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いない間に魔王が来てました

 私が何でも屋に近づくと、何やらすごい魔力の塊が見えた。

 前にもこれは見たことがある。悪魔の反応だ。

 これが片桐さんなら大丈夫。

 多分悪魔の襲撃か何かがあって封印を解除したんだろうと思う。

 けど、そうじゃない。

 前に見た片桐さんの悪魔になった時の魔力とは見え方が違う気がする。

 まさか片桐さんたちが、別の悪魔にやられた?

 そう思うのも当然だった。

 けれど、すぐに状況は明らかになる。

 何でも屋の建物から、男の人が出てくるのが見えた。


「お、ちょうどいい頃合いに帰って来たな」


 それは片桐さんと全く同じ顔の悪魔ヒトだった。


「えっと、どちら様ですか?」


 自分一人では悪魔には勝てない。

 それはわかりきったことだった。

 抵抗は無意味。流されるまま、やり過ごすしかない。

 私はできるだけ普段と同じように、男の人に問いかけた。

 男の人は、


「俺? 俺は片桐洋介。悠介の双子の兄だ」


 と、どう考えても嘘としか思えない答えを返した。

 確かに顔は似てるけど。

 形だけでも人間になってる片桐さんの兄弟と言い張るには少々――いや、かなり無理があるよね。

 片桐さんはどこかのんびりとした雰囲気で、目元も雰囲気も相まって優しい、気がする。

 だけど洋介さんと名乗った悪魔ヒトは片桐さんとはどうやら真逆の雰囲気を持つ。

 荒々しいとまではいかないけれど、纏う雰囲気は見ているこちらがちりちりとするほどだ。

 深い紫色の瞳も力に満ちている。


「えーっと……嘘ですよね?」


 もしかしたらころされるかもしれない。

 返答をしながら、そんな恐怖を一瞬感じたが私の杞憂に終わった。

 洋介さんはすぐに笑い出したのだ。


「あー、そうだ。嘘だ、嘘。本当の所従兄弟ってとこだな、うん」


 前言を撤回、と思いきやまたしても怪しい事を洋介さんは言う。

 でも、ここまで来るとわかる。

 この悪魔ヒトには敵意はない。

 つまり片桐さんたちも無事ということだ。

 片桐さんの親せき(仮)ということは嘘だとしても、敵ではないのだろう。

 じゃあ、何で片桐さんやルキさんのように人間に化けずに来たのか。

 謎は深まる。


「何かご用ですか?」


「本題の用なら済んだところだ。だから次はまあ、野暮用だなぁ」


 片桐さんと似た顔が、全然似てない表情でにやりと笑う。

 まるで獲物を捉えた狩人みたい。


「えーっと、野暮用って?」


「お前の様子を見ておきたかったんだ。その様子だとすっかり馴染んだようだな。よかったよかった」


 私の質問に洋介さんはそう答えて頷く。

 何かよくわからないけれど、私を知っているみたい。

 でも私は洋介さんを知らない。

 一体どこで会ったんだろう?


「相変わらず感情の薄い奴だな。だからこそお前を選んだわけだが」


 感情が薄い。

 確かに前に誰かにそう言われたことがある。

 その方が都合がいい、とも。

 どこ? どこで言われた?

 洋介さんの姿は記憶にない。

 けれど、その声はよくよく考えるとどこかで聞いたような。


「あ、もしかして――」


 私が死んだとき、不思議な声が聞こえた。

 迎えにやって来た死神だと思った声の持ち主。

 それは、もしかして洋介さんなのではないだろうか?


「えっと、もしかして私が死んだときに……」


 最後まで言葉を紡ぐ前に、洋介さんは満足そうに頷いた。

 どうやら正解だったみたい。

 死んだ私をどうやってこっちの世界に連れてきたのかはどうでもいい。

 きっと考えたって無駄だ。

 なんてったって相手は悪魔なんだから。


「悠介も心穏やかに過ごしてるようだし、お前も元気そうだしわざわざ抜け出してこっちを見に来た甲斐があるってもんだな」


「わざわざ私の様子を見に来たんですか?」


「いや、それはついでだな。ルキが先にこっちに来ただろ? お前に興味津々だったから連れてっただろうと思ってた。俺が帰る前に会えたのは幸運だったな」


 ルキさんの事を親しげに呼ぶ。

 それだけで何となく洋介さんが誰かわかった気がした。

 ルキさんの婚約者さんだ。

 うん、思ってたより面白い悪魔ヒトだね。


「今日は何でも屋に『ちょっとした』依頼を持ってきたんだ」


 にやりと笑った洋介さんはちょっぴり――いや、かなり――邪悪だ。

 これは確実に『ちょっとした』だけじゃない。

 たぶんめちゃくちゃ大変な依頼だ。


「まあ、詳しい事はあいつに聞けよ。ここまでお膳立てしたんだから面白くならなかったら責任とってもらうからな」


 ニヤニヤと笑いながら洋介さんは言う。

 どんな責任の取り方を迫られるか、この先分かったものじゃない。

 でも、逆らうだけ無駄だろう。

 だって、この悪魔ヒトは死にゆく私をこの世界に連れて来るだけの力があるのだから。

 だから私は小さく、ため息を吐いた。


「そこまで責任はとれません」


 呟きは洋介さんに届いただろうか。

 洋介さんはその後すぐに用事を思い出したと言って去って行った。

 私はしばらく呆然と洋介さんを見送っていたけれど、彼が持ち込んだ依頼が気になって何でも屋へと駆けこんだのだった。


「あー……アカリさんおかえり……」


 そこにはミツとユキの姿はなく、片桐さんが頭を抱えていた。

 よっぽどの難しい依頼を持ち込まれたのだろう。

 うん、洋介さんってば悪魔。


「ごめん、アカリさん……この先忙しくなりそう……」


 片桐さんは持ち込まれた依頼の事を語ってくれた。

 機能停止した政府と、開拓公社の本部を開拓村で再建するという話だ。


「今のところ戦力になるのが俺たちしかいない。つまり、これから先働きづめになるってこと。アカリさんには申し訳ないけど……」


「私は全然かまわないわ。この身体になってから全然疲れないし」


 アンドロイドの身体のおかげだろう。

 ユキの手によるメンテナンスは必要だけど、疲れを感じる事がない。

 これから忙しくなるのなら、この身体はちょうどいい。

 まさか洋介さん、それを見越して私をこの世界に連れて来たってことは……いや、止めておこう。


「ところで、アカリさん。帰って来るまでに俺と同じ顔のヒトに会った?」


「うん。ついさっき、そこで。全然人間に偽装してなくてびっくりした」


「やっぱり偽装とかして来るような人じゃないかー」


 乾いた笑いを漏らす片桐さんの姿は珍しい。


「アカリさんにはなんて名乗った?」


「片桐さんの従兄弟の『片桐洋介』って」


 私がそう話した途端、片桐さんはその場で脱力した。

 なんだかその姿は新鮮だ。

 片桐さんは洋介さんが何者か全部わかってるからそんな反応を擦るんだろうけど。

 私には理由が全然わからない。

 もしかして、従兄弟というのも嘘なんだろうか?


「もしかして従兄弟って話は嘘?」


「いや、嘘じゃない。嘘じゃないんだけど……複雑な話、実際に血縁があるわけでもないんだったり……」


 片桐さんの歯切れが悪い。

 何だか悪い事を聞いてしまったみたい。

 悪魔には悪魔なりの事情があるのだろう。

 そこは深く突っ込んでも仕方がない。


「ところで片桐さん、洋介さん……全然人間に化けてなかったんだけど、何者なの?」


 そういえば、と思い出して私は片桐さんに聞いた。

 片桐さんは(多分)現地に溶け込む為に人間に化けている。

 じゃあ化けずにやって来たあの悪魔ヒトはなんなんだろうか、ということだ。


「あのヒトはねぇ、俺たちというか開拓者全員のスポンサー……。つまり魔王様なんです」


「え?」


 我ながら変な声が上がったもんだと思った。

 死の淵の私に声を掛けて拾い上げてくれたのが、まさかの魔王。

 あんな気軽に出てくる魔王っていいの?

 魔王って聞くと、もっとこう……おどろおどろしくて威厳があるかと思っていたのに。


「片桐さんって、魔王の従兄弟だったんだね」


「それを言ってくれるな」


 片桐さんは珍しく嫌そうに顔をしかめた。

 こんなに人がいい片桐さんでも苦手な物があるんだな。

 でも、私もちょっとあの魔王ヒト苦手かもしれない。


「はあ、椎名さんが二つ返事で来たから何かと思ったら魔王様が来るなんて。状況を聞いて面白がって介入してきたんだろうね」


「確かに、面白がりそうなヒトだったね。この先どうなっちゃうんだろ」


「忙しくなるよ~。そして、敵も増える。椎名さんも魔王様もこれが狙いか」


 がっくりと片桐さんはうなだれた。

 それってどういうこと?

 ルキさんと魔王の狙いって。

 片桐さんに関係あること?


「ここに政府機能とか移転させるんだよ? 魔法使いに狙われ放題。ついでに不穏分子の悪魔をあぶりだそうって魂胆なんだ」


 参ったよ、なんて片桐さんは言う。

 私もだんだんと状況が飲み込めてきた。

 前に悪魔と対峙した事があった。

 私では絶対に勝てない。

 またあんな事が起きるのか。

 勝つことは無理なのはわかりきってる。

 でも、せめてミツとユキだけは守りたい。

 片桐さんへ視線を向けると似たようなことを考えていたのか視線が合った。


「アカリさんは気負わなくていいよ。悪魔の相手は俺の領域だから」


「そういうわけにはいかないよ。片桐さんにだけ戦わせるなんて」


 私だって少しは戦えるようになりたい。

 流されるままに生きていた私にもそんな心境の変化が訪れた。

 小さな小さな変化だけれど。

 自分から何かをしたいと自然と思うなんて初めてだ。


 ルキさんの訪問から起きた話はこれでおしまい。

 これからどんな変化が訪れるのだろう。

 期待より不安が大きいが、変化の兆しに心は揺れるのだった。

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