ルキさんと片桐さんの不思議な関係
えーっと?
どういう意味だろう。
片桐さんをどう思ってるか、だって?
ルキさんは笑っているけど目の光は真剣だ。
何か重要な事なのかもしれない。
でも片桐さんの事かぁ。
なんと言ったらいいか。
一言で言えば簡単だ。
「いい人だと思いますけど」
ぽろりと胸の内の言葉が零れる。
うん、いい人だ。
異世界人のミツとユキを何でも屋に引き入れて居場所を与えている。
そして、目覚めた私も助手として世話してくれている。
実際に整備するのはユキだけども。
片桐さんを一言で言い表すならば頼れるお兄さんだろうか。
何でも屋としてこなした依頼は多くはないけれど、頼りになることは間違いない。
だけど、どこか危ういような気がする。
適当な性格、というわけではないはずだけど。
なんだか、こう言葉にできない感覚。
「質問を変えるわね。アカリちゃんは片桐さんを見て何か気になったことはないかしら?」
ルキさんの質問に私は首を傾げた。
質問の意図は相変わらずわからない。
私から見た片桐さんの気になったことでいいんだよね?
気になったこと……気になったこと……。
そういえば、と思い出す。
ルキさんと片桐さんが会った時。
片桐さんの腕に抱きついたルキさん。
だけど片桐さんは照れの一つもせずに、そういうのがわからないと言っていた。
普通はそんな反応じゃないんじゃないかな。
「えーっと……片桐さんって照れたりしないんですね?」
確認するように告げると、ルキさんは大きく頷いた。
私の感じたことはどうやら大当たりだったみたい。
「そうなのよ。片桐さんってばとことん鈍い朴念仁なの」
ルキさんは大げさに肩をすくめて言う。
朴念仁。
確かにルキさんはそう言った。
それですませていいの?
鈍いってレベルじゃない気がする。
男の人なら何かしら反応してしまうものじゃあないんだろうか。
それなのに、片桐さんはただ単に迷惑そうに振り払っただけだ。
うん、おかしい。
「こんな美女が悪戯を仕掛けても顔を赤らめたりもしないんだもの」
たしかに。
ルキさんみたいな美人に抱きつかれたら、私だって少し恥ずかしくなるかもしれないのに。
なのに照れた様子はまるでなし。
もうそれって一つの呪いみたいなものじゃないかな?
「そういえばルキさん、婚約者いるんですよね? そんな風に片桐さんに絡んで大丈夫なんですか?」
そう、思い出した。あの時の二人のやり取りを。
ルキさんには婚約者がいるのだ。
抱きついたりするのは、よくないんじゃないだろうか。
「あら、大丈夫よ。あの人の前でもよくやってたもの」
「それって大丈夫なんですか?」
ふふっと楽しげにルキさんは笑っている。
嘘は言ってないのだろう。
でも、婚約者さんは何も思ってないのだろうか。
というか婚約者さんが知ったら怒ると思うのだけど。
「大丈夫よ。あの人も面白がって見ていたもの」
おっと。知ってたどころか見ていた。
しかも面白がっていた?
婚約者さんもなかなか変な人みたいだ。
ルキさんとお似合いの人――じゃなくて悪魔? なのかな。
じゃなくて! そうじゃなくて。
今はそんな話をしてるんじゃなかった。
本題からずれている。
片桐さんの変わったところの話だった。
私は辛うじて話題を元に戻す。
「えーっと、片桐さんって本当に朴念仁なんですか?」
「それだけじゃないわねぇ。あんまり感情を露わにさせる事もないでしょう?」
そう言われてから気付く。
片桐さんはいい人だ。
それは間違いない。
けれど、確かに怒ったりすることがない。
いや、笑ったりすることはあるけど、どこか淡白だ。
心の底から笑ったりとか、そういう姿を見たことがない。
いつぞや、この村で悪魔と対峙した時も焦りも怒りも何もなかった。
「そう……ですね」
「それが通常だからいいんだけど、片桐さんが怒った時は注意してね」
「片桐さん、怒るんですか?」
全然その姿が予想できない。
怒ること、あるんだろうか?
余り長く一緒にいるわけじゃないけれど、彼が怒った姿を見たことがない。
困ったり退屈してたり、そういう表情は見たことあるんだけど。
でも、どの表情にも違和感があったような。
「怒った姿見たことないってことは幸せなのよ。まあ、封印が効いてる間は怒っても大したことにはならないけれど」
ルキさんは怒った片桐さんがどうなるかを知っているみたい。
聞いてみたいけれど、聞いたらまずい気がする。
うん、ここは聞かないでおこう。
その方が間違いなく幸せだ。
「あともう一つ忠告。傍にいている間に片桐さんを好きになっちゃダメよ」
何でそんなことをルキさんは言うのだろう。
彼氏いない歴=年齢な私には、人を好きになった記憶はない。
勿論異性を異性としてだ。
友達は友達として好きだった。
片桐さんの助手を続けたからといって彼を好きになる要素は今のところまるでない。
「それはどうしてですか?」
私が尋ねると、
「絶対にその想いが報われることがないからよ」
ルキさんはそう答えた。
朴念仁ならそうだよね。
うん、うん。
でも私は恋を知らない。
だから片桐さんを好きになるとは思えないのだ。
本当に、ルキさんが心配しているのはそれだけ?
ううん、きっと違うはず。
「大丈夫だと思いますよ?」
異性に対する好きなんて、今まで感じたこともないんだから。
「そうだといいけど」
ルキさんは目を細めて意味深に笑う。
まだルキさんは何か私に隠してる?
でも、ここで告げないってことは意味があるのだろう。
たぶん。
「呼び止めてごめんなさいね。それじゃあ、私はこの村の護衛を始めるから」
「あ、はい。失礼します」
「また会いましょうね、アカリちゃん」
ルキさんは小さく手を振って、村の中に消えていく。
私も同じように手を振ってルキさんを見送った。
次に会う時は依頼か何かの時かな。
その時が楽しみのような、そうでないような。
何はともあれ、依頼された道案内は終わった。
後は何でも屋に帰るだけだ。
行きもそうだけど、道中は魔獣さえ出て来ない。
たぶんこの辺りはきちんと開拓したからだろうね。
そんな平和な道中のせいか、ちょっと考え込んでしまう。
結局ルキさんと片桐さんはどういう関係なんだろう。
ただの仕事仲間?
それにしては片桐さんはルキさんを苦手にしているような。
ルキさんはルキさんで片桐さんの監視役だっていうし。
片桐さんにもルキさんの事を聞いてみる?
何だかはぐらかされそうな気もする。
でも、ダメで元々だ。
うん、ちょっとだけ聞いてみよう。
ついでに思考は流れて、何でも屋の活動について思う。
今の所依頼はそんなにない。
日々の糧は森から得たりしている。
悪魔な片桐さんはともかく、ミツとユキはそれで足りてるんだろうか。
もちろん、アンドロイドな私に食事は必要ない。
エネルギーも魔力の素で動いているらしいし。
まあ、補給らしきことはしたことないんだけど。
多ユキがメンテナンスの際に何とかしてくれているのだろう。
たぶん、そう。
でもめったに依頼がないってのはまずいんじゃないかな。
開拓が事実上止まってる限り、これ以上依頼が増える事はない。
それはちょっぴり退屈で、でも三人で過ごす楽しい日々。
そう、この時私は知らなかった。
私が束の間何でも屋を離れた間に来客があったことを。
その来客が、静かで穏やかな日々が終わりを告げてしまう事を。