いちのに
次話に来るとは何と言う猛者。
取り敢えず、ぐだぐだしながら見てやって下さい。
目が覚める。知らない天井。
如何やら仰向けで寝ていたらしく、上体を起こして辺りを確認してみる。
俺が落ちる前の部屋と変わり無かった。何か変化が有るとすれば、さっきまで熱気だっていた観衆の姿は消え、残されているのは今起きた俺とその傍らで眠っている巫女さんだけ。
すぅすぅと寝息を立てて眠っている彼女の顔は、何処と無く不安そうな顔をしている。まぁ、当然と言えば当然だろう。奴隷としての初仕事になるのだから。
ともなると、何とも要らない物を貰ってしまった物だ。
生憎と俺はそんな趣味を持ち合わせてはいないし、単なる奴隷だって要らない。要するに、この巫女さんは用無しである。決して二十世紀に発見された果実では無い。
そんな下らない事を考えつつ、立ち上がってみる。少しフラフラするが、帰るのには問題無いようだ。腕時計で時刻を確認してみると、午後11時を指していた。
また朝御飯が昼になる。そう呆れ半分で呟くと、巫女さんの頭がぴくりと動いた。
眠たそうに眼を半開きにしている巫女さんは、何処か小動物の様な印象が有る。その巫女さんは、俺の方へ目線を動かしたかと思うと急に姿勢を正座へと変え―――
「ご、ご主人様! こんな私を買ってくれて、えぇと、これからよろしくお願いします!」
「………今日、厄日だな」
思わずそんな声が出た。余りの頭の痛さにこめかみを抑え、改めて思う。
うわー、ホントにババ引いたな、と。
そう思っている内に目の前の巫女さんは日本古来の礼儀作法で『よろしくお願いします!』とか言っちゃってるし、一向に頭上げないし。
どーすんだよこれ。俺貰うつもり無いんだけど? それ以前に金払ってないんだけどー?
ダラダラと冷や汗が流れる中でそんな思考を巡らせるも、巫女さんは一向に頭を上げない。このまま心理に突入しそうな勢いで少し焦っている。
このままでは埒が明かないので、仕方なく『顔上げてよ』と出来る限り優しい声で言ってみる。
「如何致しましたか?ご主人様。 私に出来る事であれば、何なりとお申し付けください!」
凄い笑顔でそんな事を言われた。
いや、違う。そうじゃなくて。ええとー…何だ。
――――こう、面と向かうと『要らない』と言いにくい。
何せ、この娘は『そういう』娘だから、要らないとなると本当に生きる意味が無い。
もしかしたら、俺の所為で投身自殺とかする可能性だって有るんだし、そう思うと本当に胸糞が悪い。如何にかならない物か。
「はっ! そう言えば、ご主人様の名前をまだ伺って無いですね……」
巫女さんが思い出したように言う。
「差し支えなければ、お伺いしても宜しいでしょうか?」
首を傾げて俺に尋ねて来る巫女さん。
如何しようか。此処で教えると、そのままお持ち帰りルートになってしまう。しかし、此処で黙りこんでバイバイ、と言うのもかわいそうだ。
名前だけ教えてバイバイしよう。そう決めて、巫女さんに自分の名前を教えてみる。
「……詞耶。詠永 詞耶だよ」
「臨耶さん、ですか。素敵なお名前ですね」
社交辞令と共に、にこやかな笑顔。表面上は綺麗だが、そう教育されたのであろう。
「私は、詩織と言う物です。取り柄も苗字も有りませんが、どうぞよろしくお願いします」
ぺこり、と再び土下座で一礼。
「では、これから私は―――ご主人様、待って下さい! 置いて行かないで下さいよ!」
あらま、バレた。
またなっがい土下座をするのかと思ったら、今度は音速の速さで顔を上げて来やがった。
このままおさらばしようと思ったのだが、どうもそう言う訳には行かないらしい。
巫女さん――もとい詩織ちゃんはいそいそと立ち上がって俺の傍に駆け寄って来た。
「ご主人様、如何されますか? 私としては、このままご主人様に着いて行く予定なのですが」
いかん、本格的にお持ち帰りルートになりそうだ。
このまま詩織ちゃんが俺の家に来るとなると、近隣住民から凄い変な目で見られる事は確定的に明らかである。
そんな俺も、一応は華の高校生だ。一応は。しかしこのままでは華の高校生活が一転して地獄の生活指導になってしまう。
本当、如何しようか。
別に、家に招き入れること自体は問題なし。高校の一人暮らしだし、親は訳有って亡き人に。取り敢えず、家に入れる事だけは大丈夫な筈。
問題は、高校をどうするかだ。今まではそんなに出でいなかったのだが、詩織ちゃんがやって来るとなると高校生活は難しそうだ。別に退学しても良い訳ではあるのだが。
思考をしていると、独り言のような声が聞こえて来た。
「は、初めてのお仕事……ええと、挨拶は済ませたし、あとやる事もやったし……それ以降はご主人様によるんだっけ? それじゃぁ…………」
…………虚しい。
そんな事を、思ったのは何故だろう? 何で、俺はこの娘を見て思ったんだろう?
俺が可哀想、と思ったから? この娘を?
「……まさか、ね」
取り敢えず、今日ぐらいは良いだろう。詩織ちゃんに何か食べさせてやるくらい、罰は当たらない筈だ。
「んー……詩織ちゃん、行こっか」
「はい!? え、何処にですか?」
独り言の最中に話したからなのか、若干の驚きを見せて反応する詩織ちゃん。
「俺ん家。又の名を詠永神社」
【3】
詠永神社。
都市の近郊に存在し、電車で片道20分。それなりに遠い所だが、空気が美味しいし何より静かなのが良い所だ。
それにネット環境や電気配線、水道もちゃんと通っているし生活が便利な点もある。
大きさはと言うと、中程度。赤い鳥居と有る程度のスペースが有る境内に、中くらいの本堂と右奥に倉庫。倉庫の中身は箒や大幣、果てには奇妙な御札が貼られた箱まである。
かくいう俺は、訳あって其処の神主をしている、と言う事だ。
「そうなんですか……その訳、と言うのは?」
「昔色々有ってね。大まかに言うと、親の跡継ぎって訳」
へぇ、と詩織ちゃんは相槌を打った。
今現在は、終電車に乗って俺の家へと移動中。流石に電車の中で詩織ちゃんを巫女服姿にさせる訳には行かないので、俺の黒いコートを羽織らせている。
そもそもこんな時間に年頃の男と幼い少女が乗っているのが可笑しいが、周りの人達はみんな仕事で疲れているのか、そんな事を気にして居ない様だ。
そんなこんなで、つらつらと電車に乗る事20分。
電車を降りて、改札口を出る。
詩織ちゃんが出来るかどうか心配だったが、何とかできたようだ。と言ってもさっき教えたばっかりで、未だ危ない所は有るのだが。
駅のホームを出ると、真っ暗闇が広がっていた。
それもそうか、終電に乗って来た訳だからこんなに暗いのも当たり前だろう。
腕時計で時刻を確認すると、午前零時の23分。もう既に月曜日である。
仕方が無い。値段は張るが、タクシーを使う事にしよう。俺一人だったら歩くのだが、何せ隣には詩織ちゃんが居る。彼女があんな山道を歩けるとは思えないから、少し位なら良いか。
タクシー乗り場の一番前に居る車両の前に立つ。後部座席のドアが開いて、白いシーツと独特の香りがした。
詩織ちゃんを先に入らせて、自分も後部座席に座る。詩織ちゃんは初めてなのだろう、声を漏らして車内を見渡していた。
「お客さん、何処まで?」
運転手のお爺さんが、疲れ切った声で聞いて来た。
「詠永神社までお願いします」
「……分かりました」
はぁ、と運転手のお爺さんは少し溜息を吐いた。
それもその筈か。もうこんな時間だから、早く家に帰ってぐっすりと眠りたいのだろう。
それはこっちも山々だ。申し訳ないと思いながら、車内を過ごした。
何時の間にか寝ていることに気が付き、目を開ける。
辺りを見渡すと、山、山、山。丁度詠永神社に着きそうなので、我ながらいいタイミングで起きたものだ。
俺と同じで眠っている詩織ちゃんを起こし、降りる準備をする。
数分後、車が止まったのは赤い鳥居が有る石段の前だった。
「着きましたよ、お客さん」
「ありがとう御座います、えぇと……」
「1200円」
うげ、と思わず声を上げてしまった。
駅からそんなに遠かったか。うーむ、これからはそんなに使わないようにしないと。
既に軽い財布から、泣く泣く2000円札を取り出す。
運転手さんに渡すと、少し驚いたような顔をしながらお釣りの800円を差し出してきた。
受け取り、財布に入れる。硬貨が8枚入ったことにより、財布の中身は幾分か重くなった。500円玉は無かったのか。
「ほら、詩織ちゃん、行くよ」
は~い、と詩織ちゃんは眠そうな目を擦って返事をした。
タクシーを降りて見えるのは、赤い鳥居と少し長い石の階段。
車のエンジン音が遠ざかって行き、辺りには山独特の静けさと暗黒が訪れる。
暗黒、とは過剰表現だと思うが、本当に何も見えないのだ。辛うじて見えるのは、石段の前にある鳥居だけ。
石段の一番上は、暗い闇に包まれてとてもではないが見えない。
行灯でも点けようかな、と思考しながら俺と詩織ちゃんは石段を登って行った。
御閲覧有難う御座いました。感想とか、批評とか、批判でも良いので何か下さい
それでは、次回もぽこぽこしながら待っててください。