記憶 黄金の旅 その一 狙撃
大きな砂丘を越えてみると砂の中から突き出すように岩場があった。いや砂丘に埋もれているというのが正しいのだろう。砂嵐に運ばれて砂丘が移動してきて、岩場を包み隠してしまったのだ。空は黎明の朱が消え去り、まだ僅かに暗い群青である。明星がその中で輝き、その美しさを誇っていた。
私は暁光に浮かび上がる砂丘を滑り降り、崖の下に立つ。片手には小銃を持ち、隠れている敵の気配を求め、五感を研ぎ澄ます。風が砂の上を渡っていくばかりで、あとは何も認められなかった。
ふと崖を見上げ、私は異様なものを目に留めた。それは崖の岩に掘り出されている巨大な顔、歳月を経て砂にすり減らされ、一部崩れてはいるものの、明らかに秀でた額を持つ男の顔であった。その大きさは、鼻筋が人の背丈ほどもあった。眼は窪んでおり、薄い唇を持つ口の端は嘲笑うようにつり上がっている。その顔は頑丈そうな顎のあたりで砂に埋もれ、その下にあるものは隠されていた。
私は再び振り向いた。彼方の砂丘まで後ろに人影は無く、私が崩した砂丘の砂の他は足跡さえ残されてはいなかった。陽光が砂丘の向こうを白く染め始めていた。明星が最後の瞬きをくれて消え去ろうとしてる。
間もなく陽光を背にして、私の影が目の前の巨大な顔に人形の模様を投ずるだろう。今はまだ背後の砂丘の影が岩に刻まれた額のあたりにあり、その上を光り輝く緞帳のように朝日が照らしている。
その時私は気づいた。岩肌に投げかけられた砂丘の影の頂点に僅かに動く影があるのを。それは私がこの巨大な顔の前で圧倒され立ち尽くすのを予想し、待ち構えていた私の敵、狙撃者の影だった。
私が振り向くより早く奴は引き金を引くだろう。私の脳髄と血潮を眼前の岩に刻まれた男の顔にぶちまけ、生贄の証とするために。それでも私は眼を上げ、銃声を聞くより早く振り向こうと……。
この短編は、子供の頃目にしたジェームス・フレッカーの詩『サマルカンドへの黄金の旅』の断片に、インスピレーションというか、発想を得ています。エドモンド・クーパーの『アンドロイド』という小説に、物語を動かす重要な仕掛けとして挿入されていました。誰の訳だったのかなあ?