第11話 「先生からのご忠告」
ざわざわざわ・・・・シーーン。
うぉー。皆さん吃驚しているね〜。
呼び出しくらったあたしが、無傷で・・・しかも教室に戻ってくるとは思わなかったんだろうな。
突き刺さる視線を無視してスタスタ歩く。
窓際にある自分の席に着く前に、クラスがざわっと波立った。
んん?振り返ればあのお嬢様たちが呆然とバリバリ元気なあたしを凝視している。
ありゃーもうバレましたか。
それにしたってお嬢様方、人をそんな幽霊を見るような目で見ないでください。
幻じゃありませんから。
「なんで貴女がここに居るのよ!!?」
動揺しまくっているお嬢様たちは、半ば叫ぶようにして口走った。
クラスメイトの視線が一気にコチラへ向く。
「えー・・・なんというか我ながら悪運が強いみたいです」
「なっ!!どういうこと!?」
「言っても良いんですか?この場で」
あたしの台詞に彼女たちは悔しそうに黙り込んでしまった。
そりゃあ、口外できるような話ではないよねぇ。
というかこの状況自体あまり良くないんじゃないですか?
皆興味津々。
そろそろ授業が始まるのに・・・。
――ガラッ
あー・・・と思った時には先生らしき人が入って来ていた。
最悪なタイミングだ。
不穏な空気漂う教室。
そしてあたしと向かい合うお嬢様方。
この状況どーですか。
先生(多分)はそんな教室を見回すと、ジロリとあたしを睨んできた。
うぉっ!スゲー目力。ちょっと先生、そんなんじゃ初対面の人と友好的な関係は築けませんよー。
「篠田」
「あ、はい」
委員長で、あたしの隣の席でもある篠田君を呼びつけた先生は、いかにも面倒そうに「何かあったのか?」と訊いた。
篠田君は可哀相にも、あたふたと周りに助けを求めるかのように目をキョロキョロと泳がせる―――と、あたしとばっちり目が合った。
いやいや、ナンですかその目は。
子犬?子犬なのか?
あーもー、そういう目は反則だから。
くっ・・・・・・・・・有園咲禾、負けました。完敗です。
「――なんでも有りませんよ、先生。あたしがこの学校のことを良く理解出来ていなかったようで・・・少し皆さんを驚かせてしまったようです。すみません」
「―――そうか。気をつけろよ、有園。お前等、さっさと席に着け」
明らかに苦しい言い訳だったけど、あっさり通った。
いやぁ、言ってみるものだねぇ。
それにホッと一息つく暇も無く・・・痛い視線にチラリと背後を見やる。
鬼の形相でコチラを睨むお嬢様・・・早く自分のクラスに戻って下さい、マジで。
その願いは授業をしたい先生も同じだったようで、サックリ彼女たちは追い出された。
なんだかこの先生好きになれそうですよ。あはは。
「有園。英訳してみろ」
あれ?もう授業始まっていたのですかー。
前を見れば、相変わらず無表情な先生が黒板に書かれた長い文を指差している。
「はい・・・・・To see a doctor is “to hold onto the chance to live more healthily and longer.” To this end, we must become “good patients.”
A good patient is someone who has a strong will and intention to “get better.”
It is important first to have a good grasp of our own state of health and to have the doctor understand our problem. By doing so, we will ensure accurate treatment. This is consequently for our own good.」
ふぅー終わった。
長かった。
あれ?なんかシーンとしてませんか?
あぁ、あたしのあまりに酷い英訳に固まっているんですか、そうですか。
まぁいいさ。あたしは日本を出る気ありませんからぁ?
――なんて捻くれたことを心の中でぶつくさ言いつつ、やることやったんだから・・・と、さっさと席に着く。
「おい、お前等いつまで固まってんだ――有園、まぁまぁだったぞ。さて、転校生の実力も分かったことだし、授業を始める」
そうそうあたしの実力も分かったし・・・って、オイ。
それってあたしを試したってことですかー。
一応転校する前に、編入試験受けたんですが?
胡乱気にセンセイを見遣ると、うげっっ!!
滅茶苦茶、こっちを凝視してまーす。
何ですか、その邪悪極まりない満面の笑顔は。
あたしはあまりの衝撃に頬杖ついていた手を滑らせた・・・おぉっと!
危うく顎が2つに割れるところだったぜ。
いや、そんなことより・・・あたしはニヤリと意地悪く笑うセンセイを一瞥する。
心無しか寒気が。
あたしは出来るだけセンセイを見ないように努めた。
というか、授業なんてきいてませんでした。
どうか、何事も無くこの時間が終わりますように、なんて無理な願い。
「有園、職員室に来い・・・今すぐな」
そーなるんですか、やっぱり。
まぁ、この昼休み・・・さっきから攻撃したくてうずうずしている連中から逃れられるいい口実になるし・・・この際、センセイに従いましょう。
職員室・・・と言われついてきてみれば、通されたそこは、この学園にしては狭い何の用途に使われるのか予想できない空き部屋だった。
部屋の真ん中には一人用のソファ(革張り)が2つ、向かい合わせになって置かれていて、その間には小さな四角いテーブルが置かれている。
それ以外は何も無い、この学園にこんな部屋があったのか・・・と少し驚く。
「まー座れ」
促されたあたしは、ソファに腰を降ろす。
向かい側に座った先生を確認して、話を切り出す。
「えーと、何の用事でしょう?」
「お前な・・・はぁー・・・」
心底呆れた、という溜息。
「いや、何ですかその反応。微妙に傷つくんですけど」
「有園、分かっているだろう?お前の立場と現状を」
やっぱりその話か・・・。
本当は呼び出されたときに分かっていたのだ<用事>なんて。
「ああー。そのことですか、センセイには迷惑掛けないようにします」
あたしはヘラッと笑って言った。
センセイは途端、眉間に皺を寄せた。
あぁ、ただでさえ無表情なのに・・・それでじゃあ、ますます威圧感が増しますよー、終いには子供に泣かれますよー。
「そういうことを言っているんじゃない。ったく、噂通りの馬鹿ではないが、コレは違う類の馬鹿だな」
「・・・・・いや、聞こえてますが」
「あ?当たり前だろう。聞こえるように言っている」
「さいですか」
えーと、あたしは確かに馬鹿ですが、こうも馬鹿、と断言されると・・・なんだか遣る瀬無い気持ちになるのですよ。まーいいけどさ。
あたしが心持ち遠い目をしてあらぬ方向を見ていると、空気が変わった。
あたしは、向かいにある目を真っ直ぐに見る、それが合図となってセンセイは静かに口を開いた。
「今日呼び出したのは、忠告だ。お前も薄々は感じているだろうが、この学園はお嬢様、お坊ちゃまのための学園だ。普通じゃない。この学園では教師は生徒より弱い立場にある。現に生徒によって、追い出された教師は少なくない。この意味が分かるな?俺たち教師は大半の生徒の敵であるお前に、味方できない―――お前がどんなに酷い目にあっても、見て見ぬ振りをするぞ」
「・・・・・えーと、先生の名前、教えてください」
怪訝な表情をした先生に、目で促すと、渋々といった風に答えてくれる。
「・・・高木尋・・・」
「それでは改めまして、高木先生、忠告有難うございます」
「・・・礼を言う場面ではないが?」
「先生は、わざわざあたしに教えてくれました。それで十分です。先生は今出来る限りのことをしてくれましたから・・・感謝します」
あたしは心から頭を下げた。
これは確信に近い推測だけれど、あたしは教師からも嫌われている。
でも、高木先生は敬遠されて当然のあたしと、向き合ってくれた。
優しい人だ――そういう人の重荷にはなりたくはない。
「有園――」
「あたし結構こういうこと慣れているんで、まーなんとかなりますよ。大丈夫です」
ヘラリと笑ってソファから腰を上げる。
「・・・」
「では、失礼しました」
「・・・ふ、有園咲禾か・・・」
面白い。
こんな下らない学園で教師という役柄を演じるのは、最悪に気分が悪かったが・・・。
久しぶりに退屈しないで済みそうだ。
「さて、やるか」
そうだ、今日の有園咲禾について報告しなければ。
そしてこの学園の現状も。
数日前までの、仕事が増えたと面倒がっていた自分はいない。
今はただ、嵐の予感に胸を躍らせるだけだ。
読んで下さって有難う御座います。
また新キャラです。しかも明らかに怪しいです(笑




