片桐さんの予兆
「捕まえたはいいけどどうすんだコレ? 殿下の玩具だろ?」
「しかし殿下の反応が消えたのだ。唯一の手がかりだと……」
動けぬように拘束された私の頭上で悪魔たちの会話が聞こえる。
そう、魔法使いたちではない。悪魔だ。
それも片桐さんやランドルさんみたいに人間の姿を取り繕っていない。
形さえある程度人間の形をしているけれど、頭が黒い山羊であったり、歪な翼が生えていたり。
片桐さんの元に戻る途中に私は彼らに捕まったのだ。
彼らの出現と共に狼は怯えて抵抗せず、私だけ連れてこられた。
場所はどこかの洞窟だろうか。暗くて良く見えない。
だけど、地面に捨て置かれている事だけはわかる。
逃げることはできない。
「なあ、お前は知らないか? ご主人様がどこにいるのかをよぉ!」
変な翼を持つ悪魔が私に聞いてくる。
「森の……どこかに……」
片桐さんはあそこから動いていないはずだ。
じゃないと私が荷物を届けられない。
その荷物も、捕まる時に現地で落としてきてしまった。
片桐さんたちが心配していないといいけれど。
「そんなはずはない! あの方の気配が急に消えたのだ! 恐らくあの方の存在を快く思わない奴に隠されたに違いない!」
「ああ、そうだ! 何せ忌み子だ! 我々の存在に勘付き、あの方を隠したに違いない!」
なんやかんやと悪魔たちが言葉を交わす。
それを総合するとどうも片桐さんの事を誤解しているようだ。
呪われた魔王の双子の弟?
王家を恨み幽閉されている?
勝手に悪魔たちはそう思い込んでいる。
どこかに封印されてるのは本当らしいけど、片桐さんを見たら流石に誤解も解けるんじゃないかな?
いや、でもこの悪魔たちが片桐さんを怒らせたら話は別だ。
怒らせるとまずい、ということだったけれど。
「知らないものは、知りません!」
「嘘を吐くな!」
悪魔が腕を振り上げるが、別の悪魔がそれを止める。
「止せ。殿下の玩具を壊して不興を買ったらどうする? 我々はあのお方に取り入って魔王を打倒せねばならんのだぞ」
取り入ることは無理だと思う。
そんなことは絶対に言えなかった。
普通無理じゃない?
仲間を攫った相手の言う事を聞くとは普通思えないし。
何を考えてこんなことをしているのだろう。
そんな私はこの局面においても怖いと感じなかった。
我ながらどうかしてると思う。
自分では敵わない敵の前にいて、ピンチなのに怖くないなんて。
『相変わらず感情の薄い奴だな。だからこそお前を選んだわけだが』
前に洋介さんもとい、魔王に言われたことが蘇る。
私ってばやっぱり鈍いのだろうか。
そんなことを考えていると、急に周りが騒がしくなった。
と、同時に近くにとても強い魔力が近づいていることに気づく。
知っている。この魔力を知っている。
赤く、燃え上がるような魔力。まあ、元は透き通るような魔力だったけど。
近づいてくる魔力はさっき会った時よりも輝きを増している。
ランドルさんも近くにいるようなのに、魔力がよく見えない。
「不法侵入だけなら飽きたらず、うちの助手を攫うなんてずいぶんとやってくれるんじゃない?」
片桐さんの声だ。
いつもと雰囲気が違う。
多分怒ってる?
怒らせたらまずいんじゃなかったっけ?
「おい、ス……カタギリ……! こんなところで暴走してくれるなよ!」
「問題ない。俺は冷静だ」
「いや、冷静じゃねぇだろ。お嬢ちゃんがいるの忘れるなよ」
耳を澄ませるとランドルさんのそんな声も聞こえてくる。
「おお……! この魔力はまさしく殿下!」
この乱入者に悪魔たちは歓喜の声を上げる。
この悪魔たちわかってる?
片桐さんが怒ってるっぽい事。
分かってたらこんなことしないだろうなぁ、なんて。
呑気に考えていると、片桐さんの気配がすぐそこに。
「アカリさん!」
顔が見えると私もホッとする。
身じろぎしても腕と足は動かない。
どうもこれ、物理的な物でなく、魔力で戒められている感じだ。
「怪我はない、みたいだね。よかった」
片桐さんのホッとしたような声。
でも魔力の高ぶりは全然収まってない。
むしろここに来てさらに高ぶっているような?
「これはこれは殿下。お出迎えもせず申し訳ない。貴方の玩具はこの通り丁重に保管しておりました」
「俺の事を何か勘違いしてない?」
怪訝そうに片桐さんは言って、視線を私に向ける。
まあ確かに魔王の弟だって知らないから仕方ないけど。
「片桐さん!」
目がぱちりと合うと、目が更に赤く光ったような気がした。
嫌な予感がなんとなくする。
「何が勘違いなものですか! 貴方さまはまさしく王弟殿下であらせられる!」
片桐さんの視線が声のした方に向く。
言った。言ってしまった。
その内容は真実だけど、片桐さんは絶対に信じないだろう。
片桐さんにとったら突拍子もない話だし。
「俺が、魔王様の? 冗談も休み休みにしてほしい」
何となく片桐さんの雰囲気が変わった気がする。
取り巻く空気が変わったというか、声が少し怒ったように聞こえるというか。
ん? 怒ってる?
「カタギリ……ほどほどにしてくれよ」
そっと片桐さんから私の方に距離を取りながらランドルさんが言う。
そういえば怒った片桐さんは危ないんだったっけ?
「お嬢ちゃん、動けるか?」
「手と足が……」
「コレを解いたら急いで逃げるぞ。ヤバそうだ」
「片桐さんが?」
「いや、この近辺が、だ」
こそこそと私たちが会話を交わしている向こうで、片桐さんは悪魔たちと愉快ではない会話を繰り広げている。
悪魔たちはなんとか片桐さんに自分たちの考えを必死に訴えているけれど、片桐さんは不快そうに顔をしかめるだけ。
うん、確実に怒ってるよね。
早くここから離れた方がよさそう。
「よし、解けたぜ。立てるか?」
「なんとか……」
ランドルさんに引っ張りあげられて、私が立ち上がった時だった。
周囲の空気が凍ったように冷たくなる。
「やべっ……間に合わなかった……!」
上ずったランドルさんの声に、片桐さんに視線を向けるとそこにいたのは片桐さんであって片桐さんじゃなかった。
「何故わざわざワタシを起こそうとした? 理解に苦しむ」
片桐さんと繋がっている封印された魔王の弟が、意識を乗っ取ったのだ。
そう理解するのに時間はかからなかった。




