今後、何かと「誰かの協力が必要だなぁ」って事態になった時には、まず第一候補に「神河があるな」と思うこと請け合いだね」

 あわよくばの期待値を増した提案は、いうなれば、遙佳、及びその背後にある組織体が仕事の依頼を神河相手に今後も引き続き行う可能性を強く匂わせるものだ。それは何も霞咲近隣地域に限った話……というつもりもないのだろう。

 しかしながら、その関係が約束されるのは「霞咲で生じる大穴の対処を上手くやりきったならば」という前提条件が付くだろうし、また、やりきった上で遙佳ないしその背後にある組織体と久和一門とが手を取り合える間柄でなければならない。

 尤も、萌からはもっと端的で簡素ながら、相変わらずの手厳しい単純明快な指摘が返る。

「正直、金銭的な余裕のない遙佳ちゃんから声が掛かるようになっても……」

「投資。未来への投資だよ。あたしだっていつまでも今のままなわけじゃない。そのうち多少は羽振りが利かせられるようになる、……筈!」

 多少楽観的とも思える遙佳の熱の籠った展望を前にしても、萌は相変わらず不興顔で首を横に振るだけだった。

 もちろん、遙佳に対して「将来性が見込めない」などといった判断を今の段階で下したわけではない。その言動からは損な役回りに甘んじることが多そうだという印象こそ残るものの、遙佳が持つ能力的な部分を最大限評価するのならば近い将来様々な重責を担うこととなっても何らおかしくはない存在だ。

 ならば、未だ矛先をお互い付き付け合う可能性が払拭できていないとはいえ、ここで恩を売って置くというのも十分ありな選択だったろう。否、仮に敵対することになったとしても「損な役回りに甘んじる」ことも厭わぬ「遙佳」という相手であるならば、売った恩の生きる場面は必ずある筈だ。現時点で評価される遙佳という人物像は、恩を無碍に切って捨てられる程の冷徹さは持ち合わせていないように映る。

 だとするのなら、萌が見せるその「遙佳を突き放す」というスタンスは、恩義の価値を最高値へと吊り上げんとするポーズだっただろうか?

 ともあれ、それまで引き下がる素振りを一切見せず、どうにか神河を口説き落とさんと持論を展開していた遙佳がとうとうポキリと折れる。ガクッと肩を落とした勢いままにその場に膝を抱えて蹲ってしまったのだ。そうして、膝に額を埋めるような姿勢を取ると、そのまま「うーん」と唸ってみせる。

「お金、お金かぁ。うーん、禁じ手だとは言われているけど、絶対駄目だとは言われていないわけだし、この際、未来視を使って……」

 不意に遙佳の口から不穏当な発言が漏れ出て、当惑気味に萌がそれを制止するという珍しい展開が生じる。

「ストップ。それをやるとどんな反動が来るか解らないよ。術式を悪用して似たようなことした場合だって碌な目に遭わない」

「解ってる。昔、お金儲けに直結することではないけど、結果的に悪用する形になって酷い目に遭った。あちらこちらから雷も落ちたしね。でもさ、仕方ないじゃん! そうでもしないと久和に属する人達に、二つ返事で依頼を快諾して貰える金額なんて工面できない! 大丈夫、今回はこれでもかって言う程にちゃんとした正当な理由だ。称賛されることはないまでも、許容はして貰える、……筈」

 雲行きが怪しくなってきて、萌が焦る珍しい場面が拡大する。

「いくら正当な理由に基づいた故の行動であっても、反動は絶対生じる筈だよ! 未来視だってきっと一緒だと思う」

「術式を悪用した場合なら、反動を分散させる方法や自身に返る反動を最小限に留める方法があるでしょう? 神河のお二人さんがまさかそれを知らない筈がないから、知ってて空惚けてるんだろうけど。禁じ手だけど、あたし達の未来視だって一緒。その辺りはあたし達もある程度精通してるし、反動が致命的にならないようコントロールするのはお手の物だよ。いや、周囲に対する影響度合いだって絶妙の匙加減で対策してみせるね。何せ、こっちには……」

 そこまで自信満々に開き直りとも取れる態度で口走った後、遙佳は慌てて口を噤んだ。さも「どうとでもしてみせる!」なんて具合に口を切っておきながら、急に青い顔で押し黙ったのだからこれでもかという程に不自然さが際立ったのは言うまでもない。

 自身の背後にあるものを勢い余って「口走りそうになった」というのが良いとこ真相だったろうか。

 ともあれ「反動のコントロールには長けている」とまで匂わせられてしまえば、神河サイドとしてはそこを突かないわけにも行かない。

「こっちには?」

 遙佳はふいっと顔を背ける。

「その、……何でもない。忘れて」

 喉元まで出掛かった失言をそんな拙い対応で有耶無耶にできるなどとはさすがに思っていないだろうから、それはもし「見逃して貰えれば儲けもの」といった対応だろう。

 萌にジト目でまじまじと注視され、遙佳の額にはだらだらと冷や汗が浮かび出る。

 それでも、萌は遙佳に向けてその発言の拠り所を追及することはしなかった。

「まあ、いいか。聞かなかったことにしてあげる。でも、一応警告だけはしておくけど、術式に置いてでは反動によって歪が蓄積するようなこと繰り返してると、土地神とかもっとまずいものに目を付けられるからね。未来視を悪用することによって生じる影響をどんなやりかたで散らしているのかまでは追求しないけど、仮に「久瀬遙佳・霞咲追放命令」とかがあたし達に要請される事態になったら、容赦せず徹底的にやるから覚悟しなさい」

 その発言は、不適当に技術を乱用し歪を生じさせる存在を排除するようなことも久和一門は仕事として請け負うことがあるといったに等しい。また、その発言の意味するところを「その手の仕事を神河が請負うことがあるのか?」という質問に変えて問えば、恐らく「そうだ」と答えただろう。

 少し考えを巡らせれば解ることだが、それは遙佳の属する組織と久和一門とが実際に敵対する可能性と成り得る一つのパターンでもある。遙佳がそこに気付いた風はなかったが、星の家に対するスタンスといったもの以外からでも、十二分に「敵対をする」という可能性があることを神河サイドが再認識した場面でもある。

 萌の警告を前に、遙佳は顔を背けたままの状態で「頭の片隅の留めて置く」と返すのがやっとだった。

「肝に銘じておきます」

 ともあれ、遙佳がそう答えるからには、神河としてもそれ以上その案件を深堀するつもりはないようだ。

 正威が間に割って入ることですんなりと話題を元に戻す形を取る。

「専門職を引っ張って来るかどうかを決定するのは、そもそも対応可能な面子がいるのかどうかと、厳守必要な期限に対して対応可能かをざっくり見積もって貰ってからの方が良いよね? その際の要求オーダーは「フォレストコンコースに隠された空間を暴きアクセスしたい」という内容でいいのかな?」

 確認を向ける正威に対して、遙佳からはさらに一歩踏み込んだ要求が返る。

「万が一のことも想定しておきたい、かな。穴が開いてしまった場合でも、それを自前で修繕できれば惨事を未然に防止できるかもしれない。久和の専門職には穴を補修して貰う場合のリードタイムも別途算出して欲しい。穴の度合は、渡した画像データの通り。必要なら、これぐらいはそちらで共有して貰って構わない。もちろん、可能ならば神の御業レベルのものを再構築して貰いたいけど、それができない場合であっても応急処置で急場を凌げるならお願いしたい」

 正威は内心「そこまで要求してくるか」という思いだったろう。もちろん、それを顔に出すことはしなかったが、頭の中では遙佳の要求に全て満たすことは困難だろうと判断した筈だ。

 イメージとしては、遙佳の要求は事前準備として用意するべきものが倍増するぐらいの変更規模である。さらにいうならば、調査をしてからでないと修繕・応急処置に必要なものなんて明確化できない。

「OK、その内容で見積りを取って貰うよ」



 未来視を覆せなければ穴が開くだろう現場を確認した後は、遙佳が最初に提案した「夕食を一緒に楽しむ」という展開へと進んだ。

 色々と動かさなければならない案件が発生しつつもその場で「解散」と相成らなかったのは、当初の説明通り遙佳が神河を夕食へと誘ったからだ。尤も、遙佳はそれを切り出すまでに何度か小難しい顔を合間に挟んで押し黙るという形を取った為、話を先に振ったのは他でもない神河だった。「それで、夕食はどんなものをオススメしてくれるんだ?」と、切り出した形だ。遙佳がまとう雰囲気は「神河をこのまま返すわけにはいかない」が、その理由を口にするのも躊躇われるといった具合だったのだ。

 神河の助け船を経て遙佳が案内したのは、ハンバーガーショップだった。

 流れ作業による大量生産品にはない品質を目指し、本場の味を手作りで楽しまることを謳い文句とする、所謂チェーン展開をしていないタイプの個人経営のお店だ。立地にしても、表通りから一本外れた絶妙な場所に位置しており、ただ「ハンバーガーが食べたいなぁ」と思った一見さんを取り込めるような環境にはないといっていい。

 そうはいっても、店舗の立地はセレクトショップやらカジュアルブランドのロゴを並べた服飾店が軒を連ねるカスケード街の一角ではある。フォレストコンコースを駅前側方向へ半分程戻った後に地上へと出た辺りの場所で、メイン通りと比較すると人通りが少なく感じるものの、シャッターを閉め完全に店を畳んでしまった店舗が見当たらないぐらいには栄えている。

 店名は、何の捻りもない。

 ステーキハウス緑苑台。

 テイクアウトもあるにはあるが、基本的には店舗内で食べることを想定しているのだろう。建物はかなり大きく広い。

 テイクアウト専門の受付窓口を持ち、四人掛けテーブル席を六卓、お一人様カウンター席は十人程度までは収容可能だろうか。そして、何よりもその店内には適度に大都市化から取り残されたアメリカの田舎を想像させるガラクタがいくつも目についた。70~80年代を彷彿とさせる立て看板だったり、レコードのジャケットだったりと、それらはそもそも錆びついていたり、古臭さを感じさせたりするものの、それらのガラクタは小奇麗に陳列されていることで一種の情緒を醸し出してもいる。この「草臥れ加減」は、好きな人には堪らないものなのだろう。

 如何にも年代を感じさせる陽気なメロディーが流れる店内の一角は、派手派手しい色合いの蛍光灯で照らし出されたダーツやビリヤードといった遊具も備わる。

 尤も、それに興じる人はいない。少なくとも夜に差し掛かろうかという頃合いでいうならば、それらは店舗の雰囲気を醸成するただの置きものに過ぎなかった。

 訪れた客の対応をする店員の格好というものも当時のアメリカ調を踏襲していて、そこはある種のテーマパークのようでもあった。

 ディナーの時間に差し掛かっていないこともあってか、店内の客は疎らだった。カウンター席に数人と、四人掛けテーブル席が二卓埋まっているぐらいだ。

 ともあれ、カウガール調の女性店員に促されて離れのテーブル席に座り、正威・萌の二人は案内人である遙佳の勧めのままに注文を済ませた。ソースやらトッピングやらから自由にカスタマイズできたようだったが、遙佳を含めた三人は店舗が定番としてオススメするオーソドックスな構成をチョイスした形だ。

 そうして、運ばれてきた料理を前にして、萌は呆れとも驚きとも取れる表情で固まる。

「Mサイズが標準サイズだって言っていたからMサイズを頼んだけど、ドリンクもポテトもちょっと尋常じゃない量なんだけど……?」

 内容量として1Lはあるんじゃなかろうかというドリンクに、そこそこいらに偏在する大手ハンバーガーショップのLサイズの三倍は優にあろうかという量のポテトが盛られたトレイを手にして、萌はやや困惑した表情を隠さなかった。何より、肝心のハンバーガーも、大手ハンバーガーショップのそれと比較して直径で1.5倍から2倍はあろうかというサイズなのだ。

「凄いでしょう? 標準サイズと言ったも、アメリカナイズされたサイズだからね。でも、量からするとお値段は滅茶苦茶良心的だと思わないかな? もうちょっと遅いディナーの時間帯では2ポンドステーキとかもかなりリーズナブルな価格で食べられるらしいよ。あたしはまだ食べたことないけど、話を聞く限り赤身肉がちょっと硬い以外は専門店にも引けを取らない味らしいよ」

 どうだと言わんばかりに自身のおススメに胸を張る遙佳を前に、対する萌はげんなりした表情である。

 価格がリーズナブルどうのこうのというよりも、ネックはやはりその量だろう。

「ポテトだけでも胸焼けしそう」

 萌のそのローテーションは、この手のジャンクフードを嗜好として余り好まないというところが大きかったようだ。特に、揚げ物に対する嗜好はかなり薄い様子で、萌は厚切りカットのフライドポテトを手に取って何とも言えない表情をしていた。

 この当たりは、完全に遙佳の誤算だったのだろう。

「まあ、萌ちゃんが食べきれないようなら、みんなでシェアして処理しましょうか」

「いや、俺も自分の分で正直精一杯だね。結構な量だよ、これは」

「あれ、思ったよりも小食なんだね、正威君」

「……この量をぺろりと平らげて、まだまだ足りないというのは正直どうかと思うよ?」

「そうかな、案外行けちゃう量だよ?」

 遙佳との埋められない認識の差を前にして、正威は返す言葉もないという風だった。

 正威自身、自分が少なくとも小食と言われる部類ではないと思っており、ともすれば平均以上には「食べる」と思っている節があるからこそ、それは尚更だった様子だ。

 萌同様、その量に若干の戸惑いを隠さない正威を余所に、だったら自分がリードしなければならないといわんばかりに遙佳がさくさくとフライドポテトを口に運んでいく。

「さすがに冷めると味が落ちるからね。冷めないうちにどうぞ」

 山盛りのフライドポテトをさくさくと腹に収めていく遙佳を前に、萌は何とも言えない表情をしていたが意を決してハンバーガーへと噛み付いた辺りでその表情を一変させる。一口目を咀嚼すると、二口、三口と続くのにそう多くの時間は掛からなかった。それまで全く口にせず、ともすれば正威に全て押付けようとでも思っていた節のあるポテトフライにも手を伸ばせば、二つ目、三つ目がすぐに後へ続いた。

「へぇ、ちょっと濃い目でくどいけど、それが逆に量を食べさせるのには向いてるのかな? 思ったよりもずっと油っぽくないし、確かにそこらのチェーン店とは全く違う味付けだね。ジャンクフードにしては飽きの来ない味だし、ちょっと見方が変わったかも。しかも量が多めで財布にも優しい。質より量派の遙佳ちゃんがおススメするのも理解できる」

「でしょう!」

 ファーストインプレッションはともかくとして、神河の二人が自身の薦めた店の味にそれなりの高評価を与えたことで遙佳は撫で下ろす。そうして、かなり軟目のソファーに深く凭れ掛かると、交互に正威と萌とを感慨深げに眺めた。その上で、質よりも量を取るといった萌の認識に対し、遙佳は反論する。

「一つ訂正させて貰えるなら、そもそもの話、質より量を取ったつもりはないよ。質も一定以上を確保しつつ、当然量もある。それがベストなわけじゃない? 少なくとも、ここはその兼ね合いが絶妙でコスパに優れた例の一つだと思うわけだよ、萌ちゃん」

「そうはいっても、……言い方は悪いけど、所詮ジャンクはジャンクでしょ? 質の意味するところが「味」だけだって言うつもりなら解らないでもないけど、栄養面とか香りや視覚でも楽しませるだとか、その手の質を追及できているとは言い難いよね?」

 食事の「質」に対して語った萌の言葉を前に、まるで遙佳はオンオフのスイッチが付いた機械か何か如くぴたりと固まった。そうして、コストパフォーマンスを盾に該当ハンバーガーショップを推した表情から一転。萌をまるで「得体の知れないもの」を見るかのような、何とも表現のし難い強張った顔で見遣った格好だった。

「あたしと同年代ぐらいの年齢の筈なのに、その口から栄養面だとか「食事は目でも楽しませるもの」だなんて言葉が出てきちゃうわけですか……。真面目な話、かなり吃驚したよ。大袈裟にじゃなく、カルチャーショックを受けたよ。上流階級民との違いを、まざまざとその身を以て思い知った瞬間だね」

 口調の節々にも滲み出る形になっていたのだが、遙佳の態度には萌に対するもの恐ろしさや憎しみといったものが仄かに混じった。もちろん、言葉にして「それらを負の感情だった」と言ってしまって差し支えないかというと、余りにも微少過ぎて遙佳当人も意識できなかったかも知れない。しかしながら、それは疑いようもなく「分家を頼る」件りで遙佳が見せた負の側面の片鱗で間違いなかった。

「言い過ぎ、言い過ぎ」

 度を越す遙佳の表現を苦笑しながら牽制する萌だったが、幾分か雰囲気が和らぐだけで遙佳の根幹にあるものは揺るがない。萌を「得体の知れないもの」と捉えた視点は、まだまだ影を潜める節はなかった。

 唐突に生じたそんな亀裂に対し、萌は弁明を余儀なくされる。

「香りや色でもって……というところは、小さい頃から堅苦しい場で食事を取ることが多かったから受け売りを口に出しただけで、内心、そんなことが「質」として最重要なものの一つだなんて思ってないからね? まして、どこかの食通気取りみたいに盛り付けるお皿がどうだとか言い出すつもりもさらさらないし、さ。ああ、でも、さすがに栄養面とか、最近結構な頻度で騒がれてる食の安全については考えるでしょ……?」

 萌の弁明は、質の認識を遙佳と擦り合わせるところから始まったのだが、なんとその最初の段階で早速躓くこととなる。出だしこそ問題なく遙佳の共感を得られたのだったが、食の安全なんてところに触れた時点で雲行きががらりと変わってしまったのだ。

 遙佳が「そうではない」と首を横に振る。

「いくら安いからと言ったって遺伝子組換えを推奨した外国産は避けましょうとか、緑黄色野菜は最低限一日6種類を目安に食べましょうとか、あたしの周りの人達にはそれを選択できる余力なんて全くないよ。言っちゃえば、その手の安全性に疑問を抱くような食品でなければ生活を維持できないぐらいの人達だっている。毎月ではないにしろ月末には吹き出しに並ぶ友達も居たりする。それこそ、萌ちゃんが堅苦しい場で体験してきたような「質」を楽しむなんてものは次元の異なる話だね」

 最低限これくらいは考慮して然るべきとしたラインをあっさりと踏み越えられてしまって、萌は押し黙るしかなかった。いうなれば、遙佳が「上流階級」という言葉を用いて触れた格差というものを俄かに意識した瞬間だったかもしれない。

 確かに、激安だけを売りにする下層向けのスーパーや輸入専門品を取り扱うフードマーケットでそれらは当たり前のように売買されている。規模から言っても相当量の需要を持つこと自体は疑いようがなく、霞咲だろうが櫨馬だろうがそれらの食品で辛うじて生計を立てている層がいても何らおかしくはない。

 ただ、正威にしろ萌にしろ、良くも悪くも今までその階層に属する人達を相手にすることがなかったに過ぎない。

 まさかそこまでとは想像だにしていなかっただろう萌は、返す言葉に詰まった格好だ。

 その一方で遙佳は「驚いたでしょう?」と言わないばかりに、何とも表現し難い複雑な笑みを見せる。萌を「言葉に詰まる」という状況下へと追いやった嬉しさが半分に、亀裂のように横たわる経済的な格差というものを改めて目の当たりにし空しさ半分といったところだろうか。

 空笑いのような、どこか虚無を混ぜる笑みの遙佳からはこんな提案も口を突いて出る。

「ふふ、神河のお二人は櫨馬の経済特区化で雪崩れ込んできた移民向け定食屋なんかには足を運んだこともないだろうし、そもそも見たことさえもなさそうだよね。何なら、いつか案内しようか? 良くも悪くも想像を超えるものが楽しめると思うよ? まあ、質と味の保証はできないかもだけど」

 そこには、神河を試すような視線がある。

 きっと、フォレストコンコースに空く穴の件が上手く片付いて、且つ久和一門と遙佳の属する組織体とが敵対することなく、これからも「久瀬遙佳」と一歩踏み込んだ付き合いをしていくのならば、そこで首を縦に振らないわけには行かないだろう。

 遙佳が属する組織体がどちら側かはともかくとして、遙佳とはラインを引いた向こう側に立つ存在なのだろう。

 では、神河としてはどうなのだろうか。もちろん、今ある懸念が何の問題も無く払拭されるのならば、これからも適切な関係を構築していきたい相手である筈だ。そうすると、正威が返すべき言葉なんてものは決まっていた。

「機会があれば、ぜひお願いしたいね」

 いつかの「顧客を相手にする営業マン」の顔付きをして答えた正威からは、その内心に揺蕩う筈の動揺の色一つ窺うことはできない。けれど、余りにも完璧に平静さを装い過ぎたせいで、今回ばかりは遙佳に見透かされたようだ。

 加えて、正威が返した言葉はこれから関係性を構築していきたいと願う相手に対するものとしては適切ではなかった。

「機会は作るものだよ、正威君。二人にその気があるのなら、必ず案内させて貰うよ」

 遙佳の言うように「機会があれば」と受動的な言い方をすべきではなかったのだ。ただ「ぜひお願いしたいね」と簡素に返すだけで良かったのだ。言ってしまえば、そこに正威の動揺の色が影響を及ぼしていたのだろう。

 それでも、双方にとってこのやり方は意味のあるものだったのだろう。

 少なくとも遙佳サイドには、神河が望むのならば関係性を築く意志があると言ったに等しい。

 最後に遙佳がにこりと微笑んで、その話はすとんと落ちる。後には何とも言えない居心地の悪い雰囲気だけが残った。

「あはは、変な話になっちゃったね。……実をいうと、ここではこんな話をしたかったわけじゃないんだよね」

 そんな雰囲気を作り出す意図なんかなかったという遙佳は、そこで一端咳払いをして場を仕切り直すということをする。けれども、当の遥佳がまとう雰囲気といったものは、先程のものとそう大差ない。神河へと向く負の感情こそないものの、少なくともそこに続くだろう話題が楽しいノリのものでないことは明らかだった。

「もしかしたら、結果的にお互い手を取り合うのは今回だけになってしまうかも知れない。けれど、それでも、……少なくとも今回は手を取り合うわけだから、このまま懇親会みたいなノリで楽しく歓談を……といきたいし、いければ良かったんだけど、大穴が開くだろう現場を実際に確認して貰った上で、神河一門のお二人に大切な相談があるんだ」

「何かな?」

 相談という重いトーンに対して、正威はそれを全く気に掛けた風のない体で答えた。まだ肝心の話を聞いて否のにもかかわらず、わざわざ重苦しいトーンに付き合うつもりはないというわけだ。

 それによって、引き続き重い雰囲気で話を続けることになった遙佳の気が多少でも楽になったかどうかは定かではないながら、相談内容は実に簡素に語られた。

「実は、このタイミングで星の家が既に新たな起脈石設置を決めたことが分かった」

 遙佳が明かした衝撃の事実に、さも開いた口が塞がらないといった反応をするかと思いきや、萌の第一声は大凡それを想定していた節を匂わすものだった。そうして、306号室での遙佳の立ち居振る舞いについて、萌は生半な対応だった可能性を問いかける。

「へぇ、舐め腐ったことしてくれるじゃん。やっぱりどつき方が足りなかったんじゃないの?」

「……」

 萌の指摘に、遙佳は黙るしかなかった。

 スターリーイン新濃園寺306号室で、多成を締め上げていた萌を制止した結果がこれに繋がったというのならば、その発言がある一定の正しさを持ち兼ねないからだ。確かに多成は太腿に銃弾を受けるという重いダメージを負ってはいたが、まだまだ食って掛かるだけの気力もあり心は折れていなかった。

 遙佳の脳裏を一抹の思考が過ぎる。

 もっと気力を削ぐ措置が必要だったのかも知れない。

 もっと強制力を伴う約束ないし、拘束が必要だったのかもしれない。

 遙佳は首をぶんぶんと左右に振って、自身を苛む負の思考を振り払った。今更思い悩み、後悔しても詮無いことだ。仮に間違っていたというのならば、反省し次に生かすしかない。ここで長々と、後悔に時間を取られるなどただの愚行に過ぎない。

 遙佳は結果的に萌の指摘を聞き流すという対応で、星の家の起脈石設置に向けた動きについて説明を始める。

「星の家はクエストという形で一つの業務を区切っていて、基本的にはそのクエストを内部で公開し自由に構成員の参加を促すようなやり方を取るのが普通なんだ。でも、今回の起脈石設置のクエストは予め選別した相手にだけ情報を展開し参加を募る形を取っていて、内々裡にことを進めようとしているみたい」

 遙佳からはさも知っていて当然とでも言わないばかりに、さらりと星の家の内部事情が語られた。恐らくは、星の家内部に情報を横流しする協力者がいるか、間者でも送り込んでいるのだろう。

 神河としてやや不安の残る点としては「予め選別した相手にだけ情報を展開し参加を募る形」を取っているのに、その情報を苦も無く入手できているところだろうか。

 正威の内心に微かな懸念を生じさせつつ、遙佳は星の家の動きに対する言及を続ける。それは306号室から離脱した多成のその後についても触れ、且つ星の家の動きが通常のものとは異なる点について踏み込むものとなる。

「気になる点は、多成さんが本当に起脈石設置を指示したものかがはっきりとしないところ。……というか、書面上はプロマスたる多成さんが署名したものじゃなかった。あたしが仕入れた情報によると、多成さんは櫨馬中央にある兼真会けんしんかい病院という私立の総合病院に搬送されてそのまま入院という形になったみたい。まあ、入院という措置については、怪我の程度から言っても妥当だとは思う。不可解な点はないよ。担ぎ込まれた病院にしてもそう。何度となく星の家の関係者が搬送された過去を持つ病院で、多成さんもきっとそこで治療を受けるんだろうな、……ぐらいには予想していた感じ」

 その口振りからすると、星の家のクエストとはプロマスの署名ないし、指示があって成立するのが通常なのだろう。

 では、プロマスの代わりにそのクエスト、しかも「予め選別した相手にだけ情報を展開し参加を募る」という通常とは異なるクエストに署名をしたのは一体誰なのか?

 遙佳はスクールバックからクリアファイルを取り出すと、その中から一枚のA4用紙を抜き取りテーブルの上に提示する。

「発行されたクエストを印刷したものが、これ。さっきも言った通り多成さんの署名はなく、代わりに署名をしているのが、紅槻啓名」

「聞き捨てならない話だ。まあ、多成の名前がここに書き殴ってあっても同じぐらい聞き捨てならない話なんだけどさ」

 遙佳から「紅槻啓名」の名前が出たところで、萌は露骨に顔色を変え嫌悪感を身に纏っていた。

 一度窮鼠となるまで追い込まれ神河からの警告を受けておきながら、まさか星の家として起脈石設置の音頭を取るということがどういうことを意味するか解らない筈はないだろう。

 遙佳は正威と萌を交互に見遣った後、真剣な表情で意見を尋ねる。

「……どう思う?」

「十中八九、新たな起脈石設置の指示は多成の意志だと思うね。署名が異なる点はカモフラージュか、多成が入院していることで、手続きをする上での処理上の都合とかでそうなっただけなんじゃない?」

 萌の理解は、起脈石を新規に設置するという指示自体は多成の意思だが、それを啓名が了承するという形でクエストが発行されたという解釈のようだ。憶測の域を出ない部分をさもそれが真実であるかのように解釈している節はあるが、既に問題はそこではなかった。

 それは即ち、星の家上層との接触を要求した神河に対し、徹底抗戦を選択したということに等しいからだ。いや、あくまで内々理にことを進めるという手段に打って出ているわけだから、その実はさらに度を逸するといっても過言ではない。

「明日で切った期限に対して多成が口にする回答も、まず間違いなく要求を拒否する内容になるだろうね。いいや、それどころか連絡すらして来ないかもしれない。もっと穿って邪推するなら、こちらの要求を呑む振りをして「対話の場の設定に後数日欲しい」とか宣って時間稼ぎを仕掛けてくるかも知れない」

 萌からは、期限に対して星の家が取り得るだろう行動予測が矢継ぎ早に口をついて出た。穿った見方と前置きした邪推の内容ですら、あの立ち居振る舞いをした多成ならば「あり得る」と思わせる当たり、かなり的を得た内容のように聞こえてしまうし、実際遙佳はその可能性を強く視野に置く。

「……その裏では着々と新規の起脈石設置の手筈を整える、か。確かに有り得ない話ではないね」

 邪推の混ざる行動予測を蓋然性が高いと判断してしまえば、話は一気にそれを踏まえてどうすべきかにシフトした。

「やっぱり、どつき方が足りなかったんだって。もっと、こう、後々まで尾を引くタイプの打撃を一つ加えておくべきだったんだ。常に監視されているって強迫観念を植え付ける類の呪いとかを……ね」

 合間に萌がスターリーイン新濃園寺306号室に置ける多成への当たりが不足していた点を繰り返すも、その言葉が遙佳の中の負の思考を再び擡げさせて苛むことはない。

「次の機会があるのならば、次はもっと上手くやるよ。二の轍は踏まない」

 遙佳はギリッと下唇を噛むと、星の家が邪推の内容に沿って行動してくるものとして認識して対処するべきだと腹を括ったようだ。「次はもっと上手くやる」とは、何も多成に限った話ではないだろう。なんだかんだ言って、アルフや土倉相手に対してもきちんと「警告をした」という認識が遙佳にはある。

「新たな起脈石の設置を星の家が決めた件に関して、あたし達が取り得る手は二つだと思ってる。一つは多成さんが入院した病院へ侵入し、直接面会をしてその真意を問い撤回させる。二つ目は起脈石設置を阻止するべく、新濃園寺の泥峰どろみね地区へ赴く」

 遙佳から二つの選択肢を提示された直後、正威は挙手をして発言を求めた。それぞれの選択肢に対する懸念や思いといったものが間髪入れずに遙佳の口からつらつらと続く雰囲気だったからこその、挙手だ。

 事実、遙佳は多成の入院先である兼真会病院の位置を、タブレットに表示させようとしていたところだ。遙佳はタブレットを手に取った状態で制止すると、正威を注視する。

「どちらか一つを選ぶ前に、確認しておきたいことがある。まず、泥峰っていうのは?」

 正威からその手の疑問が向けられることも、遙佳は想定済みだったようだ。

「多成さんの入院先から説明しようと思っていたけど、泥峰の方が気になるようだからそっちから先に説明するね。泥峰地区っていうのは、新濃園寺の北西端に位置する場所の一つで……、具体的には新濃園寺に隣接するこの区画のこと」

 手慣れた動作でタブレットを操作し、泥峰地区の区画を示した北霞咲の地図を表示させ、遙佳はそれをテーブルの上へと置いた。

 タブレットに表示された地図の一部を人差し指で軽くなぞって、遙佳は泥峰地区で最も有名な観光地の名を上げる。

棚淵渓谷たなぶちけいこくとかが紅葉の名所になってる関係で秋口とかにはかなりの人出で賑うみたいだけど、それ以外の季節は基本閑散とした場所みたい。それこそ、渓流釣りとか山菜取りとか山登りとかウォーキングとかに興味があって、且つちょっとマイナー所を攻めたいっていう人ぐらいしか訪れない、……みたいな? 観光雑誌とかの扱い的には新濃園寺の一部みたいなイメージだけど、実際に訪問するとなるとかなり不便な場所で公共交通機関を使う場合は軽く片道二時間近くは見ておく必要がある」

「また、随分と辺鄙な場所を選んだものだね、星の家」

 萌の脳裏を過ったものは、主窪峠の山道だったのだろうか。如何にも辟易したという表情が滲んだ。

 しかしながら、その手の「辺鄙な場所」こそが狙い目なのだと遙佳は推測する。

「でもね、起脈石という目立つサイズの岩の塊を人知れず隠そうというのなら最適な場所の一つなのかもとは思うんだ」

 遙佳からは「最適」と評したその理由がつらつらと続く。

「泥峰地区は過去四度の大規模な土砂崩れで人離れが進んで、今はいくつかの限界集落が点在しているだけに過ぎないような土地なんだ。特に15年前に広範囲で発生した土砂崩れでは市が一部地区の復旧を諦めたことで、泥峰地区の過疎化は決定的なものになった。そんな泥峰には西深海再開発事業団主体でリゾート地化を計画していた場所があるんだけど、広大なゴルフ場を作る為に行った伐採と整地が地盤の緩みに繋がり大規模な土砂崩れの要因の一つになったという専門家の指摘と非難を受けてこの計画を完全凍結してる」

 予め用意してきたのだろう泥峰地区の説明を、神河の二人はなかなか減らないポテトをつまみながら聞いていた。

 遙佳がタブレットに表示するものを北霞咲地区の詳細地図から、ある一つの近代的でモダンな建造物へと切り替える。

「星の家が目を付けたのは、このリゾート地化計画の一環で建設が進められた通称・平野守美術館(仮称)跡と呼ばれる建造物。外観と内装が完成していて、後は展示物を搬入すればオープンできるってところまで漕ぎ着けておきながら、リゾート地化計画凍結の煽りを受けて放置されることになった悲運の建造物で、物好きが選ぶ櫨馬の廃墟100選にも選出されている」

 遙佳の鞄からは「取り壊される前に訪問しておきたい今が旬の櫨馬の廃墟100選」という怪しい雑誌が出てくる。ポストイットの張られたページを手早く捲ると、そこにはランキング61位の見出しとともに件の平野守美術館(仮称)跡が紹介されていた。

 さらりとその内容を目で追うと、先程の遙佳の説明がこの雑誌を元にしたものであることが解る。また、ランキングの指標となる評価項目の中には「今後撤去される見込み度」というものがあり、平野守美術館(仮称)跡はその項目が5%という低数値だった。「取り壊される前に」という見出しからこれは高い数値の方がランキング上位に来る要因となるのだろうが、遙佳の言うように「目立つサイズの岩の塊を隠し維持する」という観点では低い方が良いだろう。

 特に、今後撤去される見込み度の数値が5%というのは随一の低さのようで、平野守美術館(仮称)跡が廃墟として今後もこのまま放置される見込みは非常に高いようだ。ちなみに、雑誌はその理由をリゾート地化計画が完全に白紙撤回されたわけではなく、凍結状態で未だ再開の可能性を僅かながら残していることと、且つ何らかの理由で撤去しようとういう動きが表面化した場合でも複雑な利権関係が絡み西深海再開発事業団の一存では取り壊せないことを挙げていた。

 雑誌をまじまじと眺め見た後、萌は素直に星の家を褒める。

「よくもまぁ手際よくこんな都合のいい物件を見付けて来るもんだね。素直に感心するよ。過疎化が進んでいて人の訪問が少なそうな場所だけど、管理はしっかりされていて「目立つサイズの岩の塊」を隠すのに向いた施設……ね。確かに、これはお誂え向きだ」

 そこで一端言葉を区切ると、萌は遙佳に提案を投げかける。

「泥峰のことは解った。でも、だったら遙佳ちゃんから提示された選択肢からは、もう一つ重要な選択肢が抜けているんじゃない?」

 自信たっぷりに口を切る様は、遙佳によって提示された二つの選択肢よりもそれがより優れたものであると強く匂わせたぐらいだ。

「その選択肢とは?」

 真顔で聞き返す遙佳に、萌が答える。

 それは端から最終防衛ラインの死守に徹するという手だった。

「未来視がそのまま現実のものになる可能性を考慮して、新濃園寺駅前のフォレストコンコースで堰き止める。穴が開くとやばい場所だってもう解っているんだから、そこに穴を開けさせなければいい。まあ、背水の陣かも知れないけど、大人しく最後の関所に全戦力を注ぎ込み守り抜こうってわけ。櫨馬への遠征も、泥峰への遠征もなし。後二日でここフォレストコンコースに罠と仕掛けを徹底的に張り巡らせて星の家を迎え撃つ」

 攻め込むのでなければ手の込んだ罠も張れるし、分家を頼るという手を用いるにせよもっと拠点防衛に向いた方策を講じることも可能。そこには待ち伏せし迎撃するというやり方であれば、星の家を相手に回し「決して後れを取ることはない」といった自信が見え隠れもした。

 しかしながら、萌が提示したその選択肢を遙佳は首を左右に振って「良策ではない」と否定する。

「あたしが神河の助けを得たことで、未来視は形を変えたんだと思うんだ」

 真っ先に口をついて出た言葉は、神河の二人が眉を顰める内容だった。

 尤も、以前遙佳は未来視について「確定したものではない」といった。

 だから、フォレストコンコースで堰き止めようと身構えたものが、そもそも惨事の発生源自体も形を変えるかも知れないとした遙佳の認識を否定することはできない。

 そして、そう考えるに至った理由を目顔で問う神河の二人に、遙佳は自身の見解を丁寧に紐解いていく。

「まず、泥峰への起脈石設置はかなり確度の高い情報なの。それを踏まえた上で不安なことが、泥峰への設置という形に状況が変わった時に何が生じるのかだと思ったんだ。実は泥峰への起脈石設置であっても、未来視通りの事態が発生してしまうのかも知れない。可能性は限りなく低いのかも知れないけど、それがないとは言い切れないと思わないかな? ちらっと話したけど、起脈は櫨馬で星の家自身も意図せぬ事故を起こしてるんだ。フォレストコンコースには穴が空かないかも知れないけれど、規模も被害も小さいながら同様の問題を別の場所で発生させてしまうかも知れない。だから、新たな起脈石設置そのものをあたしは阻止しておきたい」

 一通り遙佳の見解を聞きはしたが、正威も萌も即答を避けるように押し黙ったままだった。

 そんな二人を説得するべく、遙佳は「確度が高い」と述べるに至った理由を提示し、また泥峰への起脈石設置が他の場所に問題を生じると考えるに至った経緯を説明する。

「これ、星の家が作った資料なんだけど、泥峰の平野守美術館(仮称)跡に起脈石を設置し広範囲に起脈体というものをばらまけば、一時的に北霞咲の広範囲で起脈のネットワークを利用できるようになる、とあるんだ。もしこれが本当ならば、泥峰に起脈石を設置されてしまうと、起脈ネットワークの稼働時にどこで何が起きてもおかしくないことになる!」

 畳み掛けるように遙佳がタブレットに起脈の資料を表示させるものの、萌はそれを一瞥することもなかった。

 遙佳がそう考えるに至った確固たる拠り所があるのならば、神河に取ってはそれで十分だったのだろう。

「オーケー。遙佳ちゃんの言い分は解った。依頼主の意見とあれば、尊重しないわけにはいかないしね。では、選択肢は遙佳ちゃんが提示して見せた二つに絞られたわけだ」

 萌が自身の提案を引っ込めると、遙佳はほっと胸を撫で下ろした様子だった。何も間違った主張をしていないのだからもっと強気に押し通さんとしても良さそうなものだったが、やはり何が最善策かを「判断できていない」という思いは一際強いようだ。

 遙佳は一つ大きな息を吐くと、改めて二つの選択肢のどちらがよの正解に近いかを二人に問う。

「……多成さんを締め上げて起脈石設置を撤回させるべきか、泥峰地区で起脈石設置を阻止するべきか、あたしだけでは決断できない。だから神河の見解を聞きたい。どうするべきだと思う?」

 それまで黙っていた正威がここに来て口を開く。ソファーに大きく凭れ掛かりながらまだまだ減らないポテトを口にする姿勢を正すと、一口ジュースを飲み干してテーブルへと肘をついてやや前のめりとなる体勢を取る。

「どちらもかなりの警戒態勢を敷かれていると思った方がいいだろうね。それを承知の上でどちらかを選択するというのなら、起脈石を叩く方が最善策だと考えるね」

「その心は?」

「多成が入院する兼真会病院とやらには、星の家のメンバーが過去何度となく搬送されているんだろう? だったら、多かれ少なかれ星の家の息が掛かった病院なんだと推測できる。そして、曲りなりにも、櫨馬は星の家のホームグラウンドだ。どうにか病院へと上手く潜入し多成と接触できたとしても、起脈石設置が多成の意志の元に行われているものだったら目も当てられない」

 間髪入れずに聞き返した遙佳に対し、正威は一切淀むことなく答えた。遙佳と萌とがやり取りをしている間に、一通り頭の中でシミュレーションをし終えていたのだろう。

 正威からは櫨馬の病院へと潜入する案に対するリスクが長々と語られる。

「そもそも多成が襲撃に備えていたらどうする? いいや、俺達がスターリーイン新濃園寺を襲撃する前ならいざ知れず、襲撃の可能性を考慮して侵入自体が困難を極めるぐらいの人員配備を敷いている可能性だってある。行きは良い良い帰りは怖いといった具合の罠を、わんさかと拵えて手ぐすね引いて心待ちにしているかも知れない。場は病院だろう? 警察機関を介入させてくる可能性だってある。そうなった場合、端から見れば非は侵入を試みた側にあるように見える。後まで長く尾を引く嫌がらせを仕掛けるというには、多成は絶好の場所に寝かし付けられているんじゃないか?」

 肝はやはり対象が星の家の息が掛かった病院であり、星の家のホームグラウンド内にあるということだろう。もちろん、その「兼真会病院」が櫨馬のどの辺りに立地しているかを正威はまだ聞かされていないし、ホームグラウンドと称する櫨馬で星の家がどこまでやれるのかについても未知数だ。だから、それはただの杞憂であるかも知れない。

 それでも、神妙な顔付きで正威の指摘に聞き入る遙佳から反論が返ることはなかった。

「後は、……そうだな。起脈石の設置が仮に多成の意志によるものでなかったとして、今更多成を締め上げたところで星の家の動きを止められるのかな? 例え形式上のものであってもクエスト発行者が紅槻啓名にスイッチしている以上、起脈石を新たに設置するというクエストの全権は多成の手を離れた状態でも動かせると考えていいだろう」

「確かにそうだね。紅槻啓名も含めた星の家の総意として「泥峰への起脈石設置」があるのだとしたら、多成を押さえたところで星の家の動きを抑制する決定打には成り得ない……か」

 うんうんと頷く遙佳を横目に、正威からは続け様にもう片一方の泥峰襲撃サイドに対する見解も続く。

「泥峰も起脈石防衛の為にかなりの人員を割いているとは思うけど、そっちはまだ付け入る隙があると思うんだ。秘密裏に起脈石を設置しようという動きなんだろう? だったら、襲撃される可能性を考慮はしつつも、まだ内々裡に暗躍していて行動を察知されてはいない筈だと星の家は考えていると思うんだ。そこには「付け入る隙」が存在していると思う。だから……」

 正威の言葉が言下の内に、遙佳から決断の声が上がる。

「解った」

 正威からは泥峰襲撃サイドの方が最善策であるという考察が続いただろうことは明らかで、遙佳に取ってそれは蛇足だったのだろう。何より大きかったのは兼真会病院襲撃サイドが上手くいっても、泥峰への起脈石設置を抑制する決定打に成り得ない可能性が高いことだ。

 尤も、交渉相手が「紅槻啓名」であるのならば、多成を盾に取り「どんな汚名を着ることも厭わない」ぐらいの意志で挑めばどうにかなりそうな気がしないでもないことは事実である。但し、その手の交渉事を得意とするでもない啓名が、そのまま交渉役となる可能性は低いだろう。新規のクエストという形を取って新たに人を集めたのだ。そういう事態に陥った場合の交渉役も、適任となる人物を選んできていることだろう。

 そういう観点から見ても、攻めるべきは泥峰が現時点での判断においては最適解となるのだろう。

「明日、泥峰の起脈石を破壊するべく手を打つことにする」

 遙佳からそう意思決定が下されてしまえば、それ以上正威や萌が考察や見解を続ける理由もない。

 その意志決定に対して神河の二人が異論を唱える理由もなく、泥峰での星の家に対する方向性というものが固まった瞬間だった。

「多成さんからどんな回答があるかは解らない。けど、新たな起脈石設置という動きは許容できない。もし多成さんが関与していないのなら、泥峰の起脈石を破壊することに対してああだこうだと言われる理由もないし、もし多成さんの指示のもとそれが行われたのだとするならこちらの要求を呑む気はないという意志表示だと受け止められる。明日、16:30に泥峰駅前に集合しましょう。こちらも、17:00の回答期限を待たずに行動を起こすことにする」

 遙佳が語った「星の家に対する今後の姿勢について」は、大凡「全面衝突も辞さない」とも受け止められる内容だったが、それもやむを得ないのだろう。交渉を求めた自身の要求は通らず、騙し討ちを模索され、是が非でも堰き止めたいとした惨事を引き起こされ兼ねない状態なのだからだ。

「オーケー」

 神河がそれを承諾してしまえば、遙佳は自身の白い肌が真っ赤になるほど握った拳に強く力を込めた。くっと噛み締めた唇には、不甲斐なさや迷いの色といったものもやや見て取れる。それでも決断を蒸し返すようなことをしなかったのは、既に交渉でどうにかできる状態にはないことを嫌という程に理解していたからだろう。

ようやくまとまった時間が確保できそう(`・ω・´)

進められるところまで進めたいと思いますぜ!

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