魔獣の捕獲
ランドルさんがやってきた次の日、私たちは近隣の森の中にいた。
森といえば魔獣が出るのだけど、ランドルさんも片桐さんも怖い物はないとばかりに平気な顔をしている。
私はというと、ちょっぴり不安だ。
今まで魔獣の退治に参加した事はある。
でもそれは罠の設置とか、であって直接魔獣と対決するようなものじゃない。
でも今回は、罠を設置するでもなく、直接魔獣と対峙するのだ。
不安しかない。
「大丈夫だよ、アカリさん。魔獣にその魔砲を撃てばいいだけだから」
片桐さんはそう言うけれど、不安なものは不安なので仕方がない。
「片桐さんが試してみればいいんじゃ……」
そう、これはランドルさんが持ち込んだ新しいカートリッジの試し撃ちも兼ねているのだ。
今朝片桐さんとランドルさんから聞いた話によると、今回の魔砲は捕獲だという。
魔獣を捕獲して飼いならそう、というのがランドルさんの持ち込んだ話だった。
魔獣に労働力の一部を担ってもらえれば、手の空く人が出る。
手っ取り早い方法だ。
でも本当に上手く行くんだろうか。
「俺が試しても意味がないと言うか……捕獲は新しく魔砲使いになった人たちに任せようと思ってるから、その実験代わりに」
それなら確かに私は適任なんだろう。
でも、体はアンドロイドで普通の人間より体の動きは良くなってしまってるのだけれど、いいんだろうか。
「大丈夫、効果がなかったらランドルが叩きのめすから」
確かに何の制限もないランドルさんなら魔獣ぐらい叩きのめせそうな気がする。
と、ガサガサと小さな音が聞こえた。
音のする方に目を向けると、魔力の塊が近づいてくるのが見える。
多分、魔獣だろう。
「お、いい感じに魔狼が来たな。奴らは群れで行動するが、ボスさえ捕獲すれば丸ごと味方にできる。ボスには従順だからな。いい警備役になるだろ」
ランドルは面白そうに言う。
群れで行動する、と聞いて注意深く周りを見回すと小さな魔力の塊が周りを囲んでいる。
群れで私たちを囲い込んだのだ。
ボスを捕獲すればいい、とランドルさんは言った。
その肝心のボスは多分、最初に発見した魔力の塊だろう。
存在感が違う。
「じゃあ、アカリさん。頼んだよ」
片桐さんが微笑んだのをきっかけに、私はじりじりと迫ってくる魔獣の群れへと飛び込んだ。
襲い来る爪や牙の軌跡がゆっくりに見える。
彼らは真っ黒い大きな狼だった。
なるほど、群れで行動するわけだね。
余裕があるせいかそんなことを考える。
人間と違う作りの体は、反応速度が段違い。
軽やかにステップを踏んで攻撃を避ける。
ボスが吠えて仲間に指示を出す。
でも、この体には群れでも対抗できないだろう。
目標として寄って集って攻撃するには、小さすぎる。
最小限の力で攻撃をかいくぐり、牽制に足払いを掛ける。
うん、生前の私とは比べ物にならないぐらい強くはなってる。
戦い方は体にインプットされたものだし。
ボスは警戒しているのかなかなか射程距離に入らない。
けれど、今の私には関係ない。
周囲の魔獣を振り払うと、大きく間が空いた。
その隙に大きく踏み込んでボスとの距離を詰める。
ボスの反応が遅れる。
魔砲の銃口を向けても、ボスは逃げられなかった。
「捕獲――撃て!」
光が放たれる。
決着は一瞬だった。
それだけで、魔獣の群れは大人しくなった。
「見事な手際だな」
群れのボスは私の前にひれ伏していた。
従順に従うと示すように。
「と、いうわけで見た通り、魔獣の捕獲ってのは術者をボスとして認識させる術式なわけだ。つまり、この群れはそっくりそのまま――」
「私の言う事を聞く?」
「そうだ。後は村人に危険がない事を説明して、畑の見回りとか任せればいいだろう。他にも労働力になりそうな魔獣はいる。遠出はしないといけないが、人間が扱える魔獣を連れて来ればどんどん発展もしていくだろ」
ランドルさんは満足そうに笑った。
片桐さんは少し不思議そうに首を傾げた。
どうしたんだろう。
「アカリさんが戦うのと、新米魔砲使いが魔獣と戦うんじゃスペックに差がありすぎると思うんだけど」
「そこはそれ。それこそ捕獲した魔獣を使ってもいいわけだし。気性が大人しい魔獣だっているの知ってるだろ」
片桐さんは先々の事まで考えてくれている。
凄いなぁと尊敬してしまう。
私にはそんな先のことまで考えられない。
「それもそうか。アカリさん、群れのボスだけ連れて帰ってみよう。群れの皆は群れで待機だ」
「え、うん。じゃあ、君だけついて来てもらえるかな?」
私が尋ねると、ひれ伏したボスはくぅんと鳴いた。
先ほどまで獰猛な狼だったのに、今はまるで犬のよう。
こうして私たちは魔獣の狼を一匹だけ連れて村に帰るのだった。
捕獲の魔砲についてはすぐに広められた。
というか私たちが村を回って説明した。
あれだけ魔獣に苦しめられた農家の人たちは半信半疑で、私の連れている狼を見ていた。
肝心の魔獣の狼は寄り添うように私の傍で大人しくしていた。
尻尾が揺れてるのは気のせいだ。たぶん。
魔砲の効果を認めたのか、しばらくすると村の畑の方を狼たちが見回るようになった。
人に従順になった魔獣はただの獣と変わりない。
けれどその力は人々を守る牙となる。
魔砲使いたちにこの術式は広められ、森の様々な魔獣が捕獲されていった。
人に従った魔獣は家畜として、また優秀な見回り役となり人々に馴染んで行った。
私に従った魔獣のボスは愛玩動物のように何でも屋に居ついてしまった。
「魔狼をそこまで手なずけるなんて、調教師として才能あるんじゃない?」
ランドルさんはそんな風に言う。
捕獲は使い手の能力によって効果が左右されるらしい。
本当だろうか?
実際に狼だった魔獣は今や大型犬のよう。
「てっきり大人しくなる程度だと思ってたら、完全に懐かれてるからよ。そう思うだろ、カタギリ」
「まあ、うん……そこまで懐くとは思わなかった」
そこから話は広がっていく。
この開拓村は村を切り開いて作った物。森を越えた向こう側には草原地帯が広がっているとランドルさんは説明した。
その先は穏やかな草食な魔獣と、獰猛な肉食の魔獣が弱肉強食を繰り広げているのだそう。
「人間の活動範囲を広げるには環境は最適だが、魔獣が今まで厄介で進まなかった部分だな。魔獣の問題も捕獲で解決したわけだし、活動範囲を広げていくべきだと思うんだよな。森の中を開拓するにはもう手狭だしよ」
確かにランドルさんの言う通りだ。
開拓村はこの先の資材を確保するために多めに森を切り開いている、とはいえもうそろそろ限界だ。
畑を新たに広げなければ増えた人口を養えないし、住む場所もいい加減に無理がある。
増えた人口をどこかに移したりしなければならない。
「開拓するならついでに政府機能も開拓公社も草原の方に移ればいいだろうに」
どこか面倒くさそうに片桐さんは言う。
ランドルさんが来てからは片桐さんは私たちに見せたことのない表情ばかりをする。
ただ単に度重なる依頼で疲れてるのかもしれない。
「移転したところで便利屋として呼び出されるだろ。まあ、俺がここに居座る限り移転はなさそうだが」
「ああ、俺のスローライフはどこに行ったんだ……」
「満喫しただろ。もう十分なぐらい」
なんだかんだで、あののんびりした生活を片桐さんは気に入っていたらしい。
うん、あの頃はのんびりできたもんね。
でもミツとユキはめまぐるしく変わる今の状況を楽しんでいた。
留守番が多かったからかもしれないけど。
「このまま開拓を続けてれば、敵も釣りあがるだろ」
ランドルさんは前の暮らしを懐かしむ片桐さんの肩を叩いて、慰める。
そう、私たちの知らない所でそれは始まっていた。
私たちの住む土地から遠く遠く離れた場所で、悪魔たちの闇が動き始めていたことを私たちは気づく由もなかったのだ。