始まり②
ガタン――ガタン―――
俺は電車の中にいた。
重厚感あふれる長方形の鉄の車内。
電車は俺の知らない目的地に向けて走ってガタガタと足場を揺らしている。
もう何年も使い古されたような黒ずみが壁には残り、緑色の座席もくすんだ色になっていた。
「あ、また誰か来た」
「これで何人目・・・?」
そこには既に小学生ぐらいの小さな女の子から中年のおじさんまで様々な人がいた。
この人たちは俺と同じように集められたのだろうか?
あの少年は一体誰なのか?
これはどこに向かっているのか?
頭の中は疑問ばかりが埋め尽くすが、車内に会話は無い、誰も話そうとしない。
俺はあきらめて近くに空いていた座席に座り、頭の上で揺れているつり革を見ていた。
「ねぇ、お兄ちゃんはどこから来たの?」
周りの空気など全く気にしない、この場で最年少だと見える女の子が足場が不安定な車内の中を活発に走り俺に話しかけてきた。
「・・・それが良く分からないんだ、君も白い髪の人に会ったの?」
「うん、魔法でねワーてなって元気にしていいよってなったからここに来たの!!」
・・・分からない。
この女の子はまだ興奮が冷めていないようでバタバタと騒ぐ。
「君の名前は?」
「柚菜」
「俺は卓海」
「この電車、これからどこに行くのかな?」
「・・・・・・わかんない」
ガタン――ガタン――
窓の外はトンネルの中にいるかのように真っ暗で何も見えない。
ここに乗ってから10分ほど経っただろうか、ガラッと前方の車両のドアが開いてルートが歩いてきた。
「お待たせしました」
今までバラバラだった視線が一気に彼に集まる。
ルートは静かに座っている俺たちを一通り見渡してから口を開いた。
「ここにいる7人の方は今日から仲間です」
薄々気が感づいていたが、実際言われると周りの人との間に変な緊張感が漂う。
「先ほども話した通り、あなた達には地球とは違う他の世界に行ってもらいます」
「目的は魔王を倒して、世界を救って頂きたいのです」
にわかには信じがたい言葉ではあるが、この電車のメンバーは少なくとも受け入れているに違いない。
「一体あんたは誰なんだ?」
斜め向かい側の座席に座っていたガラの悪そうな俺と同い年ぐらいの金髪の男が質問をする。
ルートは少し考えるように視線を泳がせ、また質問をした彼を見た。
「僕ですか…?そうですね、世界と世界をつなぐ管理者です」
「すごいやっぱり神様!」
小さな女の子が飛び跳ねるように笑った
「そんな僕なんて足元にも及びません、管理者といってもただ任命されただけの代理人です」
ルートは謙遜するように言ったが、俺にはこの少年が酷く得体の知れない人物に聞こえた。
「さて、そろそろ目的地に着きます」
「ここから先は元いた場所の理、科学とは全く異なった魔法の世界です」
「個人差はありますが皆さんも使えるようになります」
小さな歓声が聞こえてきた。
俺も魔法とやらを使えるようになるんだろうか。
「武器は皆さんを支え、大きな利益をもたらしてくれます」
「ですが、その武器は僕には使い方が分かりません」
「旅をするにあたって少しずつ使い方も分かってくるでしょう」
「あ、そういえば卓海くんにはまだ武器を上げてませんでしたね」
「武器?」
そういえば他の人たちはなんだかいろいろな物を持っていた。
ルートは周りの目線を集めながらゆっくり俺の前まで歩いてきた。
「この世界を生き抜くあなたの為の武器です」
「思うがままに願ってください」
彼は静かに俺の前に片ひざを床に付け、頭を下げてひざまずいた。
そして俺の右手をゆっくり引っ張ると軽く口づけをした。
「あなたに女神の祝福を」
俺はその行為に驚く前に、ぐつぐつと煮えるほど湧き出る熱い自分の感情に驚いた。
"ごめんなさい"
"すごいわ、卓海は天才だわ"
"人生を恨まないでね"
これは今までの生活の記憶が一気に頭の中を駆け巡る。
聞こえてきたのは懐かしい曲。
俺の人生であり友人だった。
戦う武器。
新しい人生。
『違う人生が始まっても、また君と一緒に過ごしたい』
その瞬間、まばゆい光が目の前に集まり惹かれるように手を伸ばしつかむと一振りの剣が握られていた。
剣というより日本刀のようなフォルムだった。
見た目ほど重くもない。
「刀・・・」
鞘から抜いてみると驚く事に、刃は黒く光沢を塗ったように輝いていた。
「その剣の名前は、フレデリック」
「っ、」
「ぴったりでしょ」
ルートは笑った。
「あ、ちょうど着いたようです」
乗っていた電車の速度がブレーキを掛けられたかのように徐々に遅くなっていって、完全に停車した。
ここがゴール地点と示すように静かに自動ドアは開いた。
「ここが終点です」
今まで真っ暗だった窓からは光が漏れ出し、向こう側の景色が見えた。
電車の外は草原だった。
「いってらっしゃい」
ルートが送り出すよりも先に俺たちはドアの外に魅かれて動いていた。
出るときにルートがチラッと視界の中に見えたが、彼の表情はなんだか悲しそうに見えた。
「すごい・・・」
電車から一歩踏み出すと本物の草の上だった。
慌てて後ろを振り返って見ると電車なんてどこにもなく、青々と茂った草が一面に広がり、遠くには山が連なっていた。
「魔法の世界―――――」
その時俺は実感した、本当に異世界なんだと。