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冬、煌々  作者: 花岡巳殿
1/7

 ――一緒に死んでください

 女は白粉をふんだんにまぶした顔に一筋、涙を流して口を開いた。

 行灯の薄い光が照らすのは華美な着物をまとう女と、端坐しているにもかかわらず丈の長い、半ば目を閉ざした醜男である。

 双方、年の頃は同じ二十代のようで、顔には皺どころか、男には何の感情も浮かんでいない。口を一の字に噤むと、狭いお座敷の中、向かいで足を崩し今にも畳に貼りつきそうなほど弱った女を見つめていた。

 ――一緒に死んでほしいんです

 白粉が、目から止めどなく溢れる雫にさらわれていく。微かに厚く塗られた白の向こう、肌の暖色が浮かび上がった。

 時間をかけ結上げられた髪は乱れに乱れ、一房女の目前にぶら下がる。それを退かそうともせず、女は消え入りそうな声で泣き呻いた。

 ――後生ですから

 風の強い日に戸の隙間を見つけて入ってくるあの音に似ていた。

 女の口は最早言葉ではなく、風しか形成していない。泣き疲れ息でも切れたのか、肩を弾ませ口からひゅー、ひゅー、と音が漏れている。

 男は一向に口を開かない。それどころかぴくりとも動かず、眠そうに閉じられた目には光がない。

 ――後生ですから、清之介さん

 女は冷えた片手を、わなわな震わせながら男の貧相な顔へ伸ばす。力なく空をかいた手は男の頬に辿りつくと、ほんの微かに熱を蘇らせた。次いでもう片方の手も男の反対頬へ運ばれる。

 目尻に紅を施した女の目は刃のように尖っている。普通ならおっかない強女だなどと遠ざけられがちだが、ここにいる女たちは別であった。

 そうでなければ、生きていけない。気から死んでいってしまう。

 そんな女が今、己とは対にはなれないほど不細工な男に涙を流し、眼差しに雫を添えることによって甘えている。震える嗄れた声で死を懇願している。

 両手で顔を挟まれても、男は微動だにしない。ただわずかに瞳に光が宿っただけだ。

 男は己の頬に触れる女の白い手に手を伸ばした。すべすべとした絹のような肌を撫でると、力のない目で女の濡れる目を見た。

 晩秋の夜。

 虫の羽音が庭から聞こえてもいい、長年雨風に晒され朽ちる寸前の屋敷の二階部屋。

 男は口元に、微笑を浮かべた。

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