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エピローグ

「全く、盛大に釣られてくれたな、奴らは」


「息子をあのように使うのはおやめください」


 仄暗い執務室で魔王と公爵はいつかのように言葉を交わす。

 この度の事件はほぼ秘密裏に処理された。

 何せ現魔王を廃しようとした謀反の罪だ。

 関わった高位の貴族は『病気』を理由に世代交代。

 実際に開拓地に侵入し、『片桐悠介』と接触した悪魔たちは謀反を企てたとして処刑された。

 今後は開拓地に潜む魔法使いたちに手を貸す悪魔たちはいなくなり、開拓地は穏やかに広がっていくだろう。


「奴には感謝してる。俺の代わりに悪意を一身に受けてくれるのだから。俺にはさっぱり感知できないから助かるぜ」


 全ては魔王の掌の上。

 不穏分子を放置した上で、噂をばら撒いた。

 真相を混ぜた噂を。

 闇に葬られた魔王の弟。

 その存在自体は事実だが、実際は異なる。

 封じられた弟は何も望まなかった。

 いや、生まれた瞬間から己に向けられた害意しか知らなかったのだ。

 封印された場所から外を望み、己の魔力の一端を身体うつわとして外に生み出したがそれだけだ。

 身体スティスに自我が芽生えて勝手に行動しようともそれを夢の端から見ているだけでよかった。

 そう、身体スティスが魔王に引き抜かれて近衛騎士になるまでは。


「その代わりあいつには苦労を掛けちまったが」


 身体スティスが魔王の近くにいると、互いの性質を高める。

 悪意を検知し、魔力が昂ぶる身体スティスはその時初めて覚醒した。

 本来の魔王の弟として。

 その時に色々起きたが、話し合って物理的に距離を取ることにした。

 おあつらえ向きに、直轄地で人間に開拓をさせていたのでそこを任せた。

 身体も人間に準拠するように封印も授けた。

 封印が効いている間はお互いの体質の影響も及ばないので魔王も気楽に過ごしていられたが、人間を庇護する不穏分子が足元にいるのが気に入らなかった。

 なのでちょっとだけ、何でも屋になって陰ながら人間たちに手を貸している『片桐悠介』を餌に釣り上げてやったのだ。

 真相を織り交ぜた噂への食いつきはよく、首尾よく不穏分子の帰属を炙り出す事が出来た。

 これは褒美をやってもいいだろう。

 何にするかはまだ魔王は考え中だ。

 じっくり考えても構わない。

 何しろこの先の時間はたっぷりとあるのだから。


「それよりも陛下、陛下が以前発見して愚息に託した戦闘人形――アンドロイドでしたか。あの性能には驚きました。覚醒した『息子』の()()()()()()()など……」


「ああ、あいつは正体晒したままの俺を前にしても動じなかった女だ。感情が薄く、あいつに影響を与えにくいのと同時に機体からだも優秀だったな。古代からの遺産だが良いもんだった」


「確かもう一式ありましたな。そちらはどうするので?」


「もう少し研究が進んだら何でも屋にくれてやってもいいだろう。我が『弟』が望む平穏な暮らしの一助になるかもしれん」


「さようでございますか……」


 魔界は平穏に続いて行く。

 現魔王の治世が末永く続いていくだろう。



 そして、はるか遠く離れた開拓地では。



「いやぁ、平穏な暮らしはやっぱりいいねぇ。アカリさんもそう思わない?」


 ユキが淹れたお茶を飲みながら片桐さんはのんびりと言った。

 あの日文字通り『人が変わった』前後の記憶は片桐さんにはないみたい。

 元に戻った後は私とランドルさんの無事を確認して、ほっとしていた。

 後でランドルさんに理由を聞くと、片桐さんが暴走するとその辺りが更地になったりするそうで。

 あんな風に『人が変わる』のは初めて見たみたい。

 それで、あの時の『片桐さん』が捕まえた悪魔たちは、後からやって来たルキさんがまとめてどこかに連れて行った。

 その後どうなったのかは知らない。

 けれど、あの後から開拓がとてもスムーズにいくようになった。

 森の先の草原まで道を整備して、その辺りに街を作るために村に集まった魔砲使いたちは移動した。

 それでも村は人がまだまだ多いけど、一時期の慌ただしさと比べると驚くぐらい平穏だ。


「うん、そうだね。片桐さん」


 片桐さんは平穏が好きだ。

 きっとこの暮らしが好きなのだろう。

 私はまだ強くなることを諦めてない。

 もし次に――次があるなんて考えたくもないけれど――悪魔と関わった時に捕まらないために。

 片桐さんの足手まといにならないように。

 こっそりユキに相談したら腕に仕込み魔砲を埋め込むとかいう案が出たので考え中。

 機体からだを弄られることにまだ抵抗はある。

 でも、片桐さんの傍にいられる為なら、とも思ってしまう。

 こんなに一生懸命何かに取り組むのは初めてじゃないかな?


「ユウさーん! お客さん! 依頼があるんだって!」


 ミツが外から呼ぶ声が聞こえる。

 ああ、いつもの日常が続いていくのだ。


「じゃあ、行こうか。アカリさん。依頼人が待ってるみたいだ」


「そうだね、片桐さん」


 片桐さんが立ち上がったのに合わせて、私も扉へと向かう。


 ここは魔界の片隅で、開拓地。

 私は何でも屋の助手をやっています。

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