何でも屋のユウさん
やって来た世界が同じなせいか、二人は話すのを止めない。
「君も思わなかった? 魔砲ってゲーセンのシューティングの銃に似てるよね」
「初めて見たときは驚いたし、不安に思ったけど慣れてみると快適だよな」
色々不便なんだろうね。
それは予想できる。
開拓とか言ってる時点で、水道、ガス、電気がなさそうな気もする。
その割に部屋の中は窓からの明かりだけでなく、十分に明るい。
壁に明かりがあるみたいだけど、動力源は何だろう。
「あ、明かり気になる? ここは電気やガスはないけど魔幻鉱石のおかげで不便なく、暮らせてる」
「何それ」
「成分の九割が魔力の素だっていう鉱石。つまり、魔力が動力みたいなものだ」
「君の動力源も魔力だ。魔幻鉱石の成分の結晶、通称魔幻水晶を動力にしている」
よくわからないけど、魔力で動いてると考えればいいのね。
魔力切れが電池切れと同じという事は、動力切れたらまた私は死ぬことになるのかな?
それはそれで構わないと思う。
今のこの身体は人生を終えた後のおまけのようなものだから。
「戻ったぞー。ユウキ、ミツル~」
話が弾んでる最中に、部屋の外から声がした。
多分若い、と思う男の人の声だ。
ユキとミツってユウキとミツルの愛称だったんだね。
「あ、ユウさんだ」
ユキがパッと顔を輝かせて部屋を飛び出していく。
この声の人があの銃の持ち主ってことか。
思ったより若い人でびっくりした。
それも柔らかい声だもん。
てっきりイメージからもう少し年のいった大人の人を連想していたのに。
「ところでユウさんってどんな人?」
「一言で言うならダメ人間だな。仕事はできるけど」
仕事はできるけど残念な人。
詳しく説明してもらうと面倒そうな気がする。何となくだけど。
「ところで、ここって魔砲の整備工場とかそんなところなの?」
ユウさんについて聞くのは諦めた。
ここに戻ってきたってことは多分すぐに顔を合わせると思う。
ユウさんについては会ってからどんな人か判断する。
「いや違う」
「違うんだ?」
じゃあ何だろう。
二人はそれぞれ魔砲の二級免許と整備資格を持っていて、ユウさんは一級免許を持っている。
その三人が一緒に住んで何やってるんだろう。
「ここは何でも屋なんだ」
ミツが誇らしげにそう告げた時、ユキと一緒に背の高い男の人が入って来た。
黒髪だけどユキたちとは顔だちが違う。
青い瞳が印象的な人だ。顔は優しげだけど、髪はどこかぼさぼさしている。
そして首にゴーグルを掛けて、長いコートを着ていた。
「紹介するよ、この人がユウさん」
「人を紹介するときは愛称じゃなくって、正式名称でやるように」
呆れたようにユウさんは言って、私に向かってお辞儀して見せた。
「初めまして、お嬢さん。俺の名は片桐悠介。この二人にはユウさんと呼ばれている」
片桐悠介。絶対偽名か何かだ。
それとも、日本人の二人に合わせて名乗ってるのかと不思議に思った。
何て呼ぼう。私だけ片桐さんって呼ぶのはおかしいかな。
「あ、そういえば。君の名前まだ聞いてなかったね」
そういえば言った覚えはない。
でも、前の私の名前なんてこの作り物の身体には似合わないんじゃないかと思う。
好きに呼んでくれたらいいのに。
「前の私は死んでしまったわけなので、お好きにどうぞ」
びっくりしたように片桐さんが目を瞬きする。
困った視線をユキに向けるのがわかった。
本当の名前は『森山朱里』と言うのだけれど、いつまでも前の人生を引きずってても仕方がないもの。
「ずいぶんと、その……不思議なアンドロイドなんだね」
片桐さんが言葉を選んで感想を告げるのがわかった。
率直に『変な奴だ』とは言わないから、きっと片桐さんはいい人なんだ。
「アンドロイドだけど、魂だけは俺らと同じ世界から来たみたいなんだ」
「そうなの?」
「そうなの」
二人が片桐さんに事情を説明するのを私は眺めた。
そういえば二人はどうしてこの世界に来たんだろう。
それが不思議でたまらない。
私みたいに死んで、世界に未練もなくあの変な声の人に連れ来られたわけでもないのに。
説明を聞き終わった片桐さんは考え込む。
困らせてしまったのかな?
「まあまあ、前の人生を振り返らないのはいいことだけど、一つぐらい名残を残してもいいんじゃないかな」
そういうもの?
そういうものなのかな。
ユキの言葉に私はとても驚いてしまった。
「確かに君は前の人生に未練なんてないかもしれないけど、一つぐらい振り返る指標があったっていいでしょ。これから先を楽しむんだからさ」
これから先を楽しむなんて今まで考えたこともなかった。
私の目の前にはあるべき人生で、そこから外れたら二度とまともに生きていけないと思って。
楽しむものなんて、少し先の約束か、今晩のテレビぐらいだったはず。
ユキたちはこれから先を楽しむと言う。
でも、どうやって楽しむというの。
「その辺はおいおい考えて行けばいいと思うよ。俺たちにとっては貴重な仲間なんだし。だから、前の名前教えてよ」
何が『だから』なんだろう。
不思議な人。
だけど、教えない理由って私の人生に未練がないから、だけどそれで納得してくれる人はいない。
考えてみればそうだ。
教えても私に害があるわけでもない。
だから私は自分の名前を目の前の三人に告げた。
「森山朱里。よろしく」
「よろしく、アカリさん」
ところで、私はまだユキとミツのフルネーム聞いてない。
聞いてないんだけど、完全にタイミングを失ってしまった。
自己紹介が終わったら、二人はこの部屋を出て行ってしまった。
そう、これが始まりだった。
新しく始まったアンドロイドとしての時間。
何でも屋だという三人と、それを観察し続けた私の――。




