実は魔界だったんです
「あら、じゃあアカリちゃんは開拓について詳しく片桐さんからは聞いていないのね」
ルキさんは隣村に向かう道中私の話を聞いて小首を傾げた。
本当にルキさんは綺麗な人だ。
ちょっとしたしぐさだけでもきらりと光るように見える。
格好はウェスタンガールだけど、すらっとしていてよく似合う。
っと見惚れてる場合じゃなかった。
この人、片桐さんと同類なんだよね?
もう確信はしちゃったけれど。
そこだけは確認しておかないとね。
「ええ。ミツやユキから開拓については聞いたんですけど」
人間の活動領域を広げるための開拓。
だけど、開拓を取りまとめる公社が壊滅していて、開拓を担う魔砲使いが散り散りになって各地で追われている。
というのが最初に受けた説明だ。
保安要員とか名乗った片桐さんの存在とか謎はたくさんあるんだけど。
「まあ、アカリちゃんをこちらの事情に巻き込みたくないのね。そういうところは本当に優しいのね」
にっこりと笑うルキさんは何か含んでいるみたい。
何だろう。ルキさんのこの態度。何かが引っ掛かる。
そっちの事情って確実に悪魔関係だよね?
嫌な予感がする。
そんなことを考えているうちにも隣村が近づいてくる。
魔砲で強化した足だと本当にあっという間だ。
けれど私たちの会話は続いていく。
「いくら可愛らしいからって、わざわざ作った助手にそれはないわよ」
急にバッサリとルキさんは言った。
片桐さんをからかっていた時と違うきつい言い方だ。
ルキさんってこういう人だったの?
「えーっと……それってどういう?」
ルキさんは磨かれた宝石のように澄んだ目で私を見る。
今度は楽しそうに笑って。重大な秘密を打ち明けるように。
「ねえ、片桐さんの正体を知ってるわよね?」
これって答えていいんだろうか。
ルキさんに説明してもらった方がいいんじゃない?
いや、でも知ってるのは片桐さんが悪魔って事だけだし。
他は何も知らない。
ついでに教えて貰おう。
「悪魔だっていうことぐらいしか……」
「あらあら、じゃあここがどこかって事も説明してないのね」
ふうっと目を伏せてルキさんはため息を吐いた。
そんな仕草も見惚れてしまうぐらいに滑らかだ。
いや、そんな場合じゃなくて。
ここは異世界。それぐらいはわかる。
でもルキさんの言葉だとそれだけじゃないみたい。
「じゃあ大事な事だから説明するわね。ここは魔界。悪魔の棲む領域よ」
魔界……?
何か急におかしな方向に話が転がって来た。
ここが異世界だってことは納得してる。
剣と魔法の世界。そう思っていたのに。
魔界。つまり悪魔の世界?
何でそんな世界を人間が開拓してるの?
その疑問にはルキさんが答えてくれる。
「本来人間が住むような世界じゃないわ。でもね、ある世界と魔界が門を通じて繋がったの」
そして人間の一団が魔界に現れた。
門を越えた人間は元の世界には戻れず、魔界を彷徨った。
どれだけの人間がいたのかはわからない。
ちょうど門が現れたのは魔王の直轄領で、魔獣のみが生息する辺境の大陸だったらしい。
人間が生き延びるのも大変だっただろう。
魔獣の脅威を知った人間たちは震えながら、生き延びた。
状況を知った魔王は人間に興味を持ち、開拓を許可した。
魔砲と魔眼鏡を授けて――。
そして力なき人間たちは一致団結してこの世界で生きる為に開拓を始めた。
中心の拠点から周囲の森を切り開き、村を作り、広げて行った。
人間たちは自治の為に中心拠点に政府としての中枢を置いて、開拓は開拓公社に任せた。
そうして順調に開拓は進んでいたのだ。
人間の活動領域は広がっていった。
戦う力さえあれば、魔獣に怯える必要はなかった。
悪魔の住まぬ辺境の地で、人間は穏やかに過ごせるはずだった。
けれど、他の異世界から門が開き、魔法使いの一団が現れた。
それから開拓の凋落が始まった。
と、いうのがルキさんの語ったコトのあらましだった。
魔法使いを魔界に引き入れたのは開拓の噂を知った悪魔の何者かの仕業らしい。
それで政府と開拓公社は壊滅したのだそう。
ああ、だから前に出会った悪魔に片桐さんがこの大地が誰の物かなんて言ってたんだ。
うん。ここが魔界だってことなら、片桐さんが保安要員だって話も納得できる。
でも開拓させるなら片桐さんを保安要員にせずに、先頭に立ってもらえばいいのに。
「何で片桐さんは開拓のお手伝いなんですか?」
「片桐さんからはそこまでは聞いているのね」
ルキさんは頷き、
「片桐さんはね、開拓の指揮には向かないのよ」
と言った。
なんでも片桐さんはちょっとした特異体質があり、注目を集めるのはよろしくないらしい。
「あとは、そうね。片桐さんは魔力の制御が利かないの。だから普段はその力を封印して、魔砲で戦ってもらってるのよ」
「そうなんですか?」
前に悪魔の力を解放した時はそんな風には見えなかったのだけど。
「そうよ、本気になると一帯が更地になってもおかしくないのよ」
うっそだー。
少なくとも話が盛られてる。
片桐さんがそんなに危ないのなら、開拓のお手伝いも危ないんじゃ……。
いや、でも普段はその力は封印されてるわけで。
危ないわけではないのでは……?
駄目だ。情報が多すぎて頭がこんがらがる。
「えーっと……そういうルキさんも悪魔、なんですよね」
「そうだけど?」
それがどうかしたかしら?
なんて声が聞こえてきそうだ。
正体を隠す気はまるでなかったみたい。
うん、こんな話をするぐらいだからそりゃそうだよね。
私もこの世界に来てから心境が変わったのかそんな風に思う。
「ルキさんも保安要員なんですか?」
「違うわ。私は片桐さんの監視役。変な事を彼がしないようにね」
「変な事?」
「そう、封印を解いたりとかね。隣村の事件の時はどうしてくれようかと思ったわ」
確かに。
あの時は大ピンチだったとはいえ、片桐さんは封印は解いたのだ。
ルキさんの言葉が本当なら、あのあたりが更地になっていたかもしれないのだ。
でも、あの片桐さんだよ?
人が良く、困ったように笑う普段の片桐さんの姿が思い浮かぶ。
あの人が魔法で一帯を更地に変えちゃうなんて、ない。
「でも、何も起きなかったわけですし」
「それは魔砲を使ってたからよね」
魔砲は魔力の素を弾丸として発射する。
それを自分の魔力に置き換えて撃つことだってできるのだ。
拡散することもなく。
真っ直ぐ前に向かって。
「魔砲の便利なところは魔力が暴発しないところよね。そう、片桐さんが魔砲さえ使っていれば、ね」
気がつくと隣村の入り口まで来ていた。
だけどルキさんは立ち止まり、話を続ける。
何か私に伝えたいことがあるみたい。
でも、なかなか本題らしき本題には入らない。
「村に着いたことですし、私はこれで」
案内という仕事は終わった。
だから私は片桐さんの元に戻ってもいいはずで。
丁寧にお辞儀をして元来た道を帰ろうとした私に。
「待ってちょうだい、アカリちゃん」
ルキさんが声を掛けてくる。
振り返ってルキさんを見ると、不思議な笑みを浮かべてる。
何だろう?
やっとこれで本題に入れると思って返事をする。
「はい?」
するとすぐにルキさんが問いかけてきた。
「ねえ、アカリちゃん。貴方、片桐さんをどう思ってるかしら?」