第3話 「名乗らなくても分かります」
あー、わたくし有園咲禾。16歳。
今まで至って普通の貧乏生活を送ってきました。
なので、こんな高級車に乗る日が来るなんて夢でも妄想でも思っていませんでしたよー。
えー、只今の状況ですが、異様に広い車内の中は極寒の地と化しております。
まぁ、あたしはそんな事どうでも良いんで、貰った飲み物をチビチビ飲みつつ、まったりとしているわけですが・・・どうも、このブリザード人間が放って置いてはくれない御様子。
「・・・おい」
あー。これが地の底から響くような声ですかー勉強になるなー。
「オイッ、聞こえてんだろ?」
「あー、すみません。ぼぉっとしていたもので」
「ハッ、やっぱりあの女の娘だな。血統書付きの馬鹿だ」
うん、そういう貴方はやっぱりあのイケメンお兄さんの弟さんだね。
同じような台詞を言っている辺りが。
あ、この弟さんは車内に待機していて、あたしがお兄さんと共に現れた瞬間超メンチ切ってきたツワモノなんですよーアハハ。
しかし・・・なんだかなぁ〜。
さっきから嫌な予感が・・・しかも特大級の。
そう。
この外国製の高級車とか、お坊ちゃま学校の制服を着た弟さんとか、よくよく見ればやっぱり高級そうな服を着ているイケメンお兄さん。
あぁ、これってもしかしなくてもお金持ち・・・ですよね。
なんで今になってこういう事態になるのかなー。
そう思わないでも無い。この16年間色々あったけどそれなりに平穏(?)で幸せだったのに。どうしてそっとして置いてはくれないのかと。
でも、これが長い人生の中に起こるほんの一部の出来事なのだから、うん。頑張って乗り越えるしかないよねー。
「チッ」
あたしが悟りを開いた状態でボヤーっとしていると、どこかから舌打ちが。
Hey,弟さん・・・あんたかい!しかも睨んでいる先が問題だよ――原因はあたしですか?
ちょっと待てブラザー、まだ何もしてないぞ!いや、息はしてますが。それさえも気に食わないと?存在自体が許せないと?!
いやはやまったく、最近の若者っていやぁねぇ〜。気に食わないことがあればすぐにキレちゃってまぁ、そんなに睨んでもあたしは消えませんヨ?というか、嫌いなら見ない方が精神的にも良いと思うんだけどなぁ?
そんなあたしの思いが通じたのか、弟さんはあたしを睨むのを止めて視線をお兄さんに移した。
「なぁ、兄貴。コイツどうする訳?」
「遊月急くな。家に着いてからだ」
「はいはい。分かったよ」
おぉ。さすがお兄さん、弟さんの扱いは慣れている。
というか、お兄さんには従順だよね~弟さん・・・じゃなくてユヅキさん。
んー、贅沢を言うのなら出来れば苗字が知りたかった。でも、兄弟間で名字呼びはしないよねぇ。
まー、慌てなくても後々分かるだろうけどさ。
さてさて、やって来ました大豪邸。
運転手さんが開けてくれたドアから降りてみれば・・・スゲー。
なんだコレは。こんなに大きいと迷いそうだ・・・掃除も大変だろう。というか・・・敷地面積広い!あの門からここまで凄い距離ありますが?う〜ん、お金持ちだと思っていたけれどここまでとは!
一体こんなお金持ちサマと、どこでどんな繋がりが?――とぐだぐだ考え込んでいるあたしをお兄さんがチラリと一瞥する。どうやら早くしろ、と言っているみたいデス。
はいはい、今行きますよー。
黙々と歩いてゆくお兄さん、弟さん、あたし。
んー素晴らしくピカピカだ。何か掃除の裏技でもあるのかも知れない。
しかも、高そうな花瓶やら絵がそこら中に飾られていますよー。
もう、なんだか違う世界に来たみたいだ。
全てが物珍しくて、目を忙しなく動かしては感嘆のため息を吐いていると、突然前を歩いていた2人が一つの扉の前で立ち止まった。
お兄さんがコンコンとノックをすれば「どうぞー」と応える、なんだか暢気な声が聞こえてきた。あたしとしては渋い声の強面な男の人が待ち構えているのかと思っていたんだけどなぁ・・・なんて、勝手な想像を振り払い、視線を巡らしたあたしは思いもよらない人物の姿を目にする。
開かれた扉の中に居た人は、スラリとした長身の美形。
常人では出すことの出来ないであろう、強いオーラ。
人が無視できない、否が応にでも惹き付けられてしまうような・・・そんな不思議な感覚がある。
その人を見た瞬間、沢山の言葉があたしの中を駆け巡っていったけれど、最終的に辿り着いた答えは「あー・・・思っていた以上に面倒な事になっていそう」だ。
だって、目の前に立つ人は世事に疎いあたしでも知っている程の有名人。
『天宮圭司』
天宮の名は、日本は愚か世界に知れ渡っている。
事実、日本のTOPは間違いなく天宮圭司だ。
39歳という若さで頂点に立つ男。その実力は数々の大きな事業を成功させてきたことで証明されている。
あー、考えるほど分からん。
そんな人があの人とどんな繋がりがあって、その娘であるあたしが何故ココに居るのか・・・。
あたしの胸中を知ってか知らずか、天宮さんはニコニコしながらソファに座ることを勧めてくれた。あーなんかあの笑顔に逆らえそうに無いなーと思いつつ、言われるがままにあたし達3人は腰を下ろす。
恐らく天宮さんの息子であろう(雰囲気がそんな感じ)イケメン兄弟はあたしから離れた場所に座ってマス。おー酷い嫌われ様。別に良いけど。
「いやぁ、良く来てくれたね。咲禾ちゃん」
こっちは不必要なほどフレンドリー。
冷たくされるよりはいいけど・・・なんだろうか、この激しい温度差。逆に怖いんですが?
「どうも初めまして、有園咲禾です」
ちゃんと挨拶コレ重要。
マナーは守らねばならんよー。
「あ、そっか。咲禾ちゃんが小さい頃に一度会っているのだけど覚えてないよね。私は天宮圭司――ほら、お前達どうせ自己紹介もしていないんだろう。ちゃんとしなきゃ駄目だぞぉ!」
ちょっと待て。あたし・・・一体いつこんな大物に会った?あたしが小さい頃に何がきっかけで顔を合わせることになったんだ?分からない。本当に覚えていないのか、あたしは。ぐるぐる回るキーワードを必死になって探すけれど見当たらない。
「おい」
声を掛けられて、やっと現実に意識が浮上する。そこには憮然としながらあたしに向き直るお兄さんがいた。そう言えば・・・自己紹介をしてくれるんだっけ???
「天宮志月だ」
うん簡潔。こうなるといっそ清々しい。
「ほら、遊月も」
天宮さんに再度促され、そっぽ向いていた弟さんが舌打ちしながらあたしに向き直る。
「天宮遊月。お前とは一生宜しくしたくねぇ」
あたしは一度も宜しくとは言ってないんだけど・・・。
まぁ、何を言っても無駄だろうなぁ。
自己紹介も終わって、天宮さんは嘆息しながらも、あたしと向かい合う形でソファに腰を下ろした。
「ごめんね、咲禾ちゃん。2人とも根はいい奴なんだよ?」
「いえ、気にしていませんから」
まーこの2人に嫌われていても別に害も無いし。
「――それより、あたしは何故ここに呼ばれたのでしょうか?」
あたしから切り出してみた。
だって、早く終わらせたかったんですよー。
天宮さんはあたしに安心させるように笑みを深めると、サラリと告げた。
「咲禾ちゃんを引き取ることにしたんだよ」
へぇーそうなんだ・・・ってオイ、どこをどうしてそうなったんだ。
やっぱり、イヤ、予想以上に嫌な展開だ。
この輝く笑顔に負けてはダメだぞ。
このエンジェルスマイリーがあたしの意思を無視していることを忘れるなー。
「えーと、どうしてそういう結論に至ったのかは知りませんが、天宮さんにそんなことをして貰う理由がないですし、全く今の生活に問題はないですから結構です」
ナチュラルに断ってみました。
気紛れなら、これで引き下がってくれるでしょー。という願いを込めつつ。
「それがあるんだよ?咲禾ちゃんが納得する理由」
「なんですか?」
「だって俺、君の叔父だし。つまりは咲禾ちゃんの母親・有園祥子は俺の義理の妹なんですーって事」
「・・・・・義理の妹、ですか」
「そう。俺の父が年甲斐も無く、当時16だった祥子さんに惚れたらしくてね。その頃は俺も家を出て会社をいくつか経営していたから知った時は驚いたよ・・・父が祥子さんに言い包められて、祥子さんを天宮の養子兼愛人にしているなんてね」
「あー・・・その、すみません」
あの人ならやりそうだ、と思ってしまった。
なんだかなぁー、あの人はどこまで他人様に迷惑を掛ければ気が済むのかね?過去も未来も現在もってか――はぁ、洒落になっていない。なってないぞぉーこんちくしょぉー。
「咲禾ちゃんが謝ることは無いよ。正直俺はどうでも良かったし、当時は母もそんな父に見切りを付けて、愛人と宜しくやっていたみたいだしね」
「そ、そうなんですか・・・」
何だソレは。主婦大好物の昼ドラですか?
しかし天宮さん、やっぱり様子見で猫被っていたな。
エンジェルスマイルなんてものは嘘っぱち・・・今の冷めた目をした人が本当の天宮圭司なんだ。
こういう人は本当に油断ならない。
あたしは改めて、最悪な状況下にいるのだと再確認。
天宮さんはあたしが警戒を強めた事を感じ取ったのだろう。
ニコリと意味深な笑みを浮かべる天宮さんに、負けじと笑みを作る。
「フフ、問題はここから始まるんだよ・・・咲禾ちゃん」
含んだ物言いが気になるなぁー。
少し、眉間に力が入るのを自覚しながら、あたしは天宮さんを見据えた。今更怖気づくつもりは無いんデスよ?
イケメン兄弟はいつの間にかいなくなっており、そこからはあたしと、天宮圭司・・・一対一の話になった。
でもこれだけは主張させて欲しい。
――お腹減った。
読んで下さって有難う御座います!