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片桐さんの秘密

 どれだけ走り続けただろう。

 気がついた時には追っていた片桐さんの魔力が近くに……。

 あれ? 何だか片桐さんの魔力が変わっている。

 でも近くにランドルさんの力の気配もある。

 これはどういうこと?

 行けば、わかるかな?

 疲れる事を知らない体はこのまま走り続けられる。

 しばらく走り続けていると、一緒に走り続けていた狼が悲鳴のような鳴き声を上げた。


「え?」


「きゅーん」


 立ち止まり、振り返ると狼は何かに怯えるように地に伏せて震えている。

 ()()()()()()()のだろう。

 何頭もの仲間を従えて、いつも威風堂々としていた狼が怯えるほどの何かが、この先にある?


「ここで待ってて。私はこの先を見てくる」


 待機を命じて私は再び走り始める。

 そうしてやっと見つけた片桐さんの魔力は真っ赤に染まっていた。

 瞳も爛々と赤く輝いている。

 なんだか魔力がさっき見た時より大きく、強くなっている気がした。


「片桐さん?」


「アカリさん。悪いね。ずいぶんと長く走らせたね」


 どこかくたびれたように片桐さんは言う。

 何に疲れたのか。

 ここで何があったのか。

 知りたいことはたくさんあるのに、言葉が上手く紡げない。


「あの、片桐さん……その目……」


「え? ああ。ちょーっと無理しすぎたんだ。おかげで今封印できない」


 何を無理したのかはわからないけど、力を封印できないなら大変だ。

 それは片桐さんが村に戻れないことを意味している。

 青い目の片桐さんが、赤い目になって戻って来たなんて悪魔の事をごまかせても無理がある。


「それより、アカリさん。俺の事()()()()? 大丈夫?」


「怖がるって、なんで?」


 ちょっと魔力が強くなって、目の色が変わった()()()だ。

 それを怖がる必要なんて、あるはずがない。

 其れこそ本当に「なんで?」だ。


「へぇ、この局面でこいつを怖がらねぇの? 面白くなってきた」


 ランドルさんはそんなことを言う。

 私には何の事だか全く分からない。


「アカリさんの魔獣はここに来る途中で怖がったよね?」


 うん、片桐さんの言う通り。

 怯えてたから待機を命じて私は一人でここにやって来た。

 でも私は何も怖くなかった。

 片桐さんが何を言いたいのかわからない。


「俺の魔力を感じ取れると、怖くなるみたいなんだ。ランドルとか椎名さんとかは慣れてるから平気なんだけど」


「色が変わっただけじゃなく?」


「うん、まあ……それも事情があるんだけど……。アカリさんが俺を怖がってないのはもう十分に分かったし」


 困ったように片桐さんは笑う。

 片桐さんは秘密がいっぱいあるみたいだ。

 たぶん、ここで開拓を手伝っているのも何か事情があるのだろう。


「あ、そうそう。アカリさんに頼みたいことがあるんだ。しばらく俺はこの姿のままだから村に帰れない。だから野宿セットを何でも屋から取って来てほしい」


「あー……そのまま戻ったら騒ぎになるもんね」


 明らかに目の色まで変わってるんじゃ、片桐さんの変化がバレバレになってしまう。

 よくない。村に居づらくなったら困ってしまう。


「そう。だから元に戻るまでここで大人しくするんだ。大丈夫、魔力が昂ぶっただけだから一日平穏にしていれば抜けるよ。たぶん……」


 心もとなさそうに片桐さんは言う。

 本当に大丈夫なんだろうか。


「なら、いいけど……」


 ここで何があったのか聞きたい。

 でも片桐さんの雰囲気だと話してくれなさそう。

 たぶんそれは私を巻き込みたくないからだったり。

 ミツとユキが何でも屋で留守番してるのだって、きっとそう。

 だから私は、片桐さんの言う通りにしよう。

 せめて片桐さんが私たちに心を砕かずにいれるように。


「野宿用の一式を持ってきたらいいんだよね?」


「うん」


 確認を取るだけで後は十分だ。

 私のすべきことはただ一つ。

 速やかに何でも屋に戻ることだった。


「じゃあ、いってきます」


 走り出す。魔砲で加速アクセルしていく。

 そうすると、すぐに狼が待機している場所まで戻る。

 するとそこには、意外な人が待っていた。

 どうしてこんなところにいるんだろう?

 革の帽子に革のベスト、革のブーツに、腰に吊るした魔砲。

 隣の村の守護を任された『魔砲使い』、ルキさん。

 何故だかそのルキさんがにこやかに狼と共に私に視線を向けている。


「はあい、アカリちゃん久しぶりね。元気だったかしら」


「ルキさん、どうしてここに?」


「私の任された村の近くに、魔幻鉱石の鉱山があるでしょ? そこに魔獣が殺到したから、狩った後に元凶を突き止めに来たのよ。でもここまで来るとわかったわ。片桐さんが封印を解いたのね」


「はい。しばらく村に戻らないという事で……」


「準備の為にアカリちゃんは一旦帰るのね」


「はい」


「じゃあ、ちょっと私もついて行こうかしら。アカリちゃんに聞きたいこともあることだし」


 ルキさんの提案に私は頷いた。

 断る理由もない。


「ルキさんとこうして話すのは久しぶりですね」


「そうね。ところでアカリちゃん、片桐さんがどうして封印を解いたのか教えてくれるかしら?」


 ルキさんの質問はもっともだ。

 だって彼女は片桐さんが封印を解いたりしないように見張るお目付け役なのだから。

 だから私はランドルさんが片桐さんに頼んだ一部始終を語った。

 ルキさんはやっぱり少し難しい顔で黙ってしまう。


「うーん……封印を解くまでならいいけど、その力を使っちゃうのは感心しないわね」


「片桐さんの魔力の色が変わったり、目が赤くなったことですか?」


「アカリちゃんには魔力が色で見えてるのね。でも怖くなかった?」


 ルキさんもあの片桐さんの事を怖くなかったかと聞く。

 どうしてなのか、やっぱりわからない。

 どれだけ変わっても片桐さんは片桐さんなのに。


「怖いって、どうしてですか?」


「普通は片桐さんの魔力の威圧を怖がってしまうのよ。私たちは知っているし、慣れているから平気なんだけどね」


 威圧? そんなもの感じただろうか。

 だって片桐さんはあまりにも普通で、ちょっぴり困ったような顔をしていただけで。

 怒ってもいなかった。


「もう、片桐さんってばそんなにアカリちゃんを巻き込みたくないのね。困った悪魔ヒト……ここまで巻き込まれちゃってるのに」


 ルキさんもちょっぴり困ったように笑っている。

 どうしてそんな風に笑うのか、私にはわからない。


「片桐さんはアカリちゃんに自分の事をどこまで話してる?」


 確かめるようなルキさんの言葉に私は頷いて話し出した。

 片桐さんが私に話したことの断片を繋ぎ合わせる。

 魔王とは従兄弟だけど何か複雑な血縁関係がありそうなこと。

 そしてランドルさんから聞いた、魔界の辺境を転々として仕事をしてきたこと。

 魔王の近衛騎士に抜擢されて、しばらく傍に仕えたこと……ぐらい?

 他は、何があっただろうか。

 うん、何もない。


「本当に断片的ね。もう、片桐さんってば」


 ふうっとため息を吐いたルキさんは次に悪戯っぽく笑った。

 女性の私が見惚れてしまうほどに綺麗な微笑みだった。

 これから何かを話してくれるみたい。


「片桐さんはね、本人は知らないけど魔王様の()()()()なのよ」


 囁くように、とっておきの秘密を明かすようにルキさんは言った。


「双子って……あの、本当に?」


 魔王が私に最初に名乗った時、『()()()()』と名乗った。

 上段だと彼は誤魔化したけど、それが本当だったなんて。

 確かに二人はびっくりするぐらい似ている。


「本当よ。でも内緒なの。悪魔にとって双子は忌まわしい存在だから」


 それからルキさんが語った内容は衝撃的な内容だった。

 本来なら片桐さんは生まれた瞬間に命を奪われていたのだという。

 そうならなかったのは、ひとえに片桐さんがあまりにも強い魔力を持っていたからだった。


「何の力も振るえないただの赤子は誰の魔力も跳ね除けたそうよ。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だからね、厳重に封印するしかなかったのよ。今の片桐さんは魔王様の双子の弟本人でもないの。本人は厳重に王家の保護下で封印されているのだから」


 何だかややこしい。

 魔王の双子の弟は魔王の保護下で封印されているなら、今の片桐さんは?


「今の片桐さんはね、封印された双子の弟が有り余る魔力で作りだした外で動ける身体なの。それに自分の意識の一端を宿らせてるの。この事実は私と魔王様、それから片桐さんの養い親しか知らない事よ」


 つまり片桐さんは知らない?

 自分が何者なのか。

 でもおかしい。片桐さんは魔王の弟の意識の一端が宿っているはずなのに。


「片桐さんは知らないんですね」


「ええ、そうよ。意識の一端といっても普段は切り離されているもの。でも片桐さんが暴走している時は別。意識が揺らぎ、乗っ取られてしまうわね」


 だから片桐さんが怒った時は危ないとルキさんは言ったんだ。

 それを今私は理解した。

 一つ疑問がここで浮かぶ。

 どうして私にそんなことを話したのか。

 何か嫌な予感がしてしまう。


「アカリちゃんにこの話をしたのはね、これからアカリちゃんが危ない目に遭うからよ」


 魔王の土地で開拓を行う人間を快く思わない悪魔の一派がいるらしい。

 そんな話は確かにどこかで聞いた。

 魔王が方針を変えないのであれば王の首を挿げ替えてしまおう。

 そんな風に彼らは思ったそうだ。

 それには王の血縁にある新しき王が必要だった。

 つまり、それは――。


「片桐さんの事をその悪魔ヒトたちに匂わせたんですか?」


「そう。()()()()()()()()()()()()()()()を撒くことで、いずれ片桐さんに辿りつくわ。そうしたら敵を一網打尽にできるの。これが魔王様の計画。片桐さんの近くにいる貴女はすぐにでも巻き込まれるかしらね。でも心配は無用よ。彼らは貴女を片桐さんの『お気に入り』だと思うでしょうからね」


 鈴を転がすような綺麗な声でルキさんは語って、笑った。

 つまり、私は餌として使われるということ?


「でも、気を付けて。今の片桐さんが怖くなくても、本来の双子の弟に乗っ取られた片桐さんは恐ろしいはずよ。あの子は好意を感じられなくとも、()()()()()()()()()()()()()の。悪意には悪意を返す。その姿はアカリちゃんには刺激が強すぎるわ」


 きっとそうだとルキさんはそう言った。

 でも私には全然実感がなく、そのことを考えているうちに何でも屋についてしまった。


「さあ、私はここまで。気を付けて片桐さんの所に戻るのよ。気を確かにしてね」


 ルキさんは最後にそう言って、隣村に帰って行った。

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