第13話 「フラグを折るのは不可能ですか?」
2010.8/5 小説本文改稿致しました。
「――遅い」
「えーと・・・?」
何が遅いと???
早朝。一日の初めに会った相手にいきなりこんな台詞を言われても反応に困るのですけど、志月さん・・・。
あー、皆さん朝は“おはようございます”と挨拶しよーね。この仏頂面のお兄さんを見習ってはいけませんよ~。
「あたしに何か御用ですか?」
わざわざ、嫌いなあたしの部屋の前に来るということは――やっぱり“あの人”のことで何かあるのでしょーか。ぶっちゃけると、あの人に関しての情報なんて全く持っていないに等しいんだけどなぁ。
一体どんな用件かと身構えるあたしに、志月さんは一瞬躊躇したあと抑揚のない声で「送る」とだけ言って、呆気にとられるあたしを尻目に歩いて行ってしまった。
送る・・・って、車で??
今日は遅刻の心配はいらないのですけど・・・どうして?
首を傾げつつ、志月さんを待たせてはいけないと急いで後を追う。
志月さんとまた一緒に登校なんて・・・!昨日も不可抗力とは言え、車に乗せられて一緒に下校してしまったのに!!あぁ――死亡フラグ3本は余裕で立っちゃうね、絶対。学校中の視線を釘付けにしちゃうよ?憎悪で。色々なものがビッシバッシと突き刺さっちゃうんだよ?殺気もしくは物理攻撃で。
結論。
即刻お断りすべし。
出来るだけ穏便にことを運ぶ――それが先決。
姿勢正しく伸ばされた背中に声をかける前に、大きく深呼吸をする。こちとら死亡フラグ3本が立つ前に叩き折らなきゃなんないからね?気合いも入るってものですよ・・・。
「あの、志月さん」
「何だ」
うぅーわぁー!!
冷え切っている・・・「何だ」と応じる一言でさえもあたしに対する嫌悪感がにじみでているよ・・・どうしたもんかねぇ?死亡フラグを折る前に、心が折られそうなんですけど!HPが朝から激減しているんですけど!!これって今日一日を乗り切れない感じですか?明日を夢見ちゃダメなんですかーー!?
いや!ネバーギブアップだ、咲禾!!ここで負けたら・・・明日は東京湾の深い海底かもしれないぞ!!
ぐずぐずと何も言いだせないあたしをじっと待つ志月さん。
その眉間の皺がMAX限界を超えたところで、殺られる前にもうひと頑張り!という愛と平和の精神を実行に移す。
「今日は遅刻するような時間じゃないですし、車で送ってもらうなんて悪いので歩いて・・・「監視するためだ」
歩いて・・・行きます。と続くはずが、遮られた挙句――監視?
「監視ってどういうことですか?」
今さらだ。監視なんて素敵マッチョさんを毎日つけている筈なのに、その上一体何をするというのだろう?
「今日の夜、あの女と接触する予定だが、万が一・・・お前に逃げられでもしたら面倒だからな。今日一日学園内でも見張りをつける」
志月さんのさも当然の処置だと言う表情に、自分が窮屈な箱にでも押し込められたかのような圧迫感に襲われる。それでも―――
「そう、ですか・・・。判りました」
―――異論は、ない。
あたしはあたしの意思でここに居る。
けれど、居るだけでは何も変えられない――この事を分かっている分だけあたしはまだ大丈夫な筈だ。もがいて、足掻いて、気づくことが出来る。掴むことが出来る。成せることがきっとある。――周りを変えたいと思うなら、己がまず変わらないといけないのだから。
ざわざわ。
あー。うん。
取り敢えず視線が痛い。
校門前で車から降りた途端にあたしと志月さんに集まる視線の、なんと素早く、多いことか・・・!最近のご子息、ご令嬢は、後ろに目でもついているのでしょうか。それともアレか?某妖怪アニメの主人公が活用している「父さん、妖気が!!」的なものが装備されておられるのですか?
「はぁ」
小さく、小さく。斜め前を歩く志月さんに気付かれないように溜め息を吐く。
本日で2回目の、志月さんと“一緒にご登校”という大変不本意な自滅行為をしてしまった代償は計り知れない。仏の顔も3度まで・・・なんて諺があるけれど、それは仏様だからこそのご温情ですヨね。ここの学園の皆さん――特に天宮人気は凄まじいからなぁ。どうなることやら・・・。
あぁ、さっきから頭痛が酷くなっている気がする・・・。
暗雲を背負って、トボトボ歩く私に誰かの足がサッと突き出されるが、無意識にソレを避ける。こういうのには敏感なんですよ。いっその事、引っ掛かれば良かったか?――一瞬そんな考えが過るが、そんな事をすれば嫌がらせに火がつくだろう。
引いても、前に出ても危ういなんて、面倒だなぁ。
ここはひとつ、開き直るしかない。
結局のところ、目立たず、騒がず、大人しく――はもう手遅れなのだから、後はもう気の持ちようだ。
私に集まる視線の先は・・・・・そう。人間じゃない!
「人参、じゃがいも、玉ねぎ・・・人参、じゃがいも、玉ねぎ、人参、じゃがいも、玉ねぎ・・・かぼちゃもイケるか?」
背後から何か意味不明な呟きが聞こえてきたが、志月は賢明にも振り返らなかった。
スタスタと前を歩く志月さんは何を考えているのか。
ここは学園の5階廊下。エレベーターで上ってきたこの階には1学年のクラスがあるのだけれど・・・。ああ!ここまで来ると嫌な予感しかしない!!
「志月さん・・・、どこまで行くつもりですか?」→訳『志月さん・・・、どこまで着いてくるつもりだコンニャロー。もしかしなくても、あたしのクラスまで着いて来るおつもりですか?――もう本当に勘弁して下さい!!!!一刻も早く貴方から離れないとあたしは死ぬ!冗談抜きで射殺される!!』
口では言えない言葉の数々を目で訴えようと前を歩く志月さんをじっと見つめる・・・が、志月さんは振り向かない。あたしに視線を合わせない。オーマイガッ!!話し合うためのスタート地点にさえ立たせて貰えないってことですか!!?
「お前のクラスは此処だったな?」
「・・・はぃ」
結局、着いてしまった。
うふふ。目の錯覚かなぁ?目の前の扉が地獄の門に見えてきたよ。
――ガラッ。
「あ」
「あ・・・。有園さん」
勢いよく扉を開けたのは、委員長であたしの隣の席でもある篠田君だった。因みに得意技は子犬のような目。――と勝手に思っている。
「おはよう。篠田君」
「うん。おはよう」
何だかぎこちないけれど、こうやってあたしに挨拶を返してくれるのはこの学園では篠田君しかいない。本当は・・・嫌われ者のあたしと関わっているなんて、篠田君に迷惑を掛けるだろうから、挨拶もしない方が良いのかも知れない。
それでも、こうやって普通の事を普通にしてくれる存在にあたしは救われているんだけれど・・・。本当に篠田君は良い人だよ!!
感謝をこめて篠田君に笑いかけると、一瞬びっくりした顔をした後、物凄いスピードで廊下を走り去っていってしまった。間違いなくトイレを我慢していたんだね。頑張れ!いざとなったら内股になるべし!!
「篠田か・・・」
「え。何か言いました?」
「お前――、いや。良い」
「はい・・・?」
志月さんは無言で首を横に振ると、スタスタとあたしのクラスに入って行ってしまった。え゛!?ちょっと待って!!
慌てて追うあたしに、志月さんは教室をぐるりと見回し、ある一点を見咎めて眉間に深い皺を刻んだ。
「お前の席は?」
そう聞きながらも、志月さんの視線はある一点に絞られている。
「アレです」
もう、いくらなんでも取り繕うことなど出来ないと観念する。指差したその机は、見るも無残な姿になっていた。昨日より数段パワーアップしたペンキでの落書きは、どこで習ってきたんだ?というような酷い暴言が並んでいるし、真ん中にはご丁寧にもナイフが突き刺さっている。
「いつからだ?」
「えっと・・・。昨日からです」
「成程」
もはや、志月さんの登場で浮足立っていたクラスのザワザワとした雰囲気は微塵もなく、教室内には重苦しい空気が漂っていた。
何でこうなるか・・・!これはもう、考えている暇なんて無いね。
兎も角・・・。
「志月様、場所を変えましょう」
教室内で“志月さん”は拙いので、様づけすると、呼ばれた本人が実に嫌そうに眉間の皺を更に深めた。
ったく、仕方ないでしょーが。あたしだって鳥肌もんだってのに、我慢しなさい。お坊ちゃん。
「場所を変える必要がどこに・・・「有ります」
志月さんの暴走を止めるべく、KYな発言を強引に遮った。
そして、今度こそ目で訴える。
『必要有るに決まっているでしょーが。教室内の空気を敢えて乱すのは止めてくださいませんかねぇ?自分の発言力がどこまで及ぶか判らない訳じゃないですよね。そこまで無能じゃナイですよね!!!』
「・・・・・。良いだろう」
「恐れ入ります」
ほんの数秒・・・。しかし確実に志月さんには伝わったようだ。
もしくはあたしの余りにも鬼気迫る表情に引いたのかも知れない。ええい!どっちでも良い!!結果オーライ。あたしが勝者!!
志月さんと共に教室を後にするため、クラスメイトに背を向けた瞬間、誰かの強烈な視線が背中に突き刺さった。
出来るだけ顔を動かさないように、視線の先を辿る。
あの美女さんか・・・。
転校初日に、ご丁寧な忠告をしてくれたお嬢様が他の天宮家俄かファンとは一線を隔した目であたしを睨んでいた。
逸見銀行のご令嬢、逸見雛菊さん。
文句なく上流階級の人間であり、このクラスのお嬢様のリーダー的存在でもある。――ええ。調べましたよ。自分への敵意に満ちているこの学園で情報があるのと無いのとじゃ生存率は全く変わってくるだろうからね。気分はサバイバルですよ・・・。
息つく暇もないとはこのことだねぇ~。いつかジャ○クバウアーと張り合えるほど厳しい24時間を過ごしていたりしてね~・・・うん。無い。それは無い。無いよね?!
取り敢えず教室を出たあたしと志月さんはエレベーターに乗るために来た道を戻っている。
授業開始まで後僅かにも関わらず、素晴らしい野次馬根性を発揮した方々は一人残らず、志月さんの睨みに耐えられず、半泣きで帰って行った。よって、廊下は無人である。
この人、目からビームでも出るんじゃなかろうか・・・恐ろしい。
隣を歩く志月さんに疑惑の目を向けていると、エレベーターを前にして志月さんは立ち止まり、あたしに冷めた視線を投げて寄こした。
「どこに向かうつもりだ」
「どこ、というか・・・。志月さん、授業は良いんですか?」
「そんなものはどうでも良い」
「はぁ・・・、ソウデスカ」
この人、学生の本分を――。まぁ、本人が良いなら良いとしよう。
さて、2人で話し合える場所か・・・。
ふと、高木先生と喋ったあの部屋が思い浮かんだ。うん、あそここそうってつけな場所だ。
「2階にある部屋を使いましょう」
「――2階?」
「行けば分かります」
ここまで読んでいただいて有難う御座います!