第10話 「痛いのはどこですか?」
徹二さんとの電話を終えたあたしは、口をあんぐりと開けっ放しにして呆然としているお兄さん達を見て笑う。どうやら徹二さんとあたしの会話はお兄さんたちにとって衝撃的だったらしい。
まあ、海淵組の若頭である徹二さんにあの態度・・・そりゃ吃驚するよねぇ・・・。
宏樹さんだけは、ニコニコといつものように笑っていたけど。
さてさて問題はここからだ。
お坊ちゃま、お嬢様の通うこの学園はセキュリティ万全。
ここに宏樹さんたちが侵入できたのは、あのお嬢様たちがなんとかしたのだろうけど、帰り道は?・・・って、愚問でした。
何て言ったって、宏樹さんがいるからね。
一人納得したあたしは弘樹さんたちに早々に帰っていただくことにした。
だって、万が一授業中でも中庭に誰か来たら大変だしね。
第一、宏樹さんたちも多忙なんだから、あたしなんかに付き合う必要はない。
笑って手を振るあたしに、宏樹さんは振り返りなにか物言いたげな目をしたけれど、あたしがニッコリ笑うと、諦めた様に苦笑して、踵を返した。
おーこれで万事解決・・・そんなわけには行きませんとも。
「んー、どうしたもんかねー」
あたしは少し・・・ほんのすこーしだけ困っていた。
そう、あたしが今無傷でいることって問題じゃないか?
あのお嬢さんたちはあたしをボッコボコに痛めつけて欲しいと、依頼してきたらしいから、あたしが無傷じゃ納得しないし、何故無傷なのか疑念を抱くだろう。
普通に考えればあの大人数相手(しかもその手のプロ)に、小娘一人がどうしたって敵い
っこない。
しかーし、ビッグサプライズでこの通り傷一つありません。
どー考えても不自然ですよねー。
自分が無傷でいることがどんな影響を与えるのか、分からない訳ではない。
なんとも無い顔をしてあのお嬢様たちの前に現れる自分・・・・うぁーお嬢様達の怒り狂う姿が目に浮かぶな。
まぁ、徹二さん達・・・否、海淵組には問題ないからいいんだけど。
もし、あたしが無傷でいることをお嬢様たちが怒っても、海淵組に文句が言えるわけが無い。だって格からして全く違うからね。
本当なら海淵組はこんな馬鹿げた仕事を引き受けないし、こういう仕事を海淵組に依頼するなんて人間は世間知らずで、怖いもの知らずのあのお嬢様たちくらいだろう。
考えながら自己嫌悪・・・あぁ、やっぱりあたしは迷惑を掛けたんだ。
徹二さんの顔が浮かぶ。
あたしなんかのために、こんな依頼を引き受けて、宏樹さんまで送り込んで・・・助けてくれた。そこまでして貰うような価値なんか自分には全く無いのに・・・。
温かい優しさを上手く返すことなんて出来ないくせに、あたしはいつも徹二さんたちから貰ってばっかりだ。それが情けなくて、くすぐったくて・・・どうしようもないほど愛しくて、苦しいんだ。
―――苦しいんだよ・・・。
こんな時、あの人ならどうするんだろう。
あたしの頭を撫でて、優しく頬を撫でて、ぎゅっと抱きしめてくれた温かい腕。
あたしに初めて笑いかけてくれた人、あたしのために泣いてくれた人。
けれど・・・もう、居ないアナタ・・・。
あたしは今も問いを投げかける――あの人は居ないのに。
返ってくるはずの無い答えを探している。
本当は・・・答えなんてどうでもいいんだ、ただ、もう一度笑って、頭を撫でて、頬を撫でて・・・あたしを抱きしめて欲しい。
あぁ、なんて浅ましいんだろう。
そんな資格、自分には無いのに。
綺麗で優しいあの人を想うことなど許されはしないのに。
目を閉じる。
花の香り。
風の音。
柔らかな日差しの感触。
生きている、と感じる。
あたしは・・・生きているんだ。
動かせない事実を受け入れて理解する。
生きている限りは、生きようとしなければいけない。
亡き人のために、今日を生きる人と共に。
あたしは、進まなくちゃいけないんだ。
そう思った瞬間、なぜだか胸がキリリと痛んだ。
可笑しいな、守ってもらった身体は無傷なのに・・・確かに感じた痛みを無視して、あたしはこの中庭から出る。向かう先は2−A。
さぁ、立ち止まっている暇は無い。
更新遅くなりすみません!!
えー、こんな駄文ですが読んでくださって有難う御座います。