一話 始まり
ある日なんとなく思いついた設定で作ったお話。
小学生の時、注射は恐怖と畏怖の対象であった。
しかも、小学生低学年に日本脳炎やら麻疹風疹かはどうかはよく覚えてないが注射を打たされる。
これによりみんな注射が大嫌いになる。
といっても高校生にもなれば注射を恐れる人はいなくなる。
針をさす時に顔をしかめたりすることはあっても、注射を本気で打ちたくないという人はいないだろう。
そう、いない。
だから高1にもなって怖がる人なんていない。
そういない。大丈夫。怖くない。
俺は高1だから注射怖くない。
コワクナイ。
「赤石君、もういいかい?」
俺の目の前で注射器を構えている医者が言った。
「ま、まだ心の準備が」
というと、白衣をきたまだ若い医者は俺の後ろを向いてやれやれといった感じに苦笑した。後ろでは母があきれた顔で立ってるのだろう。
別に俺は病気をこじらしたわけでも、検査を受けに来たわけでも、またまた、予防接種を受けに来たわけでもない。しかも、今来ている病院は小さい病院ではなく大学病院。ついでに、目の前にいる先生は度々お世話になっていた先生だったからか自分の注射嫌いは知られていた。
「今日打たないと警察から電話が来るよ?」
と医者が自分をなだめるように言った。
医者の言うことは嘘ではない。さっきも言ったようにこの注射は別に病気の予防とか、病気のためとかではない。
15歳になると全員うたないといけないのだ。
十五年前、つまり自分の誕生年にナノマシンというものが開発された。
当時としてはとても画期的なシステムだったそうで、数年の間に改良に改良をかさね、実用されるまで五年と掛からなかった。このナノマシンは打った人の位置情報、脈拍、血圧などのさまざまな情報をサーバーに送り込むというものである。その性質上さまざまな反対意見が出たが国はこれを強行したらしい。結果、医療、治安の面で非常に役立ち、しかも、今までナノマシンのせいで起こった事故、事件はないというのが今までの話である。
などと現実逃避している間にも現実は進んでいく。
「そろそろ、打っていい?」と医者
「やっちゃってください」と母
注射針が、現実逃避をしていた俺の肌に容赦なく突き刺さった。
・・・・
大学病院から家に帰り自室のベッドに座った。
そして、注射を撃たれた瞬間を思い出し、身震いをした。注射は本当に嫌いだ。あの注射も学校でうたなければいけないところを仮病とかあらゆる手段を駆使して回避し、この日まで何とか逃げ続けていた。どうせ、打つのであるならば、後でうてばいい。と考えていたのだが最終日が来てしまい今に至る。
寝転がろうとすると、隣においてあった携帯のランプが光っていることに気付いた。見てみると女友達の高木から一言だけメールが来ていた。
『ログインできた?』
ログイン?と思い、注射以外で今日会ったことを思い出し、顔が青ざめた。
今日学校でそいつからオンラインゲームをしないかと誘われた。
自分はあまり乗り気じゃなかったが、何の偶然かその時話をしていた仲のいい友達が全員そのゲームをやっていたのだ。つまりは自分以外が全員やっていたのだ。そして、始まったのは自分にはわけわからない話。
それじゃあ、俺もやるかとつぶやくとそいつから、じゃあ、今日、ログインできたらすぐにメール送ってきてといわれ、俺はそれに、帰ったらすぐゲームをダウンロードしてログインするといった。
そして、帰ってパソコンの前に座ろうとしたら、母親に、はたかれ問答無用で大学病院に連れて行かれたわけである。
時計を見ると学校から帰ってきたときからもう一時間以上たっていた。言い訳をさせてもらうと、オンラインゲームに関して今日帰ってきたところで俺の心の70パーセント程度を占めていたが、注射の話をされ10パーセントまで縮小することを余儀なくされた。そのため、そんなことを考える余裕なんてなかった。
「やばいな、絶対なんか嫌味言われる」
とにかく、俺はPCのスイッチを入れた。
・・・・
次の日の朝、誰かの大声で起きた。今日から夏休みの始まりであるが、朝っぱらからこんな大声とは近所迷惑も考えてほしいものである。とにかく今日は昨日、友達からのずっと待ってたんだぞという言葉と嫌味に耐え、今日一日はみんなでずっとオンラインゲームをするという約束を軽い気持ちでした。
窓の外もいい天気なのに、何の因果で夏休みの一日目からゲームしなきゃならんのだ。この木枠の窓から差し込む光が今日もまた快晴であることを告げており、こんな日はクーラーつけて寝転がって頭をからっぽにするのが一番いいそうに決まっている。
ふと窓に違和感を感じた。そして、その違和感は額に冷や汗を流した。
思わず目をこすった。冷や汗は止まることなく流れ続け、先ほどまであった眠気は一瞬でけしとんだ。
どういうことだ。どうして。なぜ。
いろいろな疑問符が頭の中で浮かんで頭をいっぱいにした。
何かをしゃべろうとして、口を開けたが、のどの渇きでうまく口にできない。
有りもしない唾液を飲み込んだあと、
「ここはどこだ?」
と一言だけ呟くことができた。
俺が寝ているベッドは見慣れないもので、部屋も、服も、何もかもが寝る前と後で違っていた。唯一同じだったのは自分という存在だけだった。
・・・・
ここがどこか。
その答えは案外すぐに出た。といっても、その答えはあまりにも非常識なものだった。しかし、似すぎている、昨日やったオンラインゲームとあまりにも似ている。
昨日自分が作ったキャラが来ていた服が、すぐにそこにあった。鏡の前に立つといつもの俺が見慣れない茶の服を着ていた。
このままではらちが明かない、とりあえず着替えて服を着ようと思い立ち服に触れえようとすると無機質なウインドウみたいなものが表示された。
装備しますか?
と表示されていた。
心の中で「はい」と思うと一瞬自分の体が光ったと思うとその服を着ていた。
「…便利だな」
そう独り言をつぶやくと、ドアを開けた。
・・・・
外を歩いてみると悲喜こもごもといった感じであった。
『悲』は座り込んでいる人、パニックに陥っている人などなど。
『喜』は自分の近くではしゃぎまわってる人、走り回っている人などなど。『喜』というより『狂』のほうが近いかもしれない。
しかし、自分のように冷静な人は少なかった。冷静といえば聞こえはいいが、ただ、今の自分は何も考えることができないというだけだった。
ただただ、無言で中世ヨーロッパ風の町を歩く。何の目的もなく、何の理由もなく。
すると、走ってきた女の子とぶつかった。前を向かずふらふら歩いていたから当然といえば当然だ。
「すまん」
と一言言って、また歩き続けようとしたとき、ふと女の子に目が留まった。
「こちらこそごめんなさい」
と女の子はまだ小さいのにきちんとしていた。洋服は特にみすぼらしくもなく、一般的なものであったが、プレイヤーが着るような、ものでもなかった。
「どうされました?」
じっと顔を見ていたせいか女の子は首を傾げた。すると次の瞬間女の子の頭に白い逆三角のアイコンがでた。
「うおっと」
思わず出た情報に声が出た。
「ごめん、ボーとしてた」
とりあえず、取り繕う余裕はあったので、出まかせを言った。
「そうですか。それでは。~~道具屋をよろしくお願いします。傭兵さん」
というと、その子は走って行った。自分が『傭兵』ということを知っての会話だろう。
話によるとこのゲームの主人公は『傭兵』という立場らしい。
それはさておき、走り去っていく女の子を見ると先ほどの白いアイコンは消えていた。
頭の中でもう一度考えると再び、白いアイコンが現れた。
もう一度よく見ると、HP、MP、ミニマップ、コンパス、風向き、現在のクエスト目標への最短ルートなどなどが出ていた。つまり、ゲーム画面に果てしなく近いものが眼前に出ているのだ。今まで確証はなかったが完全にゲームの中だ。
情報が出たままであたりを見ていると、NPCとPCの違いがよくわかる。NPCは白の逆三角、PCは有色の逆三角だ。
辺りを見渡すと普通に歩いている人はNPC、落ち込んでいたり、異様にハイになっているのがPCだということがわかる。
「まてよ」
頭の中でステータスと思うと、視界にステータス画面が開かれた。
Lv.5
昨日、友だちに上げてもらった。ステータスがそこに広がっていた。
もしかして…と思いきや、フレンドとおもうと新しい画面が開かれた。
そこには、フレンドの名前。俺の場合本当にリアルでのフレンドのユーザー名が書かれてあった。
一番上、例の女友達に通信というボタンを押すと数回の聞きなれたコール音の後に、相手が出た。
「もしもし、高木?」
「…」
「おーい」
「聞こえてる」
声のトーンは異様に低かった。
「…大丈夫か」
「大丈夫じゃない。どうなってんのこれ?」
「さあ?」
「そう」
何故かそこで会話が止まった。話したいことがありすぎて逆に話せなくなった。これ以上話すと取り留めのない、終わらない議論が始まりそうだった。
「とにかく、ここはゲーム内ってことでいいのかしらね?」
口調が少々おかしくなっていることにはこの際無視しよう。
「ああ、メニューも開けたし」
「?メニュー?」
「おう。なんか、頭で意識したら出る」
「あ、ホントだ」
「どうする?」
『どうすればいい?』と聞きたいところをぐっとこらえて『どうする?』にした。
「どうするって…?うーん、ほかの人には連絡した?」
「いや、お前が最初。フレンド欄の一番上だったからな」
「じゃあ、連絡して」
「お前は?」
高木は少し黙ったが、また、すぐ口を開いた。
「私はあんたのいる町の近くにどうにかして近づいてみる」
「OK、どれくらいかかかる?」
「分からない」
「えーと、というと?」
「昨日した説明は覚えてる?」
「いや全く」
昨日、用語とかの説明を一気にされたのだが、全然覚えていない。俺としては苦手な数学の授業を延々聞かされている気分になった。
「中都市と小都市の話。中核都市には別の中核都市に行くためのワープ装置があって、中都市間は行き来できるけど、小都市にいたら、中都市に徒歩で移動しないといけないって話」
その声にムッとした物が混じるのが分かる。昨日せっかく説明したのにという感じなのだろう。
「ああ、つまり、中都市にいかない限りワープとかできないってことだろ」
「そう。で、あんたがいるのは最初の町だから小都市。私も今小都市にいる」
「じゃあ、中都市に歩けばいいんだろ」
「外には魔物がいるんだけど?」
「ああ」
そういえば忘れていた、当然ゲームである以上フィールド上には魔物つまり敵がいる。
「まあ、それはどうにかするとしても、とにかく中都市につかないと話にならない」
「えっとじゃあ…」
「あなたの東の出口にある町、といってもあなたのレベルじゃあその町からはそこへしか道がないんだけども、その方向に行けば初めの中都市がある。ただ、Lv.10になるまで出発せずに、経験値稼ぎして」
「というのは?」
「中都市に行くには森を抜けなきゃならないから。多分そのレベルにならないと無理」
「分かった。それじゃ、みんなに連絡して、Lv.10にして森をぬけて、そのあとは?」
「中都市についたらまた電話頂戴。あと、私が中都市に先についたら迎えに行くわ」
「わかった」
「じゃあ、きるよ」
「ちょっと待って」
「何?」
「お互い頑張ろうな」
「うん」
そういうと、ぷつんと音がして切れた。最後の『うん』だけは少々声色が明るくなっていていたことに、安心した。
別の奴に電話しようと思うと、のどが異様に乾いていることに気が付いた。
軽く咳払いをし、炭酸か何か飲みたいななんてことを考え、そんなものある訳ないよなと苦笑した。
情報画面にまた、目を向けると、『炭酸が飲める店』銘打ったファイルが開かれており、町のマップが拡大され数か所の喫茶店にピンがついていた。
「便利なことで…」
ため息をつくとのどの渇きがぶり返し、思わず咳をした。
・・・・
店内ではNPC以外おらず、PCは自分一人だけだった。NPCも数人であり、閑散としているといった印象を受けた。
お金が気になったが、店内のメニューの料金などを見比べるとわかったが、なんと、ゲーム内通貨であるコイン数枚で一日暮らせるということが分かった。
初期に渡されるのは500コイン。昨日少々回復アイテムなどを買ったせいで減ったことも考慮すると数か月は何もせずに暮らせる金であった。
とりあえず、メロンソーダを頼むとすぐに運ばれてきた。中世風の煉瓦の建物の中でメロンソーダとはなかなかに変だ。
昨日フレンドになったのは3人
一人はさっきかけた女友達の高木。後の2人はどちらも男で、一人は賢く冷静な友春、もう一人は馬鹿で明るい俊介といった感じである。馬鹿といってもいい意味ももちろん含まれている。
まずは賢い方からと思って友春に電話をかけた。
「もしもし!」
その声は異様に興奮していた。
「ああ、もしもし、俺だけど」
といったところで遮られた。
「これすっごいな!」
「えーと、まあ、そうだな」
何がどうすっごいなのかはよくわからないが、いつもはそこまでテンションを上げるような奴でもないのではあるが、状況が状況らしい。
そこから何やらいろいろとわけのわからないオンラインゲームの専門用語でまくしたてられた。
数分の後に相手もこちらが軽く引いてるところにに気づいたのか、
「ごめん、いろいろ興奮しちゃって」
といまだ興奮冷めやらずといった感じの声で言った。正直、全然、キャラが違う。
「まあ、気持ちはわからんでもないが」
「うん、で、そっちは大丈夫なの?」
「まあ、町の中だし一応大丈夫だけど」
「いやさー、こっちの町で一部の『会社』が大暴走しちゃったらしくてさー」
『会社』は傭兵の集まりつまりPCの集まりの名前だそうだ。『会社』と言ってもいろいろ種類があるが。
「どうなったんだ?」
「騎士団が『会社』と今ドンパチやってる」
「そんなことがあったのか」
「騎士団はどうやら自治組織みたいだね。あ、あと、このゲーム死ねないみたい」
「しねない?」
「うん。死んだらゲーム通り金の半分とアイテムの一部なくして、教会から復活するみたい。まあ、死ねないととるか死なないととるかは人それぞれだけどね」
「わかった」
まだ、こちらに来て一時間しかたってないのに、なんでそんなこと知ってるのかは謎だったが、聞くと長話になりそうなのであえて聞かずにいておいた。自分で試したわけじゃないよな…。
「あ、そうそう、中都市?に向かってくれないか?」
「ああ、それは高木さんから連絡があったよ。まあ、中都市についたら連絡する」
そのあと、情報画面のことを教えると「もう知ってるといわれた」。そのあと店の検索とかもできることを教えるとこれは知らなかったようで驚かれ、早速試してみると早口で言うと電話を切られた。
「まあ、あいつは大丈夫そうだな」
何かやらかしそうで不安でもあるが大丈夫だろう。多分。
次は俊介かなとおもい、情報画面をひらいて電話してみる。
「もしもし」
「もしもし俊介さんですよー」
いわれた文面はふざけていたが声は深刻といったかんじだった。
「大丈夫か?」
「いんにゃ、だいじょばない」
そういうと俊介は深い息を吐いた。
「えっと、そっちの町ではなんか起こってない?」
「なにも。数人が変な声上げてるぐらいか」
「ああ、こっちもそんな奴いる」
「なんか、頭がどうにかなりそうだぜ」
「そうか…、高木から電話来た?」
「おう、まあね。ただおれがいるの中都市だから、そんな焦らなくてもいいと思う」
「そっか」
「とりあえず、今日はそっとしておいてくれないか、頭ががんがんする。まだ、夢か何かだと思いたいんだ」
俊介の声は今にも泣きそうだった。
「わかった。明日なら電話していいか?」
「ああ、たぶんそのときなら立ち直ってると思うし」
「じゃあ、また明日」
「ほーい」
と軽い感じにそれでも、いつもより暗い俊介の声で電話が切れた。
「まあ、これで全員か」
友春が明るかったのは救いだが俊介が心配だった。といっても、今、会いに行く方法はない。
俊介は立ち直りも早いし何とかなるだろうと思うほかなかった。
そんなことを考えていると、目の前にカップが置かれた。
中身は紅茶であまり紅茶は飲まない自分でもおいしそうだと思うほど、いい香りをしていた。
そうすると、きっちり整えた髭のまさに英国風の老紳士といった具合の人が前に座った。この店は粋な喫茶店というよりも、荒くれが集まる酒場といった感じの店であったためか、その姿はメロンソーダをすすってる自分が言えたことではないがやはり異質なものがあった。
「君に質問がある。構わないかい?」
とゆっくりとした声で言われた。目を凝らすと、頭には白い逆三角つまり、NPCだ。
「そんな目をしないでくれたまえ。私はここのオーナーつまりは店主なのだ。その紅茶はサービスだ」
目を凝らしたのがいい印象を与えなかったみたいだ。
「すいません。ただ、ちょっと考え事をしてまして」
「邪魔だったかな?」
「いえ。それはそれとして、質問と言いましたがあれは?」
「ふむ。いつもはこの店はこの時間、傭兵でにぎわっている。しかし、周りを見ればこの通りだ。どうしてか知りたくてね」
周りを見てみると、さっきいた数人のNPCもいなくなっており、店に客は自分ぐらいしかいなくなっていた。
「えーとですね」
「まあ、無理に聞き出す気はないよ。言えないところは言えないでいい」
「いや、どこを説明するかより、どう説明するかのほうが…」
「ふむ」
「その、なんというか、別の世界から来たというかなんというか」
といってもわからんだろうなと思い、もっといい説明がないかと考えていると、その老紳士は意外な反応を見せた。
「ふむ、続けて」
「別の世界から来たでわかるんですか?」
「む?そもそも君たち『傭兵』は別世界の人間だろう?」
「え、えーと?」
「いや、正確には別世界の人間かどうか分からないが、君たちは『召喚の祠』から生み出される人間であろう?」
「ちょっと待ってくださいその話詳しく」
不思議そうな目をしながらその紳士風の男はゆっくりと話し始めた。
「君にもわかりやすく言うと、『傭兵』は緑の神が生み出す、または、呼び出す自由な存在であるといわれている。召喚の祠にある日召喚され、この街に流れ着く。傭兵にどこから来たのかと問うと、よくわからないとか、別の世界に住んでいたとか、神に呼ばれたなどと言う。今のところ、別世界から来たが一番有名な説だね」
そういえば、召喚の祠はゲームが始まった時にプレイヤーがいるダンジョンの名前だったはずだ。
しかしすると、もっと説明しにくくなった。そもそも、昨日までの傭兵としての自分がどういう意思で行動していたのかなど、昨日まで現実にいた自分に分かりようがないのだ。意識だけがこのゲーム内の傭兵の自分に移ったといえばいいのだろうか?
「どう説明すればいいのかわかりませんが、意識が移ったんでしょうか」
「ふむ、移ったとは?」
「昨日まで自分は確かに別の世界で生きてましたが、今はここにいる自分に意識が移ったんだと思います」
「意識が移ったのだね、召喚されたわけでなく」
「ええ」
といって、一口紅茶を飲んだ、紅茶の香りと共にほのかな苦味が口に広がる。なんとも複雑な味であるために、現実であるということが想起される。置いたティーカップに反射している自分の顔は確かに自分の顔である。もしかしたら少々変わっているのかもしれないが。
「で、これは詳しくは言えないというより分からないのですが、ほぼほとんどの傭兵が自分と同じ目に合ってると思います」
「ほう。だから、あのような光景がある訳か。つまり、いきなり見知らぬ土地に放たれてしまったといった」
「ええ」
あのような光景とは、外の光景を言っているのであろう。
楽観主義的な奴らがどこかに行き始めたせいで、悲観主義者ばかり町におり、精神衛生上あまりよろしくないことになっていた。
「ふむ、のわりに、君は落ち着いてるね」
「まあ、落ち着いてるのか現実を見ていないのかどちらかわかりませんが」
もしかしたら、数日すれば途方に暮れるかもわからなくなるかもしれない。
「なるほど、話を聞かせてくれてありがとう。ゆっくりしていってくれ」
「あ、あと、どうして俺が傭兵だと?」
「その格好で出歩く一般人がいるとおもうかい?
そういうと、老紳士はカウンターの奥に消えて行った。
自分の服を見ると、皮鎧だった。確かにこんな恰好をしてる人間は一般人じゃないし、傭兵と考えるのが普通なのだろう。よく知らないけど。
情報画面で時計を見るとまだ9時だった。昼までにまだ時間がある。
「そういえば、レベル上げするんだから戦闘するのにも慣れなきゃな」
とりあえず、レベル上げをすることにした。
・・・・
門は高木が言ってた通り東しか行けなかった。他の方角は今のレベルじゃ太刀打ちできないみたいだ。
外に出てみると、視界の上の方に『武装解除』という文字が出て、腰に先ほどまではない重みが出てきた。鞘に収まった剣が腰についていた。
鞘から剣を抜くと、鈍い光をした刃が出てきた。何の変哲もない装飾が一切されていない剣。注射は苦手だが、別に先端恐怖症でもなければ、刃物に恐怖心があるわけでもない。家庭科の針も問題なかった。
剣を軽く素振りしてみる。一応、陸上部で足の速さには自信があるが、剣道とか、武道全般に手を付けたことがないので、剣の振り方なんてわからない。
とりあえず、我流で行こうかと思い、広大な草原であるフィールドを歩き始めた。
とその一歩目を踏み出したところで、ゲル状の球の物質が目の前をポンポンはねている気づいた。
こちらには目もくれず、一つの方向に向かっている。
このゲームはファンタジーではあるものの、デフォルメされた敵は少ないらしい。つまり、目の前のスライムはかわいい感じの目がついたりしていない、一切のかわいげのないただのバスケットボール大の緑色の球である。
とりあえず、横に思いっきりスライムに対して切ってみる。スライムは斬られると多少ひるんだが、一撃では死ななかった。切られた面は緑色のどろっとした体液が出ている。もう一撃縦に切ると、スライムは真っ二つに割れ、灰となって消えて行った。
「…うん。一応いけるのかな」
情報画面を開くと、戦利品と獲得経験値などがログとして出ていた。
あと十体狩ればlv.6だ。今日中にまでlv.7ぐらいにはしたい。
そうおもい、あたりを回ることにした。
・・・・
という意気込みもそこそこに、早速行き詰り始めた。
先ほどの喫茶店のような酒場のような場所でサンドイッチを食べながら頭を悩ませていた。
問題発端はスライムの反撃にあったこととで、なおかつ、自分の頭を悩ませているのはスライムが一番の雑魚ということだった。
というのも、敵はもちろん反撃してくる。それは最下位のモンスター、スライムであっても変わらない。自分の体を変形させまるでボールが壁から跳ね返ってくるようにこちらに体当たりを仕掛けてくる、一発食らった時のダメージは全体のHPの十分の一、ここまでは全く問題ない。実際、昨日やった時は大した攻撃ではないと思っていた。
しかし、反撃には当然痛みを伴う。それはこの世界でも違わないらしい。痛みは現実よりもまだ軽減されている方だとなんとなく思う。だからといって、痛みに対する恐怖は消えない。別に一撃ではそう思うことはないが、問題は数体同時に出た場合だ。数体が一気に出てきたとき、一匹では反撃にも避けるやガードで対処できるが、三匹だと対処が一気に難しくなる。もし一匹の攻撃に怯んだ瞬間に次の攻撃が来たら、体勢を崩されリンチになることは目に見えて明らかである。そうなると、体力なんて一瞬でなくなるだろう。というより実際三体のスライムに出くわし、実際そうなりかけ、危うく、死ぬところであった。何とか、とっさに剣を振り回し、体勢を立て直したが、スライムの攻撃頻度が高かったら本当にまずかった。
などと考えていると、目の前にまた誰かが座った。この店では暇だと、客の話相手をするシステムでもあるのだろうかと、前を向くと、筋肉があほほどある体格がごついおっさんが座っていた。
あれ、俺なんかやらかしたっけ…とあたまのなかでこの店に来てやったことをおもいだす。同時に冷や汗も流れる。…よく冷や汗の流れる日だ。
「何もしてないのに、そこまでビビられるとこっちも傷つくんだが」
と想像通りの野太い声で頬をかきながら荒くれ風の男はそういった。
「もしかして、行き詰ってるじゃないかとおもってな?」
弁明する前にさっと正鵠を射た質問をされた。
「え、ええ。まあ、少々」
「おっさんからは話は聞いてる」
おっさんとは、あの店主の紳士の事だろう。
「それで、なんで行き詰っていると?」
「『傭兵』始め、行き詰るもんさ。行き詰らない傭兵なんていない。お前、多分まだ、一か月もたってないだろ?」
「それどころか、昨日なったばかりです」
「ほお、じゃあ、なおのこと大変だな」
それから、事情を話し、一対多の戦闘がきついということを言った。
「まあ、一匹なら何とかなるんですけどね」
「そうだろうな。一対多の戦闘がきついんだろ。魔力は使ってるか?」
魔力、まあ、MPの事だろう。と考えたところで思い至った。
「そういえば、スキル使うの忘れてた…」
スキルはパッシブとアクティブ、つまり、常に効果を発動している物と発動させると効果が発揮されるものの二つがある。今覚えてるのは、シャープネスと自己再生、つまり、攻撃力強化と自動回復強化。このゲームでは常に微量ながら回復しているといっても、一時間で全快するぐらいの速度ではあるが、自己再生を使うとその速度が一分だけ上昇する。一応、馬鹿にならない量を回復できる。
「やっぱりな、傭兵になったばかりならよくあるミスだ。あと魔力の使い方はスキルだけじゃないぜ」
自分がわけがわからないという顔をしていると、
「銀一枚出してみな」
と荒くれは言った。
この世界のゲーム内通貨はコインであったが、正確にはコインとよばれているのは金貨。他は銀や銅で、シルバーやカッパーと呼ばれている。基本的には金一枚で銀百枚、銀一枚で銅百枚といった交換レートだそうだ。
とりあえず、手に銀貨一枚を取り出してみる。といっても、頭の中で銀一枚をだそうと思うだけで手の中に出てくるわけだが。
「コイントスしてみ」
「はい」
コイントスをして、さっと手の甲に銀貨を乗せもう片方の手で隠した。
「表」
手をのけると表だった。
「正解ですね」
「もう一回やってみ?」
といわれ、もう一度コイントスをする。
「表」
「正解」
それから五回ほどコイントスをしたが、全て正解だった。
「んー?」
「分からんか?」
「視力がとてもいいとかですか?」
「いや違う。だが惜しい線をいっている。ヒントだ。俺をよく見てみろ」
「もしかして」
そう思い、情報画面を呼び出し、目の前の荒くれ風の男をじっと見た。
出てくるのは男のレベルとHPとMP。MPが半分ぐらいに減っている。
「ああ、なるほど」
「分かったみたいだな。これはスキルじゃない。ただ、魔力を使って動体視力を高めてたってわけだ」
「そんなことできるんですね」
「銀貨渡してみな」
そういうと荒くれ風の男は、よく見とけよ、といってコイントスをした。
コインをじっと見ていると、コインがどんどんゆっくりになっていくのを感じた。いや、コインの落ちる速度がゆっくりになっているのではない。自分の動体視力が上がっている。そして、手の甲に収まるまで、はっきりと見えた。
「裏」
「あたりだ。一発でできるようになるとはやるじゃねえか」
と男はどこかうれしそうにニヤニヤしながらそういった。
「いえ、って、半分ぐらい減ってるし」
情報画面を開くとMPが半分まで減っていた。
「まあ、使いすぎは禁物ってやつだな。もっと鍛えれば、使う時間も伸ばせるがそれでも使いすぎは禁物だ。魔力を使わずに倒した方がいいことには変わりはない。しかも、魔法使い曰くスキルを使った方が費用対効果は高いらしい」
「というと」
「たとえば、魔力を使って自分の筋力を強化することはできるが、スキルで強化した方がその強化は強くなるうえに消費する魔力も少ない。しかも、スキルを使わずに身体を強化すると、体に負荷がかかる。たとえば、さっきの動体視力強化だったら、使いすぎると頭と目がだんだん痛くなっていく。最終的には廃人になった奴もいるらしいぜ」
「すさまじいですね」
いわば、ドーピングみたいなもんだ。
「要は使いすぎるな、使いどころを間違えるなって話だ。あと、魔力の管理も重要だな。とっさに強化しようとして魔力切れとか洒落にならないからな。まあ、傭兵の場合、魔力が可視化できるらしいから大して問題じゃないけどな」
「…それにしても、詳しいですね」
「なに、ここは割と祠が近いから新米の傭兵が集まりやすいんだ。だから、お前みたいに悩んでたりしたら助言をしてやる。まあ一種のサービスだ。今までの説明も何十、いや、何百としてきた説明で、テンプレートになってるからな」
といって、周りを見回した。PCの『傭兵』は一人もいない。
「さて、俺は仕事に戻るか」
「いろいろありがとうございます」
「いや、礼を言う必要はないぜ。サービス料はもらったからな」
その言葉に首を傾げた自分を見て男は大笑いしながらそそくさと店の奥へと立ち去って行った。
何のことだろうかと考えながら、話し込んだ間、放置してあったサンドイッチの皿を引き寄せ、一口噛んだところで思い出した。
「あ、銀貨」
そういえば、銀貨を返してもらってない。つまり、あれがサービス料つまり、授業料なのだろう。
まあ、いっか。そう思い、もう一度軽く乾燥しかけたサンドイッチを一口。
ぱさぱさのパン、分厚いハムと辛いマスタード、しゃきしゃきのキャベツがここが自分がいる現実だという実感を与えてくれた。
外が精神衛生的に悪いのは今も続いてるし、元の世界にいつ帰ることができるのだろうか、そもそも、帰ることが可能かどうか果てしなく謎なこの状態で、まともに動けているのはこの状況を作り出した原因以上に謎なのではなかろうか。そういう不安がこみ上げてきたが頭を振って追い出した。あまり、難しく物事をとらえるのは状況によってはよくない。
そういえば、現実の自分はどうなっているのだろうか、これは昨日であったオンラインゲームの刺激から来た夢なのかもしれない。にしては目の前にあるサンドイッチはあまりにリアルで、さっき受けたスライムの攻撃の痛みとそれから来る恐怖もまた本物であると実感できるものだった。
夢であろうとなかろうと、自分の変なポジティブさが今となっては役立っている。ホテルの部屋にこもったり、通りでうろうろしているよりはずっと生産的だし、友だちはレベル300、つまり、レベルの最大値近くまでいっているから、合流すれば物資などで困ることはまずなくなるだろう。そのためにも、とっととレベルをあげして、中都市に向かわなければならない。
とりあえず、体力ゲージを確認した。HPはすでに満タンになっており、もう一度行くかと思い立ち、席を立った。
ついでに、このゲームにおいて食事はHPを徐々に回復させる効果がある。そして、この世界でも俺たちの腹は減るらしく、食事をとることは必須となる。ありがたいとすれば中世風の世界観の割にはしっかりとしたおいしい味付けがなされていることだろう。
・・・・
草原を歩いていると早速スライムが三体現れた。
即座にスキルをシャープネスと自己再生を使った。
そのまま、一体のスライムに縦に切る。そのまま、動体視力を上昇させる。
攻撃の予備動作をちゃんと見れば、攻撃を簡単に避けることはできる。
一匹はぴょんぴょんはねており、一匹が予備動作に入ってるのを見てから、横に回転しつつまた体勢を整える。
シャープネスの効果でスライムは一撃、スライムの攻撃は空振る、からぶった隙にスライムを横に切り裂くと、偶然二体のスライムを同時に切り裂いた。
「ふう」
と一息つく。情報画面を開きMPを見ると残り四分の一程度だった。ログを見ると、スライムの経験値と戦利品のほかに
マルチキルボーナスと書かれて追加経験値があった。
そして、軽やかな効果音とともに、レベルアップした。
このゲームではステータスは自動で上がり、一度レベルアップするごとに2ポイントのスキルポイントを得る。Lv.15になると職業を選ぶ。その職種によってステータスの上がり方は変化していく。
で、スキルを選ぶのだが、このゲームはスキルが膨大であるらしく、全スキルの名前と効果を把握している人はいないといわれているほどらしく、しかも特定のスキルを取っていないと取れないスキルというものが存在し、何も考えずスキルを取っていると、あるスキルがほしいが別のスキルが必要で、その別のスキルが必要ならばもうまた別のスキルが必要となり結局欲しいスキルを取るために多くのスキルポイントが必要になるといった事態が発生するらしい。
よって、この場ではスキルポイントを割り振らず、あとで高木に相談することにした。一応、俊介や友春に聞くという手もあったが、俊介は精神状態がよろしくないし、友春は魔法使いだからあまり自分が上げる予定の近接系のスキルについては詳しくないだろう。
そんな理由でとりあえず保留することにした。
・・・・
時間は経ち、その日の晩、宿屋で出される夕飯を食っているとき、荒くれのおっさんの助言で死ににくくはなったものの、効率が全然上がっていないということに悩みつつ、晩飯を食っていた。高木と話し、とりあえず攻撃、防御重点で進めることにした。それにLv.30位までなら普通にやり直しがきくそうだ。
宿屋の人も傭兵の動きが変だということを気にしているらしく、俺に少々話を聞いてきたので、記憶の混濁とか、そういうこと適当に話て置いた。店の人も、良くわからない納得しかねるような顔をして仕事に戻って行った。この傭兵の異常事態の話は界隈で結構有名なことらしく、自分が傭兵だということがばれているのか、周りのNPCがちらちらこちらを見てきた。
「なあ」
そういわれて、振り向く、NPCは基本的にフレンドリーなのかよく話しかけられる。
しかし、そこにいたのはNPCではなく。PCつまりプレイヤーだった。
「ん?なんでしょう」
一応丁寧語に話しておく。見た目、背丈と雰囲気から自分と同じ男子高校生であるが、少々、根暗な感じが見受けられる。メガネはかけていないが、教室の端でずっと本を読んでいる人のような雰囲気を醸し出している。それが、第一印象であった。
「いや、えーと」
といって黙ってしまった。
「飯?」
「ああ、隣いいか?」
「おう」
そういうと自分の隣に座った。メニューをやるとすぐに何か料理を頼んだ。
「俺の名前はアカだけど、赤石って名前だ」
と自己紹介をしておく。アカはゲーム内の名前、赤石は本名だ。
「ああ、俺は、まあ、スオウって呼んでくれ」
ふとみると、アカウント名はスオウであった。たぶん、いくら現実化したとはいえオンラインゲームの見知らぬ人に名前を教えるのに抵抗があったのかもしれない。
「よろしく」
「こっちこそ、で早速質問なのだが」
といって、スオウは黙ってしまった。聞きたいことが多すぎて、何から聞けばいいのかわからなくなっているのだろう。
「『これ』は何だ?」
出てきた質問は非常に抽象的なものだったが何を表しているかは分かった。『これ』はこのオンラインゲームの現実化ともいえる現象をさしているのだろう。
「それは俺に聞かれても分からない」
「だよなー。いや、もしかしたらと思ったんだけどな」
そういってスオウは腕を組んだ。それから少々自分の持っている情報をスオウに分け与えた。
「まあ、正直今は、レベル上げしかすることがないからそれしているだけだがな」
「やっぱり戦わなければならないのか?」
「そうだな」
そもそも、このオンラインゲームは戦闘が主流のものらしい。一応商人プレイとかできるらしいが、結局、戦闘をする人のためにそれらは成り立っている。
「戦うのってきついか、やっぱり?」
「きつい、一応死んでも生き返るみたいだけど」
「そうなのか?、いや、俺も帰るためにいろいろ検討してみたんだけどな。ログアウトみたいなボタンもないし、自殺しようかなって悩んでたんだけどな…そうか、無理か」
といってスオウは暗い顔をした。自殺による帰還はある種最後の手段としてあったのだろう。
「とりあえず、友だちと合流しようかって話になってる」
「ふーむ、俺は何も考えてないな。別に友だちとやってるわけじゃないしな。俺高1なんだけど、君は…」
「俺も高1」
「そっか。うーんどうすっかな」
「一応、元に戻るまでこの街でこもってるっていうのも手だな。クエストとかはチュートリアル的な物しかないらしいけど、多分、スライム倒してたら金銭的なものは問題ないんじゃないか?よく知らないけども」
「ふーむ、それは俺好みじゃないなぁ」
とスオウ。勝手に根暗な印象をもったが、結構アグレッシブな奴かもしれない。といっても、髪が目にかかっているあたり、根暗な印象は抜けないかもしれないが。
「なら、中都市に行くしかないだろうな」
「ああ、隣の町な。くそ、ゲームの時にとっとと行くべきだったな」
「いつからやってるの?」
「ああ、二日前ぐらいかな」
「レベルは…8か」
「ん、ああそうか、例のシステム画面、情報画面で見たのか」
「うーん。やっぱりこれゲームの中なのかな」
「そうだろうな」
「ああ、それと、ステータスは非表示にしといたほうがいいぜ」
「そうなのか?」
このゲームではある程度の情報を相手方に見せるかどうかという選択ができる。アカウント名、レベルや職業などは隠せないが、ステータスは隠せる。
「まあ、一応な。別のゲームの経験上だがステータス筒抜けだとPKされる可能性が高いからな」
「PK?」
「…オンラインゲームやったのは初めてなのか?」
「そうだけど」
「PK。プレイヤーキル、つまり、PCがPCを倒すことだな」
「そんなことできるのか?」
「フィールドとダンジョン内ならできるらしい。あと、街中でも二人が同意すればできるらしい。たまに初心者狩りみたいなことやってるやつがいる。といっても、初心者たおしても、もらえる額はスズメの涙だがな」
「じゃあ、隠しておくか」
といって、設定をいじり隠しておいた。
「でも、レベルとか職業までは特殊なアイテム使わないと隠せないらしいし、レベル上がってスキルが充分だったらステータスも看過されるらしいけどな」
スオウは見知ったことのように言った。
「昨日始めたのによく知ってるな」
「まあね、ちょっと前調べしといたからな。て言っても情報量多すぎで途中で投げ出したけど」
スオウはゲームをするときダンジョンの情報を完全に調べ上げてからくまなく探索するタイプだな。
そう思ったところで料理が運ばれてきた。
スオウはハンバーグを頼んでいた。
スオウはそれを一口食べると
「うまいな」
と一言、嬉しそうにでもどこか悲しそうに言った。
「ああ、そうだな」
いろいろ話したいことはあったが、その表情を見るとどう切り出してもスオウを悲しませるように感じ、何も言い出せなかった。
「なあ」
「ん?」
「明日から、一緒にレベル上げしないか?」
当然のことながら一人より二人の方が効率は上がる。もちろん、ケースバイケースであろうが、今、戦闘に不慣れな人間同士協力したほうがいいだろう。それに、一人で戦うのは心細い。
「まあいいけど」
「そうか、ありがと」
そういうとスオウは無言で一緒に運ばれてきたスープをすすり始めた。
自分は店員におかわりを頼みつつ、自分は黙々と食べるスオウをじっと見ていた。
物を食べるたびに現実を思い出す。その味、香り、温かみ、全てが、前の世界を思い出すトリガーとなる。しかし、それがいつまで続くかわからない。あと、一か月、一週間、もしかしたら三日後には物を食べても、痛みを感じても、自分がゲームの中にいて、前の世界に住んでいたという事実を思い出さないかもしれない。
異常がいつかは日常になる。
しかし、俺たちは何をすることもできない。できることは、このゲームから抜け出すための手段ではなく、このゲームにいち早く慣れ、状況を安定化させることだ。そんなのはすべてゲームのシステム上の話だ。システム外のことをする事はできない。なぜなら俺たちもそのPC、『傭兵』というシステムの一部だからだ。ならば、この世界から出る方法はシステム上の物となってしまう。このゲーム上に、メインコンピューターにアクセスできる地点なんてないのだ。
その後、スオウと別れ、ベッドに胡坐をかいたところで、友春から電話が来た。
「友春?どうした?」
「中都市のゲートが使えなくなってるみたい」
「ゲート?」
「ワープする奴の名前、それが使えなくなってる」
「ということは俺は中都市についてもお前らに会えないということか?」
「一応、ゲートは故障中っていうことらしいから、いつかは直るみたいだけど、いつになるかは詳しくは分からないとのこと」
「そっか、じゃあ、俺のやることは変わらんわけだ」
「…赤石は冷静だね」
「まあ、元転勤族だったから、環境の変化になれるのが速いだけさ」
「それだけじゃないと思うけど」
と友春は笑うと、高木と話せよと今度は割と真面目な声で付け加え、一方的に電話を切った。
別に高木と話す予定はなかったが一応、電話かけておいた。
「もしもし」
「もしもし」
といっても、こちらから切り出す話題はすぐには思いつかなかった。あちらも何も切り出してこないから、数秒の気まずい沈黙が流れた。
「今日どうだった?」
「実はね」
「おう」
「何もしてない」
一秒の沈黙が流れた。何もしてないという事実が衝撃的だったのではなく、高木が泣きそうであることがむしろ衝撃的であった。
「そう」
出たのはその一言だった。
「なんかさ、敵見たときに、あ、無理だって思ってさ」
一言一言、苦しそうに言葉を発していた。その一言一言に相槌を打った。
「怒らないの?赤石は頑張ってレベル上げしてるのに」
「無理なんだろ?」
「それは思っただけで」
「でも無理なんだろ?」
「うん」
「じゃあ、暇になった友春と合流するなり、こもるなりするか?」
「いや、でも…」
「いやさ、この状態がいつまで続くのかなんて分からないし、なんか俺たちが持ってる金ってかなりの物らしいし」
「そうじゃなくて!そうじゃなくて…」
「ていうか、俺ががんばってレベル上げしてるっていうけど、スライムを殴ってるだけだぞ」
「そうじゃなくてね」
「うん」
「えーと…」
そこで、高木は黙ってしまった。こういう時、俊介あたりなら気の利いた言葉の一つでも欠けれるのだが、俺はそんなことできるような人種じゃない。
「まあ、何をやるにしてもゆっくりやってくれ。言っておくがまだこっちに来て一日もたってないからな」
「うん」
「俺だって順調にいってあと、数週間はかかるんだからな」
「そうよね」
「ところで、高木ってレベルいくつだっけ?」
「恥ずかしながら300」
「つまり最大?」
「うん。ていうか、赤石以外みんな最大レベル」
「おまえら、どんだけこのゲームやってるの?」
と俺は笑った。
「このゲームはすぐにレベル上がるから…」
「そのレベルならお金もやばいんじゃないの?」
「うん。いま、十万コインある」
「それなら軽く30年ぐらいはこもれるな」
「そうね…」
そこでまた話が止まった。
「とりあえず、何をするにしろ、ゆっくりやってくれ、学校とかない分、時間はたっぷりあるんだ」
「分かったわ」
「じゃ、切るぞ」
「ちょっとまって」
「うん?」
「…電話ありがと」
「どういたしまして」
そういうと電話は切れた。
友春に言われて電話したことは伏せておこう。俊介ならどういったかなと考え、その俊介が今現在落ち込んでいることを思い出した。今度電話するときなんと声をかけようか?
情報画面を開くと時間はまだ8時だったが、剣を振るとか慣れないことをして疲れたのかベッドに横たわるなり、瞼が落ちた。
・・・・
それから、一か月後、レベルは上がり、遂に中都市にむけて出発する前夜になった。高木はあれからすぐに、モンスターを倒せるようになり、友春は中都市に残り、情報収集をしている、問題であった俊介だったが一週間もしないうちに立ち直りいま、自分が行く予定の中都市に向かっているらしい。
そして俺は今酒場のような喫茶店のような、よくわからん場所で頭を机につけ、
「どうしてこうなった」
とつぶやいていた。
「いやー、リーダーさんは大変ですね」
とスオウがニヤニヤした目で目の前の席に座った。
「うるさい」
といって内心イライラしながら、周りを見渡す、自分を除き10人のPCが数個のグループを作り、楽しそうに飲み食いしている。
レベル上げを二日目に始めたスオウと俺はよく俺と同じ境遇の人たちに出会った。つまり、つい最近このゲームを始めたような人たちにだ。そして、それは膨れ上がり十人になっていた。スオウ曰く、団体の方が個々の死亡確率は減るとのことで、十人が全員レベル10になるまでまち、全員で森を抜けようという話になったのだ。別に自分に害はないと踏んだ上で放っていたのだが、今日になって、誰が話し始めたかは知らないがリーダーを決めようという話になった。そこで、初日からレベル上げをしたおかげでレベル15となった自分に白羽の矢が立った。思いっきり拒否したが、数の暴力の前では無駄だった。
「そうイライラするなって」
「お前がリーダーになってもいいんだぞ」
「いや、それはないな、お前みたいに運動神経いいわけじゃないし」
「この世界じゃあ前の世界の運動神経なんてあってないもんだろ」
ついでに、スオウもレベル15だ。『身体能力=レベル』のこの世界では同レベルの運動神経なんてあってないようなものだった。
「いやま、多分体の使い方というか、なんというかそういうのはやっぱりでてると思うよ」
思いっきり舌打ちをし悪態をついた。
「それにしても、そこまでイライラすることないんじゃないか?」
とスオウが不思議そうな顔していう。
「あのなこんな旨みも何もないリーダーなんて百害あって一利なしだ。第一あいつらはリーダーっていう、責任を取ったり、自分が困った時にそのわかりやすい原因を作りたいだけだ。有事の際にあいつが何とかしないから悪かったーとかな」
というと、スオウは顔をしかめながら、
「いや、それはちょっとひねくれすぎじゃないか?言っとくけど、あいつら、あの人たちはお前のことを大なり小なり尊敬していると思うぜ」といった。
「はー、だるいなー」
「おい、きけよ」
「あと、指示出すのもめんどいし、予定組むのもめんどいし、みんなの管理するのもめんどい」
「おまえ、あれだろ、めんどくさいのが嫌なだけだろ」
「当たり前だろ、なんで、友だちでもなんでもないやつのために、めんどくさい役をおわなきゃならんのだ」
そこでぐだぐだとスオウに愚痴を言い続けていると、非常に鎧が似合わない、見た瞬間サラリーマンだなこの人ってわかるような男が近づいてきた。名前はカバーニャ。本名、斉藤さん。
「いや、すいませんね。押しつけちゃって。本来なら年長である私がやるべきなんですけど…」
と物腰柔らかそうな言葉で言った。
「俺としては別に斉藤さんでも構わないのですがね」
「私には少々荷が重いですよ。レベルも一番あげるの遅かったですし迷惑かけてばっかりですし」
「戦闘のうまさと、リーダーの素質はまた別だと思いますが」
カバーニャこと斉藤さんは見た瞬間サラリーマンだとわかるぐらい、それらしい見た目をしている。どういう風貌かと説明を求められても説明が出てこないが、実際、元の世界でもサラリーマンであるらしく、発言の節々からかなり賢い人なのだろうと自分は勝手に推測している。ついでに、二十二歳独身。
「まあ、でも軽く下見をしたときには何も問題なかったですし、予定通りに事は運ぶと思います。それにリーダーという存在は有事の際に何かと便利です」
「あいつらにとってね」
と後ろの騒いでる中高生をみる。誰かに従っておくというのは一番楽である。
「あなたにとっても得はありますよ。それにいつでも一番冷静でいられるのはあなただと私は思ってますよ」
「そんなことないと思いますけどね」
とため息をついた。
さっきから話に入れなかったスオウが
「他の人とは話さなくてもいいんですか?」
といつもより数倍かしこまった言い方で言った。
「みんな中高生だからね、私がいると盛り上がりに欠けるみたいで。まあ、ジェネレーションギャップって奴ですかねそれに、君たちとはチームなのだし」
俺、スオウ、斉藤さんでチームを組んでいる。正確には残り8人は4人と4人のグループができ、それぞれ意気投合している。このゲームのチームは五人まで登録可能で登録した者は他の登録した者の位置とHPとMPが情報画面に常に表示される。チームをくんで敵を倒すと基本的に経験値が平等に分けられ、ドロップアイテムの取得はランダムで決定といった具合だった。
「一応俺たちも中高生ですけどね」
「そういえばそうでしたね。君たちは大人びてるからあまり、中高生っていう風に見れなくてね」
大人びてるというのは嘘だと思うが、スオウは素直に喜んでいるのか、嬉しそうであった。
「それで、本題に入りますと」
「明日の予定ですか?」
「ええ。三日間の予定と聞きましたが、どこでキャンプするのだけ知りたくて」
「地図で言いますと」
といって、地図を開いた。10ゴールドと聞くと安く聞こえるとこの世界の物価を知ると割と高級品だ。一応、自分たちには情報画面にマップ機能がついているが、言ったところしか詳細に表示されないに加えて、情報交換が非常に不便なので購入した。まあ、スライム狩りのついでに手に入るお金で普通に買えた。
「ここで一泊、森の出入り口付近で一泊、最後の一日で森を抜けてしまおうという考えです」
各地点に、銅貨をおいて位置を示した。
「少々、といいますか、大分余裕がありますね」
「そりゃあ、十人がまとまって行軍するんですからある程度余裕を持とうとおもいまして」
「まあ、実際、レベルが高ければ中都市まで一日で行ける距離らしいですしね」
「どちらにしろ、子ゴブリンのエンカウント率が高ければ二日かかる可能性はありますしね」
子ゴブリン正式名称はミーガゴブリン。ゴブリンの中でも最下種族、といっても、スライムより強いし、必ず3体位のチームを組んでいる。別にそこまで強くないのだが、手間取るのは事実だった。
そんな時誰かが店のドアを開いた。
その人物は俺を見るとまっすぐ、こっちに来た。
「明日君たちが旅立つと聞いてね」
道具屋の店主、コーナーさんだった。走ってきたのか息を切らしていた。
「君たちがいなくなると、ここも寂しくなるよ。で、本題なのだが」
「本題?」
「そう、森のことで言っておかないといけないことがある。森の奥にはいかない方がいい」
気を利かせた店員が一つ椅子を近くから寄せて、コーナーさんに座るように勧め、コーナーさんは礼をいいつつそれに座った。
「まあ、行く予定はないですけど、理由は何でしょう?」
「森の主について聞いたことがあるかい?」
「ない…ですね」
スオウと斉藤さんに目くばせすると、二人とも首を傾げている。高木達にもそんなことを聞いたことないみたいだった。
「森の主は巨大な狼みたいな恰好をしてて、森の奥に住んでいる。基本的に攻撃的ではないが、狼のテリトリーに入ると、攻撃的になるから注意してくれ」
「森の奥にまず行く予定なんてないですよ」
「君は大丈夫だと思うけれども、一応ね。森の奥じゃないところでもたまにいるけど、基本的におとなしいから。あと」
というと、コーナーさんは懐から瓶を数個だした。赤い薬、回復の薬だ。
「あげる。結構入念に準備してたようだけど一応ね」
「いえ、ありがとうございます。割と高いですからね。これも」
といって、アイテム欄にしまった。
「まあ、確かに。知ってると思うけど、一気に数本飲むと気分が悪くなって、平衡感覚がなくなって立っていられなくなるから気を付けろよ」
ついでに、今までこの薬を飲んだことはない。というのも、数本飲んだだけで、本当に立つこともできなくなり、30分ぐらいはまともに行動できなくなるらしい。傷を一瞬で癒すという利点はあるものの、割とヤバメの薬なのは確かだ。あまり使いたくない。
「しかし、ここも寂しくなるな。君たちがいなくなると」
実をいうと、ここの町はレベル上げに手ごろなダンジョンといいアイテムが出るダンジョンが近くにあるため、いつもは傭兵の通りが結構盛んであるらしいが、今この状態でレベル上げやレアアイテムゲットのために頑張る人は珍しくなってしまたのだろうか、人の集まりがわるくなり、一か月で各業種で問題になっているらしい。そもそも、この町は傭兵ありきの町である。
「ちょっとの間は営業を抑えめにした方がいいかもしれませんね」
と斉藤さんがしみじみといった。
「といっても、今月分でかなり入荷しちゃったんですよね」
とコーナーさんは斉藤さんに愚痴り始めた。
スオウもその愚痴を聞いていた、皆の注意が自分以外にむいてることを確認し黙って店を出た。
店の熱気とは裏腹に外はひんやりと程よく冷えており、夜空には無数、本当に無数と言える星が瞬いていた。
街灯は非常に貧弱な光で、ホタルの光を彷彿とさせる光る球が街灯のポールの頂上に据えられてあるガラスの中でゆっくりと蠢きながら光を放っている。
この街で夜空を見上げるのは最後だと思うと寂しいような気がした。しかし、ここにいつまでもいるわけではない。
ごついおっさんが言っていたがここは傭兵の通過点なのだ。傭兵は生まれて初めてこの街に来て、そして出ていく。通過点、故、とどまっていることはできない。しかし、むしろ自分はそれがありがたかった。このゲームに何の目標もなく放りだされれば何をすればいいのか分からなくなっただろう。ゲームには常に決定された目標がある。その目標をクリアすると次の目標が、次の目標をクリアするとそのまた次の目標が出てくる。人生に似ているとも思う。目標の連鎖に終わりはない。もし終わりがあるとすればゲームならゲームクリアであり、人生なら死ぬことだろう。
ふと思った。今の目標は中都市に行くこと。ならば、その後の目標はなんだ?ゲームクリアはこの世界からの脱出も考えられるが、それはあまりにも難しく、不可能にさえおもえる。そもそも、方法が分からない。自然に時間経過でこの世界から脱出できる希望も一週間前ぐらいなら持っていたが、いまはもうない。というより、そう考えるのが馬鹿馬鹿しくなった。自分は割り切るのは得意だとも自負している。変にポジティブに見られるのはこのせいかもしれない。
そんなことを考え感傷に浸っていると電話が入ってきた。
「もしもし」
というと、
「アカ、朗報だ!」
俊介からだった。声は喜びに満ち溢れていた。
「なんだ?」
そう言いながらため息をついた。割と小さいことでも『朗報』というから、とりあえず、俊介の『朗報』は悪い報告ではないという意味でとっている。ついでに、最近の『朗報』とやらはエロ本がこの世界でもあるとのことだった。
最初の一週間で立ち直り、無理しているのではないかというこちらの心配をぶっちぎり、一番早く中都市につき、『道場』という施設に通いゲートが直るのを待っているらしい。一応いまだ無理しているのではないかと思い、気を使っているのだがどうも俊介はそれが面白おかしいらしくそのことでよくからかってきた。俊介曰く『アカが他人に気を使うなんてキモい』だそうだ。現実世界の事も『帰りたい』とは言ってるものの最初の頃にくらべると悲壮感はないといってもいいぐらい小さいものだった。
「もうすぐゲート直るってよ」
久しぶりの朗報である。
「じゃあ、お前らもすぐ来れるのか?」
「ああ、しかも、明々後日には最低でも直るらしいぜ。ようやく、これで合流できるな」
「そうか、わがままを言うともうちょっと早く直ってほしかったがな」
「明日出発だって?」
「ああ」
「延期にはできんのか?」
ゲートが直ったのちに俊介たちが俺を迎えに行く、という提案は数回されていた。そちらの方が安全であるというのが俊介たちの意見だった。つまり、これは延期をして俊介たちが来るのを待たないかという提案なのだ。
「できるかもしれないが、俺のほかにも十人ほどいるし、お前らにおんぶにだっこってわけにもいかんだろ」
「んー、別に気にしなくていいんだがな」
俊介はちょっと不満げな様子だ。
「俺は気にするし、どちらにしろ、一応Lv.15まで上げたんだここで安全策を取る必要もないだろ」
「まあ、確かに」
しぶしぶ俊介は自分の意見を肯定すると、じゃあ、その方向で皆に伝えとく、というと、電話を切った。
ふー、と息を大きくはき、店の外壁にもたれかかった。
街灯は妖しく、そして、ぼんやりと俺を照らしていた。
・・・・
次の日、『アカ』こと『赤石』はこの街を出た。そして、入れ替わるように、二人の傭兵と一人の付き人がこの街に入って行った。
・・・・
「ふう」
そういってスオウは肩を鳴らした。
予想通りもう森の入り口まで来ており、近場の簡易的な休憩所でテントを張り終えたところだった。休憩所といっても、朽ちた木や切り株がベンチ代わりに使えるようになっているだけの場所であり、大した施設はないが、それでも、川も近くにあり休むのには適している。
全員がテントを張り終え各々が休憩している中、自分は情報画面をじーっと見ていた。目の前の現実は見間違いではないようだった。
「どうした、深刻そうな顔して。今のところ順調なんだろ?」
スオウが俺の様子を不思議に思ったのか近寄ってきた。
「…ほかの奴らには秘密にしとくと約束してくれ」
一瞬スオウは首を傾げたが、すぐに
「ああ、する。俺は結構口が堅い方と自負してるぜ」
といった。
そういうことを言われると逆に身構えてしまうのだが、残念ながら今のところ相談相手はスオウしかいない。
「あのな、今日の門を出たときだ。クエストが出た」
「クエスト?」
「そう、内容はこの場にいるお前を含めた10人を中都市につくまで一回も死なせるなっていう内容だ」
「…どういうことだ?」
「そのままの意味だろう。ついでに期限は明日まで、成功報酬とかは???になってて一切わからん」
「うーん、なんだろうな…しかし、なんかもやもやするな」
「ああ、そもそも、なぜ、クエストとして現れたのかというのもわからんし、このクエストを管理している奴もわからん。あと、なぜ、『10人』でしかも、俺なんだ?」
「確かに、お前を含めれば11人だしな。一応お前がリーダーなんだからお前にクエストが来たのかもな」
「じゃあ、このクエストを作った奴がなぜおれがリーダーってわかってるんだ?」
「うーん」
「一応、友だちに相談したんだが、このゲームはその人個人のためのクエストとかがまれにあるらしい」
ついでに、かなり珍しいらしく、都市伝説ではないかといわれているほどで、このことを話した時三人とも異様にテンションがあがり、話についていけなかった。
「ああ、それは聞いたことあるな。そういうクエストって成功報酬が結構すごいらしいな。といっても本当に珍しいし、難易度が高いって聞いた」
「問題はそれだ」
「?」
「個人クエストは総じて難易度が比較的高いらしい。その難易度もクリアできないこともないというレベルのもあれば、ほぼ無理っていうレベルのクエストもあるらしい」
「へー、それは初耳だな。で、問題って?」
「このクエストは難しいと思うか?」
「というと?」
「ここにいる全員はレベル10以上、対して今から入る森は友達曰く、レベル10なら、どんなに運がなくても無事突破できる、薬を使えばレベル5で突破できるらしいらしい。難しいクエストだと思うか?」
そういうとスオウははっとした。
「大して難しいレベルじゃないな、むしろ、簡単なレベルだ」
「じゃあ、難しくなる要素が潜んでいると?」
「ああ。とはいえ、今日は何も起こらなかった。あるとすれば、その明日の森の中か今晩だ」
「難易度が跳ね上がる要素があるとするなら例の巨大狼か?」
「森の主か、確かにその可能性は高いと思う。一人ならこそこそ行くのもまだ簡単だが、全員で行軍するとなると隠れるにしろ逃げるにしろ難易度は一気に跳ね上がるからな。そこでだ」
そういって、地図を出して広げる。
「森のルートは丘ルートと森ルートの二つあるって言ったよな?」
そういうと、スオウはおうと短い返事を返した。木も疎らな丘ルートの方が中都市に早く行ける。その代り、木が茂っている森ルートはアイテムがよく落ちている。
「丘ルートの方が近くて周りが見渡せて有利と前にいったが、その逆も然りだ」
「遠くからでも気づかれると?」
「ああ、敵が雑魚ければいいんだが、こっちが雑魚いなら隠れやすい方が有利だ。だから、視界が悪い森ルートで行こうと思う」
「それは逆に、奇襲されないか?」
「巨大狼の五感がどれほどか知らないが、これほど鬱蒼と茂った森なら巨大狼とやらも走りにくいだろうし、道具屋のコーナーさん曰く俺らじゃ太刀打ちできないらしいから、見つかったら終わりだと考えた方がいい」
そういうと、スオウはうーんとうなりながら口に手を当てた。
「…本当に敵は巨大狼なのか?」
「何?」
「最初にいった俺が言うのもなんだが、巨大狼じゃない可能性もあるだろ」
確かに。あまりに状況がそろっている上に
「…どちらにしろ、この二つのルートを選ぶしかない」
「そうすると、森ルートの方が無難といえば無難か」
「ああ。この話は誰にも…、いや、斉藤さんには話しておこう」
「そうだな」
そういうと、切り株に座っている斉藤さんをスオウがよんだ。
ふと、街のほうを見ると、平原に沈んでいく西日が邪魔で街は見えなかった。だんだんと沈んでいく太陽は皮鎧を着ている俺に汗ばむほどの熱気を送っていた。
・・・・
俺たちは鬱蒼とした森を進んでいた。といっても、たまにこちらも人が通るのか一応道ができていた。今は正午で太陽は真上にあり、木々の切れ目から陽光が差していた。
あのあと、斉藤さんに話すとそういうことなら森ルートで構わないという旨のことをいわれ、意見を求めると、これ以上意見のしようがないよと笑われた。他のメンバーにはアイテムを拾った方が後々の資金にもなるというと納得した。頼る友人がいるにしろ、いないにしろ資金は大目にあった方が安心だろう。そもそも、大半が大目に回復アイテムなどの消耗品を買い込んだため、ほぼ全員が金銭的に心もとないのが実情であった。
他の皆が最早雑魚となったモンスターを蹴散らし、敵の警戒よりもアイテムを見逃すことへの警戒の方が高い中で俺は緊張していた。他人から見れば挙動不審に見えたかもしれないがそんなことを気にするメンバーはスオウと斉藤さんを除きいなかった。
もうすぐ休憩地点そんなとき話し声、正確には怒鳴り声が聞こえた。
警戒心が最高潮に達した俺は止まるよう合図し、
「様子がおかしい先を見てくるから隠れて待っていてくれ」
といった。警戒しすぎではないかとも思ったが、警戒するに越したことはないという思いが怒鳴り声への楽観視をすぐに消し飛ばした。
「俺も行く」
とスオウがついて行こうとしたがそれを片手で拒否の意を示すと、しぶしぶといった感じでスオウはあきらめた。
「気をつけろよ」
そういうスオウに一言いって、道から外れできるだけ茂みがあり、木が多いところを進むよう意識しながらしゃがみつつ進むと、休憩場があり、案の定、5人の人がいた。声が聞こえる位置までばれないように接近する。
「あいつと連絡が取れないとはどういうことだ!」
遠目にもその怒鳴っている斧を担いだ男が怒っていることは見て取れた。
「俺が知るかよ!」
ともう一人の細身の男が立ち上がりそう怒鳴った。そういうと二人は怒鳴りあいになっていた。
パッと見て、斧を持った男、双剣をもった細身の男、魔術師風の男、弓を持った女、つえを持った女がいた。
「もしかして死んだか?」
魔術師風の別の男がそういった。
「死んだァ!?」
と斧が担いだ男は魔術師風の男に詰め寄った。
「通信不能ってことはそういうことだろ」
魔術師風の男はうんざりといった感じでそういうと、なあ、ともう一人の弓を持った女に同意を求めると、
「しらない」
と弓を持った女は一蹴した。
後々教えてもらったことだが、死んだ後数時間を経たないとリスポーンつまり復活できないのだ。その間、死んだ者の意識はなく、通信など意思疎通は不可能となるらしい。
「ちっ、また一人減った。これで五人目だ」
細身の男が悪態をついた。
また一人減った、とはどういうことだ?と疑問を感じた。リスポーンした後合流すればいいだろ?そもそも、こいつらは本当にPCなのか?そう思い、情報画面を見ると赤と黄色の逆三角のどちらかが全員についていた。
冷や汗が額を流れた。
普通PCには有色の逆三角がついている。そしてそれは緑黄赤と別れる。
緑は一般的なプレイヤー、黄は軽犯罪を犯したプレイヤー、赤は凶悪犯罪を犯したプレイヤー。
つまり、こいつらは全員犯罪者。全員の情報を見てみる、全員レベル30代、斧を背負った男は別格でレベル60。レベル30というのは俺たちが束になって一人やれるかどうかといったところだ。確かに一瞬で俺の『クエスト』の難易度は跳ね上がった。
そっと後ろに戻り、スオウたちが止まっている所に戻った。
スオウと斉藤さんにその旨を話すと、スオウは
「おそらく初心者狩りだな」
と苦々しく言った。
「初心者狩り?」
「PK、プレイヤーキルについては話したな?」
「ああ、でも、初心者を殺しても旨みはないんだろ?」
「いや、たまに嫌がらせでやってるやつがいるんだよ」
「性根腐ってるな」
「でも、そういう類のプレイヤーが少なくないのが事実だな」
スオウの言葉に顔をしかめ、どうしようか考え始めたその時、俺たちの異様な雰囲気を察したのかほかのメンバーがざわついていた。
できる限り早く結論を出さないといけない。さっと出てきた答えは引き返して、始まりの町に戻るということ。
「隠れろ」
とスオウが小声でいい俺の頭を押さえた。
すると、休憩所の方から人が一人、あの、細身の男が歩いてきて見張りを始めた。
通信画面を開き小声で通信する。後ろのまだ事情が呑み込めてない連中にも敵がいるから黙って隠れるよう言った。
困ったことに細身の男はそこを動く気配も、また、悪党がよくやりそうな見張りをサボろうともしなかった。
木と茂みの陰になっており動かなければばれることはおそらくないが、動けばおそらくばれる。
元に戻る事も進むこともしにくくなった。
「どうする?」
「うーん、煙玉とかあり?」
「でも、すぐにばれるだろ」
煙玉は煙をまくが相手が本気で追いかけてきた場合、煙の範囲が狭いせいですぐに煙の外に出ることができる。
「俺が突っ込んで、その隙にお前らが逃げるってのは?」
「いや、それ、お前死ぬだろ」
「一か八か逃げられるかもしれんぞ?」
「でも、それにしても」
「もしそれをするなら赤石君は右の方へ逃げていけばいいと思います」
と斉藤さんが口を出した。
「どういうことですか?」
「右の方なら森の奥に進むことになり、木が覆い茂ってます。隠れたり、まいたりするにも適してるでしょう」
「斉藤さんも止めてくださいよ」
「ここで待つというのも一つの手ですが、考えてもみてください、今まで私たちはPCに会わなかった、つまり、あの人たちは私たちが目指す中都市から来たということです。そして、この森の道に分かれ道はありません。こちらに来る可能性は十分あるでしょう。それに、今見つかってなくとも、ある拍子に見つかってしまうかもしれません」
三人の間に沈黙が流れた、スオウは何か言いたげであったが言葉が出てこないようだった。
「じゃあ、俺が行きます」
とスオウは言った。が、
「いんや、俺が失敗した次に行ってくれ。あと、もし成功したら、中都市に行ってくれ。できればでいいが」
と拒否した。
「始まりの町には?」
「中都市までは走ればおそらく30分で行ける。目と鼻の先だな。そこで騎士団に通報してくれれば助かる」
逆にいえば始まりの町までは一日は最低でもかかり、追いつかれる危険性も高く、騎士団ではなく装備もレベルも低い自警団がいるのみである。それに、基本的に自警団は街を守ることに特化しており、こういう時には役に立たないだろう。
「さあて、やるぞ」
といって煙玉を三個ほど出す。スオウが後ろの連中に指示を出していた。
布を口元に巻いて煙対策をし、細身の男の足元めがけ煙玉の紐を抜き、投げ込む。煙玉は煙を吐き出し始めた。
驚いた細身の男の隣をすり抜ける。素っ頓狂な声を上げるその男をしり目に二つ目の煙玉を休憩所の方へ投げる。
休憩所の手前あたりで右の森に突っ込んでいった。
「あいつだ!」
という大声が後ろから聞こえてきた。
何も考えずとにかく走り続けた。
・・・・
「いたたた」
木のうろに隠れやけどに包帯を巻いていた。
あの後、矢は飛んでくる、魔法は来ると散々だった。
といっても、あまり命中精度はよくなく、一発だけ火の魔法が足に当たったが、HPを見ると体力が4分の1になっていた。もう一発食らっていたらお釈迦になるところだった。回復ポーションを飲むと雑草を煮出した液体に甘味料を加えたような、なかなかに吐き気を催す味がしたが、見事にやけどが消えてなくなった。ただ、包帯による処置が一切の無駄になった。
スオウに連絡しようかと思ったが、とりあえず、中都市に行くことを優先してもらいたかったためやめておいた。
「とりあえず、どうするか…?」
魔法、矢、怒鳴り声からおそらく全員がこっちに向かってきていた。それは、スオウたちが安全な反面、自分が危険であるということに他ならなかった。
隠れているというのも一つの手ではあるものの、足跡をたどってきたりすれば見つかるだろう。つまり、常に移動する方がいいだろう。そう思い立ち上がり移動しようとうろを出て数歩、
「みーつけたー」
という声がした。
すぐさま後ろを向くと細身の男がそこに立っており、腰にさしている二本の剣を抜いた。
「よくも、俺の大事な休憩時間をつぶしてくれたな」
相手はにやにやしながらこちらに向き直りにらみつけた。にらみ合ったまま、さっと頭の中でステータスを確認する。どうやら休憩していないのはほんとらしく、HPが四分の一ほど減っていた。しかし相手は自分のレベルの数倍ある相手、基本的に勝てるようなものではない。状況を覆すことは奇跡が起こらない限り不可能。どうにかして逃げなければ。
「おいおいビビッて声も出ねえのか」
相手の言っていることは間違っていなかった。『死なない死』という曲がりくねった恐怖を目前に冷や汗は流れ、喉は乾燥し声を出せるような状態でなかった。それでも、考えることをやめることはできなかった。ここであきらめるという選択肢は不思議と出てこなかった。目の前の『レベル』というなの圧倒的で絶対的な暴力に抗いたいと思ったのかもしれない。
「聞いてんのか!」
というと男はこちらに切りかかってきた。
反射的にそれをよける、次の攻撃が来るがそれもよけれた。極限状態にきて自分の身体能力が上がったというわけではない。すぐにわかる相手の攻撃が遅いのだ。振り自体は早いのだが、その前に一々振りかぶりがながく、狙う位置もわるい。相手の剣は本来両手で扱うような剣を二刀流にしているように見える。そのため、レベルで筋力が上がったとはいえ、攻撃速度が遅い。かつ、二刀流という物自体かなりの技術をようする…たぶん。そのためか、狙いも非常に甘く、剣はふらふらしているようにさえ思える。とにかく、この男は二刀流を習得しているとはいい難かった。
「ちょろまかと!」
と言って瞬間その男の動きが加速した。双剣の刃での回転切り。俺はわずかに体を動かしよけた。
「よけるのだけはうまいな」
細身の男は特に息切れもせずにたっていた。先ほどから思っていたが、この男は二刀流などという以前に戦い慣れていないのではないかと思った。剣は振るうも間合いをつかめていない。先ほどの回転切りもスキルつまりMP消費の技であるように見えたが、本来の技の性能は速さ攻撃力ともに自分の持っている技に比べ圧倒的な性能を誇っていること反し、明らかに使うタイミングが悪い。事実先ほどの技は体をわずかに動かすだけでよけられる間合いだった。
「いつまでよけれるかな!」
と言って、乱れ突きを相手は繰り出してきた。さっきとは段違いの動きに驚きを感じつつも、反射神経をMP消費で上げつつ横によける。たった一撃腕にほんの少しだけかすった。しかし、それだけで傷に激痛が走り、思わずよろめき、転んだ。HPは半分以上減っていた。
「ははははっははっは」
細身の男が哄笑をあげた。
「そもそも、レベルが違うんだよ」
といいながら、こちらを向き、剣先をこちらに向けてきた。自分も圧倒的な力に対する恐ろしさを感じながら、先ほど以上に逆にその力に対抗したいという心も生まれていた。絶対的な差はあるものの、あきらめてはいけない義務感のようにもあった。
「まだやんのか?」
細身の男はニタニタと笑いながら近づいてきた。いまだ感じる痛みに顔をしかめながら、立ち上がった。
「意地だけは認めてやる!」
と言って再び切りかかってきた。避けだけではジリ貧になるのが目に見えている。かと言って、一矢報いるとしてもこちらの攻撃は相手の自動回復によって無駄なるのは目に見えている。逃げるにしても、難しい。万事休す、か。
「あんた等は何をしたんだ?」
自然に口が動いていた。極限の状態で頭がおかしくなったのかもしれない。
「ああ?」
「あんたは、なんの犯罪を犯した?なんで犯罪を犯した?」
「馬鹿じゃねえの、この世界はな何でもありなんだよ。殺しても奪っても何してもいいんだ、文句言うやつがいれば殺せばいい。どうせ、殺したってそいつはしなねえんだ」
そういう、男の目は尋常じゃない光を放っていた。虚ろだった。どこにも焦点があっておらず、焦点をあわせる気もないようであった。言葉も、何度も使いまわされたセリフをただただ言っている。そして、どこか言い訳をしているように聞こえた。
「NPCは?」
「はあ?」
「NPCは死ぬだろ」
「馬鹿かお前は!NPCは生きてないだろ!!」
その男はいきなり声を張り上げた。まるで何かにおびえてるかのように。
「生きてない?生きてるだろ」
「NPCなんてな、唯のお助けキャラ、PCのために生きてるんだよ!」
「それは、ゲームでの話だろ」
「違う!」
「なにが違う!」
「これはゲームだ!現実じゃない!」
「これは現実だ!ゲームじゃない!」
森に二人の声が重なった。
「うるせえ、死ね!」
そういうと男は乱暴に剣を振ってきた。俺はそれをかわす。ためも多く無駄も多い。まるで、怒った子供が腕を振り回しているかのようだった。避けるのはたやすいがまともに一発でもあたれば死ぬ。集中力を研ぎ澄まして…
と思った瞬間急に視界が左下が情報画面で埋まり、電話のコール音が鳴り始めた。
「ふおっつ」
視界が急に狭まり、当たりそうになるのを何とかよけながら、相手の剣の軌道を見つめる。
「誰だこんな忙しいときに!」
「赤石。スオウだ」
「おま、切れ、とにかく切れ、死ぬほど忙しい」
「わ、わかった」
というと通信は切れた。が、画面の左端にはまだ、埋まったままだった。
「見にくい!見にくいから!」
異様にアドレナリンが出ているからかだれにも届かないとわかっている突込みを大声で叫んだ。半狂乱状態の続いている男はそんなことお構いなしに剣を振りまして来た。
焦ってウィンドウを消そうとしたときに、クエスト成功という文字が出ていた。そうか、スオウ達は全員無事についたのかと頭に回るときにはクエスト報酬を受け取るという欄を押した瞬間けたたましいトランペットの警戒なリズムが耳に鳴り響いた。聞き覚えのあるリズム、レベルアップの音だ。これでHPは完全回復する。これであとちょっとは足しになるだろう。
「死ね!」
未だ男は剣を振り回してくる。瞬間腕に剣がかすった。この程度なんともない。少々血が流れてるだけだ。
そこで、違和感を感じた。
ちょっとまてよ…。
痛みはHPの減少量に比例するみたいだ。事実先ほど剣が掠り、HPが半分減ったときも、激痛が走った。未だに少々痛みが残ってるとさえ思えるほどだ。そう思い、HPを確認した。すると、HPは全然減っていなかった。
この現象がなぜだかはわからない。しかし、優位がこっちに移ったのは紛れもない事実だ。そして、あちらはそれに気づいていない。
双剣の刃を腰から剣を抜いて受け止め、男の顔面に向かって殴りかかった。明らかに体の速さも違う。よろけたところを力づくで地面に押さえつけ、取り押さえた。
「な!」
と、驚きの声を上げる男の後頭部にMPを半分犠牲に攻撃力を無理やりあげ、ひじうちを食らわせた。すると、男はうめき声をあげ、動きを止めた。
そっとステータスを確認すると、気絶というバッドステータスが表示されていた。横には3分という表示がされている。
とりあえず、三分間は安全そうだ。しかし、おちおちと安心していられない。まだ、何人かいるんだ。とりあえず、この男を木の洞の中にでも突っ込んでおこう。このまま仕留める、という手もあるが、それはどうもやる気になれなかった。
そいつの首根っこをつかみ、引きずろうとした次の瞬間
「動くな!」
という張った声が後ろからした。しかし、その声は今まで聞いたことのない声だった。弓の弦を引き絞る音がかすかに聞こえる。
こいつは新手?、いや、こいつらか?
MPをつかって感覚を研ぎ澄ませると、弦を引き絞る音は複数の方向から聞こえていた。
「って、赤石!」
「スオウ!?」
思わず後ろを振り向いていた。
「…どう見ても、劣勢には見えないのだけども…
振り向くと馬に乗って弓を引きこちらを狙う騎士風の全身、甲冑に身を包んだ男の後ろにスオウがいた。
スオウは馬から降りるとこちらに駆け寄ってきた。
「大丈夫か!」
「ああ、まあ」
「よかったよかった。ああ、周りにいる人らは騎士団の人たちで…」
「騎士団所属、ローレンス小隊所属、ローレンス隊長である。赤石だったかね?」
「は、はあ」
兜を脱いだ、そのローレンスと名乗った男は威風堂々という言葉が似合いそうな目の尖った男だった。短くそろえられた金髪でその姿はライオンを彷彿とさせた。一目見て、特殊な甲冑だとわかるほど、装飾が施されている甲冑だった。
「さて、何かと話したいことはたくさんあるのだが、その男を引き渡してもらおう」
「あ、はい」
そういうと、甲冑をきた兵士が近寄ってきて男を担ぎ上げた。
ふと、残りの男たちのことがきになった。
「あ、あの!」
「安心しろ、他の男たちはもう全員捕まえた」
「そ、そうですか」
仕事が早いことで。
「こちらが聞きたいこと、そちらが聞きたいこといろいろあるだろう、この先の道に馬車を止めてある、そこまで、彼の馬に乗ってくれ」
といい、一人の兵士に後ろに乗せるように言った。
・・・・
中都市についた後すぐさま、騎士団の詰所に通された、始まりの町にも詰所はあったが、あちらが交番だとするなら、こちらは警察署といった感じだった。ただ、大きさが違うだけで、どちらも木造建築でどこか優しげな雰囲気があった。通された部屋も木の机といすが並ぶ応接間のような部屋だった。勧められていすに座った。
隣には一応関係者代表2ということでスオウがいた。
正面にはローレンスが甲冑を脱いで革で作られた軽装を来ていた。
しかし、この馬車の道中でローレンスは非常にえらい騎士だということはわかった。というのも、隊の全員がローレンス隊長とよばずに、ローレンス様、もしくはローレンス閣下とよぶ。そもそも、ローレンス小隊となのっていたが、ほかの兵士はローレンス小隊ではなく、別の小隊であるということもたまに出る名詞から推量できた。しかし、それを指摘してまた何かと話されるのは非常に面倒だったので無視することにした。ついでに、スオウもすぐに気が付いたようだったがそんなことを聞く勇気がないのか、しきりに首をかしげていた。あまりにせわしないので一言何か言おうとも思ったが、特にいう必要もないかと思い直しなにもいってなかった。
「そんな気にすることはない。ただ、君の力について尋ねたいだけさ」
とローレンスはどっさりといすに楽にしながら言った。ことのあらましは大体説明していた。もちろん、NPCに混乱が起きない程度にだが。
「はい」
力についてはこちらも気になることだ。
「君は彼らに勝てないはずだった。これは合ってるよね」
「ええ、まあ」
「なぜ勝てたか自分でわかるかい?」
これについてはわかっていた。実際あの瞬間、クエストの報酬として、自分は特殊なスキルを習得していた。そのスキルの効果はステータスを底上げするものであったが、スオウ曰くその底上げ量が半端ないらしい。詳しいことは後にでも友春あたりにでも聞こう。
「わかるようなわからないような」
「つまり、わからないみたいだな」
とローレンスは切り捨てた。
「まあ、そんな感じです」
ふむというと、ローレンスは窓を見て目を細めた。つられて目だけ窓に向けると、西日が眩しく思わず目を伏せた。
「ここだけの話なんだが」
ローレンスは身を乗り出し声を低くした。
「もしかすると、君は『神の恩寵』を受けたのかもしれない」
「『神の恩寵』?」
「そう、神の恩寵」
「稀にひとが異様な力に目覚めたりすることがある。それが神の恩寵」
「稀に?」
「ああそうだ。稀も稀、非常に稀だ。しかも、困ったことになぜなるのか、どういうタイミングでなるのか、一切の詳しい情報はわかっていない。ただ、ある時、異様な力に目覚める」
「それが、俺に起こったと?」
「まあ、そう考えられるってだけだ」
「そうですか」
どこか、生返事になってしまった。そもそも、ピンとこないというのが個人的な話の感想だった。
「君はこれからこの街で生活するのかい?」
「ええ」
「君は?」
とスオウのほうへ向き直していう。
目を向けるとスオウは答えに窮しているといった感じだった。
「えーと、」
「特に決めてないか?」
「ええ」
胸にざらつく何かを感じた。何か言わなければならない義務のような思いに駆られた。
「しばらくは、この町にいるのか?」
と聞くと、
「ああ、たぶんこの町にずっといる」
とすぐさま答えた。
「そっか」
ちょっとだけほっとした。
「俺の見込みだと君の力はまだ一般的な傭兵レベルなんだがこのまま成長すると、無視できなくなる」
「無視できなくなるとは、周りに与える影響が大きくなるってことですか?」
「理解が早くて助かる。神の恩寵を受けた者は一騎当千レベルの人間が多い。国としてもそんな人間腐らせたくないし、野放しにもしたくないのさ」
「いずれ、国に管理されると?」
そういうと、ローレンスはにっこりと笑い、
「そこは安心してくれ強硬手段は一切とらない。というかそんなことしたら下手すると返り討ちで被害が甚大だしな。ただ、国が貴族にならないかと打診したり、国から指名で依頼が来たりするってぐらいかな」
とローレンスは顎に人差し指をあて、そういった。
「まあ、そういう関係である程度行動範囲や住居を調べておく必要があるんだよ」
「えー、確か中流地区ってところに家があるって話なんだけども」
「ふむ、そうか、詳しい場所はこちらで調べておこう。まあ、気にせずこれから精進したまえ。正直先ほどの話を聞いた限り、まだmだ新米らしいしな」
「そうですか、助けてもらってありがとうございます」
「何気にすることはない。これが私の仕事だ、しかも、私の助けは結局不必要だった。まあ、最近物騒になってきてるから君たちも注意したまえ」
「物騒ですか」
「ああ、一か月ほど前から傭兵の暴走が目立つようになっている。今はだいぶん落ち着いているようだが。まだ安定しているとはいい難い」
「そうですか」
友春とかから情報を得ているので、ある程度は聞いている。どっかの会社が崩壊したやら内部分裂がどうのこうの、傭兵が街の外でPKをしまくっているとか。しかし、ここ一週間、国が組織立った行動を起こしたおかげでだいぶん改善されているという話も聞いていた。
「すまなかったね、時間をとってしまって、出口まで案内するよ」
「ありがとうございます」
そういうと、ローレンスは席を立った。後ろから見たローレンスの背中は驚くほど大きかった。
・・・・
「いいのかついてきて?」
とスオウが隣を歩きながらどこかおどおどしながら言った。
「まあ、別にあいつらも問題もない。たぶん」
「だ、大丈夫なのか…」
スオウは未だ許可をとっていないという事実に困惑している。まあ、知らないコミュニティーに突っ込むことは怖いかもしれないが、このまま別れるという選択肢を取らせるのはもっと酷なように感じた。
「そんなこと言っても、ここまでついてきたんだから…、ほら、着いたぞ」
ナビゲーションが青い矢印で目の前の家を指していた。そのいえのまえでとまった。
目の前の家、家というよりどちらかというと小さな洋館といった風であるが、は数階の洋風の家であり壁が少々黒ずんでいることから、建物が新品ではなく数年は使われていることが伺える。ただし、そんな多少黒ずんだ壁より屋根の瓦のピンクが異様に目立っていた。持ち主の趣味なのだろうか。あいつ、そんなにピンクすきだっけか?そもそも、周りを見まわたすと屋根は非常にカラフルな色で統一感な一切なくせっかくの中世風の景観が台無しであったが、逆にピンクはこの辺りではむしろ多い色でこの家はある意味目立ってはいなかった。
「なんか、ピンクの色の屋根っていうのをみなれたな」
無言でスオウの言葉にうなずく。
「さて、一応、もうついてるってことだったが」
とドアをノックすると数秒もせずにドアがあいた。
「赤石!」
といって高木が飛び出してきた。
「おお、どうした?」
「どうした?じゃなくて!!」
「じゃなくて?」
「ひさしぶり!」
「おお、久しぶり」
通話機能はあるがビデオ通話機能は存在していない。だから高木の顔を見るのも久しぶりであった。
高木の恰好は白を基調とした魔術師用のローブを着ており、いつもとはどこか違う風にも見えた。ちなみに、俺はまだ初期の布の服みたいな、新米傭兵Aみたいな恰好である。
「えーとそっちの人は…?」
「あ、えー。初めましてスオウって言います。えーと…」
「この町に来るために団体で行動してるって言っただろ、そん時に世話になったまあ、友達だ」
「へー」
意外そうに高木は感嘆の声を上げた。俺が誰かのことを友達といったのが意外だったのか、俺が友達を作っていたのが意外なのか。
「それで、しばらくの間こいつを泊めたいのだけど、いい?」
「うーん、まあ、いいや。ただ、これ以上連れてこられても泊めないよ」
「わかった。俺の言った通り許可取れたろ?」
と言ってスオウのほうを向くと
「あ、まあそうだな」
とスオウはちょっと安心しているようだった。
「じゃあ、二人とも入って」
そういうと高木は俺たちを招き入れようとしたところ、後ろで馬の足音と鳴き声がした。
「はーい、どうどう」
女性が馬車をひいてる馬を宥め、門の前で停車した。
「お姉ちゃん!」
「やあ、わが妹とその友と見知らぬ人よ」
何か見覚えがあるかと思うと高木の姉であった。見た目は完全に登山家か探検家で、頭にカウボーイハットをかぶって、革の堅そうな服を着ている。はっきり言って中世の煉瓦通りと洋館にはまったくもってあってなかった。
そういうと高木は馬車に近寄って行った。
「お姉ちゃん、明日こっちに到着だって」
「いやー、そのつもりだったんだけど奇跡的に護衛がみつかってさー」
「それなら、連絡してくれても」
「サプライズだよ、サプライズ!」
高木姉はおどけてみせた。高木とその姉は性格が違う。姉はまくしたてると表現していいほどよくしゃべるし結構活発的に行動する、高木はあんまりしゃべらないし、全然動こうとしない。別に話しかけると普通に話すのだが積極的に話題提供するような人間でもない。
そのとき二人の男女の声がした。
「頭うっていたいのだが…」
「座ったほうがいいと注意したのを無視したのはご主人様です」
男女が馬車の荷台から降りてきた。男は茶の使い込んだマントを着ており、女は簡素なメイド服を着ていた。
「ああ、この人たちが護衛の人!!詩織と同い年なんだって!!」
「というか、報酬くれたら俺らはとっとと退散するので、報酬ください」
「えー、つれないこと言わないでよー」
「お姉ちゃん、迷惑してるでしょ。すいません姉がお世話に…ん?」
と言って高木はじっとその護衛した男を見た。
「何か?」
「もしかして、新藤 悟?」
「ん?なんで俺の名前を?」
「いや、私同じクラスの高木」
「あー、マジで?」
「うん」
・・・・
「あははは」
と高木姉は大爆笑していた。たまたま雇った護衛が自分の妹の同級生だった偶然がおかしくて仕方ないようだ。
本来俺が来るだけの予定であったが、スオウに高木姉、新藤にそのメイド、アリスまで来たので机の大きさは足りていたが机に並べてある料理は足りそうになかった。そのため、新藤のメイドがキッチンで料理を作っていた。ついでにメイドはゲームシステム上に存在しているもので、NPCで回復などのサポートを中心とした傭兵がやとえる人のことであるらしい。ついでに新藤とそのメイドは帰ろうとしたが高木姉によって引き止められしぶしぶいるといった感じだ。
「新藤、いいの?やっぱり手伝ったほうが…」
メイド一人があくせく働いて自分たちは食事というのが気にかかるみたく、高木は新藤に話しかけていた。
「キッチンに二人いたら逆に邪魔だろうし、まあ、久しぶりに仕事ができてうれしいみたいだからそっとしておいたほうがいいと思う」
「そーそー。気にせず飲み食いすればいいの」
高木姉が割って入った。
「そんなもんかね?」
俺がスオウにそう振ると
「どちらにしろアリスさんが一番料理うまいみたいだし、本人が喜んでいるならそれでいいんじゃない?」
とスオウは言った。実際キッチンからたまに鼻歌が聞こえてきて上機嫌であることがうかがえた。
「まあ、そういうことなら構わないのですが」
友春はそういいつつもしゃもしゃと料理を口に運んだ。
「それにおいしいしな」
俊介はいつも通り料理にがっついていた。
「確かに。結構作るのに時間かかったんじゃないか?」
と尋ねる。高木、友春、俊介の中で料理ができるのは高木しかいない。地元高校に通って、親に飯をせびっている男に期待できるはずもない。
「まあね。パーティー料理だし、下ごしらえは結構いろいろしたけど、食材自体はそんな高いわけじゃないし」
ついでに、料理スキルさえあれば一瞬で料理を作れるそうだが、高木は味気ないといってそれを良しとしなかったらしい。
そのことを友春が告げると、
「詩織ちゃんそういうところ細かいからね」
しみじみといった感じで姉ならではの発言をしていた。
「まあ、赤石が来るからと言って昨日ついてそうそう料理をし始めたのは驚いたがな」
と俊介が言った。
「みんなで食べたほうがいいじゃん」
高木は当然のことという風にいうとアリスの料理に舌鼓を打っていた。
「ところでー」
とにやにやしながら高木姉が近づいてきた。
「赤石君、私の名前はー?」
「えーと…」
「わーたーしーのなーまーえー」
「えーっと、その」
これは決して俺が悪いわけではない。そもそも、高木妹との関係も正直、非常に微妙なもので、俺と高木は幼馴染といっても、そこまで仲がいいわけではない。中学校は高木妹は私立の女子高にいき、俺は近くの公立にいった。その間一切の連絡をとらず、高校に入り、高木と再会した。高校が同じであることを知らなかったため高木を見たときは心底驚いた。その驚きからまず俺の高木を高校で見たときに発した「あれ?なんでお前ここにいるの?」という、一週間、一切口をきいてもらえなかった原因ともなった言葉を浴びせてしまったのは仕方ないことだと思う。つまり、こう一緒に登下校するようになった、かつ、話すようになったのはここ数か月のことである。ならば、高木のことはもちろん俺は高木姉のことは、お姉ちゃん?ああいたね。程度にしか覚えていないのである。言わずもがな名前なんて記憶のかなたにとんでほぼ0に近似できるレベルで。つまり、何が言いたいかというと…、
「すいません。忘れました」
「覚えといてよ。奈々だって。結構覚えやすいでしょっていったでしょ?」
「アカって人の名前覚えないし」
それは自分でも自覚がある。自己紹介されて、その日の晩にはもう忘れているのだ。ついでに、案外人の名前を憶えてなくても不便じゃないというのが、高校はいって得た情報である。
「君らのことはアカウント名で呼んだほうがいいのか?それとも実名?」
といきなり、えーと、こいつの名前なんだっけ?
「新藤ね」
高木があきれながら補足した。
そうそう、新藤がいきなりそういった。
「ゲーム内の本名知ってるやつに本名いったら、アカウント名で呼ぶよう言われてな」
「一応ゲーム内と現実を区別するため?」
高木姉、高木奈々は言った。
「いや、単にこんな格好している自分と本名のギャップがいやらしい。自他ともに認める変人だからかもしれないが」
「俺はあんまり関係ないかな」
俺のアカウント名はアカに適当な数字をくっつけた奴だ。そもそも、アカは俺のあだ名からきている。最初に行った友達のセンスを疑いたかったが、定着してしまったので仕方がない。とにもかくにも、俺はアカとアカウント名で呼ばれようが赤石と本名で呼ばれようがどうでもいいのである。
結果的にみんな本名でということになった。
オンラインゲーム上だけの友達を持っている高木達は、アカウント名で呼ばれても自分だと気付けなかったという経験があるらしい。
「まあ、私たちの場合ゲームの友達との使い分けがめんどくさそうってくらいかな」
高木が食後のお茶を飲みながら言った。相変わらず小食である。
「私は本名知ってる人もちらほらいるけどねー」
一方高木姉は未だ肉を貪っている。どんだけ食うんだこの人。
「ついでに、俺は本名もスオウっていうんで、スオウって呼んでください」
「珍しい名前だな」
俊介がどこか感心するように言った。
「スオウ、漢字表記にすると、えーと?」
と友春。
「周囲の『周』と、防衛の『防』で周防です」
「へーそれでスオウって読むんだな」
俊介、肉を口に含みながら言った。行儀とか一々いうタイプでもないが、口に手を当てるぐらいしてくれ。
「そうだね、だから、アカウントとかに使っても大丈夫かなって」
「なるほど」
と俺はうなずいた。
「まあ、俺は何でもいいのだが。こだわりのある奴が割と多いみたいでな」
新藤はゆっくりとした口調でそう言った。
「新藤はゴーストって呼べばいいのか?」
といった。新藤のユーザー名にはghostとかかれていた。
「まあ、それでも、…そうか。まだ始めたばっかりだったんだな」
「どういうことだ?」
「いや、俺が装備してるマントはゴーストマントって言ってな。自分のアカウント名とかを隠すスキルがついたマントで、運営が粘着とかして来るやつの対策とかのために作ったんだよ」
「というと?」
「えーとだな、ゲーム上ではこの装備をしていたら、まったく同じグラフィックで表示されるんだよ。大手会社のボスなんてのは下手に大手を振って街を歩けない時とかあるし、ストーキング行為された時とかこのマントが便利だ。どちらにしろ結構特殊な場合に役立つな。その時アカウント名の表示はゴーストに一律表示される。俺の場合、会社の勧誘がうっとうしいからつけてるんだが」
「このゲームじゃあ新藤君みたいに会社に所属してないほうが珍しいからね。今はちょっと変わってきてるみたいだけど」
と高木姉。
「なるほど」
「俺のアカウント名はold_man1865だかな。ああ、あと職業は銃使いだ」
「フレンド登録しても?」
と高木は言った。
「まあ、いいが」
結局、すでにしていた高木姉以外全員がフレンド登録した。スオウは少々迷っていたみたいだが、こういう時に知り合い作っといたほうがいいという俊介からの助言でフレンド登録をした。
・・・・
リビングは静かな空気に包まれていた。聞えるのは俺たちの話声だけで、しかし、異様に静かな感じがした。
新藤は近くに自分の家があるらしく、疲れて眠ってしまったメイドのアリスを連れて、帰って行った。なぜか、それに高木姉もついていった。本人曰く面白そうとのこと。
俊介友春、高木とスオウ、それが今ここにいる面子だった。
俺たちはただ、とりとめないことを話していた。
ここがゲームの中ということも忘れ、ただ、帰り道で毒にも薬にもならない話をしていたのと同様に。ただただ、何か話していた。
自分はあまり会話に参加せず、うなずいたり相槌をうっていたりした。
友春が何かを言い、俊介がオーバーにリアクションをとり、高木がそれに対し突っ込みを入れ、スオウが笑う。
後から思うとこれを繰り返しているだけなのに、自分はこの輪の中にいるだけでほっとする。まるで誰かにそっと抱き寄せられている安心感さえ覚える。
誰も、ここがゲームで、もしかすると夢で、また、もしかすると、一生戻れないとかそんなことなんて一瞬たりとも考えていなかった。
現実逃避、退廃的、先延ばしとも表現できたこの状況をだれもが肯定した。
そっと自分の手で顔を覆った。もしかすると、いや、もしかしなくても、疲れているのだろう。何せ、今日はいろいろあった。犯罪者との戦闘、神の恩寵の話、歓迎パーティー。すべて遠い昔のことに思えた。だが、すべて今日起こった出来事だ。
ふと、話し声が遠くに聞こえるよう感じた。
みんなの声が気持ちよく頭の中で響いた。
どうせ、現実を見なければいけなくなる時が来る。
なら、こんな時ぐらい忘れてもいいじゃないか。
俺は気づけば眠っていた。
あとがき長いけど大した事書いてないから読まなくてもいいよ。
PCのtxtファイルの肥やしにするのは少々もったいないということで投稿しました。ついでに、書きダメとか一切ないので次の話はだいぶあとかな?
オンラインゲームにはいったという話は半年前ぐらいに流行ってましたね。
こういう話はご都合主義が『そういうシステムだから』といえたり、そんな物理現象は起きないといわれても『そういうシステムだから』で片づけられるのがいいですね。逆に俺みたいな適当にその場の思い付きで書いてる人間はそのシステムとやらにがんじがらめにされないように気を付けないといけないですが。まあ、適当に書いていきますよ。
主人公の思想が少々変わっていると思うかもしれないけども、できるだけいろんな方面の変人を集めてみようかという試みです。この後、狂信者とかいうほどではなく、かと言って一般人の思考からもまた違うという感じの人を登場させようかと。思い付きで変わる可能性大ですが。
最後に原稿にすると100枚に及ぶ駄文を読んでいただきありがとうございます。
誰かが読んでくることを願って。