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10話 北霞咲新濃園寺コンフリクト -306号室の妥結点-

<変更内容>

20180719:致命的なミスを修正。

 306号室から新濃園寺の目抜き通り上空へと投げ出されたアルフだったが、自由落下を甘んじて受ける状態にありながら、思いの外、状況分析を冷静に行っていた。てっきり、してやられたことに対して怒り心頭かと思われたのだが、正威・萌の連携で虚を突かれたことがよっぽど利いたようだ。事実、正威の接近を許してしまったのは、萌の挑発のポーズ絡みから怒りや嫌悪感といったものに身を任せてしまったからだ。

 アルフはまず、空中で体を捻るということをして頭から地面に叩き付けられるという状況を避けるべく行動する。

 それはスターリーイン新濃園寺3F層という時点で、頭から地面に叩き付けられればまず間違いなく即死する高さだったからだ。仮に運良く生き延びられたとしても、無事で済まないだろうことは疑いようがない。何せ、真下は舗装された道路である。

 歩道と車道の間には等間隔に街路樹が植えられ綺麗に剪定された植木もあったのだが、そこを狙って落下するというのは無理があった。既にアルフが空中を漂う位置は歩道を大きく乗り越えていて、ちょうど車道の中央線付近上空辺りまで来ていたたからだ。

 どうやらアルフは、落下予想地点そのものを変更しようという考えは持ち合わせていない様子だった。どうにかしようとしたところでその術を持たないだけかも知れないが、車道の中央線付近に落下することも「悪くない流れだ」と判断した府とがある。少なくとも、歩道を闊歩する第三者を巻き込むという事態はさけられるからだ。もちろん、車道への落下となるとその対象が自動車となってくるのだが、その場合はアルフがダメージを負うだけで運転手への被害は軽微なもので済むと想像できた。

 そうして、アルフは短い滞空時間を自由落下に身を任せ新濃園寺の目抜き通りへと着地した。

 新濃園寺の目抜き通りを通行する自動車の交通量がそもそも少なかったこと。そして、ちょうど区間の車道側信号が赤であったことが幸いする。四車線ある目抜き通りの車道中心線付近に着地後、アルフがそのまま自動車に跳ねられるという事態は回避された。

 形としては両足から綺麗に舗装された道路の上へと着地する形だった。尤も、着地後アルフは落下の衝撃をいなし切れず、ゴロゴロと車道を転がる形となった。さらに言えば、どうにか車道を転がる状態を堰き止めた後も、その場に蹲る体勢を取ったまましばらく動けないでいた。

 それが落下のダメージによるものか。正威が用いた符によって306号室から新濃園寺の目抜き通り上空へと投げ出された時の衝撃によって負ったダメージか。はたまたガラス戸をぶち破った時に負った引っ掻き傷によるものかは解らない。

 ただ一つ言えることは、割れたガラスによって生じた引っ掻き傷も、殊の外、浅い切り傷レベルで済んでいるとは言い難かったことだ。

 アスファルトで舗装された車道にはポタポタと赤い点が無数に生じており、血溜りとは言えないまでもアルフが蹲る形に添った血の跡が出来上がる。

 最初は怪訝な様子でアルフを遠目に窺っていた目抜き通りの通行人も、くっきりと血の跡がアスファルトに浮かび上がるのを目の当たりにすると俄かにざわつき始めた。

 通行人の一人、サラリーマン風のいい歳のおっちゃんがスマホ片手に恐る恐る近寄っていき、アルフへと尋ねる。

「なぁおい、あんた。大丈夫か? 救急車とかよ、呼んだ方がいいか?」

 そんな提案を受けたアルフは、まず自身の両腕や体を一通り眺めた。

 声を掛けてきた通行人が怪我の度合いを心配したように、アルフは確かに全身引っ掻き傷だらけで血塗れではあったものの、その一方で怪我が大動脈や太い血管にまで及び「血が止まらない」という事態にまでは陥っていなかった。

 蹲ったままではあったものの、アルフは気丈に答える。

「大丈夫、心配不要です。驚かせてしまい、申し訳ありません」

 それでも、サラリーマン風のおっちゃんはアスファルトの上にできた赤い染みを見て顔を顰めると、再び心配そうな顔をアルフへと向ける。

「心配いらないって……。かなり出血しているようにみえるけど……」

 内心「放っておいて欲しい」と思いながら、それが善意から来る行動だと思えばアルフはそれを無碍にはできないようだった。にこやかにほほ笑むと、何の問題もないことを前面に押し出し助けが不要であることを強くアピールする。

「これぐらいの出血ならすぐに止まりますよ。一見、大怪我をしているように見えるかも知れませんが、体のあちこちに切り傷を負ったから出血が酷いように見えるだけで大した傷じゃありません。一応。薬局で消毒液やガーゼを買って手当はしますが、救急車なんて大層なものを呼んで貰う必要は無いです。大丈夫です、ご迷惑をおかけしました」

「そうか? ……あんたがそういうのなら、無理強いはしないがよ」

 アルフがその場で足止めされている内に、目抜き通りにはざわつきを聞き付けて集まって来る野次馬連中が少なからず居た。

 サラリーマン風のおっちゃんとのやり取りの間に、どうにか立ち上がれるぐらいまでに体の調子を整えると、アルフはそんな野次馬連中を一瞥することもせずスターリーイン新濃園寺へと戻ろうとする。しかしながら、集まったその人だかりの中に、いつか見た顔を見付けてしまってはその足を止めざるを得なかった。

 何せ人だかりに紛れていたのは、件のブロンド髪の女だったのだ。

 アルフはぎょっと目を見開いた後、しかし一人心得顔で頷いた。そこには目に見えて「不機嫌さ」なんてものも見え隠れしたのだが、総じてその態度は怒りというものよりかは感心と諦観が混ざる複雑な色合いを帯びる。

 足を止め、ブロンド髪の女を睨み据えて、アルフは口を切る。

「……なるほどね、合点がいったよ。今夜の襲撃は君達によるものだったか」

 それは、野次馬によって周囲に満たされたざわつきに負けないよう、かなり声を張ったものになる。

 アルフの頭の中では、起脈石を破壊された昨日の襲撃と、今夜の襲撃が一つの線で繋がった思いだったのだろう。しかも、大凡神河とブロンド髪の女が星の家に求めた内容も似通っていると言えなくはないのだ。

 しかしながら、対するブロンド髪の女はきょとんとした表情だった。そうして、人集りの中からアルフにその真意を聞き返す。

「随分と手酷く誰かにしてやられたみたいだけど、……一体何の話をしているの?」

 そうすることで「今夜の襲撃」とやらに関与していないことを明示したつもりのようだったが、アルフは完全に聞く耳を持たない。

「しらばっくれても無駄だ」

 キッとブロンド髪の女を睨み据えれば、そこにはどんなに惚けて見せても「見逃すことはない」という強い意思表示が伴っていた。

 一旦小康状態になったざわざわとざわつきがまた俄に勢いを擡げた瞬間だった。すると、ブロンド髪の女を中心に、見る見るうちに人集りが割れていく。ブロンド髪の女がアルフと対峙するという構図がそこに完成してしまえば、人集りの集団からは一気にあることないことが囁かれるようになった。

 やれ、ブロンド髪の女と修羅場を演じた結果、アルフが血塗れになっているだの、痴情の縺れだのなんだのといった具合だ。

 当然、ブロンド髪の女はそんな根も葉もない囁きに辟易した様子だったが、アルフに対してはやや当惑の表情で対峙するという形だった。尤も、その言動は例によって軽い調子であり、少なくとも喋り始めの段階でアルフを敵視する素振りは微塵もない。

「聞く耳持ってくれないかー。でも、そうやって決め付けて掛かる態度っていうのは、回り回って大きく損をするだけだと思うけどね。現に、今夜、星の家とことを荒立てるつもりなんかあたしにはなかったのに、君がその姿勢を崩さないっていうのならやむを得ないって思っちゃうよ」

 セミロングでブロンド色の髪を掻き上げた後、後頭部を掻く仕草に「参った」という態度を滲ませて見せるのだが、話しをするその端からブロンド髪の女の態度には「衝突も辞さない」といった好戦的な色気も滲み出る。尤も、それが滲み出たのもほんの一瞬のこと。ブロンド髪の女は未だ捌けない周囲の野次馬連中をぐるりと見渡した後で、アルフにこの後のスタンスについて問い直す。

「まさか、こんな目抜き通りの衆人環視の中でやり合うつもりなの? こう言っちゃうとなんだけど、空から人が降ってきて、しかも「血だらけだったんです」って辺りで既に櫨馬警察辺りには連絡が入ってると思うんだ。騒ぎが収まる様子もないし、人が捌ける気配もない。櫨馬警察だって、きっとすぐにやって来るよ。国家権力を相手に一悶着とかさ、面倒事になること請け合いだとは思わないかな?」

 それは「穏便に手を打ちましょう」との提案だったのだが、アルフはそれを返す言葉で突っ撥ねる。

「だからって君を見逃すという悪手を打つつもりはない」

「悪手、悪手……か。そうかなー、そうやって決め付けで掛かっちゃうことで選択肢を潰し、無用な争い事を増やしているだけだとあたしは思うけどね」

 どうしてその判断に行き着くのかが「到底理解できない」という肩透かしを食った表情で、ブロンド髪の女は大きな溜息を吐き出した。

「今夜の襲撃なんちゃらって辺りは本当に心当たりがないんだけど? でもまあ、星の家の立場から見ると「これから似たようなことやらかし兼ねないぞ」って相手を見逃すっていうのは、確かにあり得ないない話でもあるか」

 最初の思いとしてはどうにかアルフを説得するべく口を切ったのだろうが、そうして話をしている内に「それが困難である」と思い至ったようだ。途中でスパッと自身の提案が「あり得ない話」だと意識を切り替えてしまえば、ブロンド髪の女は提案内容を衝突回避から程度問題へと転換する。

 それは、全面的にではないものの、既に闘志を身に纏って「やる気状態」にあるアルフの意向を汲む内容でもある。

「じゃあ、せめて素手でのストリートファイトって形に留めようよ? 武器を用いて衝突したってなると、やっぱりいざって時には大事に振り分けられちゃうからね。あたしは起脈石を叩き潰したハンマーを振り回さない。君はナックルサックを使用しない。どう?」

「わざわざ提案して貰っておいてあれだけど、僕はそれを受け入れる・受け入れない以前の状態だ。武器を携帯していないからね。君がそうしたいならそうすればいい」

 アルフは一端拍子抜けした顔を合間に挟むと、ブロンド髪の女の提案を突き放した。

 好きにすればいいと返されてしまえば、今度はブロンド髪の女が拍子抜けした顔をする番だった。

「武器も携帯してないのに、あの態度だったわけ? 呆れた。君のやる気に中てられて、あたしがその気になっていたらどうするつもりだったわけ?」

 アルフはさも当然のことだとでも言わん口調で答える。

「もちろん、相手がその気なら、例え素手であっても相手になる」

 対するブロンド髪の女は信じられないという顔付きを隠さなかった。

 負けん気が強いことはプラス要素であるかも知れない。しかしながら、不利な状況を覆す手段を何も持たないにも関わらず、無意味に応戦し続けることは愚かである。そういう思いがあるのだろう。だから、寧ろそういうことを頑として言い放っておいて、ここぞという時に不意の一撃を見舞う為の、駆け引きの一種かも知れないと勘繰ったらしい。

「……とかいって油断させて置いて、ここぞって時にナックルダスターの強烈な一撃で黙らせようって腹積もりだったりする?」

 邪推をするブロンド髪の女の言葉にアルフはややむっとした顔をするが、それも一瞬のことだ。わざわざストリートファイトの体を取ろうと提案するブロンド髪の女に対して、売り言葉に買い言葉となる台詞を投げかける。

「不意を打つとか、切り札を隠し持つとか、作戦を立ててじっと待つというのは性に合わないんだ。どんな状況下でも、やるからには全力と最善を尽くしことに当たる。それが僕の信条でね。君こそ、スクールバックの中には例の武器を仕舞ってあるんだろう? それを使わずして僕に負けを喫したからといって、後々女々しく恨み節を言うのは止めてくれよ?」

「いうね。でも、それはこっちの台詞でもあるかな。そうやって喧嘩を売るからには「怪我のハンデがなければこんなことにはならなかった筈だ」とか、後になって言い訳がましいのは見苦しいからやめてよね?」

 アルフとしては「ブロンド髪の女が武器を用いても一向に構わない」というようなスタンスだったが、素手でやり合うという状況は正直チャンスだった。前回、武器を装備したブロンド髪の女を相手に後れを取っている事実は揺るがない。

 もちろん、では「素手」での衝突なら勝ち目があるのかというと、そこはブロンド髪の女の実力が解っておらず完全に未知数の部分ではあるのだが、まだ体術の心得を持つアルフに取って分のある勝負と見ることができる。

「もし、僕が武器を持っていないからという理由で素手での勝負をするしかないと少しでも感じているのならば、最初に断っておくけど本当にその必要はないよ」

 それでも、アルフの口からは念押しの確認が付いて出た。自身が武器を携帯しないことによって、ブロンド髪の女に手を抜かれるというのがこの上なく嫌なのだろう。言ってしまえば「手を抜く」とは趣旨が異なるはずなのだけど、例え頭ではそれが解っていようとも自身の置かれる状況によって相手が最善を尽くさないというのは納得できないらしい。

「まさか。それこそこの場で君を叩き潰すつもりがあったのなら、そこは「好都合♪」ぐらいの思いだよ。あくまで、この衝突をただの喧嘩沙汰で済ます為だ。もしここが櫨馬だったなら、ストリートファイトなんて日常茶判事の一コマだ。正直それもどうかと思うところはあるけれど、少なくとも喧嘩沙汰ぐらいの騒ぎで櫨馬警察が本気で取り締まりしようなんて考えることは櫨馬ではあり得ない。霞咲だって、あくまで喧嘩の範疇で収まるものならば、仮に櫨馬警察が出張ってきたところである程度はお目溢しして貰えそうじゃない? これが暴動に繋がることだとでも捉えられて、目抜き通りを中心に検問の設置やら治安維持部隊の投入が行われたりしたらどうする? 堪ったものじゃないよ。仮に、本格的に取り締まるつもりがなくとも、ここが霞咲であることを考慮するなら訓練名目で出張ってくるとも限らない。あなた達星の家だって、そんな事態はさらさら困るでしょう?」

 アルフが長々と続いた考察を聞き、まず感じたことは「櫨馬の事情にも精通しているんだな」という思いだった。実質、それ相応に櫨馬の空気や日常にどっぷり浸かっていないとそれは解り得ないことだ。

 ブロンド髪の女はああ言ったが、櫨馬のビジネス街などでストリートファイトが起こることなどまずない。外国人労働者や移民を押し込んだ地域では言わずもがなであるものの、ある程度櫨馬の事情を知り得ていないとそれらはそう簡単に目にすることではない。

 では、検問設置を困るとするのは、スクールバックにハンマーなんてものを格納しているからだろうか?

 他にも色々あるんじゃないか?

 そんな邪推がアルフの脳裏を過りつつあったが、それは口にしても詮無いことだ。

「そうだね。全面的に同意するよ。……解った、ならば、素手でのストリートファイトって体を取ろう。これなら、多少度を逸してもただの喧嘩沙汰だ」

「まぁ、怪我人相手に喧嘩を吹っ掛けるっていうのは、心情的には正直どうかと思うところもあるんだけれど……」

 気が進まないという気怠さや腰の重さが色濃く混じる台詞で口を切りながら、その途中で言葉を区切るとブロンド髪の女はスパッと纏う雰囲気をも切り替える。

「君がやるという以上は相手になるよ!」

 そういうが早いか、ブロンド髪の女が先手を打つ。

 野次馬連中からは歓声と悲鳴が上がり、場は異様な雰囲気に包みこまれていた。尤も、どういう経緯でアルフとブロンド髪の女が喧嘩を始めたかを知り得るものなどいない。余興が始まったぐらいの感覚の野次馬が大勢を占めていただろう。

 ブロンド髪の女が距離を詰める速度は、最初の一撃目から既にアルフが306号室でやりあった萌を上回る速度だった。そして、アルフや萌よりもずっと綺麗で整った品の良い動きだった。空手や柔道といった類の、ルールに基づいて小奇麗な環境下で行うスポーツライクさを持つと言えば的確だろう。いうなれば、それは実戦経験の中、泥に塗れて独学で習得した戦い方ではなく、師を仰ぎ繰り返しの稽古や練習の中で会得したものを実践に落とし込んだものだ。

 そんなブロンド髪の女の動きは良くも悪くも捻りがなく、アルフに取っては先を読み易いものだ。当然、ブロンド髪の女の攻めをいなすことも、そんなに難しい話ではなかった。

 襟首を掴みあげんと伸びてきたブロンド髪の女の利き手を払い、また足を絡めて体勢を崩そうという動きには逆に距離を詰めて反撃に出て事前に対処する。アルフの反撃時にはボデーブローで腹部を狙う余裕もあったのだが、さすがにそこはブロンド髪の女の速度を生かした後退でさらりと回避された。

「驚いた。速度ではあたしが間違いなく上回るはずだから、さくっと投げるか抑え込むかであっさり勝敗は決まる筈だと思っていたけど、……こんなに簡単に対処しちゃうんだ」

 驚いたという言葉とは裏腹に、ブロンド髪の女には焦りの色や驚嘆の態度は微塵も窺えない。寧ろ、いつかの衝突の時のような余裕が垣間見えるぐらいだ。もちろん、ブロンド髪の女にはやばくなったら件の「魔法」があるのだから、その余裕の態度も頷ける。

 ともあれ、一連の連撃をやり過ごしてアルフが理解したことは、ブロンド髪の女の攻めが萌のものよりもずっと甘いということだ。それはスポーツライクさが抜けていないからというのもあっただろうが、本気で相手を潰そうとか病院送りになっても構わないと思って攻めているわけではないところが大きいだろう。そうはいっても、ブロンド髪の女が手を抜いているというわけではない。

 あわよくば、実力差を見せ付けて戦意を削ぎ、アルフから自発的な降参を引き出したいのだろう。

 正威が啓名を相手にそうしていたようにだ。

 速度面で絶対的な強みを持っていると考えていたから、それが実力差を見せ付ける決定打となり得る。そんな腹積もりだった筈だ。誤算だったのは、アルフも速度面に置いて強い自信を持っていて、ブロンド髪の女の動きに対して容易に対処ができるという点だったわけだ。

 アルフはギリッと歯を噛み合わせると、一際大きく吠える。

「僕も、甘く見られたものだな!」

 一転して、アルフが攻撃に打って出ると、押され気味になるのはブロンド髪の女の方だった。いくら速度面でアルフをいくらか上回るとはいえ、それだけではアルフの連撃はいなし切れない。加えて、アルフは回避されることを前提とした攻撃をいくつも間に挟み、本当に痛打したいポイントを可能な限り叩き込めるよう上手に立ち回っていた。そして、その匙加減自体も非常に上手い。

 全身に負った切り傷のダメージなど存在しないかのような速度で距離を詰め、アルフは丁寧に丁寧に畳み掛けていく。足を狙ったローキックなどの動きの全てがフェイントで、それをブロンド髪の女がバックステップで躱したところにすかさず飛び込み、ボディを狙って痛打を叩きこむ。

 最初に決まった痛打の一撃は飛び膝蹴りとなり、ブロンド髪の女の鎖骨部分を下から抉るように膝を押し込む形となった。想像だにしていなかったアルフの飛び膝蹴りを食らって、ブロンド髪の女は目を白黒させる。

「……やってくれるじゃない!」

 奥歯をがしりと噛み締めると、ブロンド髪の女はアルフの膝を抱え込む。さらなる追撃の手を打たせない為だろう。すると、そのままくるりと身を翻して、ブロンド髪の女はアルフを遠心力で放り投げる。否、ただ遠心力を利用して放り投げたのではない。もし、そうならば、アルフが宙高く、それこそ三メートル強の高さまで放り投げられることなどありえなかったはずだ。

 放り投げられたアルフだったが、難無く空中で体勢を立て直して見せると何事もなかったかの如く両足から着地した。尤も、さすがにすぐさま反撃へと移行できるほど綺麗な着地ではなく、落下の衝撃を相殺するために二歩三歩と後退を余儀なくされる形だ。

 どうにか仕切り直しの為の小休止がそこに生まれ、ブロンド髪の女は大きく息を吐く。

「速度で上回るだけじゃままならないものだね。……だったら、そろそろ取って置きを見せちゃおうかな!」

 ブロンド髪の女がそう声を張り上げた瞬間、不意にアルフの背筋を冷たいものが走った。

 何かとんでもないことを相手が仕出かそうとしていることを警告する第六感。

 思い当たるものは「魔法」である。

 そして、素手での勝負といっておきながら、ブロンド髪の女はアルフを襲撃した際に用いた神通力こと「魔法」を躊躇うことなく使用した。利き手をアルフの方へと突き出すように身構えれば、ブロンド髪の女の右手はうっすらと白く発光を始める。もちろん、そこに幾何学的な文様が浮かぶ上げることはなく、星の家が神通力を行使する際に用いる「記号」とは一線を画す何かであることは一目瞭然だった。

 アルフはすぐさま、ブロンド髪の女が付き出す利き手から何かビームのようなものが射出されても回避できるよう身構えたのだが、それは遠距離攻撃を行う「魔法」ではなかったらしい。ブロンド髪の女は薄らと白く発光する利き手をパンッと小気味良い音ともに左手と合わせた後、アルフに向けて一気に距離を詰めた。ブロンド髪の女の右手に宿った白い光は左手にも波及しており、何か物理攻撃に追加効果を及ぼすようなエンチャント魔法を想像させた。

 良くも悪くもアルフは調子を崩される形となる。

 昨日のイメージに引っ張られて魔法を遠距離攻撃だと考え身構えたのもそうだし、ブロンド髪の女の接近に対して上手く対処できない点もそうだ。何かがエンチャントされたと思しき攻撃を真正面から受け止めていいものかどうか、今から対処するとういう直前になって躊躇ったのだ。結果、アルフは「受け止める」という対処を諦め、攻撃そのものを回避する方向に転換するのだが、直前での方針転換がそうそう上手く嵌るわけがない。しかも、苦し紛れの一手だ。

 加えて言えば、ブロンド髪の女の動きもアルフに強烈な一撃を加える為のものでなく、まるでアルフに触れることに重点を置いたような柔軟さを持ったものだった。ブロンド髪の女の方が一段速度でアルフを上回ることもあって、アルフはそのタッチを避けられない。

 威力は皆無。

 それこそ小突く程度に、トンッと肩を押す程度のものだった。

 しかしながら、アルフはまるで重量物で思い切り殴り付けられたかのような衝撃を受けていた。そして、ブロンド髪の女の手が振れた部分には、重しでもまとったような感覚も生じる。

 それがただの錯覚か、本当に重量物で思い切り殴り付けられたに等しいダメージを受けたのかは区別できない。しかしながら、区別できないとは即ち、少なくともそのダメージの影響を受ける状態でブロンド髪の女とのストリートファイトを続けなければならないことを意味する。

 言っても詮無いことと知りながら、アルフは苦り切った顔でブロンド髪の女に苦言を呈す。

「素手での勝負といって置いて、魔法を使うのかい?」

「魔法? 特殊技能と言って欲しいかな。それに、特殊技能で威力を底上げしただけで、まだ素手の範疇でしょう?」

 しれっと言って退けるブロンド髪の女の認識に、アルフがこれでもかという程にげんなりとする。半ば「こうなるだろうな」という思いはあったのだろうが、いざ魔法の使用を目の当たりにするとやはり思うところがあったのは間違いない。まして、魔法という要素が介在しなければ、ブロンド髪の女を相手に回し十分にやり合えるだけの状況だったのだ。

 泣き言を言っても始まらないながら、アルフの舌打ちが全てを物語っていた。

 物理攻撃に追加効果を付加する程度は「素手の範疇だ」という認識は、どこまで拡大解釈されるだろうか?

 それこそ魔法によって遠距離から衝撃波を連発するという辺りまでいっても、ブロンド髪の女はそれを「素手」だと言い張るかも知れない。

 どこまでを素手だと言い張るつもりかを、アルフが懸念したその矢先のこと。

 ブロンド髪の女の口からは、アルフの懸念通りそれら遠距離攻撃さえ「あり得る」話だと続く。

「そもそも世のストリートファイトでは、火を噴いたり、衝撃波を飛ばしたり、帯電したりするのも良くあることらしいじゃない?」

 悪びれた様子一つ見せずに、しれっと「ストリートファイトには良くあること」で片づけるブロンド髪の女の認識では、昨日見せた神通力のような魔法でさえ「素手」の範疇で片付けてしまうつもりのようだ。

 アルフは事前に「素手」の範疇を確認しておくべきだったのかも知れない。

 勝負は一気にアルフに取って分が悪過ぎるものと化していた。

 それこそ、できるかどうかはともかくとして、衝突の威力で半径数kmに及ぶクレーターを発生させる小隕石落下の魔法も素手の範疇で済ますつもりだったかも知れない。

「僕が良く知る世界の話じゃないみたいだけど、君の居る世界では当たり前のことなのか? 君がゲームやファンタジーの世界の住人だっていうなら、昨夜の魔法も含めて納得できるけどね。……信じたくはない悪い冗談ではあるけれど!」

「記号で魔法みたいな力を使う星の家がそれを言うの? てっきり記号を多用してくるものだと思っていたんだけど?」

 使えるのならば使っている。それがアルフの率直な反論だったろうか。そして、記号を使うために必要となる起脈石を叩き潰したブロンド髪の女がそれを言うかという思いだった筈だ。

 ともあれ、防戦に追い込まれてしまえばさらに不利になるだけだとアルフは判断したようだ。重しをまとったかの如く反応の鈍い体に鞭を打ち攻勢へと転じる。

 しかしながら、攻撃に打って出るべく距離を詰めようと踏み込んだ右膝には、次の瞬間ブロンド髪の女の蹴りが沈み込んだ。アルフの動きに反応し接近を未然に防止すべく、取り敢えず繰り出した一撃だったので威力自体は大したものではない。にも関わらず、アルフはその一撃でガクっと片膝を付く形で体勢を崩してしまっていた。

 例によって、その一撃には重量物で思い切り殴り付けるかのような衝撃が加わった格好だった。

 すぐさま立ち上がろうと歯を食いしばるアルフだったが、重しがまとうかのような感覚が追加で発生しすぐには立ち上がれない。

 アルフの脳裏を過るもの、それは「これはまずい」という強い思いだ。

 距離を詰めるという選択は完全に裏目に出たといい。

 そこで取り得るべくは、重しがまとう感覚が薄れるまで距離を置くという選択だったかも知れない。距離を置き時間を稼ぐことで、魔法に対する何かしらの対処方法を模索できた可能性も少ないながらあったからだ。

 もちろん、速度でアルフを上回るのはブロンド髪の女だ。距離を取ったからと言ってジリ貧に追い込まれた可能性も否定はできない。重しがまとう感覚にしても、すぐに薄れるような甘いバッドステータスではなかったかもしれない。

 体術だけに絞った立ち回りならブロンド髪の女相手にも十分勝ちは見込めたが、そこに魔法が加わったことでアルフの負けはほぼほぼ確定的だったのだろう。

 不用意に攻めに転じたことを後悔しながらアルフは眉間に皺を寄せる苦悶の表情で、ブロンド髪の女へと向き直る。

 次の瞬間、アルフは正威にもやられたように、新濃園寺の目抜き通りで空中を舞っていた。直後、遅れて強い衝撃が腹部から全身に渡って波及し何かをされたのだと認識するが、抗う術などなかった。為す術なく宙を舞い、今度は背中から綺麗に剪定された植木の上へと落下する。

 いや、狙ってそこに落とされたのだろう。

 ブロンド髪の女にその気があれば、スターリーイン新濃園寺の三階層まで放り上げられていたかもしれない。

 ともあれ、空中を舞ったとは言え精々舗装された路面から三メートル程度の高さだ。加えて落下地点には選定された植木があり、多少引っ掻き傷が増えただけでダメージは必要最小限に抑えられた形だと言って良かった。

 アルフが宙を舞った瞬間、誰もが「勝敗が決した」と思ったようだった。歓声に時折悲鳴を混ぜながら勝負の行方を好奇の目で眺めていた人集りからは、一際大きな喧噪が響き渡り、当たりは拍手喝采に包み込まれる。

「いいぞ、姉ちゃん!」

「すげぇな」

 ブロンド髪の女が手を添えただけでアルフが吹っ飛ばされて宙を舞ったという事実も、その喧噪に拍車を掛けていた筈だ。目抜き通りには、どよめき、……もっと詳細に分解すると野次とブーイングと歓声と拍手が入り交じって一種異様な雰囲気が熱冷めやらずという具合に漂い続ける。

 すると、未だ静まる気配のないそんなどよめきを前にして、ブロンド髪の女が派手なガッツポーズを決めて見せた。そうすることでアルフの負けを十二分に印象付け、同時にこれで余興は終演だと強く印象付けるためだ。もちろん、当のアルフとブロンド髪の女の二人に取ってそれは余興などではないながら、遠巻きに二人を眺める野次馬に取ってはそんな事情などは関係ない。

 ガッツポーズと共にどよめきは最高潮と鳴り、熱はそこを境としてようやく徐々に徐々に引き始める嫌いを見せる。

 加えて言えば、囃し立てる声に対して、ブロンド髪の女は右手を大きく上げる形で答え、こう誘導を始める。

「はいはい、ありがとうね。でも、これ以上騒ぐと櫨馬警察が介入して来兼ねないから、早いうちに捌けた方が良いよ。ほら、騒いでないで捌けた捌けた。見物していただけなのに、難癖付けられるなんて癪でしょう? 奴ら、融通なんて利かないよ」

「ああ、それもそうだ。……喧嘩沙汰での騒ぎとあっちゃ黙っちゃいないだろうからな」

 見掛け上の勝敗が決したことと、櫨馬警察による取り締まりの可能性にブロンド髪の女が言及したことで野次馬連中はわらわらと捌け始める。一部、まだ熱冷めやらぬといった雰囲気の酔っ払いもいるにはいたが、周りが捌け始めれば右に倣えの形を取る。

 この分であれば、櫨馬警察が介入するよりも早くこの喧騒は収束するだろう。

 人集りが捌け始め、ようやく一息付けるというところで、ブロンド髪の女はゆっくりとアルフの落下地点である植木の方へと向き直った。

 一方のアルフは、植木の上に落下した状態のまま微動だにしていなかった。立ち上がろうとした形跡もない。

 その状況を前にして、ブロンド髪の女はやや心配そうな面持ちでアルフへと駆け寄ろうとする。打ち所が悪かった等の理由で、アルフが意識喪失状態に陥った可能性を危惧したようだ。尤も、植木付近まで駆け寄って行った後、実際にブロンド髪の女がその手をアルフに向けて差し出すことはなかった。

 結論からいえば、アルフは植木に嵌って生傷を増やしただけだったからだ。即ち、魔法によって負ったダメージがまだ尾を引いていて、起き上がれないでいるだけだったわけだ。意識ははっきりとしている様子で、視界に安堵の息を付くブロンド髪の女の様子を捉えた直後、これ見よがしに不機嫌な表情となる。

「良かった、やり過ぎちゃったかと思って焦ったよ」

「……」

 ブロンド髪の女から「やり過ぎたかも」と言葉が出る辺り、魔法を用いた攻撃は手加減されたもので間違いなかったのだろう。アルフとしては「手加減された」という事実が何より気に食わないらしい。憮然とした表情はその強さを増し、会話に応じる雰囲気は微塵もない。例え、手加減されないことで完膚なきまでに叩き潰されたとて、そちらの方がアルフに取っては本望だったのかもしれない。

 それでも、ブロンド髪の女はそんなアルフのガキっぽい態度が面白いと言わないばかり、にんまりと笑みを作りご満悦の風だ。

「さて、あたしの勝ちで異論はないよね? それともその様で、まだやる気?」

「……」

 ブロンド髪の女の呼びかけに、アルフからの返事はない。

 それを「不服ではあるものの、行動で示せる状態にはない」とブロンド髪の女は判断したのだろう。自身が勝利したことを前提に話を始める。そこには話題を変えるべく柔和な態度が混ざっていて、憮然と口を噤んだままのアルフから対話を引き出そうとする意図が見て取れる。

「実はさ、スターリーイン新濃園寺ってビジネスホテルが見付けられずに難儀していたところだったんだよね。だから、どういう経緯でそうなったかは知らないけれど、君が空から降ってきた時は渡りに船だって思ったわけ。スターリーイン新濃園寺には、北霞咲起脈敷設計画の指揮を執るプロジェクトマスターと、起脈の根幹に関わる紅槻の血に連なる子がいるんでしょう?」

 ブロンド髪の女の口から外部に漏れて良いはずのない情報が切り出されれば、さすがのアルフも反応しないわけにはいかなかったようだ。

 尤も、なぜそのことを知っているのか?

 そんな質問を投げ掛ける間も与えず、ブロンド髪の女はアルフが抱いただろう不安を払拭するべく言葉を続ける。

「さっきも言ったように、喧嘩を吹っ掛けるつもりはないから安心してよ。まあ、信用できないかもしれないけど、今は話がしたいだけ。起脈を敷設しようとする真意が知りたいんだ。起脈敷設に対するちゃんとした理由が星の家にあるのなら、あたしは星の家の動きを全否定するつもりなんてないんだ」

 星の家の行動にも一定の理解を示す用意があると宣って、対話をすることに理解を求めるブロンド髪の女の態度は真摯だった。そこに、アルフを騙そうとする態度は微塵も感じ取れない。なぜ、星の家の内部事情を知っているかといった疑問は残るものの「衝突するつもりがない」という姿勢には一定の理解ができる。

 では、アルフはブロンド髪の女にどんな姿勢で対峙したか?

 それは押し黙ったまま、顔を顰めるというものだった。

 それは「そもそも信用ができない」とかそういった根幹的な問題ではなくて、スターリーイン新濃園寺が見付けられずに難儀していたという件が大きい。ブロンド髪の女の姿勢に一定の理解ができるからこそ、その主張の歪さが際立っていた。「辿りつけない」という件で嘘を付いている雰囲気にないことも、そのアルフの混乱を大きくしていただろう。

 スターリーイン新濃園寺とはこの目抜き通りに面して立地しており、例えその目が節穴でもない限り容易に見付けられてしかるべき建物だ。

 見付けられないなんてことが、起こり得るわけがない。

 それでも、仮に「見つけられない」が本当なのだとしたら……。

「今夜の襲撃に、君は本当に関与していないのか?」

 ブロンド髪の女は苦笑しながら、その質問に答える。

「襲撃なんてものに関与していたら、多分こんなところをうろついていたりしないよ。一番槍になるべく最前列にいて突貫する役目を買って出てると思う、かな。そういう猪の武者っぽいところをもうちょっと何とかしなさいって散々言われてるんだけど、あたしがそうすることで何かを防げたり被害を最小限に抑えたりできるならって思うのも確かなんだ。……と、変な話をしたかな」

 その言葉で信用して貰おうなんて思ってはいなかっただろう。言うなれば、疑義を僅かに和らげて見せたアルフに呼応して、ただ雰囲気を和ませるため合間に挟んだ雑談に過ぎなかったはずだ。

 実際、ブロンド髪の女は鼻の頭を掻きながら、半ば強引に話題をスターリーイン新濃園寺のものに切り替える。

「でも、あれだよ、用心しているからと言って、君達星の家はどれだけ解り難い立地にあるビジネスホテルを利用してるの? 入念に住所と立地を調べてナビアプリにまで頼って来たのに、まさか迷って辿りつけないなんて思いもしなったよ」

 またも、ブロンド髪の女の口からは「スターリーイン新濃園寺に辿りつけない」という理解に苦しむ内容が続いた。

 それこそ、ぐるりと周囲を見渡せば、一際大きく電飾が輝き電光掲示板にもスターリーイン新濃園寺の文字が躍るのにだ。

 そして、相変わらず、ブロンド髪の女には嘘を付いている様子は微塵も窺えない。

 では、どういうことだ?

 ブロンド髪の女を始めとした一定の人々の目に入らないよう、何らかの仕掛けが張り巡らせてあるのだろうか?

 目の前で眉間に皺を寄せ思案を巡らせ始めたアルフの様子を「案内してもいいものかどうか葛藤している」とでも思ったのだろう。ここにきて、ブロンド髪の女は要求を押し切る為の、率直なお願いを口にする。

「無理強いはしない。けど、できることなら、プロジェクトマスターと紅槻の血に連なる子のところへあたしを案内して欲しい。お願い!」

「案内するも何も……」

 アルフは改めて、自身がガラス戸をぶち破ったスターリーイン新濃園寺の306号室へと目を向けようとする。何なら「あれがスターリーイン新濃園寺だ」と指を指して教えてしまうつもりだったかも知れない。

 確かな違和感を覚えたのは、スターリーイン新濃園寺の様子を確認するというその時になってからだった。違和感の原因にも、すぐに気付くことができる。自身がぶち破ったはずの306号室のガラス戸に、破損した形跡が確認できない。目抜き通りに面した側にテラスがあることで死角になっているだけかとも思ったようだが、そうではなかった。

 もっと根本的に色々おかしい。

 スターリーイン新濃園寺であるはずの建物は、アルフの記憶の中の形状と似通っていながら異なっていたのだ。

「僕も、……化かされているのか?」

 当惑の色を隠そうともしないアルフだったが、化かす相手に心当たりもある。

 もちろん、脳裏を過るのは襲撃者たる神河一門の二人だ。

「化かす?」

 首を傾げて聞き返すブロンド髪の女だったが、その言葉の途中ですぐにピンと来たようだった。

 ブロンド髪の女にしても、そもそも見付けられないということをどこかおかしいと思っていたのだろう。

「どれ? どれが君の記憶の中でスターリーイン新濃園寺だった建物?」

 アルフが首をしゃくってスターリーイン新濃園寺だったはずの建物を指す。すると、ブロンド髪の女は電柱の脇に置いたスクールバックに走り寄る。スクールバックから出て来たものは布にくるまれた50~60cm程度の細長い物体だ。

「ハンマーなんか取り出してどうしようっていうのか?」

 アルフがそんなことを思った矢先のこと。ブロンド髪の女が取り出した物体が、件のハンマーでないことに気付く。

 根本を結った結束バンドを外し、布を無造作に取り払っていくと、姿を現したものは両刃を持つダガーみたいに細長い武器だった。とはいっても束の部分は横幅が広く、先端になるにつれ細くなっていき、一般的なナイフなどとは一線を画す形状をしている。あちらこちらには装飾があしらってあって、実用性重視のものというより祭儀用のものという印象を強く与えた。

 捌けずに残っていた幾人かの野次馬と、通行人からは再びざわつきがあがる。

 尤も、ブロンド髪の女はそんな喧騒などには目も暮れない。ダガーを片手にスターリーイン新濃園寺だったはずの建物へと接近していき、あるポイントまでいったところで足を止めた。

 あるポイントには、何かこれといった目印があったわけではない。

 こう言うと語弊があるが、ブロンド髪の女を目で追った通行人達からどよめきが生まれた瞬間に、ブロンド髪の女が通過したポイントだ。尤も、どよめきが生じたのも当然だとさえ言えた。なぜならば、そこに到達した瞬間、水面に水滴が落ち波紋が広がるかの如くぐにゃっと空間が揺らいだかのように見えたのだからだ。

「普通に往来を行き来しているだけだと境目を感知できないなんて……、どれだけ精緻な結界を仕立てたっていうのさ? 見付けられないわけだよ! これ、星の家の仕業じゃないんだね?」

 念押しして確認するブロンド髪の女に、アルフは首を横に振る。

「星の家のものじゃない」

 その返答を聞くや否や、ブロンド髪の女はすぐさま何もない空間へと向けてダガーを突き立てた。

 すると、スターリーイン新濃園寺を包み込むかのように淡く発行する白い靄のようなものが具現化し、そしてダガーに吸い込まれるかのように収縮して行った。そうして、ダガーが仄白く発光するようになったところで、ブロンド髪の女は再びダガーへ布を入念に巻き付けていった。衆人環視の中、刃渡り50~60cmもある刃物を人目に晒したくないという重いもあったろうが、その挙動はそもそも必要に迫られない限りダガーを使いたくないかのような態度にも見える。

 ともあれ、ダガーにぐるぐると布を巻き付けながら、ブロンド髪の女は無言でアルフを見据え、目顔で状況説明を要求した。スターリーイン新濃園寺を人目から隠したのが星の家の仕業でないなら「今夜の襲撃」という件が一気にきな臭さをまとったことは言うまでもない。

 アルフが出合い頭に喧嘩腰の態度を取るから、ある程度その「今夜の襲撃」という件が片の付いたものだとブロンド髪の女が思った節がある。蓋を開けてみて始めて、それが現在進行形の案件だと理解した格好だったろう。

「僕達は神河一門という連中に襲撃を受けている真っ最中だった。劣勢に置かれ、僕がその場から強制的に排除させられることになって、……多分もう、上の決着は付いてる。神河は襲撃の理由を警告だといっていたけど、君が話をしたいといった内の一人「紅槻啓名」は話をできるような状態にはないかも知れない」

 神河がそこまでやるかは解らないが、霞咲から手を引くことを最後まで「一存では決められない」と頑として答えるだろう啓名に対して、どう落としどころを探るかによってはない話だともいえない。

 ともあれ、ブロンド髪の女には何か思うところがあったらしい。くっと下唇を噛むと、険しい表情を覗かせる。

「何号室で神河一門の襲撃を受けたの?」

 ブロンド髪の女の言動からは、その場に乱入するつもりであることを容易に窺い知れた。だから、アルフには「答えない」という選択肢もあった。けれども、アルフは神河の襲撃を受けた啓名の部屋番号をすんなりと答える。

 即ち、それは今現在起脈に絡んで霞咲で行動する三勢力が一堂に会することを意味する。

 事態がどう転ぶかは蓋を開けてみないと何とも言えない状態ながら、それでも神河によって星の家が完全に動きを削がれるぐらいならばとアルフは考えたのだろう。

「……三階、306号室だ」

 ブロンド髪の女はアルフの返答を聞くや否や、スターリーイン新濃園寺の玄関目掛けて走り出していた。



 不意に、306号室を包み込んでいた空気が変わる。

 変わる前は、その場で異変を感じることなどできなかった。しかしながら、いざ変わってしまった後で改めて前と後とを比較してみると、そこには明らかな違いが存在するのだ。いうならば、変わる前の306号室は音や気配といったものを察知し難くする無色透明で無臭の気体が充満した空間のようだったと言えた。

 繁華街の喧騒や人の気配といった類のものが耳に届くようになり、アルフがぶち破ったことで破損した窓ガラスもきちんとその場に壊れた姿を晒す。

 何より、それがただの空気の変化でなかったことを印象付け、且つ決定付けたのはその直後の萌の行動だったろう。

 無駄だと知りながら、それでも身構える形で多成がその手にしていたハンドガンをスレッジハンマーでの一撃によって払い除けたのだ。まるで、銃口が自身に向いていることを嫌うかのような対応であり、表面上はそうとは解らないようにしていたが「慌てた」印象も拭えない。

 ハンドガンは多成の手を離れ、306号室の側壁に勢いよく叩き付けられた後、床へと落下する。暴発し兼ねない程の勢いで叩き付けられたわけだが、ハンドガンから弾丸が射出されるようなことはなかった。

 多成がセーフティをロックしていたのかも知れない。

 ともあれ、その萌の不自然さを孕んだ動きが、啓名に何らかの理由によって仕掛けが解除されたことを確信させたようだ。どうして仕掛けが解除されたのか。その理由は解らないものの、それは啓名に取ってこの状況を打開し得る上で千載一遇のチャンスである。

 啓名が狙ったのはハンドガンを拾いに動くというような行動ではなく、真っ先にこの場からの離脱を試みるというものだった。

 ハンドガンを拾うという観点で見ると、啓名は正威や萌、そして多成よりも近い位置に居たのだが、それを手に取ったところで自身の置かれる状況を根本的にどうにかできるとは思わなかったのだろう。

 啓名が足を向けたのはテラスの方向だった。306号室の出入口へと向かうには正威を躱す必要があり、仕掛けが解除されたとはいえ、それを容易にやって退けられるとも思わなかったようだ。

「正威!」

 すぐさま、啓名の不穏な動きを察知して萌が声を上げるものの、テラス側へ移動する可能性など正威は念頭に置いていなかった。完全に裏を突かれる格好となり、正威の反応は大きく遅れた。

「動ける面子を集めます!」

 そう叫ぶと、啓名は割れた窓ガラスを潜って、テラスへと身を乗り出す。

「俺のことは良い! 後に備えろ!」

 多成が場を離れる啓名へ叫び返すと、当の啓名は振り返ることもなくテラスの欄干まで進み出ていた。

 ようやく正威が啓名の後を追ってテラスへと進入するが、既に時遅し。

 啓名は欄干から身を乗り出し目抜き通りを見下ろしたところで一度怯んだものの、そのまま欄干を乗り越して目抜き通りへとダイブしていた。

「おいおい! 嘘だろ、ここ三階だぞ? しかも、あの格好で……」

 正威も欄干に身を乗り出すまでは行ったのだが、そこで同じように怯んだ後、深追いするまでもないと判断したようだ。まして、後を追った場合には、多成の処遇を萌に任せて単独行動することになるという点も、気掛かりの一つだった。それこそ、挑発を多分に含む多成の向こう見ずな態度は、限りなく萌と相性が悪い。

 一応、啓名が目抜き通りの人混みに紛れるまでは、正威も後を目で追った格好だった。

 啓名はスターリーイン新濃園寺3階層から飛び降りた際のダメージを微塵も感じさせない身のこなしを見せてくれた。恐らくは行動制限で発生させる障壁辺りを上手く使って、落下の衝撃をいなす手立てを持っていたのだろう。

 正威が目で追った限りでは、啓名が電波妨害の影響がなくなったことにまで考え至った風はなかった。それこそ、多成の身の安全を考慮した上で乱暴な手段に打って出るなら、スターリーイン新濃園寺に警察組織の介入を促すという手もある。「銃を持った不審者が部屋に人質を取って立て籠り……」等、あることないこと通報すれば容易に警察組織を巻き込むことが可能だった筈だ。

 今はこの場をいち早く離れるということに頭が一杯で、そこまで考えが及んでいなかった可能性を加味すると、正威・萌の二人にはあまり悠長にことを構えている時間はなさそうだった。それを踏まえて、正威が306号室内へと足を向けるのだが、そこには萌と多成が繰り広げる侮蔑合戦というカオスな空間が広がっている。

「あの場面は「待て、俺を一人にしないでくれ!」ぐらいの情けないことを、啓名ちゃん相手に悲壮感を漂わせながら口走って欲しかったんだけどね? 小汚くてみすぼらしい髭っ面が情けなさに拍車を掛けて、さぞかし良い絵になったと思うよ?」

「くたばれ、三下共が!」

「その三下相手にしてやられるなんて、星の家のプロマス様ともあろうお方が随分とまあ滑稽で無様だね? まあ、その小汚くてみすぼらしい髭っ面にはお似合いだとは思うけれど」

 306号室の壁に凭れ掛かるように座する多成を、萌は上から見下しプレッシャーを掛けながら罵倒する。

 多成は完全に揚げ足を取られた様子で、押し黙るしかない様子だ。自身が「三下」と罵った相手にしてやられたのは間違いなく、ダメージ転移も不用意さが招いたと受け取れなくもないのだ。尤も、萌を睨みつける視線は鋭さを増し、今にも機会さえあれば咬み付かんといわないばかりであることも間違いない。

 やはり、相性は限りなく悪そうだ。

 正威が306号室内へと戻る気配を察したのだろう。萌はふいっと多成から距離を取る。そして、くるりと踵を返して正威へと向き直れば、啓名を追ってテラスへと進み出た後の結果についてその目顔で尋ねる。

「……ごめん、萌。取り逃がした」

「まあ、完全に虚を突かれたもんね。それに、絶妙のタイミングでやられたしね」

 萌の態度に、啓名を取り逃がしたことを非難する風はなかった。逃走経路も踏まえて、完全にしてやられたことに対する悔しさこそあれ、神河サイドの落ち度はなかったという認識だろう。もちろん、こうしておけば良かったという反省点はあるのだろうが、それでも啓名の逃走を防げたかというと疑問は残る。

 そして、何よりも正威が気掛かりに感じるのは、やはり仕掛けが破られたことだった。「絶妙のタイミング」とは言い得て妙で、狙い澄ましたかのようにやられた感が否めない。ただの偶然かも知れないが、注意するに越したことはないはずだ。306号室から強制排除した前後のアルフの言動を見るに、とてもじゃないがそんな真似ができるとは思えないから、仕掛けを破ったのは星の家のニューフェイスだと正威は推測していたようだ。この短時間でアルフが集めたニューフェイスであるはずだが、そいつが仕掛けを破るだけの力量ないし知識を備えているのは間違いないと考えたらしい。

 引き際を見誤らぬよう熟考する正威の横で、萌はあわよくば有利に押し進められるはずだったものが水泡に帰したことをこれでもかと惜しんでいた。

「あーあ、台無しだ。必要最低限の言うべきことは、取り敢えず啓名ちゃん相手に言い終えていたとはいえ……。あそこまで踏み込んだのなら、啓名ちゃんからの協力を取り付ける……とまでは行かなくとも、どうせなら星の家上層との対話の場ぐらいは引き出しておきたかったよね」

 そこまで口走った後で、萌はふと何かに気付いたようだ。

 星の家上層との対話の場を引き出すだけならば、まだ打って付けの相手が306号室には転がっている。

「啓名ちゃんを餌にして、星の家のプロマス様が釣れたんだ。駄目元でも、要求してみようか?」

「……紅槻ルート寄りかは陰険なムードの漂う場になりそうだけど、立場的には紅槻啓名ちゃんより上に位置するんだ。やらない手はないかもな」

「星の家上層との対話の場だと? ……貴様ら、何者なんだ? 何が目的でここに居る?」

 多成の問いに、萌と正威はお互い顔を見合わせ、どちらからともなく溜息を吐き出す。

 啓名に対して行ったやりとりを多成は知らない。それは即ち、掻い摘みながらでもある程度は同じやりとりを多成とせざるを得ないことを意味する。啓名相手には敢えて実力差を知らしめるようなやりかたを取ったわけだが、多成相手に同じ方策は効果的ではないだろう。

 正威はゴホンと咳払いをするとにこりと事務的に微笑み、店員が接客するかの如く多成相手に丁寧な口調で自己紹介を始める。

「まず最初に、俺達は霞咲で祭儀的なこと、呪術的なこと、八百万の神々との交渉などを一手に引き受けさせて頂いている神河一門と申します」

「神河……? 知らんな。一体どこの片田舎の……」

「余り時間的な余裕もないので、要点を絞って説明させて頂きます。黙って聞いていて貰えますか?」

 自己紹介を受けて毒づこうとする多成の言葉を遮り、正威が事務的な微笑みにプレッシャーを混ぜた。もちろん、苦痛に顔を歪めながらも多成がその程度で怯むわけはない。

「はッ、三下共は礼儀を知らんな! 貴様らの時間……」

 構わず毒づこうとするところに、今度は萌が駄目を押して黙らせるということをした。

 萌のやり口は、多成の頭部を掠めて306号室の壁へとスレッジハンマーを叩き付け、力付くで黙らせるという方法だ。そうして、例によって例の如くSっ気たっぷりに微笑んでいた。

「おっさんが「はい」か「いいえ」か意思表示さえできるなら、口を聞ける状態である必要なんかないんだ。あーだこーだと喧しく喚き散らすだけなら、しばらく喋れない様にしてあげてもいいんだ。啓名ちゃんには襲撃した目的も、あたし達の要求も一通り伝えてある。にも拘わらず、今からおっさんにも一からみっちり説明してあげるんだから、感謝して欲しいくらいだよ?」

「はッ、感謝だと? 馬鹿も休み休み言え。そんなこと、こちらは頼んじゃいない!」

 身の危険を感じる状況下に晒されてなお、態度を改めないところはさすがというべきだろうか。軽く一回りは年下のガキに舐められるわけにはいかないという腹だったかも知れないが、その多成の言動は萌の行動をワンランク上野ものに引き上げさせる。

 それは即ち、あくまで多成を掠めるだけの「脅し」だったものが、直接的なダメージを及ぼすものに切り替わることを意味した。

 赤黒く染まった多成の右足を、萌は容赦なくぐりぐりと踏みつけた。

「があああ!! 三下共がぁッ!」

「萌! 止めろ!」

 すぐさま正威からは制止が向いたが、萌が多成から足をどけたのは傷を踏み付けたっぷりと響き渡る呻き声を堪能した後だった。



Seen10 :北霞咲新濃園寺コンフリクト -306号室の妥結点-

 正威の制止に対して萌はこれ見よがしに溜息を吐き出したが、多成をこれ以上痛めつけるわけにも行かないことは認識しているようだった。余り相性の宜しくないだろう「多成」という相手との折衝を正威に任せるという手段もあったはずだが、萌はまずは自身で多成に対することを選択する。

「手荒になりすぎて意思表示もできなくなったら元も子もないから、優しく相手してあげる。だから、最初に行っておくけど、付け上がらないで貰える? もう嫌というほど頭で理解したかも知れないけど、あんまり気が長い方じゃないんだ」

「くく、如何にも片田舎の三下らしいじゃないか? 手荒にことを進める方が貴様らのお誂え向きのやり方なんじゃないのか? なに、無理をするな。最初から、そうすればいい? 下手に気取ったところですぐに品の欠片もない、片田舎の土人らしさが透けて見えるようになる」

 萌の忠告など何のその。多成の減らず口は留まるところを知らない。苦痛に顔を歪めながら、なお不敵に笑って萌に挑発混じりの言葉を向けるその様は、寧ろ型に嵌って「らしさ」すら感じさせた。実に堂々たる佇まいだ。

 萌は改めて溜息を吐き出すと、多成までの距離を一気にズカズカと詰める。

 一方の多成は、萌に対して体を強張らせ身構えるものの何ができるでもない。

 そのまま、萌に胸倉を掴み上げられてしまえば、苦悶の表情を浮かべたまま為すがままになる。

 不意に横合いから強い口調で制止の言葉が向いたのは、まさに萌が多成を壁に押し当てたその間際だった。

「その人から離れなさい」

 多成のような低く通る声ではない。凜とした女の声だ。

 神河の二人がここに来て始めて耳にする声でもある。

 正威が啓名を取り逃がしてから、彼此10分が経過しようかしまいかといった頃合いだ。時間的なことや各々が置かれた状況を考慮するならば、それは啓名ではなくアルフが都合を付けた援軍と判断するのが正しかっただろうか。

 しかしながら、もしも彼女をアルフの手による援軍だと位置付けるのならば、当のアルフがその場にいないというのは強い違和感が残る。

 それは多成の態度によって、より強いしこりともなる。

「……援軍なのか?」

 多成の第一声は、制止の言葉を口にした相手へ疑問を向けるというものだった。

 一体どこから、ここスターリーイン新濃園寺306号室へとやって来たかは解らない。しかしながら、肩で息をする彼女の様子を見るだけで、ここまでかなり急いで駆け付けてきたが分かる。乱れたセミロングのブロンド髪を手櫛で描き上げ整えるとそのキリッと整った顔が露わになるが、それでも多成から疑問の表情が消えることはなかった。

 やはり、多成に取って自身の開放を要求するそのブロンド髪の女に見覚えはないのだろう。

 ただただ多成と面識がないだけだろうか?

 それとも、多成の開放を要求しておきながら、星の家とは関係ない第三者が推参してきたものか?

 場には、ブロンド髪の女の動向を注視する受け身の態度が漂う。

 正威にしろ、萌にしろ、そこが明確にならない限り多成の開放など「万に一つもあり得ない」といった形相だった。鋭い目付きでブロンド髪の女を注視すれば、無言の圧力を持ってその「回答」を求める。

 尤も、そこに対するブロンド髪の女は「そんな圧力など知ったことか」という立ち居振る舞いだ。正威と萌を横目でさらりと流し見た後、素知らぬ顔と柔らかい物腰を持って多成へと対する。

「残念だけど、あたしは星の家の友軍ではありません。どちらかといえば、星の家が今の方針を貫き通そうとする限り、星の家の敵に回る存在です。でも、常識は弁えているつもりだし、勝敗の決した相手に追い打ちを掛けようなんて腐った根性は持ち合わせていないつもりですから、そこのところは安心してください」

 赤黒く染まった多成の右足へと視線を落とした後、ブロンド髪の女は言葉の節々へと棘を鏤め、これみよがしに神河への非難を混ぜた言葉を口にした。

 一方で、非難を向けられた側の神河は、そこに何かしらの反応を返すということをしない。

 非難といった余計なものが付随してはいたものの、ブロンド髪の女がその立ち位置を明確にして多成へとボールを投げ返したからだろう。即ち「友軍ではない」と明言したブロンド髪の女の対応を受けて、まずはことの成り行きを窺うスタンスでいるわけだ。

 では、多成はというと、はっきりと「星の家の敵となる存在」だと告げられ、やや硬い表情のまま眉間に皺を寄せる対応だった。尤も、ここでブロンド髪の女を敵対勢力だと突き放したところで、神河に対抗できる手段など持ち合わせてはいないのだ。ブロンド髪の女がまず「多成の開放」を神河に要求している以上、多成としてはブロンド髪の女の意思に沿った状況展開を受けいれるのも止む無しというわけだ。

 当然、多成の態度というものもその思惑に準じたものとなる。

「星の家が今の方針を貫き通そうとする限り、星の家の敵に回る存在だと言ったか? 今の方針とやらが何を指していったものなのかだとか色々と聞きたいことはある。……が、まずは名前を聞こうか?」

 多成の態度からは、神河や八百万の神々相手に見せていたような、過度な敵対的態度は完全に削ぎ落とされていた。

 対話に応じる姿勢を見せて名を問う多成に、ブロンド髪の女はにこやかに微笑みながら答える。

久瀬遙佳くぜはるか、といいます」

 自身を「星の家の敵に回る存在」だと宣って置きながら、久瀬遙佳と名乗った女の態度は非常に柔和だった。尤も、それは対話に応じようとする多成の姿勢があってこその対応だったろうか。「多成を締め上げていた」という神河の行為が、皮肉にも第三の推参者と星の家との間に対話を成立させたのかも知れない。

 そんな経緯もあって、にこやかに微笑む遙佳に対し、もう一方の神河の当たりは強い。もちろん、その微笑みが神河に向けられていたものでないのは言うまでもないことだが、その遙佳の嫌に丁寧な物腰が萌を殊更に苛つかせた節がある。

 多成が遙佳に歩み寄る姿勢を見せ、神河からの解放を目論み始めてしまえば、神河サイドとしてはそのまま出方を窺うスタンスを続けるというわけにもいかない。特に萌はすぐさま態度で、一目にしてそれと解る形で、出方を窺うスタンスというものを撤回した。

 場は必然的に神河と遙佳とが対立する構図と相成る。

 萌はあちらこちらに棘を鏤めた鋭い言葉を持って遙佳を強く牽制する。

「……で、その久瀬遙佳ちゃんが星の家と神河とが折衝する場に推参してきて一体全体何用なのかを聞いても構わないかな? 悪いけど、ことと次第によっては、ただで済ますつもりなんかないんだけど? まして、星の家の敵に回る存在だなんて、尚更この場に顔を突っ込んで欲しくはない存在だよね」

 星の家と敵対をする「神河」以外の勢力がその場に介在することを神河が望まないのは、話がややこしくなるからだ。

 いつ何時でも「敵の敵は味方」なんて単純な話で済むのならば、誰も彼も苦労はしない。

 どういう経緯で星の家と敵対するかは神河に取って非常に重要であり、萌がいったように「ことと次第によって」は、この場は三竦みの様相を呈する事態にも陥り兼ねない。まして、多成が神河の手を離れ、星の家の援軍をこの場に招き入れた後でそんな事態にでも発展しようものなら笑い話にもならない。

 この「久瀬遙佳」を内包する勢力が、何を以て星の家と敵対し、霞咲で何を為さんとするのか。その如何によっては、霞咲での足場固めを目論む神河としてはこの第三勢力を排除しなければならない。もちろん、それは起脈に対する第三勢力のスタンスによらずの話だ。

「折衝? 君達も、星の家と交渉するべくここに居るの?」

 その遙佳の口振りに、正威もこれ見よがしに表情を曇らせた。きな臭さが強く漂い始めた瞬間だったと言っても良い。

 しかしながら、遙佳はそんなきな臭さなど「感じていない」とでも言わないばかりに立ち居振る舞う。

「君達の、名前を聞いても構わないかな?」

 遙佳から名を尋ねられれば、神河にそれを断る理由はなかった。伊達や酔狂で星の家を襲撃しているわけではないし、何か後ろめたい部分があって身分を隠さなければならない理由もない。

「俺達は神河一門に属するもので、俺が神河正威、こっちが神河萌。以後よろしく、久瀬遙佳さん」

 事務的な、それこそ作られた「友好的な雰囲気」をまとって、正威は遙佳に社交辞令の挨拶を返した。

 対する遙佳は神河の名を前に、思案顔半分。その名称から思い出せる頭の中の情報を拾い上げているのだろう。

「神河一門……ねぇ。確か、久和一門に属する一派だったっけ? あたしの記憶が正しければ、久和一門のホームエリアはもうちょっと西側辺りまでだって教えて貰った気がするんだけど、最近は霞咲の、こんな櫨馬寄りの北端辺りまで進出して来ているんだ?」

 久和一門について、遙佳は多少なりとも知識を持ち合わせているようだった。

 尤も、星の家のように、櫨馬地方に身を置きながらその名前を全く知らないというのは、余りにも櫨馬地方のことについて無頓着だともいえた。まして八百万の神々や異形、妖怪・怪異といった類のことに首を突っ込むというのならば、少なくとも霞咲以西以南に置いて久和は櫨馬地方で最大規模の勢力の一つなのだ。いや、そもそもそれに限った話でもない。

 他人を呪殺したり、身代わりとして厄災を退けたりといったことにも久和の一派は手を広げているのだから、星の家が櫨馬地方で活動を続ける限り、起脈という面以外でもいずれ衝突するだろうことは明らかだったろう。

 ともあれ、久和一門が勢力を広げているかのような認識を持たれていることに対して、正威の口からは否定が返る。

「霞咲以西以南付近までをホームエリアとしていたのは、少し昔の話だね。正直な話、久和一門は積極的に霞咲での揉め事へ干渉するスタンスというわけでもないんだけど、……霞咲で悪さをしようって頭の悪い連中が出てきてね。一応霞咲を管轄下に置く久和一門、惹いては神河が対処に当たっているというわけだよ。だから……」

 霞咲で悪さをしようという連中の件で、遙佳は胸倉を掴み上げられたままの多成へと視線を向けた。星の家の方針がどうたらこうたら宣っていたところを見ると、遙佳は星の家が霞咲に起脈を敷設して何を為さんとしているかについて当たりぐらいはつけているのかも知れない。

 正威が口にした否定は、そっくりそのまま神河がこの場で星の家と交渉するに足る正当性を主張する形にもなったのだが、それでもなお遙佳には退く意思をないようだった。寧ろ、そうして正当性を説いたことで「だから何?」と言わんばかりに徹底抗戦の姿勢を強めたようにも見える。

 行間に仕込んだ「察して譲れ」が通用しないとなると、神河としてももっと直接的な態度と言葉で遙佳に対峙せざるを得なくなる。正威としては直接的な態度に打って出るにしろ、まだまだ自分が遙佳とやり取りするつもりで話の進め方を頭の中で構築している風があったものの、横合いから萌が口を挟んでしまえばそれも有耶無耶となる。

「久瀬遙佳ちゃんも星の家と折衝しに来たとか言っているみたいだけれど、……まだ神河が交渉途中なんだよね。申し訳ないんだけど、譲る気なんかこれっぽっちもないから、黙って順番待ちしてて貰える? まして、星の家の友軍でもないというなら、自分がどれだけマナー違反をやっているかぐらいは解るでしょう? そこに突っ立って居られるだけでも目障り極まりないし、あたし達「神河」の折衝の邪魔なんで、下のロビーでコーヒーとスイーツでも楽しんでいてよ。終わったら、ちゃんと呼びに行くから。何なら、コーヒーとスイーツ代ぐらい神河が奢ってあげてもいい。それで遙佳ちゃんが大人しく引いてくれて、拗れる話がまとまるんなら安いものだよ。今、首を縦に振ってくれるならお宮も付けちゃうけど?」

 萌の言葉は例によって辛辣だ。取りつく島がない。少なくともそこに、遙佳が神河に対して反発をするに至る要因を取り除いたり、誤解を解こうという意思を読み取ることはできない。下手に出ている風を装いながら「邪魔立てするな、駄賃をくれてやるから引っ込んでいろ」といった態度すら透けて見える。

 遙佳がその高圧的な萌からの提案を前に押し黙って退くタイプならば、正威が正当性を説いた時点で衝突を避けるべく引いただろう。

 即ち、遙佳は食って掛かる。

「交渉途中だって? あたしの気の所為ならいいんだけどさ。全く持って交渉中なんて絵面には見えないんだけど、あたしの誤解かな? 百歩譲って、胸倉掴み上げるのを色眼鏡を通して交渉だって誤魔化したとしても、少なくともフェアーなやり取りを行っているようには見えないんだけど?」

「経緯を知らない久瀬遙佳ちゃんの目にはそう映るのかもしれないね。けど、胸倉掴み上げるのも、殴り合うのも、お互い合意の上でやってることなんだ。フェアーそのものだよ。変な言い掛かりはやめて貰えるかな? まして、星の家の味方というわけでもないのにさ。正義面してホワイトナイトごっこがしたいなら、どこか余所でやってくれない?」

 正威は思った。

 遙佳という相手は、多成に負けず劣らず萌と相性の悪い相手だと。

 そうして、止めに入る隙を窺い始めのだが、その好機が生じるよりも早く萌と遙佳はあっという間にヒートアップしていって、衝突一歩手前まで突き進む。

「そっか、じゃあ、ここから先は星の家と交渉するに当たって、順番待ちをすることになるあたしから神河への苦情になるかな。ぜひとも、心して聞いて貰いたいね。君達の交渉が終わるのを悠長に眺めていたら、プロマネ多成さんを太腿の怪我の悪化で病院に担ぎ込む羽目になり兼ねないから、さっさとその手を離しなさいって言っているの!」

「嫌だと言ったら?」

「力尽くでも押し通す」

 遙佳の言葉には一寸の迷いもない。間髪入れずに返した「強硬手段に打って出てでも多成を開放させる」という意志の籠った台詞は、そのまま遙佳がまとう雰囲気をも一変させた。

 しかしながら、曲りなりにも神河サイドも相応の経験値を積んでいる。だから、それがまだ「ただのポーズ」であることを何となく察することができた。その迫力と敵意で相手を怯ませ退かせることができるのならば、それが「最善だ」とする意図を見透かすことのできる「作られたポーズ」だ。いうなれば、迫力と敵意を誇張し相手を勝負から下ろさせる為の、一種のブラフだ。

 では、そこを見透かした上で、神河は、いや、萌はどう打って出るか?

 一度も衝突したことのない相手を前にして、ブラフで退くような性格かどうかなど言うまでもないだろう。

 まして、ブラフを用いて「相手を勝負から下ろさせたい」と思う場面とは、どういう状況か?

 勝利を得られる確証が持てないからこそ、ブラフを用いて「自発的に場を降りて貰う」よう仕掛ける場面が大半である筈だ。

 ブラフを仕掛ける思惑の度合こそあれ、少なからず「ここでの衝突は避けたい」という遙佳の意図を萌は見透していた。すると、自ずとそこに対する態度なんてものは決まってくる。まして、相手は神河が誇る不遜の代名詞「神河萌」その人だ。

 萌は遙佳のブラフに真っ向から食って掛かった。遙佳が多成に向けたようなにこやかな笑みを装って見せて、吐き捨てるように突き放す。

「ふふ、随分と面白いこと言うんだね。じゃあ、力尽くで退けてみなよ」

 萌は多成の胸倉から手をパッと離すと脇に立て掛けたスレッジハンマーを手に取り身構える。

 多成が崩れるように床へと突っ伏し蹲って咳き込む中、遙佳は萌と一戦交えることを選択したようだった。萌から目を離すことなく背負ったスクールバックをするりと肩から滑らせると、スクールバックが床へと落ち切る前にその肩紐を手に取る。そうして、スクールバックから遙佳が取り出すものは、戦棍、所謂メイスと呼ばれる類の武器だった。

 萌のスレッジハンマーよりかは短く尺的にも重量的にも取り回しがよさそうに見えるものの、遠心力を付けて殴り付けた時の威力は相応のものになるはずだ。それこそ、菱形の角部がいい具合に頭部へ直撃しようものなら一撃で戦闘不能に陥ること請け合いである。

 遙佳はスクールバックを306号室のベットへ放ると、萌との間合いをジリジリと詰め始める。そして、萌の一足の間へと踏み入るか否かの瞬間になって、先に攻撃を仕掛けたのは遙佳だった。尤も、先に打って出られたからと言って、萌が引くわけもない。僅かに驚いた表情を合間に挟んだものの、ワンテンポ遅れる形にはなりながら、すぐさま攻撃に打って出た。

 お互い突貫に近い形を取りながら、繰り出した一撃は大きく異なった。萌のそれがスレッジハンマーを槌に見立てて遙佳を押し退けようとするものであったのに対し、遙佳のそれは横一文字に薙ぐものだ。すると、機先を制したことが利いたのだろう。萌の押し退ける力がスレッジハンマーに全て掛かるよりも早く、遙佳は初手を加えることに成功した形だ。

 萌は突貫から一転、変則的な防御態勢を強いられる形となる。スレッジハンマーの槌部で、横に薙ぐ遙佳の一撃を受け止める格好となったのだ。

 萌の眉間には皺が寄り、先ほど合間に挟んですぐに霧消した驚愕の色が首を擡げた。いくら機先を制されていたからといって、相手が見掛け通りの同年代の普通の女子だったなら、どうとでもなるという意識があったことは否めない。そうだ、いくら取り回しの利くショートレンジの戦棍なんて武器を使用されていたとしても、速度面でもアルフと張り合える萌が後れを取るなんてことが早々あり得るわけがないのだ。

 即ち「久瀬遙佳」と名乗ったこのブロンド髪の女も、アルフ同様に普通の人間ではないのだろう。

 では、どうするか?

 相手の速度を見誤って受け手に回ってしまったのなら、その状況は力押しで打開すればよい。

 その場で踏ん張り、萌が左足へと力を籠めて力尽くで押し退ける一撃をそのまま繰り出そうとした矢先のこと。306号室のフローリングが悲鳴を上げた。「ギギギギギ……」と鳴る耳障りな軋み音を響かせた後、パキンと甲高い音を一つ鳴らしてしまえば、フローリングには細かな罅が走っていた。

 そして、萌の左足付近のフローリングが顕著に撓み始める。どうやら、コンクリートといった床構造の直上にフローリング施行の床仕上げをするタイプではなく、床構造との間に空間が設けられているようだった。つまり、そのままそこで踏ん張り続けていると、萌の足がフローリングを突き破る可能性がある。

 そのままその場で踏ん張り続けるか、後退するかの選択を萌は迫られる。

 時間にして数秒にも満たない思考時間を挟み、萌は後退を選択した。フローリングが撓み足場が不安定になりつつあったことも影響しただろう。

 遙佳を押し退けるべく打ち出した一撃を維持したまま後退に転ずるというのは、萌に取っても難易度の高い行為だった。引き際の力加減を間違うと、勢いを殺せずそのまま雪崩方式に相手の接近を許すからだ。

 萌は「絶妙の匙加減」をコントロールしようとしていたのだが、上手くやろうとし過ぎたことが仇になった。足場が不安定になったことも多分に影響していたはずだ。結果として、遙佳に押し負け、押し出されるような格好になった形だ。

 そして、萌の体勢が崩れたその瞬間を遙佳は見逃さない。

 萌は完全に遙佳の追撃を許す格好となった。

 どうやら遙佳という推参者は、速度面だけでなく腕力といった面でもアルフ同様に人間の範疇を逸脱しているようだ。

「……凄いな」

 思わず、正威は感嘆を漏らしていた。

 正威としては加勢するわけにも行かず、ただ黙って成り行きを見る流れになっていた。

 なにせ、萌が喧嘩を売り遙佳が買った形となっていて、あくまで小競り合いとしてタイマン張る流れだったのだ。多少、形勢不利だからといったところで、加勢などしようものなら後になって萌に何を言われるか解ったものではない。萌から加勢要請でもあればまた話は別だが、遙佳が常軌を逸した手段を用いようとでもしない限りその線は薄いだろう。

 例えば、禁呪を用いるだとか。

 もちろん、啓名の言い分ではないが、萌の負けが確定した時点でそれでもまだ遙佳が追い打ちを掛けるというのであれば割って入らざるを得ないわけではあるが……。

 正威の眼前で、萌は反撃のための体勢を整える間もなく、あっという間に遙佳の接近を許す形となっていた。

 萌からの加勢要請はない。想定通りと言えば想定通りだったが、唯一の例外は萌の分が悪いというところだろうか。しかも、スレッジハンマーとメイスといった似通った武器での衝突で、萌の分が悪いというのはそうそう見られる場面ではなかった。正威の記憶を総浚いして見ても、萌にスレッジハンマーの扱いを教えた久和の師範クラスを相手に回した場面しか出てこないぐらいだ。

 萌は遙佳の接近を嫌い、体勢を立て直し切れていない状況下で、苦し紛れに横一線の薙ぎの一撃を放つ。あくまで威力度外視の牽制の一撃だが、それも見透かされたのだろう。威力度外視の一撃を、さらに威力を殺すべく遙佳は距離を詰めたのだ。萌の一撃をメイスの柄部で受け止めてしまえば、後は遙佳が負けず劣らずの腕力で押さえ込んでしまうだけだ。

 状況は、萌に取ってさらに悪い方向へと転じる。

 押さえ込もうとするのなら、鍔迫り合いに持ち込んで力押しで切り返す。

 そんな萌の脳筋寄りの思考が、遙佳にはあっさりと見透かされてしまったのだ。

 押し返さんと力を込める萌を前に、遙佳はあっさりと身を引いた。

 鍔迫り合い目前の状況から遙佳が後退すれば、力んで前へと進み出ようと体勢を取る萌は完全に勢い余る格好だった。しかも、遙佳は引き際に絡め手を使って、さらに萌の体勢を崩すという手に打って出た。ニュッと伸ばす利き手で逆手に萌の襟首を掴み上げると、グイッと力任せに引き寄せたのだ。蹈鞴を踏む萌の足に左足で払いを掛ければ、そこからの一連の流れは圧巻だった。綺麗に投げ技が決まったのだ。

 萌は宙を舞い306号室出入り口側の壁へと叩き付けられていた。尤も、萌が多成のようにそのままずるずると床へと突っ伏すようなことはなかった。壁に叩き付けられた直後、起用に体を捻って足から床へと着地したぐらいだ。

 壁に叩き付けられこそすれ、そこまで大きなダメージを負った風はなかったと言って良いだろう。

 しかしながら、そうしてしてやられた萌が遙佳に向かってやり返そうと戦意を前面に押し出すことはなかった。306号室出入り口側の壁へと凭れ掛かるように体勢を取れば、そのままずるずると脱力する。すると、とうとうその場にペタンと腰を下ろしてしまった。一本取られたということをまざまざと理解させられて、がくっと力が抜けたのかも知れない。

 正威は、そんな風に腰を下ろした萌の傍へと歩み寄る。

 対する萌は近づく正威には目もくれず、無言のまま遙佳をじっと睨む格好だ。それでも、衝動的に何かを仕出かさんとする雰囲気をまとっていなかったことは確かだ。恐らく、ついさっきしてやられた段取りを反芻して、どう対処すべきだったのかを試行錯誤しているのだろう。

 当然、どう対処すべきだったのかが導き出されてしまうと、ことは一気に再び殺気立った衝突の気配を帯びる可能性すら考えられるわけで、正威としては悠長にことを構えている状態だとも言えなかった。

 萌がその気になれば、相手方の遙佳も黙っていないだろう。

 見事に一本取って見せた遙佳が、衝突を避けるような言動に出るとも思えない。

 良くも悪くも萌がそうして脱力している内に、ことを一気に推し進めてしまうことが正威に取っての最善策だった。そこまで解ってしまえば、正威の行動は早い。まずは自身に目もくれない萌を立ち上がらせるべく手を差し出す。

「派手にやられたな? まさか萌がハンマー捌きで押し負けるとは思わなかったよ」

「……むかつく」

 ややあって萌の口から漏れ出たものは、言っても詮無い感情的な言葉だった。まして、それを正威へ吐き出したからといってどうになるでもない言葉だ。それでも吐き出さざるを得ない様子で、萌の口からは続けざまに何処へと向けたものかも分からぬ怒気が漏れる。

「むかつくんだけど?」

「そう苛々するなよ」

 眼前で見るからに苛々を募らせて不機嫌になっていく萌を前に、正威としては苦笑するしかなかった。

 相手が一枚上手だった。それは紛れもない事実だ。

 特に、出方を窺いつつという初動が悪手になって完全に機先を制され、劣勢を立て直すべく打ち出そうとした手を悉く読まれた当たりが致命的だったろう。言ってはあれだが、萌という人物を客観的に見た時に「こう攻めてくるだろう」と相手に感じさせるまま、萌が行動していたというところも大きい筈だ。埋めようがない程に実力差が開いた格下相手だったならばそれでもどうにかなったのだろうが、敗因はそんな甘い相手ではなかったという点に集約される筈だ。

 萌が正威の手を取って立ち上がると、それを見計らっていたかのように遙佳が二人に確認を向ける。

「多成さんとの今夜の交渉を中断してくれる、……でいいね?」

 念を押したのは、あくまで「この場に顔を揃える神河の片割れを退けただけ」という意識があったからだろうか?

 確かに、正威にも「多成との交渉を譲るつもりはない」という考えがあったなら、萌が押し負けたからと言って大人しく退くことはしなかった筈だ。萌が押し負けた結果を元に、では二人掛かりでどう攻めようかと相成ったのだろう。

 遙佳がvs神河延長戦を懸念しているのならば、正威が返す言葉なんてものは決まっていた。それはvs神河延長戦の明確な否定であり、またさらなる多成との交渉を中止する意志表示である。

「久瀬さんが萌との勝負に勝った以上、俺としてはああだこうだと言うつもりはないよ。まだ交渉中だとはいったけれど、既に話すべきことは話し終えてしまっているしね。いくつか念押しして置きたかったし、持ち掛けたいさらなる交渉事がなかったと言えば嘘になるけれど、……星の家との交渉権は譲るよ」

 正威は言下の内に、自身のすぐ右隣から圧迫感をまとった空気が沸々と立ち込めるのを肌で感じたことだろう。

 遙佳に対し「交渉を譲る」というスタンスで臨む正威の言動を、萌が納得いかないというむすっとした表情で聞いていたからだ。いつ何時「交渉を譲る」という流れをひっくり返さんと策動してもおかしくはない不穏さすらまとい兼ねない勢いだ。

 しかしながら、そんな萌に口を挟む間を与えることなく、正威は口を切った勢いそのままに「この場を後にする」と宣言する。

「では、俺達は席を外そう」

 そうすることで済し崩し的に、萌共々306号室を後にしてしまおうという魂胆だろう。

 尤も、そんな魂胆を知ってか知らずか。「待った」は思わぬところから掛かる。

「席を外してくれるんだ?」

 そう聞き返したのは、他でもない遙佳その人である。そのタイミングで口を挟んで神河の取るべき対応を問えば、それは必然的にブレーキとなる。遙佳だってそんなことが解らない筈はないのだが、現に遙佳は正威の対応を問い、済し崩し的にことが運ぶことを嫌った。

 要らぬ衝突を避けるべく打った手に、火の粉が掛かった当の遙佳から待ったが掛かって、正威は困惑を隠さなかった。

 当然、返す言葉も歯切れの悪いものになる。

「久瀬さんと星の家との交渉にこのまま俺達が同席しても構わないというのならば、その限りではないけど……?」

 そこに「遙佳の許可があれば、ぜひとも同席させて貰いたい」という積極性を見てとることはできない。寧ろ、余計な心配事を増やさない為にも「さっさと306号室を後にしてしまいたい」という願望さえ見え隠れする。

 そんな曖昧なスタンスの正威に対して、遙佳が向けるものは露骨なジト目である。

「相手が久和の血に連なるもの……だからね。用心もするよ。目の届く範囲に居て貰える方が、裏で色々と策動されないだけ余程安心できるかな。ロビーで優雅にコーヒーブレイクしながら、その実しっかりと聞き耳立てられているよりかは、部屋の端で険しい顔して所在なさ気にしている方が心持ちあたしの心証も良くなるかもよ? 人目を騙してスターリーイン新濃園寺なんて目立つビジネスホテルを完全に発見できなくしちゃえるぐらいなんだから、聞き耳立てるぐらいは容易いことでしょう? 席を外すとかいって置きながら、端からそのつもりなんじゃないの?」

 つまるところは「この場に居なくとも、どうせ中の様子は筒抜けなんでしょう?」と勘繰り疑って掛かった形だ。いや、それは既に疑惑を向けるというレベルを超えていて、確信を持って白状させようと詰問した形に近い。

 率直に言えば、神河サイドは痛いところを突かれた格好だった。すんなり「席を外す」と言葉が口を付いてでたのも、確かに遙佳の指摘通り306号室内のやりとりを盗み聞きできる仕組みを整えられる算段があったからだ。

 スターリーイン新濃園寺をコントロール下に置いている今、多少の手を加えるだけで神河は様々なことができる。

 良くも悪くも、そこを見透かされた形だ。

 ともあれ、遙佳の指摘を前にして正威はまだ顔色一つ変えてはいない。だから「そんなことはできませんし、そんなつもりもありませんよ」と空惚けることも可能だった。尤も、同席の有無を迫られた正威は、結局曖昧に笑って明言を避ける形を取った。遙佳からマジマジと嫌疑の視線を向けられていたことで「笑うしかなかった」という言い方もできたかも知れない。

 そして、遙佳が同席を許可する以上、神河サイドに「席を外す」理由などなかった。いや、席を外して306号室内のやりとりを盗み聞きするという選択を、敢えてする理由などなかったという言い方の方が正しいだろう。

 神河が306号室から出て行けば、遙佳は間違いなく「盗み聞きのための仕組み」を壊す手段を講じる筈だ。ここまで嫌疑の目を向けているのだ、それは間違いない。

 仕組みを壊す遙佳の手腕がどれほどのものかなんて、当然神河は知り得ない。しかしながら、遙佳の手腕が神河の想像以上のものであった場合、みすみす交渉内容を聞き逃すという状態に陥るわけだ。席を外すという選択肢を取り得る旨味は何もないのだ。

 当然の如く、正威はあっさりとその申し入れを受入れる。もちろん、疑惑に対する明言は避けたままで、だ。

「……久瀬さんがそう言ってくれるのなら、神河としては引き続きこの交渉の場に留まらせて貰うことを選択するよ」

「それがベストだと思うよ。星の家に対するあたし達のスタンスは、久和一門から目の敵にされるようなものではないと思っているしね。それに、盗み聞きの過程で是が非でも君達が口を挟んでおかなきゃならないような事態になったら、後々言いたいこと一つ喋るにしても「盗み聞きなんかしてない体」を繕ったりと色々面倒でしょう?」

 正威が盗み聞きに対する明言を避けたにも関わらず、遙佳は神河が盗み聞きをする前提に立って話をしていた。いや、明言を避けたからこそ、遙佳が疑惑を確信に変えたという見方もできるだろうか。

 直接神河相手にではないのだろうが、似通った条件下で似通った相手に盗み聞きをされた過去があるのかも知れない。

 ともあれ、正威としてはその問いかけに対しても相変わらず「はい」でも「いいえ」でもない曖昧な反応しか見せられない。両手を広げるジェスチャーで「反応に困る」というスタンスを前面に押し出すのが精々だった。仮の話でお茶を濁そうにも、どこで藪を突くことに繋がるか解らないからだ。

 遙佳はそんな神河の曖昧なスタンスに呆れ顔を覗かせた後、話をスパッと切り替えようとする。

「それじゃあ、失礼して……」

 しかしながら、そこまで口走ったところで遙佳はピタッと動きを止める。多成へと向き直るのを躊躇ったという言い方が正しいかどうかは解らないが、そんな遙佳の視線の先にあるものは相も変わらず不機嫌な様の萌だ。

「本当に譲ってくれるでいいんだよね?」

 改めて、遙佳は交渉に対する神河のスタンスを念押しという形で尋ねた。

 つい先ほどまで正威に向けられていた萌から沸々と立ち込める圧迫感自体は、少なくとも正威に向くものとしては影を潜めている。しかしながら、萌がまとう圧迫感は、ただ単に遙佳へとその矛先を変えただけであり、まだそこに沸々と立ち込め続ける形だったからだ。

 言うなればそれは、遙佳の視線を追って萌の様子を確認しなければ、恐らく正威が気付かず見落としたものだった筈だ。いや「意図的に見落としてしまおうとしていたもの」といった方が正しかったかも知れない。

「萌ちゃんがあたしを睨む目付きを見る限り、譲るつもり何か全くないように見えるんだけど……? それどころか頃合いを見計らって横合いから殴り付けてやるってぐらいの腹積もりにすら見えるよ」

 遙佳の指摘に、正威は返す言葉もない。

 半ば強引に萌共々306号室を後にするという行為で、正威が回避しようとした懸念の実現性が一気にぐぐっと高まった瞬間である。起き上がらせる為に手に取った萌の左手が、お互いまだしっかと握られたままという状況は幸いだったろうか。事前通告なしに萌が遙佳に殴り掛かろうとした際には、まだそれを物理的に抑制することができる。

 しかしながら、正威が何かしらの言葉を向けるよりも早く、萌はその懸念をきっぱりと否定して見せる。

「納得いかない部分もあるけれど、交渉権についての勝負はあたしの負けで良い。そこは譲ってあげるから感謝しなさいな。で、これ以上やるかどうかは遙佳ちゃんの出方次第になってくるから、ここから先の言動には十分注意することだね」

 出方とは即ち、星の家に対する遙佳のスタンスを指すのだろう。

 遙佳は自身の言葉でそれを「久和一門から目の敵にされるようなものではない」と言ったのだが、……はてさて。

「御忠告どうもありがとう。でも言動如何によっては、いきなり横合いから殴り付けられるかもっていうのを許容するわけにはいかないかな」

「大丈夫。割って入って横合いから殴り付ける場合でも、ちゃんとそうする前に一言声は掛けるから」

「……」

 遙佳は萌の言葉を全く信用できないようだった。無言で正威を見やる。

 そうは言っても、萌が何の前触れもなく突然衝動的に遙佳を殴り付けるべく行動を始めるのなら、正威がそれを制止することは至難の業だ。もしも、三蔵法師が孫悟空の頭に付けた知恵の輪のようなものを、萌の頭に嵌めることができるのならばまだ話は違っただろうか。いや、仮に萌の頭に知恵の輪があったとて、初手の一撃が遙佳の横っ面にめりこむよりも早くそれを制止できるとは限らない。

 そんなことを考えながら、それでも正威は胸を張って答えなければならない。

「徹底するよ」

 正威としてはそう返すのが精一杯だった。

 しばし、遙佳は萌と正威へと交互に視線を向けていたのだが、ずっとそうしていても埒が開かないと思ったのだろう。まして、口約束以上の何かを引き出せるわけでもない。訝る表情を残しつつもふいっと視線を外してしまえば、向き直るは多成その人である。

 既に多成の顔色は大分悪い。いつガクッと項垂れて、そのまま意識を失ってしまってもおかしくないぐらいの状態にあるようにさえ窺えた。

「久瀬遙佳、とか言ったか。今度はお前がああだこうだと質問する番なのか? 何でもいいが、さっさと終わらせてくれないか?」

「多成さん、完全に血の気が引いて青白い顔色になっちゃってますね。話をする前にまずは止血をしましょう。構いませんね?」

 了承を求める風を装いながら、遙佳の態度には有無を言わせぬ迫力が伴う。

 遙佳は306号室のベッドへと足を向けると、シーツを手に取り手頃な大きさへ力任せに引き千切る。あれよあれよとシーツを程よい長さに整えてしまうと、今度はそれを多成の太腿に巻き付け力を込めた。

 一瞬、多成の表情が苦痛に歪んだものの、遙佳は躊躇うことなく止血の処置を続けた。

 一連の動作を傍目に見ていた正威達が感じたことは「迷いがなく手慣れている」という率直な驚きである。

 止血の処置に手慣れているとは、そうせざるを得ない事態に対して場数を踏んでいることを意味する。遙佳が看護士見習いであるだとかでその手の事態に慣れているという可能性も考えられるが、そうでなければそれだけ修羅場を潜り抜けている可能性が示唆された瞬間でもあった。

 手際良く多成の止血を処置し終えると、遙佳は306号室の壁際で事の成り行きを静観していた神河へと向き直る。

「一応、確認しておくけれど、救急車を呼んでも構わないね?」

 多成に対してそうだったように、了承を求める風を装いながら遙佳の態度には有無を言わせぬ迫力が伴っていた。

 もちろん、遙佳にそんな圧力を掛けられるまでもなく、その申し入れに対して神河が首を横に振る理由はない。仮に多成が亡き者となった場合、啓名の神河に対する当たりは取り返しのつかないレベルまで悪化するだろうことは火を見るよりも明らかで、交渉の余地なんてものもなくなり兼ねない。

「もちろん。ここで多成さんに死なれるというのは、神河としても不本意だし色々と困る」

 正威の返事を受けて、遙佳はベッド横のスペースに設置された固定電話を手に取る。固定電話とはいったが、無線タイプであり受話器を室内であれば持ち運べるタイプのものだ。

 ささっと緊急ダイヤルをコールすると、すぐに応答が返る。

「もしもし、聞こえますか? スターリーイン新濃園寺というホテルの306号室から緊急回線で電話をしています。ホテル三階で宿泊客の一人が足を負傷し、太股からかなりの出血があります。救急車を現場に手配してください」

「解りました。あなたの名前を確認させて貰っても宜しいですか?」

「紅槻啓名です」

「了解しました。それでは、紅槻さん、今から最寄りの病院から救急車を手配します。ルートを確認していますが、時間にして十五分以内にはスターリーイン新濃園寺の玄関口に到着できる見込みです」

 遙佳が何の迷いもなく「紅槻啓名」の名前を偽名として口にしたものの、救急車の手配自体はスムーズに完了しそうだった。

 手続きを完了させて受話器を置くと、遙佳は多成へと向き直る。やや緊張したような面持ちなのは、その折衝が心待ちにしていたものだからだろうか。

「さて、それでは救急車が到着するまでの短い時間かも知れませんが、その間、あたしの質問に答えてください」

「……答えられる範囲で良いのなら付き合ってやろう」

 一方の多成にしても、いくらか血の気の失せた顔色を改善させて遙佳へと向き直る形だ。これが終われば病院で手当を受けられると理解した面もあるだろうし、遙佳によって止血されたという面も、その前向きな態度を引き出した要因だったろう。

「率直に聞きます。なぜ霞崎に起脈を敷設しようとしているんですか?」

「霞崎に、ではない。あくまで霞崎への起脈敷設は目標達成の為の一工程に過ぎない。星の家が達成せんとするものは、櫨馬全土への起脈敷設だ」

 起脈敷設を目論む範囲を多成にスパッと修正されると、遙佳はやや顔付きを強張らせる。

 得意気に話した多成の態度が気にいらなかったのか。それとも、それが本質的に求めた答えたから大きく逸れた内容だったからだろうか。

 恐らく、……その双方だろう。

 遙佳が求めた答えは起脈敷設の目的だったのだからだ。

「範囲はさしたる問題ではありません。真意が知りたいんです。起脈を敷設することで星の家が達成しようとしている目的は何なんですか? 何の為に起脈を敷設しているんですか?」

「櫨馬地方で生活を営む遍く全ての一般人に、魔法のような力を容易に行使できる環境を整えるためだ」

 さらりと答えた多成に、遙佳はその内容が気に入らないとばかりに食って掛かる。

「何のために? 何のために、これまで少なくとも必要とされ求められてこなかった「魔法のような力」を容易に行使できる環境を整えようとしているんですか? そうすることで、星の家が達成しようとしている目的は何なんですか?」

「何れ、魔法のような力が必要となる時が来るらしい」

 やや面食らったような表情を合間に挟む多成だったが、その受け答えは何ら言い淀むことなく行われた。さも、それが当然であるとでも言わないばかりの自信たっぷりの受け答えで有り、そこにはいつかの廃神社でのネゴシエーターの片鱗すら覗かせる。

 しかしながら、多成のその対応はより遙佳の表情を歪ませる。眉間に皺を寄せた、怒りとも苦渋とも取れる感情を混ぜた酷い顔だ。そして、その口調もらしくないほどに、強く問い詰めるかのようなものとなる。

「櫨馬全土に起脈を敷設するという目的を掲げあげた時分から、星の家は既に十年単位の時間を費やしているじゃないですか! にも関わらず、まだそのリミットは「何れ」なんて曖昧なものでしかないんですか? しかも、起脈自体の不完全さが原因で、星の家は大まかな敷設し直しを何度もやっている。今だって、櫨馬の至る所で修正を、それも、まだまだ高い頻度で繰り返しているんでしょう? そんな不安定なものを、霞咲に今敷設しようとする理由は何なんですか?」

 多成は面食らった表情で、一度そこで言葉に詰まる。尤も、それは遙佳の迫力に驚いたというよりかは、他者が知り得ない筈の起脈が持つ問題点を的確に指摘されたからだろう。

 そして、多成は遙佳の指摘を否定しない。

「驚いたな、……そこまで星の家の内情を知っているのか。確かに起脈はまだ完成形には程遠いらしい。尤も、起脈を用いて行う力の伝達についてで言えば、それは既に実用に耐え得るレベルにあり、敷設に当たって何ら問題はないと聞いている。伝達効率云々の話は確かにまだ残っているが、それは些細な問題に過ぎない。それこそ微修正で改善していけばよいだけの話だ」

「だから、不完全である起脈の敷設を櫨馬全土に広げようとでもいうつもりなんですか?」

「そうだ。ついさっき、お前が述べた敷設し直しも「八百万の神々や眷属を取り込み魔法のような力を誰でも利用できるよう頒布する」という目的に関係する、起脈の機能以外の部分でそうせざるを得なくなっているに過ぎない。詳細は知らないが、起脈が担う役割はそれ一つではないのだ。そもそも、起脈が持つ個々の機能に対して、実際に対処している部隊や人員も機能によって大きく異なる」

 多成の受け答えは神河の表情にも疑義を混ぜさせる。

 詳細は知らないだとか、起脈が担う役割はそれ一つではないとか宣う多成の言葉は、様々な疑惑を星の家に向けさせるには十分過ぎるものだ。

 交渉権を遙佳に譲ってなければ、萌ないし正威はそこで多成の言葉を遮って口を挟んでいたことだろう。

「あなた達はあなた達に与えられた仕事だけをしている。他のことは知らないと言いたいわけですか。だったら、もっと星の家が為さんとしている根幹的な部分について教えてください。魔法のような力が必要となるっていいましたよね? それは一体どんな場面を想定していて、大凡いつ頃をターゲットに置いた話なんですか? いずれの内容を多成さんが知る範囲で紐解いてください」

「……詳細は知らない」

 多成の言葉は力ないものだった。

 憮然とした表情は、恥ずかしげも無く胸を張ってそれを口にできなかったことの証左だろう。廃神社での傲岸不遜っぷりを見れば、それぐらい容易くやって見せてもおかしはなさそうなものだが、多成自身も「知り得ない」ことに対し思うところがあったからこそそういう対応になったのだろう。

 誰が見たって、その言葉は余りにも情けない。余りにもお粗末だ。

 プロジェクトマスターなんて肩書きを与えられ、名乗りながら、その実は自分のしていることの背景すらも知り得ないのだ。それでは、先程掲げ上げた大義名分が、本当に大義名分の体を為しているかすら解っていないに等しい。

「プロジェクトマスターという役職を与えられた人達でさえ、……その程度なんですか?」

 遙佳はそんな答えが返ってくることを半ば予想していた風がある。しかしながら、実際に多成から返った言葉が良い意味で想定を裏切るものでなかったことには落胆を隠さなかった。そうして、遙佳は一度そこで押し黙るとまとった「落胆」の雰囲気を仕切り直して、尋問にも似た強い態度で多成へ対峙する。

「誰ならば答えられますか?」

「……」

 多成が押し黙ったことで、そこには不意に沈黙が生じた。尤も、その「沈黙」という対応は答えたくないというよりかは、答えに窮しているという風だ。

 多成の沈黙が長々と続く中、遙佳は埒が開かないと言わんばかりにこの場にいたもう一人のキーマンの名前を口にし袋小路に入ってしまった現状を嘆く。

「ここに紅槻啓名が居れば、もっと深く一歩踏み込んだ話ができたのかも知れないけれど……」

 それを言っても詮無いことだという認識が遙佳の中にはあったようだ。遙佳はそれを口にした辺りから目に見えて、落胆の色合いを強くする。スターリーイン新濃園寺という場所で、何らかの成果を得たかったのだろう。

 しかしながら、その啓名と実際に対話をした神河が、例えこの場にそのもう一人のキーマンがいたとしても何ら結果が変わらなかっただろうことを告げる。

「啓名ちゃんもそこまでのことは知り得ないと思うよ。まぁ、実際にどうだったかは解らないけど、取り敢えず啓名ちゃんは自身を評して星の家の意思決定に介在できるだけの力はないと言っていた」

「起脈の根幹に関わる「紅槻」の名に連なるものでも、……その程度なの?」

 遙佳の疑問は、萌に向けられたものでも有り、同時に多成に向けられたものでもあっただろうか。もちろん、その疑問に答えられ得る人物は、星の家に属し、啓名の立ち位置を少なからず把握しているだろう多成だけだ。

 だから、その視線は自然と多成へと集まる。

 しかしながら、多成が星の家での啓名の立ち位置を口にすることはなかった。その代わりに多成の口を突いて出たものは、遙佳の質問に対する「意図」の確認である。

「そもそも、どんな場面でいつをターゲットにしているかは、そんなに重要な話なのか?」

 ターゲットがいつなのか。

 恐らく、多成は今の今までそんなことを意識したことはなかったのだろう。

 それでも、確かに、いつまでも起脈敷設の完了を先送りしていいわけはない。

 遙佳の話を聞き、多成は少なからず考えた。

 もしかしたら、何か回避不能な重要なファクターがあって、そこまでに星の家は起脈の敷設完了を目論んでいるいるのかも知れない、と。そして、それを質問者である当の遙佳が知り得ているのではないか、と。

「……星の家が起脈を整備しなければならないとする大義名分が誰の目にも本当に納得できるものなら、起脈の敷設を容認しても良いとあたしは思っています。但し、そうであっても今のままの敷設計画では駄目です。敷設計画を大幅に見直しして貰う必要があるし、そもそも如何なる理由があったとしてもこのまま起脈を霞咲に敷設し続けることは容認できません。あなた達「星の家」は起脈が引き起こし兼ねない危険性を過小評価しているか、そもそも認識できていない」

 多成を相手に述べた起脈に対する遙佳のスタンスを聞き、正威と萌は密かに眉を吊り上げる。

 そのスタンスが到底受け入れられないものだったからだ。

 星の家にいかなる大義名分があろうとも、現時点で神河が取るスタンスは「起脈敷設は許容できない」と相成る。無論、それも建前であり、ただの大前提である。それこそ、星の家が掲げる大義名分如何によっては神河も例外として遙佳同様のスタンスに落ち着くかもしれない。

 そういう意味では、星の家が起脈を櫨馬全土に敷設せんとする理由は、確かに明確化しておくべき事項だった。

 遙佳の指摘を、多成は相変わらずの憮然とした顔付きで聞いていた。

 起脈が引き起こし兼ねない危険というものに少なからず心当たりがあるのかも知れないし、星の家の内情を遙佳がある程度知り得ていたからこそそれらの指摘を狂言だと切って捨てることができなかったのかも知れない。ともあれ、多成は遙佳の指摘に何ら反論を返さず、非難をただただ甘んじて受けていた。承服し難いという憮然とした表情ながら、だ。

 多成が「詳細は把握していない」といったこと。そして、何ら反応を返さないことで、遙佳の要求は結果的に神河が啓名に付き付けたものと似通ったものとなる。同時に、遙佳の推参がなければ、交渉を続けた神河が多成に付き付けていたはずの要求にも限りなく近い。

 星の家の上層と話がしたい。

 行き着くところは、ほぼほぼ同じ結論だった。

「もう一度聞きます。誰ならば答えられますか?」

 詰問するかのような鋭く迫力を伴う言葉を向けられても、多成の表情に動揺などを見て取ることはできなかった。相変わらずの憮然とした、それでいて飄々とした表情のまま、じっと遙佳を注視するだけだ。

 威圧では多成を崩せないと思ったのだろう。遙佳はやや物腰を柔らかくし、起脈敷設容認の可能性をちらつかせる。

「星の家の上層部と直接対話できる場を設けることが難しいのなら、多成さんが上層部に謁見した上であたしの質問に答えてくれる形でもいいです。なぜ、櫨馬全土に起脈を敷設しようとしているのか? そうするべきだという大義名分があるのなら教えてください。もしそれが本当に起脈の敷設を必要とするものならば、手を取り合うことだってできる筈。色んな条件は付くけれど、それでも起脈敷設を容認できる筈」

 遙佳からそんな言質を取ったから……というわけではないだろうが、多成が一考に値するとしてその要求を受け入れる。いや、妥結点として良しとする……といった方が適当か。

「すぐには結論を出せない要求だが、回答を用意するまでに猶予は貰えるのか?」

 星の家。久瀬遙佳。神河一門。

 その各々が納得して、この対話の終わりを良しとするにはそれしかない。落とし処としては曖昧でただの結論の先送りとも受け取れるが、次に繋がり、名目上は喧嘩別れでもない。

 神河はそれとはっきり約束させたわけではないながら「啓名ルート」で、遙佳は「多成ルート」で、それぞれ星の家上層との対話の場を要求した形だ。

 最善、だろう。

 しかしながら、多成が猶予を要求したことで、遙佳の表情は露骨に曇っていた。

「……どれぐらいの猶予が必要ですか?」

 それは、明らかに時間の猶予を多く与えたくはないという意図が透けて見える言葉だった。

 神河からすると「そんなに答えを急ぐ理由があるのか?」とも感じる場面だったが、そこに言葉を挟むことはない。多成と遙佳のやりとりをただただ注視する。

「そうだな、調整に一週間は欲しい」

「駄目です。一週間の猶予は上げられない。最長でも、二日、……いや、三日。三日で回答を用意してください」

 多成の要求に、遙佳はすぐさま首を横に振った。

 遙佳が一週間のリードタイムを拒否したことに、多成はやや驚いた様子だった。神河と同じ理由だろう。

 なぜ、答えを急ぐのか。しかも、遙佳は当初「最長でも二日」という期限を口にした。

 一般的に考えて、それは余りにも短い時間ではないか?

 それも、遙佳の言動を見るに、何かそれ以上は待てない確固たる理由があるかのように見える。

 ともあれ、多成は遙佳が要求した三日の期限をすんなりと呑む。

「解った、三日で回答を用意できるよう努力しよう」

 多成の約束を取り付けたことで、遙佳はほっと溜息を吐く。すると、多成の応急手当のためにシーツを剥がしたベッドの脇へまで移動すると、ベッド脇のスペースに置かれたメモ帳とボールペンを手に取る。さらさらとそこに数字の羅列を二つ記すと、遙佳はそれを多成へと向けて差し出した。

「では、三日以内に上の11桁の番号にコールしてください。コール先は伝言サービスのレンタルスペースです。シャープを含めた下の5桁の番号を入力した後、名前を名乗ってこちらから連絡可能な電話番号をメッセージとして残してください。その後、こちらから電話を掛け直しますから、直接話をしましょう」

「随分と面倒な手順を踏むんだな? まぁ、いい。まずは、三日以内に連絡可能な電話番号を伝言サービスに残す。その後、星の家上層との対話を設けられるか否かの話を直接する。それでいいな?」

 多成に確認を向けられ、遙佳は神妙な顔付きで黙って頷いた。

 望むべくは星の家上層部との対話の場がトントン拍子に設定されることではあるが、三日という猶予を与え「待つ」という選択肢は吉と出るか、はたまた凶と出るか。

 待った結果として、対話の場が設けられることもなく、星の家が準備期間を得た上で徹底抗戦の構えを取るという状況を危惧する思いも遙佳には少なからずあるようだ。その表情が不安からか微かに歪んだ。

 そんな具合に、遙佳と多成の対話の終わりが見えた矢先のこと。

 多成との対話が終了するかしないかの頃合いで、萌が不意に遙佳の背後からその名前を呼ぶ。

「久瀬遙佳」

 すると、遙佳から何らかの反応が返るよりも早く、萌は一気に間合いを詰めその横合いから遙佳の顔面を思いっきり殴り付けた。

 遙佳と多成の対話の終わりの雰囲気を察した辺りで、正威は萌が「そうするかも知れないというぼんやりとした予感を持っていたようだった。そして、そうなる前に萌を制止するつもりだったようだ。

 しかしながら、萌が唐突に遙佳の名前を口にして実際に行動を起こすまで、ものの数秒も掛からなかった形だ。

 正威が何らかの反応を返すよりも早く、萌が一発繰り出していた格好だった。そうだ、まずいと思った時には、既に何もかもが遅かった格好だったのだ。

 正威は、まさに「やってしまった」といった失態の表情をして天を仰ぐ。

 それでも、一応は「一声掛ける」といった約束を守ったことだけは行幸だったろう。もちろん、それを盾に「最低限の約束は守った」などとは口が裂けても言えないわけだが……。

 ともかく、振り向きざまに萌の一撃がクリティカルヒットした遙佳は派手にぶっ飛び、そのまま為すがままに床へと突っ伏す。

 萌は床に突っ伏した遙佳を一瞥しただけで、すぐさま多成へと向き直る。

「最後に、神河からも星の家のプロジェクトマスターに一言言っておく。霞咲から手を引きなさい。ここは久和の息が掛かった土地で、起脈敷設なんてシマを荒らす行為は全く持って許容できない。霞咲への起脈敷設を続けるようなら、次はあなた達星の家を完膚なきまでに叩き潰してあげる!」

 声高々に萌が多成にそう言い放った辺りで、タイムリミットが来る。

 スターリーイン新濃園寺へと近づいてくるサイレンの音が耳に入ってくるようになったのだ。

 萌はこれ見よがしに舌打ちすると、多成に向かって侮蔑を込めて「見逃してやる」旨を告げる。

「そろそろ楽しかった会合もお開きみたいだね。下に遙佳ちゃんが呼んでくれた救急車が到着するみたいだ。「自分で自分の足を撃ち抜きました。どうしても試し撃ちがしたくて我慢できなかったんです」とか宣って、病院まで搬送して貰ったらいいよ」

「覚えておけよ、三下共が」

 多成はギリッと下唇を噛みながらそんな捨て台詞を吐くと、右足を引き摺りながら306号室から出て行く。一度も背後を振り返らなかったのは、追い打ちされるという不安を感じなかったからだろうか。いや、捨て台詞を吐いたはいいものの、既にあらゆる面で余裕などなかったからだろう。下手をすれば、スターリーイン新濃園寺の玄関先へと辿り着くまでに、どこかで倒れて意識を失っても何らおかしくはない状態だろう。

 多成が306号室を後にすると、萌と正威の視線は自然と遙佳へと移る。

 口元を押さえながらむくりと立ち上がる遙佳を横目に捉えて、正威はくっと息を呑んだ。強い緊張からだろう。

 遙佳はこれ以上ない程の不穏な空気をまとっている。

 正威の脳裏には、まさに一触即発の事態が過ぎった形だ。

 遙佳はゆらりと左右に揺れた後、萌に対して軽蔑混じりの憤怒の形相を取る。尤も、そこから遙佳が有無を言わさず攻撃へと打って出ることはなかった。

 すると、遙佳は怒りを押し殺した淡々とした言葉でこう絞り出す。

「遣り合うにしろ、遣り合わないにしろ、今からこの場所で……っていうわけには行かないよね。明日午後一時、学園都市線の新濃園寺駅前にある軽食喫茶カラーアハートに来て。そこで話をしましょう」

「久瀬さん。こんなこというのもあれだけど、……人間ができてるね」

 怒りを噛み殺し、絞り出すように提案を口にした遙佳の対応に、正威は心底感心したと言う風だ。いや、当然それが萌だったらどうなっていたかを想像しただろうから、正威の感心も尤もだと言えた。

「こう見えても、殴り返したいのをぐっと堪えているんだけど?」

「くく」

 萌はしてやったりという表情で笑う。

 一方の遙佳は癪に障る萌の態度を前に、沸き上がる怒りの色を隠そうともしない。鋭い目付きで萌を睨み据える。

 尤も、睨み据えられてなお、当の萌は何処吹く風である。この場で殴り合いを始めても構わないたいと言わないばかりの態度だと言ってしまっても過言ではない。こちらはこちらで、やはりハンマーを用いた近接戦で後れを取ったのが余程癪に障ったようだ。

 ともあれ、憤懣やるかたないといわんばかりの顔付きで萌を横目に睨み見ながらも、遙佳が306号室を後にしてしまえば、神河の二人がこの場に留まる理由もなくなる。

 星の家を相手に威力偵察を試みた神河の行動は、第三勢力「久瀬遙佳」との再度の対面という結果を残して終わる。

 別れ方こそ最悪ながら、神河としてもそれは望むべき形でもある。

 遙佳が星の家との対話を実現させるのならば、神河としてもその場に居合わせたいからだ。場に居合わせることを了解させる必要は無い。遙佳を追跡できるよう、神河は明日午後一時の軽食喫茶カラーアハートでの対面までにその準備を整えるだろう。

半年も間が開いた……だと!?

推敲・誤字脱字訂正もろもろこれからだと言うのに……?

orz



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