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ジグザグ  作者: 千紫紅
13/15

第12話 「ランチタイムと伝言」



戦いの火蓋は切って落とされた。

それは、あたしの知らぬ間に。


昨日の今日、登校してすぐに気づいたのは、ある種の異様なざわめき、雰囲気。

すれ違う生徒たちの表情。


(これは・・・何か仕掛けてきたな)


自分の教室へ向かいながら、考える。

昨日のお嬢様たちの制裁を受けず、飄々としていたあたしを何とかしてやろうと火が着いたに違いない。


「ま、大体予想はつくけどさ」





1、机の上には真っ赤なペンキで「死ね」の文字。

(別に勉強は出来るので放って置きました)


2、すれ違いざまに早口で呟かれる罵詈雑言。

(痛くも痒くもありません)


3、体育の時間に乗じて、よってたかって膝蹴り、肘鉄。

(所詮はお嬢様、我慢できる程度です)


4、トイレに行けば、水浸し未遂。

(勿論、避けます)


5、階段から突き落とされ未遂。

(殺気丸出しデスよ)


6、直々のお呼び出し&熱烈ラブレター(不幸の手紙・剃刀レター)殺到。

(行きません。気にしません、即刻処分)




と、まーざっとこんなもの?


他にも色々あるけれど、毛ほどにも気にしていない。


そんなことより気掛かりなのは・・・アルバイトが見付からない事。

なぜか面接をする前に落とされてしまうのデスよ。

何とか面接にこぎつけても、あたしの顔を見た瞬間に「NO」のお返事。

あたしの顔に死相でも出ているんですかー?


んー・・・こんな事態は初めてで正直どうしていいのかさっぱり分からない。


これは何かの呪いなのかも知れないと本気で思う。

だって恨まれる思いあたりが多くて多くて・・・アレ?無性に悲しくなってきたぞー。


アルバイトのことで悩んでいられたのは、まだ幸せだったよね、10分前の自分。



10分後の自分。

今現在・・・絶対絶命デスか?

あたしはただ、お弁当を食べようと絶好の穴場スポット立ち入り禁止の屋上に行こうとしていただけなのに・・・。





「有園咲禾ってお前?」

「はい?」

聞き覚えの無い声に、振り返れば・・・えーと、明らかに柄の悪そうな男子生徒3人。

あーなんていうか、面倒くさい。

前々から疑問だったのですがね、どうしてこの学園であたしはまともにご飯を口に出来ないのか・・・揃いも揃って、お昼時にやって来てさー。

狙ってるんですか?

弁当くらい静かに食べさせて下さいヨ。


「しょーかチャンのお母サマから伝言があるんだけど聞く?」


唐突に言われたその台詞を理解するのに、数秒を要した。



あの人から、あたしに伝言?


これは・・・さすがに驚いた。

心臓がドクドクと早く鳴る。

無意識に強張る体、緊張が全身を駆け巡り、嫌な汗がつぅーっと背を伝う。



柄にも無く、動揺している自分がいる。

予測出来ていたことだったのに。

あの人がどんな手段も使う人間だということを、分かっていたのに・・・今の状態はどうだろう?馬鹿みたいに余裕の無い自分がいる。


ともすればみっともなく震えそうになる体を叱咤して、3人組を見やる。

あたしには、向き合う必要がある。確かめる責任がある。


大丈夫だ、なにがあっても戦う覚悟は出来ている。

―――あたしはいつまでもあの頃のままじゃないんだ。


わざと挑戦的な笑みを浮かべて3人組を睨みつける。


あたしの反抗的な態度にムカついたのか、3人の中で一番でかい男が進み出て、あたしの頬を力一杯殴ろうとした。それを一歩さがって避ける。

全く、血の気の多い。


「なっ?!」

一応喧嘩慣れしていて、自信もそこそこあったのだろう。

あたしのような女にあっさり避けられて、心底驚いている。


「――いきなりグーは無いんじゃないですか?しかも、顔とか滅茶苦茶目立つのに・・・どうせ狙うなら、見た目分からない腹を狙ったほうがいいと思いますよー?」

うーん、我ながら的確なアドバイスだ。

と、思った瞬間、怒鳴られた。あれ?


「てめぇ・・・舐めてんのか!!?」

舐めてます、あんたの大振りな拳なんて一生あたしに当たりませんよー。

「俺たちさ、女だからって容赦しないケド?」

その気ならあたしも容赦しませんが?


あたしが普段売られても買わない喧嘩を買う気満々でいると、先ほどから傍観していた3人組の一番小柄な・・・でも一番威圧的で鋭利な瞳を持つ男子生徒が、初めて口を開いた。


「―――敦士あつしかい、止めとけ。そいつ強い」


千晶ちあき――こいつが?」

「・・・ああ、お前等2人じゃ勝てない」

「「・・・・」」


千晶、という小柄な男子生徒の言葉に、反抗することなく素直に従う2人を見て確信する。


あぁ、やっぱりこいつが頭デスか。

感情の無い目はこの歳の少年には不釣合いで、揺らがないその目が今まで何を見てきたのかなんて知らないけれど、こういう目をあたしは知っている。


「おい、あの女からの伝言、聞きたいか?」

「勿論」


即答したあたしに、千晶は表情を変えずに淡々と言う。


「明日、東山公園、午後10時。そこであの女が来る」

「・・・」

「行かなきゃどうなるかは知らない」

「――分かった」


それだけ言って踵を返す3人組にあたしは口早に言った。


「伝えてくれて有難う」


あたしは言い終わると同時に駆け出していた。

3人組を振り返ることもしなかった。

もう・・・作り笑いをする余裕なんて無かった。





あの人と会うのは10年ぶりだ・・・その間忘れたことなんてないけれど。

――明日、必ず行かなければ――

( 行かなきゃどうなるかは知らない)

その通りだ。

行かなきゃどうなるか・・・想像したくない。



「・・・お前、真っ青だぞ」

校門を出た所で、初めて監視役の彼から声を掛けられた。

「大丈夫ですよ、素敵マッチョさん・・・」

あちゃー・・・心の中で密に連呼していたあだ名をペロッと言っちゃったよ。


「はぁ?!何、変なあだ名付けてんだ!」

予想通り、強面の上さらに眉間に皺を寄せて抗議するマッチョさん。

人一人殺ってそうな人相になってますよー。

ほぉら、可哀相に・・・マッチョさんを見た、生徒が青くなっているじゃないですか。


「失敬な。お洒落で良いあだ名じゃないデスかー。流行の最先端」

真面目な顔で語るあたしにマッチョさんは嫌そうに顔を顰めた。

(マジで言ってんのか?)という心の声が聞こえたので、(うん。大マジですが何か?)という視線を送る。




「素敵マッチョさんの何が不満なんですか」

「むしろどこに満足できるのか訊きたい。兎に角、ソレはやめろ・・・俺にはちゃんと名前が・・・っておい!大丈夫か?」


フラリと体勢を崩したあたしを咄嗟に支えてくれる。

うーわー・・・あたしって格好悪い。

「――っ。えーとすみません。大丈夫、です」

「どこがだ!今車を――」

「歩けます」

ヘラリと笑って言うあたしに、マッチョさんが顔を顰める。




「フラフラしながら言う台詞じゃないな」




「――志月様・・・」

素敵マッチョさんの呟きに、あたしは幻聴じゃなかったかぁーと、こっそり嘆息する。

ナンと言いますか・・・絶妙なタイミングだね。


「こいつは俺が送っていく」

「――ですが・・・」

「送る、と言っている」

「・・・はい。畏まりました」


ぼそぼそと2人の間で交わされる会話は、聞こえない。

ぼんやりとしていると、話が着いたのか、失礼します、と言って踵を返すマッチョさん。

あたしの横を通り過ぎていく時、一瞬絡んだ視線の中に、心配そうな色を見つけて驚く。

何故?と訊くことも出来ず、そのまま呆然と見送ってしまった。


「いつまで突っ立っているつもりだ。乗れ」


苛立たしげにそう言ったかと思うと、志月さんはあたしの手を乱暴に掴んで、車に押し込んだ。

こんなに感情を露にして怒っている姿は初めて見る。

そりゃあ、たった三日で志月さんのことが分かるわけじゃないけれど、いつも澄ました表情で、感情的に・・・まして声を荒げるなんてことしそうに無い冷静な彼が――。

あたしのいつも以上に回転の悪い頭でも、その原因は直ぐに思い至った。



「何か俺に言うことがある筈だ」

――あぁ、やっぱり。

浅く呼吸を繰り返していたあたしは、その問いにひゅっと息を詰める。


「伝言を・・・貰いました。明日、あたしはあの人に会います」

「何を馬鹿なことを。お前をみすみす行かせるとでも?」

「・・・・・あたしが行かなければ、あの人が何をするか分かりません・・・」

「では、お前を囮に使おう。明日は俺も行く」


「駄目です」


考える前にそう口にしていた。

心底不愉快そうに眉を顰め、嫌悪を隠そうともせず睨む目を、静かに見返す。

生憎、そんな目を向けられることは日常と化している、今更怯んだりしない。

下らないと思ったのか、不毛な睨み合いは志月さんが目を逸らした事で呆気なく終わりを告げた。


「俺はお前に意見を求めていない、そしてそんな権利もお前には無い筈だが?」

「――圭司さんには話してあるんですか?」

「お前には関係ない」

「・・・そうですね・・・」



確かに・・・あたしは何か言える立場なんかじゃない。

でも、もしあたしの予測が現実になったとしたら?

それを・・・今言ったところで、志月さんは引いてくれるだろうか?


―― 否。


ガンガンと痛む頭のどこか冷静な部分が、もう答えを出している。

彼は意見を翻さない。


だけど、あたしだって引けない。

例え、この考えが杞憂であったとしても――。



だとすれば、あたしがやるべきことは・・・・・。








目の前の扉をノックするまで、色々考えた。

考えて、考えて、やっぱりこの人と話すのが一番なのだろうと、思えた。

それは天宮に協力すると決意した、あたしの通さなければならない筋でもあるのだ・・・。



どうぞ、という声に、あたしは一つ息を吐いてから、扉をあけた。

「失礼します」

「ふふ。珍しいね、君が俺の部屋に来るなんて。相応の用事があるのかな?――咲禾ちゃん」

わぁお!圭司さんてば相も変わらず爽やかな笑顔ですこと!

あたしは引き攣った笑顔で応戦しながら、負け戦同然の戦いを開始した。


「身勝手なのは百も承知でお願いが、あります」

「ん、良いよ」


ほんとに!?やった~~・・・・


「って!まだ何も言ってないんですけど!!」

くそぅっ、出端を挫かれた!コレも奴の作戦か・・・ってあらまぁ。

圭司さんてば余裕綽綽〜優雅に紅茶なんか飲んじゃってさぁ・・・舐められてる!!コレは明らかに相手にされてない!!負け戦も何もこれじゃあ・・・哀しきかなひとり相撲。


敗北感に打ちひしがれるアタシ・・・だがしかぁし!めげない!負けない!諦めない!燃え上がるあたしを面白そうに見ながら、圭司さんは小首を傾げた。


「あれ?了解しちゃ不味かったかな?」

「了解も何も、お願いの内容をまだ言ってません」

「だって、内容大体予想つくし」

あっけらかんと、何でもないことのように言ってのける圭司さんの目は本気で、逆に戸惑う。


「良いんですか?そんなにあっさりと・・・」

「心配ご無用。俺、咲禾ちゃんのこと気に入っているから」

「理由になってますか、ソレ?」

「なる!」

力強く頷き、目をランランと輝かせている圭司さんはやっぱり読めない。どこまで本気でどこまで冗談なのか・・・全く、遣り難いったらありゃしない。


「あ〜、ハイハイありがとーございます」

「信じてないね?泣くよ??」

適当に流せばコレですよ。いい大人が瞳をウルウルと・・・あれ?なにこれ、あたしが虐めたみたいじゃないデスか。

「勘弁してください。乙女の涙以外は許容できない身体なんです。蕁麻疹がでます」


*勿論、そんな特異な体質ではアリマセン。


「美青年でも?」

「・・・・・圭司さんはお幾つデスカ」

「心はいつでも十代です☆」

「語尾の星とテンションに年齢差を感じます・・・それはもうヒシヒシと!」

ああ――何でだろう・・・負けている気がする。というか、ただ喋っているだけなのに尋常じゃないコノ疲れ。踏ん張れ、咲禾。反撃の狼煙を上げるんだっ!


「というかっ!いい加減本題に・・・」

「だ・か・ら。良いよ〜好きなようにして。それとも、止めて欲しい?危ないからやめなさいって言われたい?」

――柔らかな口調には研ぎ澄まされた刃が潜められていて、あたしの弱い部分を容赦なく抉る。そこには不甲斐ないあたしを叱咤するかのような厳しさと、覚悟を決めろというメッセージがあった。


全く、圭司さんてば本当に読みづらい。


「・・・意地が悪いですね。でも、それなら良いんです。好きなようにしますから。でも、志月さんは・・・」

「心配しないでも志月なら大丈夫。なんと言っても俺の息子だからね」

「そうですか・・・」

「そうだよ」

言い切った圭司さんが、眩しく見える。なんだかこっちまで清々しい気分になってにっこり笑う。うーん・・・やっぱり家族っていいもんだなぁ。


「なんか・・・そういうの、良いですね」

自然と口から出てきた台詞に、圭司さんが敏感に反応する。

「?――どういうことかな?」

素で怪訝そうな圭司さんが珍しくて、マジマジと見ると視線で「教えて」と促される。

「・・・あたしはただ、圭司さんが志月さんを何の躊躇いもなく信じられる事が・・・その繋がりが凄く良いなぁって思ったんです。人を信じるって、難しいことだとあたしは思うから――」


「そう・・・そんなこと、初めて言われたよ」

どこか心此処に在らずの圭司さんが、無意識になのか少しだけ笑ったような気がして心臓が跳ねる。

出会ってから初めて、本物の笑顔を見た気がした。


驚いて言葉もないあたしと、思案に耽る圭司さん、沈黙した室内に電子音が響く。明らかに携帯が鳴っているのに圭司さんは出ようとしない・・・・・・ん?あたしがいるから出られないんじゃ・・・。

そうとなれば即退出すべし!あたしは未だぼんやりとしている圭司さんに改めて向き直る。


「圭司さんお忙しいのに失礼しました――我儘をきいてくれて有難うございます」

「・・・否、こちらこそ有難う」

「え?」

「分からなくて良いよ。俺が勝手に喜んでいるだけだから――もう夜中だね。ゆっくりお休み」

「――はい。おやすみなさい」

釈然としないものを感じつつも、いつになく穏やかな表情の圭司さんの中であった変化が喜びであったなら、深くは考えまいとあたしは部屋を後にした。


これで明日は一人であの人と話す時間を手に入れた。

後は・・・志月さんか・・・。




咲禾が出て行った扉を見つめながら、すっかり冷めてしまった紅茶を飲みほす。

「繋がり」か・・・君にソレが見えているのだろうか?

それなら証明してみせて欲しい。繋がりとはなんなのか、俺たちがどうやってこれから繋がり合っていくのか・・・一方通行では存在し得ないこの感情の存在を伝えてほしいんだ。


擦れ違うには長過ぎた。

「守るため」なんて詭弁はもう言い厭きた。

現状維持も限界だ・・・壊していい、どんな形でも進みたい。

そのためなら協力しよう。




長い間放置状態で申し訳ありませんでした!(汗

更新不定期ですが頑張って連載致しますので、宜しくお願いします。

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