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ばあ

作者: 天井 天丼

『怖い話。

 私が中学生の頃だ。その日は部活が遅くに終わって私は一人暗い夜道を歩いていた。帰り道にはお墓がたくさん並んでいるところがあって、避けようと思えば避けられるんだけど、そうしたら遠回りになるし、その日は疲れていて早く帰りたかったから、不気味に思いながらもその道を通ることにしたの。肩をすぼめてびくびくしながら。そしたら、急にお墓のほうでカランって音が響いたんだ。嫌だなー怖いなーなんて思いつつ少し歩調を早くしようとしたら、次はバシャって水をかけるような音が聞こえる。え、なに、怖いって。でもそんな音が聞こえちゃったら気になってしょうがないじゃない? だから私はそーっと音のする方を見たの。見ちゃったの。そうなんだよ。そうするとそこには、一人のおじさんが立っていた。おじさんはお墓に水かけてたの。でもさ、お墓掃除って、そんな時間にするもの、じゃないよね? そういう疑問も持ったけど、それよりなにより前に、そもそもなんで私にはそのおじさんが見えたんだろうって思った。だって周りに街灯なんてほとんどないし、墓地のずいぶん奥まったところにあるそのお墓や、お墓の前に立っている人の様子なんて、暗闇で見えるわけないじゃない。なのに見えた。なんで見えた? 私は周りをよく見渡して、でも見渡すまでもなくそれはすぐに分かったよ。おじさんの周りが光っていたの。ぼんやりと、蛍みたいな光が、包むように。で、私はそんな怪しすぎるおじさんとは絶対に関わりたくなかったから身を返して帰ろうとしたんだけど、その瞬間におじさんが気味の悪ぅい顔でこっちを見た。で、私に言ったの。「私のお墓を、参ってくれるのかい?」 そこで、あれっ、と気づいたんだけど、そのおじさんがちょっとずつこっち来てるのね。そりゃあもう逃げたよ。全力で。幸い、おじさんは追って来なかった。……私思うんだけど、多分あの人、自分で自分のお墓を掃除してたんだと思うの。幽霊ね。私はおじさんがすごく寂しそうな顔をしていたのが印象的で、このことをずっと覚えてる。そんでさ、それを見た時、私ちょっと思ったの。「行ってあげようかな、そっち」って。そっちって別にあの世とかそういう意味で思ったわけじゃないんだけどさ、だけど、実際あの時おじさんのもとへ行っていたら、私どうなっちゃったんだろうね。分かんないけど、分かんないけどさ。多分、死んだんじゃないかなあ、なんて。』



 ……どうだろう。私の怪談話。だめかな。

 駄目だな。

 私に人をびっくりさせたり怖がらせたりする才能はないのだ。へたするとコメディと取られかねない。第一、話するの下手だし、内容をよく分かってもらえすらしないかも。

 けどそうにしたって実際のところ、私が誰かに怪談話を話す機会なんてものはないし、そうである限りは話す気もないし、特に困ったことにはならないよね。と、高をくくっていたのが運の尽きというか、私の運の底が知れた瞬間というか、油断だった。とにかく私はもうすぐそういった類のことをしなければならなくなった。つまりは人をびっくりさせたり怖がらせたりするようなことだ。怪談とはまたちょっと違うけど。

 お化け屋敷。今年、私達のクラスで催されるその文化祭企画のことを、私はつい最近まで詳しく知らなかった。ホームルーム中のクラス会議の内容を眠ったり机に落書きしたりして聞き流していた私が悪いことは明白だから、そこを不満に思うのはさすがにお門違いというものだ。だから私は勝手にお化け役としてキャスティングされているのを見た時、反論できなかったのだ。だってそうしたら身勝手にも程があるって。後になってから、大道具係が良かったのに……、なんて愚痴ったら教室がアウェーに変わるじゃない。それはそれは、とても怖い。

 それでも一応、少々往生際が悪い気もしたけど、お昼休みに訊ねてみた。当たり障りのない風に、なんで私がお化け役なのかな? と。そうしたらクラス委員の女の子は言った。「だってあなたって顔怖いし、ぶっちゃけお化け向きっていうか、なんつーか」って。彼女は「ねえ?」と視線を後ろに回して言うと、会話を聞いていた何人かのクラスメイトがくすくす笑いながら不愉快な目を私に向けてきた。

 なるほどさてはアウェーなのは元々だったんだな、へえ。私がそれに気づいてなかったってだけ? ……へえ。

「そっか」と私は言った。

 その時のショックは結構甚大なものだったようにも思うけど、わりとすぐ開き直りに切り替わって、今はもう随分軽減されているはずだ。

 まあまあ、顔が怖いというのなら、そんなこと言われたストレスで私の肌はさらに荒れて彼女にとっては好都合なのかも知れない。目もつり目がちだし、体格も寸胴で美人でもないし、多分に醜いほうだ。ブスだ、私は。そりゃあもう。でも私はあなたのほうが怖いと思うよ色々と。

 性格まではブスじゃないと思ってる私は責任感を抱く。その責任が自ら背負ったものか、誰かに孕まされたものか、それは問わない。やっかんでもみたけど、そもそも結局のところ、今回の件は私の怠慢が招いた結果なのだから、私は出来る限りの力を込めて人をおどかすつもりだ。

 というわけで私の腕試しに一つ、小話を。と、そう思ってちょっと怖い話を考えてみたのだけど、そういうものは私に向かないらしい。そういった結論を得て私はある種満足した。

 文化祭は明日だ。精進しようもないけれど、せめて当日くらいはしっかりやろう。怪談の一つもろくに披露できない私だけれど、どうせ顔は怖いし、それは暗闇によって増し増し出力されるから問題ない。私は別に怪談師よろしくの話術まで必要とされてるわけではないのだ。自慢の責任感を放り投げることをしないまでも、そう気負う必要もないだろう。文化祭ってそういうものでしょ。

 さて、帰路を歩みながら私は横目に墓地を見る。今日はお母さんに買い物を頼まれたりしていたから、もう夜も更け頃の此処はめっぽう不気味だ。この道は避けようと思えば避けられるのだけど、正直なところもう慣れたから避ける理由もない。友達の友達のおじいちゃんが眠っているらしいことを聞いたような気もするけれど、どれがどれかも分からないくらい全く全部無縁仏と化しているのでおてての皺と皺を合わせることも出来ないな、なんてことを考えながら視線で作った流線をお墓の輪郭に走らせる。私はここでカランという音もパシャっていうような水の音も聞いたことがない。そうなったら怖いなと思って想像を膨らませた怪談話はたいへんつまらなかったわけだけど、もしそれが実体験になったなら、おぞましいったらないだろう。それは御免被る。それはつまらないものの枠内で留めておくべきことなのだ。

 静かだった。私の足音だけがたんたんと響く。それに呼応するようにそこらの霊魂がふわふわと浮かんできて……なんてことはない。ないない。

 けれどその時、他の音が鳴ったのを私は聞き逃さなかった。私のたんたんにとんという音が尾っぽに加わる。たんたんとん。真後ろ。もう一度。

 私はばっと一息に振り返る。

 おじさんが立っていた。



 文化祭当日になると私の不安は恐怖に変わった。大丈夫、私はお化け役の一員に過ぎないのよ、親玉お化けはお調子者の式賀谷くんがやるんだし、末端お化けたる私は申し訳程度にお客さんをお化かしていればよいのだ、と言い聞かせても朝から体中に鈍痛が走っているように四肢が動かしにくい。緩慢な動作で墓地を通り、ちょうど家族でどこかへ遠くへお出かけする様子の民家を通り、学校の門までやってきた。いつもより早く出たはずなのに、いつもより着くのが遅かった。

 嫌だなあ、怖いなあ。教室までの階段を上りながら何度となく下りようと思う。思いながらも私は、まるでそうするしか生きる方法がないかのように階段を上り切り、程なく教室に辿り着く。もうみんな中にいるんだろう。ここへ入れば私は、どうなってしまうのだろう。生きたいからって気分でここまで来たはずなのに、取り殺されたりされそうな気がしてならない。それでなくとも陰惨な罵詈雑言の憂き目に遭ったり、叩かれたり、あるいは無視されたりしそうだ。なんたってここは敵地。第二のマイホームだと思っていたのに、今はもう敵地なのだ。私はそれを知ってしまった。だから暴力があってもおかしくないし、殺傷だってないとは言えない。文化祭という楽しいイベントに、仲間じゃないものはいらないだろう。必要とされてないんだ私は。殺される、帰ろう。

 ……いやいや、そんなことはない。そんなことはないのだ。恐れることはない。とにかく、着いたからには行くしかないだろう。

 極力音を立てないように引き戸を開けて中を覗く。教室は真っ暗だった。遮光カーテンが所狭しと垂らされて、朝の陽を完膚なきまでに遮っている。ここまで暗闇に出来るものなのかと感心するくらいの一面暗黒世界に私は背筋にぞっとするものを感じた。みんな、いる? まだ準備してるんだよね。開会式、まだだし。だったらこんな早くから真っ暗にしてるせっかちさんは誰なのかな。

 とりあえず電気をつけようと、手探りでスイッチがあるだろう位置へ向かい、暗中模索ながら辛うじてそれに手をかける。

 と同時に、ちょうど人肌くらいの暖かみが手の甲に伝わって、次に指先でなぞられる感覚を覚える。そして指先は私の指先と絡み合って、ほとんど一緒のタイミングでスイッチを切り替えた。

 ぱあん!

 鋭く綺麗に爆ぜる音がした。電気のスイッチの音……はそんな豪華な音しないはずだし、かといってスイッチがクラッシュした音でもなさそうだ。じゃあなにかっていうと火薬の匂いが微かに立ち込めだしたところからも察するにクラッカーだろう。私の頭に飛び出た彩り豊かな紙がかぶさる。びっくりして目をつむっている間にまた、ぱあ、ぱぱんぱあん! 次々それは打ち出される。何事かも分からないまま次々と。

 私の脳内も頭上もレインボーアフロみたくごちゃごちゃになったあたりでようやっとクラッカーの嵐は止んだ。けれど、安堵するのもそこそこ、矢継ぎ早に周囲で合唱が始まるのだった。

 ハッピバースデートゥーユー。ハッピバースデートゥーユー。

 クラスのみんなが私を笑顔で迎えて合唱する。ハッピバースデー。

 そうだ、今日は私の誕生日。みんな私を祝ってくれているのだ。

 まさか私がクラスのみんなからこれほどまでに好かれているとは思わなかった。ああ、内面だけでも美人で良かった。ここにこのようにいる私は今からちょうど十六年前に生まれ、文化祭という檜舞台の上で運命的な祝福を受けているのだ。

 式賀谷くんがちょっと照れ臭そうに花束を手渡してくれる。私の式賀谷くん。

 私はそれに涙をも浮かべてしまいながら、微笑み混じりに、ありがとうと、震えながらも小さくお辞儀をする。それから未だ止まない大合唱の中に、嗚咽混じりに混ざって歌う。

 ハッピバースデートゥーユー。ハッピバースデートゥーユー。


 はっぴばあすでえ、とぅうゆう。はっぴ


 視界が開く。

 はっぴばあ、はっぴばあと呪詛のように呟かれている不気味空間の正体はコンクリ部屋だったようで、空気感からして地下っぽい。

 鈍痛が頭蓋骨から足の小指の骨まで浸透して動けそうもない。私は眼前のおじさんを強く睨みつけることはおろかまともに焦点を合わすことすらままならない。

 くらくらして理解に収まらない頭をどうにか働かせ、分からないということを分かりつつある自分を自覚していく。なにこれ、分かんない。どこここ、分かんない。誰この人、分かんない。なにか分かんないことが起きて分かんない場所で誰か分かんない人がいることを私は分かりつつあるけれど、まだまだ実感は湧いてこないみたいだ不思議だなあ、とか思っているうちに湧いてきて安心するけど、やっぱり安心なんかしてらんない。

 おじさんは私の顔から三センチ程の距離まで顔を近づけて吐息を吹きかけてきた。手にははちまきみたいな布が握られている。ああ私はさっきまで気絶してて、あれで目隠しされてたのか。布はひどく汗ばんでいた。そして私の首筋も。

「ミユキ、ミユキぃ……」おじさんはこっちに近づいてきて、もはや唇を合わせかねない至近距離で言う。思わず瞳孔が消失点と化すまで怯えて卒倒しそうになった。きもいとも思うけれどそれはまだ抑えようがあった。しかし、恐怖は芯からやってくる。私個人の生理的嫌悪感を馬跳びしたところにある、人間科学的に根付いた恐怖だろう。多分。

 おじさんは言ってから十秒ぐらいでやっと顔を離し、またはっぴばあはっぴばあと呟きながら部屋を徘徊し始める。

 いや私ミユキじゃないんだけど。それよりそもそも、誕生日ですらない。

 とにかく私がどれほど眠っていたのか分からないにせよ、今はおそらく文化祭当日だ。段々と思い出されていく記憶を辿るにつけ、辿りかたの分からない一箇所、文化祭前日の帰路のある地点がある。そこで私の記憶は途切れ、今に至るわけだ。今がもし途切れた地点から二日三日経っているのなら万事手遅れだけれど、そうでない限り、またそうでない可能性が少しだけでも存在する限りは、私は学校へ行かなければならない。みんなが末端お化け役の私を待ってる。待ってる、だろう。待ってるかな? それは分からない。

 幸いにも出口は分かりやすい。おじさんの向こう側に鉄の階段があって、そこから一縷の光が漏れ出ている。そこへ辿り着けさえすれば良いのだ。

 いける、という確信がそこにあったはずなのに、私の手が必死に掴もうとしているのは灰色の平らなコンクリートだ。手に余るサイズの家具を運ぶ時の所作に似た間抜けな動きが空を切る。どこに手をかければいいかも分からず、ありもしない取っ手を探している。

 物理的拘束こそされていないけど、私は一人勝手に精神的束縛を受けているのだった。よいしょよいしょと私の手は地面を掴み損ね、同時に身体に縄を回していく。なにをやっているの私。逃げなきゃだよ。まさかここにずっといたいなんてことないでしょう? 

 そうね、でも。

 私は今あっちとこっちを天秤にかけている。怖いのはどっちかな。どっちかな。

 って、そんなことは分かっているはずで、天秤にかけたこと自体に私自身ちょっとびっくりした。ただまあ、それを反省している暇はないことは分かっていたので、今はこの状況を打破することだけに専念する。どうする? 臨終間際の病人みたいに震えるだけだった手も今ならとりあえず関節まで明朗に動かせる。力が入るかどうか少しばかりぐっぱと手を開閉して確認してみる。大丈夫。

 私は周りを見渡してみた。部屋自体は暗闇だけれど、階上からの光が内装を照らしてくれている。この部屋には怖いおじさんと私の他にも結構色んな物がごちゃごちゃしていて、多分物置なのだろう、埃っぽい。

 物置というのならば、そこら中に便利なものが転がっているんじゃないか。

 私は視索して、足元にバールのようなものを見つける。これだ。

 静かに足をかけて私はそれを手元まで引き寄せる。地面がコンクリなので金属と擦れ合って穏やかでない物音が生じる。それがおじさんにばれてしまうんじゃないかと諦めに近い不安を感じるも、当のおじさんはもはやうわ言のようですらある言葉を同じように延々繰り返して全く気づいていない様子だ。

 手に持つと同時に、また天秤が振れて、私はもう鬱陶しくなって頭の中でそれをひっくり返す。覚悟を決める。足、指まではっきり動く。自由。

 私は踏みしめて、反響音を悟らせまいようになどとはこれっぽちも考えず、やみくもにおじさんの脳天めがけてバールのようなものの突端を向ける。知らない間に叫んでる。「うあぁあっ!」という台詞の後に続いた叫びはもうどういった発音をしているのかも自覚できない。

 おじさんの眼の前で振りかざす。

 ここまでくるとさすがにおじさんもこちらに気付いたようで、振り向いてこちらをじっと見つめた。見つめた。「美幸ぃ……」

「美幸って誰だよ!」私は美しくもなければ幸せでもないんだ! ばか!

 叫んで振り下ろす。

 けれどもそれは空を切った。視界の端に映った微笑むおじさんの手には、当たったらたいへん痛そうな鈍器が握られてて、あの時わたしをぶって気絶させたのもきっとこんなんだったんだと思うとそれはとても恐ろしいことだと思う。そう思う時間も、それほどなかったのだけど。


 鈍い音が部屋に反響したのか、それとも脳内に響き渡ったのかは判然としない。

 とにかく染みてくる痛みは夢心地のそれに段々と似てきて、私は二度とこんな夢見てたまるかと、ただひたすら強く願って弱く祈った。



 お化け屋敷に自ら足を踏み入れる人たちの気持ちが、私にはよく分かる。怖いものを見ると、私達はその後で安心するからだ。

 怖い怖い暗闇をはらはらどきどきしながら彷徨って、そこらをうろつくお化けに驚かされて恐怖心を煽られて、ここから早く出たいと強く願って弱く祈って、出たら安堵の溜息を漏らして。ああここは安全だ怖くない。怖いものはあそこにあって、あそこにしかないんだよ、と、そういう気持ちになるのだ。だからみんなは定期的に怖いものを見にお化け屋敷に行って、日に日にせりあがってくる漠然とした日常の恐怖を押し下げたり切り崩したりしているのだ。そうに違いない。だって私がそうなんだから。

 私はもうクラスに入るのも怖くない。怖いものは全部地下室にあった。こんなところ、へでもない。

 威風堂々と戸を開け放す。もう催しは始まっているみたいだし、急いで支度しないと。

 「いらっしゃあい」と不気味な声色で受付の子が私を招いた。……と思ったらその子は私の顔を見るなり突然血の色を変え「ひっ」と喉の奥のほうで唸った。

 私は首を傾げながら、張り巡らされた暗幕迷路をくぐって裏方に回る。ええと、この辺に……。あった。下っ端お化け用の、典型的な三角のあれと白い着物だ。

 そそくさと着替えて、事前に言われていた所定の位置について、お客さんがやってくるまでスタンバイ。

 隣の暗幕をめくると、式賀谷くんががしゃどくろに変装して棺に入っている最中だった。お、やってるねーなんて思いながら微笑むと、式賀谷くんは、一瞬だけはなんだか着替えを見られた時のように恥じらったのだけど、そうかと思えば卒倒し、崩れるようにして棺桶に伏した。なるほど私の変装がそんなに怖いかい。まあ、元々顔怖いもんね。いいよいいよ。今日この場においては怖さこそが最重要価値基準なのだ。みんな大いに怖がって、日々の恐怖を吹き飛ばしてくれればいい。

 お、そうこうしている内にお客さんだ。怖いもの見たさでやってくる人たちを、私は怖がらせてあげるのだ。自信を持ってお届けしますよ。

 私は眼の前で足をすくませている女子二人組の前に、飛び出した。

 ばあ。


 その日の文化祭では私たちのクラス企画内で失神者が数十名出たということで、半混乱状態のまま幕を閉じた。文化祭は二日あるから明日も行うはずだったのだけど、お化け屋敷は差し押さえられてしまった。絶好調で怖いもの知らずな私としては非常に残念なことだ。

 けれども私はいつものように帰路を辿りながら、それなりに満足していた。ただ少し疲れたかな。張り切り過ぎた。

 今日は文化祭関係のごたごたで下校が遅くなってしまって、あたりは暗い。慣れたし早く帰りたいから例によって墓地を通っている。けど今日はなんとなく背筋に冷たいものがひたひた滴る。不気味な感じ。私は勝手に震える肩を抑えながら、あえて落ち着いた足取りで歩いた。時々、とんっという足音のようななにかが頭の後ろから前にかけて一閃するか貫くか殴りつけるかするように嫌な感じを与えてくるのはなんだろう。分からない。分からないから正体を確かめようと思って、咄嗟に振り返ってもなにもない。なにもないところにはやっぱりなにもないのだ。なんということはない、今日はちょっと眠たいだけだ。

 安心して顔を正面に向き直そうとする最中、ふと視界にあるお墓が目に止まる。お墓と、それからその前に佇むおじさんにだ。

 おじさんその人にも、位置とか姿勢とかお墓との距離感にも、おじさんを包む蛍光にも、なんとなく瞼裏によぎるものがあった。ぼんやりとはしているんだけど、優しそうなおじさんだ。デジャヴというやつかな。

 特に恐ろしい気もしなかったので、私はおじさんを暫くの間じっと見ていた。するとおじさんはつととこちらを向いて言ったのだ。「キミも私の、お墓を参ってくれるのかい?」

 キミも? その言葉に不思議な違和感を感じて考え顔をしているうちに、水の音が聞こえてきた。よく見るとおじさんの横にもおじさんがいて、ともすればおばさんもおじいちゃんも、とにかくたくさんの人が色んなお墓に水をかけて回っているのだった。

 あ、と私は思う。そうか、ははん。ここの人たち、みんな無縁仏なんだな。この世にありながら忘れ去られてしまったあの世の人のお墓の集まり。それぞれの経緯があって集まった無縁仏のみんなは、慰め合いか励まし合いか、あるいはもっと別ななにかを理由にお互いのお墓を参ってあげているのだ。

 あたしらはすっかりここに置き去りにされちまったけれども、仏様の縁ってやつぁけっこうなもんだよ。だな、こうしておんなじ境遇の人らが奇遇にもなあ。おかげで話し相手に困らなくて助かるよ。なー。病院で寝たきりの時、眠ってる俺の前で遺産相続の話とかばっかりされる気持ちがそこらの恵まれた死人に分かるかよってなあ。まったくだ。ははは! みんなはよ死んじまえばいいのによ! ははは! ……みたいに歓談している。多分。とにかく、みんなとても穏やかな表情をしている。

 もしかして、あちらはとてもいい場所じゃないか?

 そうか!

 これで私は、本当に恐怖のないところへ行けるのだ!

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― 新着の感想 ―
[良い点]  文章が所々光って見えるところがあって、小説の深みや怖さを出している。 [気になる点]  だが、その間のプロセスが良く分からせず、読者の頭で整理することを難しくさせている。 [一言]  要…
2012/11/02 23:08 退会済み
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