吉原
幕府の将軍に八代目、吉宗が任命されてから、江戸の町は今まで以上に貧相になった。
長年の積もり募った赤字に首の回らない思いをしていた過去の将軍たちであったが、御家紀州藩の財政を立て直した経験のある吉宗が江戸城に籠った途端、難なく首が回るようになった。
城内の無駄な金を他に回しながら、自らも無駄遣いを止め、蝗の大量発生により米が手に入らず飢饉が起きた時も、彼はいち早く解決策を練り出し、対策した。疫病が流行っていた当時の江戸には小さいながらも療養所も作った。
今までの将軍たちが築いた江戸とは比べ物にならないほど貧相な城下であった。無駄をなくすようにと、民が皆必要最低限のもので生活を余儀なくされていた。それでも誰一人、町の人間は文句を言わなかった。
――将軍様も粗末な布のべべ着てる
庶民に文句を言う前にまずは自らが。吉宗はそう言って毎日麻の貧相な着物で生活した。そんなことをされてしまえば、庶民も文句は言えず、そこまでしながら自分たちを想ってくれる将軍に愛着が湧かないわけがなかった。
そんな時代に清之介は生まれた。日本堤近郊の町の、麻の着物を主に売る小さな呉服屋の四男であった。当然上には三人兄がいる。どれも年が大きく離れ、三番目の兄、信助でさへ十一離れていた。産まれたばかりの子をあやすのは母の役目で、長男はじめ将来店を任される男たちは皆店のことを身に仕込まれる年頃であり、兄たちに遊んでもらったという記憶は清之介には一切ない。だがそれを清之介は何とも思わなかった。
清之介自身、年を重ねるにつれ兄たちとのかかわりを遠ざけた。清之介は物心ついた頃からよく母親の姫鏡台と向い合っては自分の顔を見た。そのたびに胃酸を飲み下す気分になるのだ。
三人の兄は皆揃って色男であった。皆父の切れ長の目を、母の白い肌色を遺伝した。それに比べ清之介は何も遺伝しなかった。本当に同じ親から生まれたのか、と疑いたくなるほどだ。
半ば閉じられ、光を取り入れない目に浅黒い肌、筋の通らない低い鼻は天性のものである。
「鬼子とはお前のことだな」
信助はよく醜男の清之介に喰ってかかった。十にも満たない弟を捕まえては悪いことをした。泥水を無理矢理飲まされ死にそうになったこともある。
何故誰にも似なかった。
蚤の脳ながら、清之介はそのわけを必死で探したが、運としか言いようがない。さらに四男といえば、家にとっては邪魔なもの。後取りの長男はいるし、人手も他の兄弟で足りているはず。捨てられず家にいられるのも運のうちだ。
なら何故産まれた、何故生きてる。
年を重ねて、十代の終わりにさしかかると本格的に長男、宗治朗が家を継ぎ、父、半蔵は店に隣接する屋敷に引っ込んだ。そうなれば人手が減り、清之介が店先に立つこともあった。だが、店先に立てば信助が、
「お前みたいな顔の男が店にいれば商売にならん」
などと言って綺麗な顔を煙そうに歪め、羽虫でもはらうように末弟を追い出すのだった。
それもあながち間違いではなく、清之介が幾つもの媚茶色の箪笥に囲まれた座敷で煌びやかな桃色の着物を広げても、年若い女客は着物など見ずに店番の男の鼻低い顔を見て必死に笑いを堪えるばかりだった。
年若い客ならそうだが、常連の年配者が来れば、清之介の顔を訝しみ見上げては「真の鬼子だな」と暴言吐いて三人の兄の誰かを呼び、目についた着物を買ってはいそいそ帰っていく。笑われるよりこっちの方が十分胸に痞えを残した。
結局は要らぬ者。清之介は働きもせずぶらぶらと町を歩いて毎日過ごす。町を出て少し進むと山の麓につき、山頂から下って来た小さな川が現れる。そこの川を懐手して眺めているのが清之介の時間潰しだ。
春の花が咲けば、夏の花が咲く。秋の色に木々が染まれば、冬の色に辺りが染まる。
そしてまた春。
木偶のように立ち尽くす日々を数年続けているのだが、清之介に飽きはこない。これしかすることがないのだから仕方がないのだ。
清之介が二十二になる年のある日。毎度のように春の花々を眺め、日が沈み暗くなり屋敷の戸を開けると、玄関先で淡い光を放つ提灯提げた次男の九八郎が微笑を浮かべて立っていた。
「清、遊びに行こう」
下駄を履き、兄から逃げようとする清之介を屋敷に上げることなく、九八郎は弟の袖を引いていく。異議の声など聞かない。
九八郎は兄弟の中で唯一清之介を気にかけてくれる存在だった。信助に悪さされれば助けてくれるし、暇さえあれば清之介を遊びに誘う。それを清之介は上手くかわしていたのだが、今回は抗う暇なく捕まってしまった。
町を出ると畑に挟まれた道を通り、幾つか寺を過ぎて大きな門の前に着いた。
「清もいい歳だしな、たまにはいいだろう」
提灯右手に九八郎は高らかに笑いながら、町を出たあたりから放していた清之介の袖をまた引いて門を潜った。
大きな門の下には二人男がいたが、九八郎は親しげに何か話すと、手で挨拶し、清之介を引いて行く。門を潜り際、二人が清之介を見て一瞬目を張っていたが、気にしない。
門の中は異様だった。
煌々とした赤く淡い提灯の光が幾つもあり、鼻を突くのは甘い匂い。酒とは違い、脳を痺れさすような匂いが漂っていた。思わず清之介の視界がぼやける。
気づけば九八郎の姿はなく、辺りを見回していると、数間先の店先に中年の男に提灯を持たせて立っていた。清之介が気づいたことを確認すると、一度手招きして袖中に手を差し込む。清之介は駆け足で兄に近付いた。
多くの店が軒連なった大通りを、三人の男がゆっくりと歩く。行き交う人々は比較的に椿や桜など小ぶりな花柄をあしらった華美とは言い難い着物を着た女が多く、どれも皆顔に白粉を塗りたくり、女だけで連れる者もいれば、男の肩に縋りつく者もいた。
連なる見世を見、清之介は「これが吉原か」と内心呟いた。
吉原は遊女の集う、女遊びの町だ。赤い提灯をぶら下げた見世先には格子があり、どの見世もその向こうには、白粉塗った女たちが、結上げられた髪を重たげに揺らし、煙管を手に談笑しながら今晩己を買ってくれる客を待っている。
自分のような貧相な面した男には一生無縁だと思っていた清之介は渦巻く遊郭内の空気に立ちくらみを覚えた。顔がよろしくなくても、遊女など金で買えるもの。にもかかわらず女関係が疎遠になっていたのは、自分の顔が如何に不細工か知っているからだ。
「さぁ着きやしたで」
先頭をきって歩いていた中年の男は、提灯を顔まで持ち上げ振り返った。後についていた二人も足を止めると、清之介は思わず眉を顰めた。
男三人が立つのは『淀沼屋』という赤い提灯を雨ざらしから提げた店だった。ぼろい提灯が照らす見世先には、ここに来るまでに必ず見世にあった格子がない。遊郭にもかかわらず、この店は遊女の品調べが出来なかった。
疑問を胸中に抱えている男のことなどお構いなしに、残りの男二人は暖簾を潜って見世へ入る。清之介もやや足早に続いた。
見世の中は蝋燭一本の灯があるだけで、殆ど暗かった。
おばんです、と暖簾を掻き分け入った中年の声に気づき見世の奥から床の軋む音を伴い駆けてきたのは、艶めかしく紅を唇にぬらぬらと塗った女だった。
女は年の功、三十半ばのようで、九八郎と同い年な雰囲気を漂わせる。他の遊女屋の女たちは髪を綺麗に結上げているにもかかわらず、この女は亜麻色の髪を無造作に伸ばしていた。
「ああ、初島様。こんばんは」
きりりとした目で、初めは訝しみ男たちを睨んでいた女だが、九八郎の顔を見るなり微笑を浮かべ廊下に平伏した。語気が清之介が知る、江戸のものと違うことから、上方の者かと悟る。
「いつも一人やから、誰かと思いましたよ」
「弟だ。一番下の」
九八郎が清之介を指差し、紹介している最中に中年の男は、明日迎えにきます、と言い残して提灯提げて帰って行った。
「まぁ弟さん? えらく人のよさそうなお顔だわぁ。私ここの女将の菊桜と言います」
女は暗闇の中目を丸くし、手を口元に添えると清之介を見てまた平伏した。女なりに気を使った言い回しなのだろうが、優しそう、など言われ慣れている清之介にとっては決まり文句でしかない。
「いつもの子でよろしいか?」
清之介の微動だにしない表情から、興が醒めたかのように、視線を九八郎に向けた菊桜は立ち上がるなり廊下を引き返して行った。九八郎は慣れたように下駄を脱ぐと、それに続く。茫然と立ち尽くしていた清之介は兄に呼ばれると急がず、けれど慌てて下駄を脱ぎ、律義に上がってから兄の分まで下駄を揃えて廊下を進んだ。
行灯の光が一つ二つある部屋に通され、どかっ、と九八郎は出されていた円座に座る。清之介も兄の向かいの円座に座った。途端に先程入って来た襖とは別の襖が開き、おかっぱ頭の幼女が二人、膳を持って入って来る。一人は九八郎のもとに置き、もう一人は清之介のもとに。禿、と言われる遊女たちが世話する遊郭に売られた子供たちだ。将来遊女として客がとれるように、同じ経験を経た姉女郎が借金しながら育てるのが決まりである。
膳の上に並べられていた刺身や漬物といった肴になど目もくれず、九八郎が銚子と猪口を手にした時、仕事を終えた禿たちと入れ替わるように、頭を垂れた女が正座したまま部屋に滑り込んできた。
「こんばんはぁ、初島屋様」
甘ったるい、甘美を含んだ声に清之介の背が泡立った。そんなことも知らず、九八郎は頭を垂れる女を自身の近くまで呼び寄せる。
「いけずね、初島屋様も。初めから言っといてくれたら迎えに行ったのに」
仕事一筋、嫁など娶らずにいた兄がまさかこんな所に通っていたとは。背筋がぞわぞわする清之介は、感情を紛らわせようと自身の銚子を持ち上げ猪口に注いだ。そこでやっと男の存在に気付いたかのように、九八郎の腕に凭れかかっていた遊女はあら、と声を上げる。
「お連れの方は?」
弟だ、と短く笑みを含んで九八郎は答えた。えぇ! と両手を口元にあて目を剥く。またか、と内心呟いた清之介は無関心に猪口の酒を飲み干した。
「もういい歳だし、信助に散々言われて気疲れしてるだろうと思ってな、連れてきたんだ」
「まぁ、それは可哀想だわ」
遊女は眉を顰め、肩から少しずれ落ちた赤い着物の襟を整えた。
「お名前は?」
「清之介と申します」
無表情で、低く地響きでも起こりそうな声で答えた清之介に、遊女は首を傾がせ笑った。白粉が塗られ、目尻につけられた紅。口元にも塗りたくられた紅。それが笑っているなど、清之介は化け物のようだと思う。
「市ノ瀬と申します」
遊女は一瞬だけ九八郎から体の向きを動かし、お辞儀して顔を曲げると襖の向こうに声をかけた。
「玉ノ瀬」
九八郎や清之介に接する時よりも鋭く強い口調に清之介は耳に人差し指を突っ込み、穿った。遊女とは低音高音自由自在なのだな。
間もなくして、二枚の襖が同時に開かれる。暗闇の真ん中には市ノ瀬の時と同じように、一人の遊女が頭を垂れ、額が畳につかない所で止まっている。
「うちの妹女郎、玉ノ瀬です」
市ノ瀬は先ほどの甘ったるい、鼻から出すような声で九八郎に寄り縋った。襖近くにいた遊女は、玉ノ瀬です、と若干低めの声で、頭を下げたまま名乗った。低い、とは言っても丁度いい音程だ。市ノ瀬が高すぎるのだ。
玉ノ瀬は、頭を上げると丁度真正面にいた清之介の横顔を見た。玉ノ瀬から見て左側に姉女郎の市ノ瀬と九八郎がいる。座敷に入ってすぐ清之介が座していた。
顔だけ玉ノ瀬の方へ向けた清之介はゾッとした。玉ノ瀬が派手な顔の遊女であったからだ。
目は市ノ瀬のように紅が施され、他の遊女と変わらない。だが、市ノ瀬が細目で切り長なのに比べ、玉ノ瀬の目は大きく真っ黒で、目尻がこめかみまで伸びているのでは、と思うほど鋭く尖っていたのだ。
「清之介さんにお酌してさしあげて」
姉のきつい口調に短く返事をすると、膝を滑らせ、清之介のもとへ玉ノ瀬が来る。膳に置かれた銚子を持ち上げ、袖が落ちてこぬように空いた手で押さえながら銚子を傾けた。
差し出された猪口に酒を注いでいる間、玉ノ瀬は無言で、にこりともしない。遊女屋では初回の客に対し愛想なく接するのは決まり事なので当然だ。だが玉ノ瀬の場合、眉間に皺が寄り、非常に不愉快そうであった。
自分みたいな男に酌するのが嫌なんだろう。
罪悪感を抱きながら、銚子を持つ手を震わせる玉ノ瀬を思い、猪口を呷る。
「玉ノ瀬はこの間常連のお客様に揚げてもらった新造なんですよ。ようやくうちの手から離れてくれてせいせいしました」
妹の世話は、何かとお金が掛かりますから、と眉を八の字にして笑う市ノ瀬は、仄かに酔いが回り出した九八郎に酌を続ける。虚ろな目で瞬きをする兄の耳に、すでに女の声など届いていない。それでも暫く市ノ瀬は喋り続けた。九八郎も適当に相槌を打っている。
行灯の灯が部屋の隅で僅かに揺れる。同時に玉ノ瀬が銚子を手から滑らせた。
どす、と鈍い音が座敷に響き、清之介は膝に生温いものを感じた。何か、と確認する前に、
「玉ノ瀬!」
市ノ瀬の怒鳴る声が鼓膜に直接届き、肩をびくつかせた。
「あ、す、すいません……」
「あんたって子は!」
清之介は自身の膝の上を見ると、蓬色の着物が酒で濡れていた。銚子は膝にあたることはなく、畳の上を少量酒で汚しながら、ころころ左右に転がっている。
銚子が動きを止めたのを見届けると、いつの間にか立ち上がり、玉ノ瀬の間近まで迫り手を振り上げる市ノ瀬を見上げた。行灯の光だけでは判りづらいが、市ノ瀬は憤慨し、下唇を噛みしめている。
玉ノ瀬は振り下ろされる衝撃に耐えるために身を縮こめた。
「ああ待って」
まさか止めに入られるなど思っていなかったのだろう。市ノ瀬は力一杯振りかぶったにもかかわらず、脇から入った言葉に耳を傾けたせいで態勢を崩し倒れ込みそうになった。舞などで足腰を鍛えていたおかげで、客前で転げ込むという醜態をさらすことはなかったが、鬼のような顔を一変させた遊女は声をかけた男を向いて目を丸くした。
玉ノ瀬もまた、鋭い目を丸くして清之介を見ていた。ぶたれると覚悟して胸の上で握っていた両手が僅かに震えている。
「ぶたないでやって。俺の着物など、汚れたってどうってことはない。それより着物は大丈夫か? あと畳が染みになるから、拭くものを持ってきてくれないか」
清之介はいつもの無表情で市ノ瀬に言うと、変わらぬ表情で玉ノ瀬の着物を見た。赤地に青や黄の蝶が飛んでいる、豪華な着物に酒の汚れは見受けられない。
ぽっかりと口を開けたまま、何回も頷く玉ノ瀬が可笑しく、清之介が胸の中に仄かな温もりを感じていると、向かいの席で九八郎が大笑いした。一度だけ九八郎に目配せした玉ノ瀬も、慌てて立ち上がると着物を上手く捌けず、転びそうになりながら部屋を出て行く。
「どうだ市ノ瀬。俺の弟だ」
「はぁ~。とっても器の大きい方なんですね。普通ならお客様の目も気にせず袋叩きにするところでしたよ? お客様のお召し物汚すなんて、折角来てもらってるのに失礼だもの」
「うちは呉服屋だから、着物は死ぬほどある」
酩酊気味の男は感嘆する女に言うと、ゆっくり猪口を口元に運び、啜るように残った酒を呑む。清之介がほう、と一息つくと同時に玉ノ瀬が倒れ込むように部屋へ帰って来た。手には二つ手ぬぐいがあり、一つを清之介に渡すと、もう一つで畳を押すように拭いた。
それを見届けて、市ノ瀬が九八郎の隣に戻ると、猪口を手放した九八郎が立ち上がる。よろよろと軸の定まらない体で、一歩踏み出すことも出来ずにいる客に、すかさず市ノ瀬が肩を貸した。
「手水ですか」
「いや、今日はもう帰る。清もいるしな」
「そしたら、今からお迎え呼びに走って貰いますから、ちょっと待ってて下さい」
「大丈夫、月も出てるし吉原は明るい。帰りに迎え茶屋寄って提灯貰って帰るから」
兄が、禿たちによって開け放たれた襖に向かうのを見て、清之介も玉ノ瀬に手ぬぐいを返し、兄の後に続く。玄関まで行けば、初めに九八郎たちを出迎えた淀沼屋の女将、菊桜が蝋燭の灯を頼りに番台で何か書き物をしているところであった。
「お帰りですか?」
床の軋む音に顔を上げた菊桜は、筆を置くと番台から飛び降りる。その動作は三十路を過ぎた者とは思えないほど、しなやかで猫のようだと、清之介は魅入った。
「今日は清がいるから、道中で目覚めるなんてことはないだろうよ」
舌の回らない口調で、土間に目を向けながら、
「今日は鼻緒があっち向いてる」
と高らかに笑い上げ、もはや落ちるに近い動きで下駄をはく。
九八郎が一声かけ、振り返りもせず暖簾を出て行くと、清之介は一旦土間に立ち止り、無表情で軽く会釈した。にべもない態度であるが、客を見送りに出ていた見世の面々は、平伏を解き、紅を薄く引いた口元を綻ばせながら清之介が去るのを見送った。
市ノ瀬、菊桜が先頭で見送る傍ら、禿たちの前で清之介を見送った玉ノ瀬の頬が僅かに色づいていた。
赤い提灯の灯で照らされた遊郭の道中を、清之介は九八郎の片腕を担ぎながら歩いた。
吉原に来る最中は、明るいと思っていた月の光も、ここでは濁って汚れて見える。
「やっぱり、清は俺の弟だ」
酔いが覚めたのか、九八郎は低くはっきりとした口調で言った。
「俺はお前が弟でよかった」
突然の言葉に、手に力が籠った。担いでいた九八郎の腕に爪を立てたのか、隣で兄が「いてぇ~」と笑っている。
二十二年生きてきて、今まで知らなかったものが胸を渦巻く。生きていて、生まれてきてよかったんだ、と天の川の浮かぶ紺碧の空を仰いだ。