【物語】 巴
よみきりのファンタジー、おとぎばなしです。
昔々、あるところに
ひとつのいきものが、いました。
そのいきものには、よっつの手があって
それで樹にのぼったり、森の中を走ったりしていました。
後ろの手で木の枝に逆立ちでぶら下がり、前の両手でりんごを食べながら、草笛を吹くこともできました。
なんだか毎日を、愉快に暮らしていました。
いきものは、自分のお腹や手が白いのは知っていますが、自分の顔や背中がどうなっているかは知りませんでした。というか、全く気にもしていませんでした。
そうして、朝日や青空や夕焼け、夜空の月星を眺め、好きな歌も歌いました。
いきものの周りには虫や鳥や風や花がいて、素敵な音を奏で、包んでくれていました。
時々、雷雨や嵐が来ますが、いきものはその中でも楽しく遊びました。毎日、笑顔でした。
ある日のことです。いきものは樹に登れなくなりました。
どうにも登れない。力が入りません。
でも、いきものは地面で遊ぶことを楽しみました。
それからしばらくして、いきものは……歩くのも疲れてくるようになりました。
いきものは草むらにゴロンと横になり、草笛を吹いて星夜を眺めることにしました。
とても気持ちのよい夜。
煌めく満天の星々が、綺麗な大合唱をいきものに贈ってくれます。
このまま寝たら、とっても楽しい夢を見れるなあ、といきものは目を閉じながら思いました。
ふと、何かの鳴き声がするので、いきものは夜空を見上げました。
そこには、白い身体に白い大きな翼を持つ何かが飛んでいて、いきもののところに静かに降り立ちました。
いきものはそれをはじめて見たので、不思議だなあ、と感じました。が、その何かはとても柔らかい銀眼をしていたので、恐くはありませんでした。
何か、はいきものに嬉しそうに笑いかけ、その身体をそっと抱き上げました。
「飛んで還ろうね」
しかし、いきものは『言語』を知らないので、それがただの優しい歌に聴こえました。
いきものはいつもの歌で返しました。
「アイシテル」
何か、はそれに瞳を潤ませ
「わたしも」
いきものに囁くと同時に、その二翼で大きな気流を巻き起こし、あっという間に天空へ昇りました。
何か、に抱かれたいきものは
それと共に軽やかな風、ひとつの星になりました。
昔々のおはなし。
ほら、あの白星がそうなんですよ。
(了)
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